ある奇妙な生活の機械。


 私は表向き従順な地方銀行の行員。
しかし中で行われる仕事は、単調な作業だ。
堅苦しく、知的な印象のある仕事だが、ある種のバブルがはじけてから、
一時期には統廃合を繰り返した。
失われた何年だって、人々が豊かさを諦めてからもう何百年も生きた記憶
がある。巷の流行に疎いが、特段、どんな世代とも語り合い、コミュニケ
ションをとるのに苦労したおぼえもないし、生活に苦労したおぼえもない。
だから人々の苦楽を知っているわけでもないが、冷淡に機械のそぶりで
顔を作ることに慣れている。

 リストラされた同僚の影が、頭のそばをかすめながら。

 人の生活や、自分の表情を崩すということにはなれず、友人関係も、もは
やまるで間仕切りで区切られたように、一定のルールにそっていつかの
僕によって整列されている。若いころは忙しかったが、30過ぎてある程度
落ち着いた。門切り型の文言は、若者たちの言葉ににている。

 『お堅そうだね』
 よく言われる。


 それでも何でもかまわない。私には、生活の裏側に隠されたもう一つの
人格があり、そこを逃げ場にする事で、生き延びるというすべがあったせい
だ。
 ときに、ぼっかてきな生活を営み、時に、冷淡な地方豪族の姿をして、
時に、熱心なカルト的宗教家であり、時に、孤高の淡泊なカリスマ的青年
実業家。そうして、、私はいつも、いくつも、生を繰り返し、循環させて
いる。それは小説の中での話だが。

 私はには、隠れた趣味がある。それは、表の顔である自分の顔と少し違う。
小さなころから、こつこつと書き溜めて、まるで自分の本当の評価のように
書き記してきた、“小説たちの模写”と“その改竄”それによって、私は
私に初めて地位を与える。

 目に見えている。すぐれた家系の家族に恵まれた生活。期待された
通りの行動規範。期待された通りの結果をだし、やがてこの地元に根付いた。
何も変わり映えもなく。ときに、揚げ足をとられ、時に、卑屈な目にさら
される。それは、錆びていく鉄と、砕けていくコンクリートのように
薄く、細く、豊かさを破壊していった。

 随分昔、父ではなく祖父が私にこうつげた。それは、地元の有力者
であり、地主の家系、その最後の代になるとまでいわれた、変わりものの祖
父の残したものだった。

 『この機械は、何の役にも立たない機械なのだ』

 うだる暑さの、高校へ進学して間もなく、私が登校をいやがり、そして
ふと、縁側にたたずんでいるときのこと。祖父は、私に、いつもは固く
とざされた岩盤の洞穴のような口をあけて、その大きな大森林のような樹木、長く
蓄え、整然と整理されたひげをゆらして、こういった。
 『私の部屋にきなさい』
 凸の字になった私の、屋敷からとびだした部屋の、縁側を、
右にまわり通される。祖父の部屋は、誰も見た事がなかった。なぜなら
ほとんどのものを、まるでものおきのように受け入れるのだ。
『確かな価値など何もない』
 見えたものは、ゴミの固まり。

 しばらく意味がわからなかった。魅せられたものも、魅せられたものの
形状も。いかにも素人のいかにも、自作の、いかにも凡庸な、へんてこな
おもちゃだった。
 私はそれにてをふれようとすると、祖父はほこりをはたいて、その装置
にかけられた風呂敷を全部とりはらうと、バイクの車輪のようなもののそばに
ある小さなひもに手を伸ばし、力よくひっぱり、こうやるのだ。と私
にそのおもちゃをみせてくれた。

 『ゴミの固まり』
 
 一瞬、そう思った。ゴミの固まり、けれど真ん中は、鉄筋や、機械
的な仕掛けがあり、よくみるといくつかの区分けがあり、そこにオルゴール
の中の踊る人形のようなものと、いくつかの風景、そして風景や家具の
置き換わる様子がちらりと、目の橋にみえた。


 (これは、オルゴール、巨大な音のないオルゴールだろうか?)


 エンジンをかける音、まるでプロペラのような形状のものがまわると
それをさとったように、いくつものゴミの歯車が踊りだす。
 (スイッチ、オン)
 心なしか、奇妙なポーズをとり、祖父はわらった。いつかコメディアンが
していたようなポーズで、頭の上にピースをしていた。

 舞台上には、家族らしき人影、私、両親、祖父、祖母の人形。祖母は、
すでに他界していて、祖父は、まるで何事もなかったかのように、彼女も
その舞台に参加させている。舞台はまず、明るい家庭の食卓を写し、
明るい学校生活、明るい、楽しい出来事、ピクニックや、家族旅行
の図、しかし背景はなぜだか、まるで地獄のように暗いのを、私は
黙って見送っていた。ステージは、空間ごとにくぎられていて、その真ん中
を、視線を誘導するように、ゆっくりと円い鉄の玉がまわっていく。そういう
ある種の演劇場だった。

 『これは、生まれ変わりの物語なのだ』
 エンジンはぐるぐると周りつづける、その言葉にそうように、祖父らしき
物の影、家族らしき人々の姿は時間の流れに逆行し、若返り、そして
いつしか子供のようになり、赤ん坊の姿になった。

 『お前は、お前には、変わった趣味がある、“ゴミの中からそれを
見つけたわ”』
 『お、おじいさん!!』
 瞬間、思わず、わたしは口を隠して蔽って、存在さえもその家から消え去
りたいとさえ思った。
 『つづけなさい』
 そんな私の、自責の念をはらすかのように、おじいさんは笑っていた。
その顔をみて、私は、その時代がもっていた重苦しい、偏見をこの老人が
もっていないことを一瞬でさとり、そしてその祖父の笑みと、悲しそうな
顔、ゴミでできた“意味のない装置”から、全てをさとる。

 おじいさんは、私の少女趣味な漫画や、アニメ、その“隠し事”をしって
だまっていて、そして、私に、その顔をみせた。家族のほかのだれにも
見せたことのない、屈託のない笑顔。 

 私には、いくつか変わった顔がある。けれどそれぞれに意味があり、それ
ぞれに意味はない。実はそれが、続けることの意味なのだと、いつか気づか
せてくれた祖父のために。私はいまでも、私の世界と、他の世界、ふたつの
かおを、同時に育んでいる。

ある奇妙な生活の機械。

ある奇妙な生活の機械。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-07-07

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