ミロちゃん

カイル


肩をつつかれて振り向くとミロちゃんだった。ミロちゃんが立っていた。

あ…ミロちゃん…。

そうだったの、ミロちゃんって、私の目が言い、

そうなのよ、ロコ、っていうように、ミロちゃんがうなづく。

ミロちゃんは猫人間だった。

ミロちゃんはただの隣のクラスの泣き虫ミロちゃんだったときの何倍にも目を輝かせて、シャキッと立っていた。猫人間として。

ミロちゃんも私が輪をくぐったってわかるんだ。

それにしてもミロちゃんが…。私はかなり、驚いていた。だって何て言ったらいいんだろ。つまり…このハムスター、実はもぐらだったんです…って言うのとも違うし、この子、実は悪魔の末裔で、とか天使の化身で、とかというのとも違う。

そうだ、こんな感じかな。

教室の隅っこの方で、ううん、別に隅っこでなくてもいいんだけど、いつも丸まっちくなってて、動きものた~ってしてて、どう見てものろくさくて、先生に聞かれても反応鈍くて、そんな子って案外どこの教室にもいないかな。そんな子がある日、運動会のリレーの選手に突然選ばれる。手違いかなんかで。

陽の光の中、鈍くて冴えなかったはずのその子が突然輝く。野を走る銀色の馬のように。そして、わかる人もいる。その子が変わったんじゃない。その子の輝きにみんなが気づかなかっただけなんだって。

ミロちゃんはそんな何かを持ってたと思う。誇らしいことだけど、私はちょっとミロちゃんの素晴らしさがわかってた気がする。

ミロちゃんの小さい目はいつも開けてるのか開けてないのかわからない感じで、表情はほとんどないのに、突然にたっと笑って、みんなをぎくっとさせたりする。

ミロちゃんはちょっと不思議な子。

小さくて目立たなくって何をやるのも最後か最後から二番目くらい。女の子の中でも浮いていて…。ううん、沈んでるっていうのかな。自ら目立たないようにか、もともとそれが自然体なのか…。

ミロちゃんはそんな子。

そんなミロちゃんだから、猫人間っていうのはかなり驚きだった。

私は犬の方がどっちかっていうと猫より好きで、飼えるようになったら絶対犬を飼うんだって思ってるけど、だからって猫が嫌いなわけじゃない。ある日、公園でないてた二匹の捨て猫、飼いたくって飼いたくって、涙が出そうに飼いたくって…。でも飼えないから、飼える人いませんか?って、友達に聞きまくったんだ。

あのときなぜかミロちゃんを思い出した。仲良しでもなければ、猫を飼えそうだな、なんて、ちっとも思わなかったけど、なぜかミロちゃんを思った。

そうか、ミロちゃん、猫人間だったんだ。

耳がピーンと立ってて、目はあいかわらずそんなに大きくはないんだけど、少なくとももうちっちゃくはなくって、体の形は人間なんだけど、どことなく猫で…。

「ミロちゃん、ぜんぜん知らなかったよ」

「だよね」

「ミロちゃん、ずっとそうだんたんだ」

「まあね」

「ミロちゃん、私違って見えんのかな」

「ロコちゃん、変わってるね」

「えっ?」

「変わって見えてんって私だよね。なのに、ロコちゃんが変わってるって聞くの?」

ミロちゃんはクククくって楽しそうに笑った。

「だってさ、ミロちゃん、私がミロちゃんのことわかったって知ってるわけだよね」

「まあね」

「どうして?」

「どうしてかな」

ミロちゃんは、にったりと、にっこりと、にたぁ~を全部ごちゃまぜにしたような顔で笑った。

「ねえ、どうして?」

「どうしてかなぁ」

「いじわるしてんの」

「まあね」

でもミロちゃんは底抜けに優しくって明るい目をしていた。目の色は茶色と金色の間のような目だ。ちょっと緑がかってるのかもしれない。ママがいつかバザーで手にとって見てたキャッツアイ、そうまさにキャッツアイって宝石に似ていた。

「教えてよ、ミロちゃん!」

 まあまあ、って感じでミロちゃんは私の手をとった。とってもふんわりした感触だった。柔らかいちっちゃなミロちゃんの手。

 ミロちゃんは私の手の甲から腕にかけて、ポンポンって感じで撫でた。

 ん? 腕から出たほこり?のような小さな粒子が太陽の光に輝いて見えた。

 やだ、何ついてんだろ。

 ミロちゃんは自分でよく見てみなってふうに、私の腕や足やいろんなとこを指さした。

 …あれ……? 私の手、指、足、みんな少しだけ前より輝いて見えた。

「何これ?」

「輪くぐったよね。くぐった人間にだけつくんだ」

「ミロちゃんは?」

「あたし、こっちの人間だからね。そんなのつかなくても見え見えだよね。くぐった人間にあたしの本当の姿が見えるだけだよ。でもあたしたちにとっては、輪くぐりした人間は少しだけ輝いて見えるんだ」

「ねえ、夜もそう?」

「夜のほうがもっとはっきりしてるよ」

「ふーん」

 なんて素敵なんだろうって思った。

「ミロちゃんは輪をくぐったりしないの?」

「そんな馬鹿らしいことしないよ。誰もしようって思わないよ。危険でもあるよね。私たちの世界から輪をくぐってそっち側には出れないよ。でも、たまたま、なんかでそっちに放り出された半人間がいてね」

