ミゲルの見た夢。

 君の感情と情緒の表現は、いつもその場には静寂を持ってくる。
けれどそれは、君の得手不得手さえも大きくにとらえたときの、君の、世界の1つのコマとしての君の立場を、舞台からきりはなされたような日々を送る、君と君たちをスポットライトで照らしだす。

 沈黙は物音、静寂は瞳、暗闇は灯火。

 絶え間ない日常の起伏と瞬間の非日常と、時のはざまに置き去りの記憶。
あの奇妙な霧がかかる海岸の岸にいて、滅びと再生の文明を傍目に、君は大空と
大海原の勝者である、核心にもにた、つかの間の夢をみる、いずれ、答えは時の中に。
 
 沈みゆくビル群。波に揺られたように風たちとシンクロするカモメの群れ。見えない何かに寄せられて人々は、山の峰、麓、そりたったがけの峠に集まっている。そして文明のつくった遺跡、ビル群、居住空間を海が呑み込むのを心まちにしていた。

 背後には山がそそりたち、世界に霧がかかっていて、大きな山の峰や峠には人が集まって、
滅びゆく運命を優れたものとほめたたえているが、なぜ、一様に拍手をしているか、自分たちでさえ気づかない。 

 もう一度思い描いてみな。取り壊された一軒家。さびれた港町の一角で、突き出した峠を見下ろす高台に灯台の根本のボロ小屋に、彼等は集まっていた。古びた今では外郭しかのこされていない城を、被う草木。それらは赤く、奇妙に黄色く、時に緑に光り輝く、人々からあきれられ、拒まれた塊の数々。
 
 そこには、異端とされ、歴史も名誉も、人々のあこがれも失った者たちの残骸がある。その残骸をアリたちが集め、やがて君たちを、つぎはぎのオンボロの屋根の下へつないでいく。君たちは、霧の中の漂流者であり、このさびれた人気のない港町の一軒家にあつめられ、そこでの生活を余儀なくされるのだった。
 
 君たちは、空から、星から、人々から、都市の世界から、さびれた港町の社会から、ワンルームほどの空間しか与えられておらず、便所も、風呂場も、手洗い場も見おろせるほどの近さにある。君はそこで、目をさまし、なぜだか日々を送ることができ、けれど、世界から与えられたちっぽけな空間がこれだけだと落胆する毎日を送りはじめる。周囲の人々は自分のほかに、同じような小さな空間を持つものたちが4、5人いるだけ。取り壊しまじかかと思われる廃墟にこれだけの人々、しかし姿も形もみえない。けれど口々に口にする奇妙な言葉と、奇妙な、色とりどりのそれぞれの発する霧から、異国のものと思われた。奇妙にもそのほか都市で暮らしていたと思われる人々や、海をみわたせど他の漂流者の影はなく。峠や、峰や麓にたたずむ人々からは生活感がかんじられずにいた。
 
 しかし、このさびれた一軒家は、なぜだか、眠るときにさえ、人の鼓動が聞えるのだ。さらに奇妙なのは、霧が君たちの体の周りを包み込んでいることと、お互いの顔と表情がほとんど見えないこと。そのワンルームほどの間取りと、生活に必要な空間、そのほかに壁に奇妙な、つぎはぎに思える楽器がおいてあることだ。それは見た事のない棒だったり、ピックや撥らしきものだったりそして、楽器本体であったり、しかしそれは今も昔もつぎはぎで、取り換えにしても柄が合わず、どう考えても、ガラクタの群れだった。

