私は加減をしらない

yumieisuke

 地上から見下げると、あの日のくやしさも、悲しさも、消え去ったようで
けれど世界を見渡せば、苦しむ声、悲しむこえ、私がなくした感情をもつ
人々が大勢小さく歩み、絡み合う道にぽつりぽつりと灯りをともして見えた。
私は黒いコートに身を隠し、そのどれを狩るかを考える。カラスのように、
高い人工の黒い綱のつなわたり。もうそれくらいしか、することはなく、
堕ちた亡霊の私に、守るものなど何もない。けれど、生きるものを
うらんでもいなかった。

 もやがかかった記憶があった。それは日々の暮らしの中で、私の頭の隅
をかすめては、私を苦しめ続ける。

 (姉の記憶)
 とおいとおい昔の話。あるところに、仲の良い姉妹がおりました。
姉はおとなしく、妹はやんちゃ。妹は姉がいなければ何もできず、姉は
面倒見がよいので、その妹をいつも甘やかしていました。
 けれど、姉は母親を誰より愛していて、妹もその事を熟知していました。
だからいつも母親を取り合いになるときには、妹はその母親の腕がとれ
たとしても自分のものにしようとします。
 例えばそれは掃除のお手伝い、ときにそれは料理の合間、ときにそれは、
忙しい朝の時間、母親の腕の中にもぐりこむ妹を、怪訝な顔で憎む姉。
 
 妹は姉を憎んでいました。なぜなら姉は、そうやって、母親を奪い合い
喧嘩するとき、そのときではなくその後に、かげでこっそりそれと同じ日に
妹の腕をつねったり、大事なおもちゃのぬいぐるみをけとばしたり、妹にさ
え気付かれないように、彼女と姉の共同の部屋の、妹の机の上にらくがきを
したりしたのです。

 成長するにつれ、共通の習い事、共通の友人、その中で、自分の持てる
才能をあますことなく発揮して、誇る姉に、妹のほうが、怪訝な顔をする
ようになりました。
学校のテストで、少しでも姉よりいい成績をとったこともなかった妹、
そして、姉より、同性のともだちも異性の友達も作る事ができなかった
妹。

 どこかで、姉の、小さなころの不満は、そういったところで少しずつ
はがれおちていき、いつしか妹は、姉が母への執着をやめたのだと思って
いました。

 けれどもある夏の日、母親によく似た性格をもつ、共通の友人Aさんが、
ふたり同時にピクニックにいこうと、姉妹に話を持ち掛けます。
 それから一か月後のことでした、その事件がおきたのは。それまでの1カ月は
家では二人とも、いつもと同じように過ごし、何の変哲もなく、学校での生活
態度も、まるでしめしあわせたように同様に規律を守り、家でも早寝早起き、
おなじくらいに寝起きして、健康的な生活習慣をおくっておりました。

 その時丁度、影でこっそり姉妹たちはあるたくらみをたてていたのでした。
一か月後の約束事でした、廃墟にピクニックへいこう、それはAさんのお誘いです。
廃墟を選んだのは、いつか人気の少女漫画で同じようなシーンが入るコマを三人で
みつけて、おなじ思い出をとっておこう、と少女時代の軽い無邪気な気持ちから
でした。

 その日、ある秋の終わりかけのころ、日曜日の朝5時に二人同時に目を覚まし、
まるで、少年のように機敏にうごき、ガサゴソと一緒に出掛ける準備を始めます。

 廃墟があるとうわさの山は、隣接する中学が昨年廃校になったばかり、きもだめし
の絶好のスポットでした、けれど彼女らの目的はそれとは別にあります。
 その日朝から様子がへんで、ふたりで準備してリュックサックをつくっているときも、
一人でこそこそしている時があったので、妹はおかしく思っていました。
 AさんとAさんの家の近くのバス停で待ち合わせ。Aさんは笑い顔がどことなく
母親のような包容力のある笑顔で、秀才で、スポーツも、地域でそこそこの成績を残す
同世代から憧れる、すぐれた人でした。
 『おはよう』
 『おはよう』
 挨拶を交わすと同時に、妹に、姉はセーターと、マフラーをわたし、三人分の温かいココアを
いつ用意したのかもっていてくれました。
 『いいの!?』
 『いいよ、今日は特別』
 確かに特別です、いままでこんな優しかった姉を、妹は見た事がありません。

 廃墟にいくまで、三人で話をして、にこにこと笑顔ですごしました。早朝のバスに揺られ、
口裏合わせて塾を休んだ昨日のこと、小学校のことを話しました。

 けれど、バス停を降りた瞬間からです、異変がおきました。姉が、そそくさと
ふたりの前を走り抜けていったのです。まだそのとき、妹は整理券とお金をバスにおとし、
いれたばかり。妹は急いでおりました。
 『まって!!お姉ちゃん』
 どんどんと上がっていく姉をその背景に焦点をあてると、ぼやけて、実際きりのかかって
もやもやとした山の輪郭が目に移り、うっそうとしげる森と、かきわけるようにあるじぐざくの
ところどころ舗装されたような道がみえてきました。

 それからずっと姉は上機嫌でした。
『はやく、はやく』
 妹はいつか、姉に手伝ってもらって、水泳が出来るようになった頃の事をお思い出したり
したものでした。麓の少し湿気のある森から、よりうっそうとして、くらくなる獣道へ登っていく
姉はまだ高学年になったばかり、そして、妹はまだ低学年、小さな山でしたが、小さな子供たちには
とでも大きな、まるで世界を一周するかのような苦痛と、苦労がありました。