「半人間?」

「うん、私たちみたいな種族。人間であり、人間以外の動物の要素ももってるもの。これ半人間っていうんだけど、私たちの間でも半人間って呼び名はやめよって言う者増えてんだ。だって半人前の人間じゃなくって、人間としても完全だけど、ごくごく普通の人間にとったら不思議な他の動物的能力をもってるってことだからね、あたしたち。もっとも外見は輪くぐりした人にしか見えないけど」

 ミロちゃんはいつもの教室の隅のグダッとしているミロちゃんじゃなくって、演壇にたつ哲学者のようにも見えてきた。

 私はママがよく言っていることを思い出した。

 ハーフタレントとか、あの人ハーフだっての、言い方としておかしいと思うのよね。両方の血が入ればダブルでしょ。オバマ大統領だってね、初のブラックの大統領っていってるけど、お母さんはホワイトよ。オバマさんは黒人であり白人であり、そういった意味でハーフじゃなくてダブルなのよ。もちろん黒人の血が入った初めての大統領ってとこには意味あるんでしょうけどね。

 ママはぶつぶつ言っていた。ママは若い頃アメリカを放浪したことがあるんだ。その頃、人種とか宗教とか差別とかいろいろ考えたって言ってる。ロコが大きくなったら、じっくり話したいわねって真剣な顔になったりする。

「そうだね。半人間じゃなくってダブル人間だね」

「ロコちゃん、わかってくれるんだ」

 ミロちゃんはひどく嬉しそうに私を見た。

「で、こっちに放り出されちゃったダブル人間族はどうなるの?」

「見えちゃうんだ。普通の人間にその姿が」

「それって…」

「うん、大変だよ。なんとか人間現れるってなニュースはガセも多いけど、なんかの拍子に私たちを守ってるこっちの世界からそっちに出ちゃった場合もあるんだ」

「そうなんだ…」

「怖いよね」

「ねえ、こっちに来た人間で騒いだりするものいないの? こっちで見ちゃったことを?」

「大丈夫だよ。こっちにこれる人間はスペシャルだからね」

「どうスペシャル?」

「なんだろな。でもこっちに来れるってことは、感覚がある意味私たちに近いんだ。輪はさ、けっこう私たちに近いフィーリングの人間にだけ見えるんだ。…まあ、そう単純には言い切れないけど、ロコちゃんもそのうちだんだんわかると思うよ」

「ねえ、じゃ、私が輪くぐりする前、私がそのうち来るだろって、ミロちゃん知ってた?」

 ダニーは知っていた。なんだったっけ。そう私がフェルルだって。

「ああ、ロコちゃんがフェルルだって?」

「うん、そう、そのフェルル。それそれ。ミロちゃんもその言葉使うの?」

「まあね」

 ミロちゃんはくすくす笑った。

「あ、来た来た、輪くぐりの先輩が。聞いてみなよ、ロコちゃん」

 ダニーがトコトコやってくるのが見えた。片っぽうの足がちょっと内股で、カールを揺らしてやってくるダニーは、なんだかいつもよりずっと幼く可愛らしく見えた。人気者になるのも無理はない。

「やあ、谷崎さん」

 ダニーはミロちゃんのことを名字で読んだ。

「吉川くん」

 ミロちゃんもダニーのこと名字で呼ぶんだけど、交わす視線はとっても親しげだ。

「ロコちゃんがどうしてフェルルってわかったか知りたいんだって」

「へへ~」

 ダニーが笑った。

「ふっふ~」

 ロコちゃんも笑った。

 そこへイッチーがやってきた。「こらあ! はやくこーい!」

 そう言ってイッチーは私の腕をつかんだ。

「さあ行くよ。お弁当、お弁当、楽しいなーでしょ。それではダニー様失礼いたします」

 イッチーはふざけて深々とお辞儀をした。

「ねえ、ミロちゃん、一緒に食べない?」

 私が言うとイッチーが眉をしかめて小さく首を振った。

「だめだよー、あの子ちょっと不気味なんだからー。勝手に誘っちゃだっめだよー」

 イッチーは小声だけど力を込めて言った。

「あたしならいいんだ、大丈夫だから」

 ミロちゃんはくるっと向こうを向いて小走りに行ってしまった。私はなんだかいてもたってもいられなくなって肩を上げてふーっと息を吸い、とんとん小さく足踏みした。ミロちゃんに悪いって気持ちがどんどん強くなった。

 けれどイッチーは、さあさあって感じで私を引っ張る。

「ダニー、一緒に食べる?」

 私たちを少し首を傾げて見ていたダニーを誘うと、「ダメ!」とイッチーがはっきり言った。

「いくら可愛くてもダメ! ダニーくんは男だからね」

「あとでねー」

 そう手を振ってダニーは走り出した。

「なんでロコ、ダニー様と親しいわけ? 保育園からとか言ってたけどわっけわかんねー。それより腹ペコー」

 ぐいぐい引いていかれた先にはミキたち5人がお弁当を食べ始めていた。

「やっと来たあ!」

 ミキがもぐもぐさせながら言った。

 当たり前のことなんだけど、北川先生は遠足中ずっと羊人間で、ミロちゃんはいっつも一人でやっぱりずっと猫人間だった。ダニーはといえば、気はいいんだけど、どっか抜けてるシンジと一緒だった。

 私はミキたちと一緒なんだけど、輪くぐりした世界に魅了され過ぎていた。

 一生懸命目をこらせば見えなかったものが見えてきそうで、キョロキョロ、挙動不審に見えたに違いない。

 遠足の帰り道も周りを見過ぎて、家に着いたときにはかなりぐったりだった。

ミロちゃん

ミロちゃん

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2020-07-15

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