妄想写真エッセイ『交差点』
撮影場所:近所の交差点
信号待ちをしていて、ふと横にある鉄柱を見ると、三脚付きのビデオカメラがテープでくくりつけられていた。モニターが開いているが何も写し出されていないところを見ると、電源が入っていないのか、あるいは壊れているのかもしれない。
誰が何のためにビデオカメラをこんなところに設置したのだろう。もしかしたらこの交差点で起きた事故ないしは事件を調べている誰かが設置したのかもしれない。雑な設置方法から判断すると、おそらく警察ではない。私立探偵かもしれない。あるいは交差点の映像をただひたすら撮影する趣味の人かもしれない。夜な夜な撮り溜めた交差点の映像を見て、各地の交差点の違いや共通点を発見することに愉しさを見出しているのかもしれない。
人が持ちうる趣味というのは実に様々であり、交差点を撮影するという趣味の人がいても何もおかしいことではない。世の中にはそういう人がけっこういるのかもしれない。けっこういるのであれば交差点撮影協会みたいな団体を設立していても不思議ではない。あるいはその団体は世界規模にまで広がり、全世界の交差点の記録をデータベース化して世界各国の政府関係機関に情報を提供しているのかもしれない。
やがて交差点の情報は社会を成り立たせていくうえで重要なファクターとなっていく。
そしてついには世界の交差点アーカイブの覇権をめぐる戦争が起こり、人類は滅亡してしまう。人類が生きた証として唯一残ったのは、皮肉にも戦争を引き起こすきっかけとなった交差点アーカイブであった。
それから気が遠くなるほどの長い年月が経ち、新人類が誕生する。
新人類たちの一部は自分たちが誕生する遥か昔にすでに人類が存在したのではないかと考え始める。彼らは先人類の存在につながる研究と探索に膨大な時間をかけて、ついに古代の遺跡から先人類たちが残した交差点アーカイブを発見する。そこには何億年前もの時代に生きていた人々の営みが克明に記録されていた。その膨大な記録をもとに新人類たちは自らの文明を発展させていくこととなった。
そんなふうにとりとめもなく妄想を膨らませていると信号が青に変わったので、鉄柱にくくりつけられたビデオカメラを後に残し、僕は横断歩道を渡った。
妄想写真エッセイ『交差点』