 けれど、そこにあるものを思い出してみよう。ボロ屋に屋根がふり、あめがぽつぽつとふりしきる。壁にかかった楽器類は君の表現欲の琴線にふれないか。
“自分の音は何だろう?”
 毎日毎日、君は孤独に考えた。自分の音は何だろう。決まった時間に、彼等は自分の居住スペースから、中央の居間。舞台らしき個所に集まる。10時、15時、20時に。きまったように、居合わせる。いつのまにか奇妙な大小、形も色もそれぞれの灯が、霧の向うからあらわれて、ボロ屋にあつまり、その中心に君はたたされ、仕方なく音をたてた。
“ポロリ・ポロリ”
 周辺の人々はどうだろう?さびれた港町に人はおらず、やはり高台や、山の峰、峠に人は集う。雨粒だと思った人々、美しいと思った人々、そうでなく、興味もしめさず、滅びていく文明をみながら、さめためで、傍目に見下ろす廃屋の彼等の日常を、指差し、見下ろし、いろいろと口にする。
 つまらない、飽きたのだ。品がない。錆びている。格好が悪い。下等だ。
 実際、君もそう思った。そうなのだ。ミゲル。
 『なんだ、統一性のない』
 けれど、君はおかしくおもえた。けれど君は安心を覚えた。最初は小さな変化だった。君は君の理想を、この場で実現できないかと考えたのだ。
日々の暮らしの中では、君は君の理想を語るすべも、実現するすべも、たった一人では持ち合わせてはいなかった。それを重苦しく考え、現実が君の思い通りにいかず、君の何万分の一の実力さえも伴ったものでないことに苦労を抱える。けれどこの場ではどうだろう。

 この場は舞台、まるで人形じみたお面を着せられたようだ。そして君は考える。人形とお面を、リビングにもちこもう。

 なぜなら、君は考えた。君の理想は、この人々とも、影も姿もない人々ともわかり合いたい、わかり合う音楽を奏でたい。君の考えた事は、君の思った通りに君を理解し、そして君の限界を理解する人々によって支えられ、君の願望と等しく、彼等の理想もまた高いものだったのだ。
 『いい音楽を奏でたい、このちぐはぐの、世界中からあつめられた、楽器と道具、それらを自分たちの形で奏でたい』
 日々の暮らしは少しずつ進歩した。探り探りお互いを理解しようとし、君は少し違う自分を演出しはじめる。そうするとなぜだか、いつもの時間、決まった時間がそれぞれのコミュニケーションの空間となる。それはお互いを理解しようとし、お互いの為の音楽を奏でる方法を、そのボロ屋で生まれた人々が、理解したという事だった。それは現実と同じことだったり、現実より深いことだったり、ときにただ想像場の希望を音にしたものだったりした。
 けれども、意味のないと思えた空間と音楽が彼等の中では次第に意味になっていくのを彼等は実感した。そして灯はうまれた。それはお互いを包むもやと光が、しだいに大きく、明るくなる様子。それぞれが苦しみを抱え、それぞれがかつて罪をおかした。けれどそれを癒し、代替するかのように、君たちはお互いの未来と希望と、理想と、絶望を手にする。

 やがて、君は思った事を口にする、それは君の理想だった。だからそれぞれの理想とは違った。だけど
彼等は君を、霧の中の音楽隊の指揮者と認めた。

 けれど、人々は、やはり滅びゆく運命の文明をみて、拍手喝さいを上げている。しかし、一部はこの変化に気付き、こちらを指さして、こういった。
 『あれが真実なのではないか?』
 『あれが語るべきものではないか?』
 しかし、やはり、この音楽はすぐには心に響かない。そして多くを引きつけはしないかもしれない。けれど、
霧の中、やがてさらにこくなり、海岸にあがる水しぶきが建物を覆いつくさんとするときにも、お互いの顔が
良く見えなくなり、一層音楽が奇妙な音を奏でるときにも、お互いの名前も顔も見えずに、彼等の理想は
毎日の希望の音楽を未来に託して、なっている。

 『けれどそれが、ここちよくないか?そこにこそ、安寧の場はある、その一瞬にこそ、全てがある』


 馬鹿にされた祭りと、異端視された宗教たち。取り違えた人々の、奇妙な拍子の奇妙な音楽。
幽閉じゃなく、ここを選ぶべく、ここを選んだ。奇妙な人々の、奇妙な祭典。君はそれを待っているんだ。

ミゲルの見た夢。

ミゲルの見た夢。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-07-09

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