妄想写真エッセイ『洗髪』
撮影場所:西川理容店
僕の実家は床屋だ。
少し恥ずかしいのだが、父に散髪や洗髪をしてもらっていると、とても安心する。
小さい頃からずっと父に髪を切ってもらっているのだが、大学生の時にカッコつけて一度美容院に行ってみたことがあった。うちの床屋と違ってその美容院は真っ白な内装で、鏡も座席もハサミもケープもすべて綺麗で緊張してしまった。洗髪するときは仰向けで顔に薄い紙までかぶせてくれる。おまけに髪を洗う人と髪を切る人がちゃんと担当分けされている。「なんだこれは」と驚いてしまった。
しかし一方で、写真を見てもらえば分かるが、西川理容店では洗髪の際は基本的にはうつ伏せで、シャンプーやらリンスやらが混ざった水をすべて顔面に垂れ流す昔ながらのスタイルでやらせてもらっている。実を言うと僕はこっちの方が好きだ。理由はよくわからない。しかしもちろん仰向けのスタイルも希望すれば可能である。
中学生くらいの時に僕の同級生がうちに散髪しに来てくれたことがあった。翌日その同級生に会ったとき、真っ先に僕に対して文句を言ってきた。
「お前んとこのおやじにこっちの眉毛変なふうに剃られた」と言いながら自分の左眉の端の禿げた部分を指で示していた。たしかに派手に剃られていた。反対側の右眉はわりと綺麗に整えられていた。まあこれも父らしい。「ごめんな」と一応僕は謝っておいたが、心の中では笑っていた。たぶん顔にも出てしまっていたかもしれない。そんなこんなでその日以来、彼はうちには髪を切りに来なくなってしまった。残念だ。
たとえ顔面に水をすべて垂れ流されようとも、たとえ眉毛を剃られすぎようとも、父に髪を切ってもらえるうちはできるだけ髪を切ってもらおうと決めている。そうした方がなんだか自分にとっても父にとってもいいような気がするからだ。恥ずかしいけれども。
妄想写真エッセイ『洗髪』