ムーンタルト

 タルトをおおっている、とぅるとぅるのあれ、すきなのだけど、なまえはしらない。
 そういうことばっかりで、おもえば、夏のはじめに神社で二回だけかくれんぼをしたあのこも、夏休みの図書室ですきな本について、とくに、それまでだれにもひみつにしていたすきな本について、話したあのひとも、炭酸ジュースを一本あまらせて呆然としていたところに出くわしたぼくにそのジュースをくれたあのこも、なまえは、しらないのだった。
 月がきれい。みんな、ときどきわすれて、みんなにとっての、一番星、のこともわすれて、だからかなしいことがあるたび、月は欠けて、あなぼこだらけになりながら、かけらがぼくらをなぐさめにくる。
 たのんでないって突き放したあのこは、ばんそうこうはほとんどの傷には、じつは役にたたないことを、しっていた。
 ムーンタルトはほどよくざくざくして、おくゆかしいクレーターが表面でほこらしげにしていて、たまらなくおいしい。
 食感をたのしんでいるときにはきっと、下層でねむっている月のひとびとの存在など、かんがえも、しないのだろう。

ムーンタルト

ムーンタルト

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-07-10

CC BY-NC-ND
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