 いつしか、例の廃墟にたどり着きました。例の中学より先に廃墟となった旅館です。
少女たちは律儀に、人のないうけつけに行儀よく挨拶をしてとびこみました。姉が冊子とともに
例の漫画をひろげます。少女漫画です、同性愛のものでした。けれど、不思議と嫌悪感がないのは
きっとAさんが、中性的な顔立ちをしていたことと、私たちがまだ小さく、そういったものに不思議な
ただ、わけもわからず、偽造されただけのもののような、ファンタジックな印象を抱いていた
からだと思います。
 エントランスホールをぬけて、いろいろとあさりまわりました。らくがき、やんちゃな人々のモノと思える
バイクの残骸。つかわれていない和室。動物たちのサイクルの一部になりつつある、畳や、崩れ落ちてななめに
もたれかかるしょうじ。

 そしていつしか、三人は大浴場に、そこでわっとみんなで声をあげたのです。
 『あか!!緑!!!青!!!グラデ―ション!』
 『紅葉だ~~』
 『綺麗~~』

 写真をとりだしてAさんが撮影、子供ながらになにもわからず登場人物のポーズをまねたり、紅葉の上で
はねまわったりころげまわったり、姉が心配して、わたしのからだの土をふきましたが、姉も同様におかしな
調子になっていました。
 その雰囲気に圧倒されて、そして遊ぶのに夢中になって、もう辺りが、昼などとっくにすぎて、夕暮れが
近くなっていることに、ふと、私(その時の妹)が気が付きました。
 『Aちゃん、帰ろう、Aちゃん』
 私はそばのAちゃんの服の裾をつかんでゆらします。けれどかさかさ、かさかさ、返答はへんてこなものでした。
それを、10分ほど繰り返していたでしょうか、小さな私の頭はやっとそこで振り返り、とりとめのない、
物事のつながりにきづきました。
 『ああ、そうか』
 Aちゃんはトイレといって、セーターをぬいで、廃墟のトイレにむかったのでしたけれどそのとき、奇妙な
事が同時におこりました。
 『雨、何?雨、』
 妹は、そのふってくるものを見上げ、その神々しさに、胸をたかならせ、この光景を、Aちゃんの持っている
小さな使い捨てカメラに収めてほしいとおもいました。その瞬間。上のほうでシャッターがなりました。
 『だれ?!』
 見上げると、母――ではなく、あねと、Aちゃん、Aちゃんはいつのまにか、姉と合流して、階段をのぼり、
窓の外からふりつもった紅葉をリュックにつめて、屋上から雪のように降らせていたのです。妹は、後ろをふりかえり
廊下をいき、階段を見上げると、非常階段らしく、階段は下から上まで、上る人のようすを見上げられるようになてちました。

 『いそがないとさきにいっちゃうよー』
 『!!』 
 『まって!!』
 そこから三人の逃走劇がはじまります。といってもその旅館はたかだか4階だて、けれど、階段をひとつのぼり
ひとつ階をあがるたびに、姉とAちゃんが上から顔を出し、妹を小ばかにして、そそのかすのです。
 『まってよ!!もう!!帰らないと!』
 言葉とは裏腹に楽し気にわらいながら、妹はその階段をのぼっていきます。一段上ると、また上から、大きな声
がひびいてきます。
 『いっちゃうよー』
 『少し遅れても大丈夫なーのにねー』 

 Aさんのポニーテールがゆれる。屋上にのぼりきったとき、妹は、屋上の錆びたフェンスと、崩れ落ちた様子に
恐怖を感じ、同時にひらけた山頂の光景に、絶句しました。
 『○○ちゃん、いっぱいいい写真とれたよ』
 『アイドルみたいだった』
 『見せて見せて』
 『あーげない、おいついてみて』
 そこで、姉はいつもと違うそぶりをみせます。いつもはこういう状況で、人前でそんな恍惚とした顔で笑わないのに
鼻で笑って、なんどもやります。
 『あーげない』
 ふざけている、Aさんへ、手を伸ばして妹。その妹をだきしめるように伸ばした腕は妹をつかむことができず。
妹は勢いよく、空中へとびだしたのでした。
 『あぶない』
 大きな音とパトカーのサイレン。そして、ピクニックは、残酷な最後をとげましたとさ。

 そこまではAさんの記憶。けれども、あのときおこったこと、本当の事実は違います。
 二人と一人の間、暗い影が、割って入り、そこで私(妹)は、それを二人から
とおざけようとしたのです。
 『キャッ』
 私は叫びました。ふたりと一人の間に割って入ったのは、大きな毒蛇だったのです。いつしか
妹はそれを図鑑で見た事があり、すぐにそれときづきました。名前は曖昧でした
が、死んだあとにすぐ思い当たりました。あれはマムシ。

 妹であり私。私はあの時姉を突き飛ばした。だけど私は加減をしらなかった。その加減で、私は自分で
自分に突き飛ばされた。姉をそれでも愛していた、あのとき突き飛ばしたのは、恨みのせいじゃない。
けれど姉は、私を、恨んでいるようなめではなく、優しく恍惚とした目で
あの崖の上で見送ったのでした。
 だから私は今、幽霊になったのです。私は寂しく、姉をまっているのです。
あの廃墟がさらにさびれて役10年、このトンネルの上で。

 あの日、とびだしたマムシが姉がよく私をからかうときに扱っていたおもちゃだということを
思い出しながら。

私は加減をしらない

私は加減をしらない

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2020-07-08

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