牛車
貧しい村の女がいた。対して、身なりのいい、おそらく高貴な男はその女を眺めていた。
「ねえねえ、君って人間かい?」
女はいった、「くさい、お前はくさい」
そういって突如、耳を千切った。
暗い空の下、鮮血が撒き散らされた。
男は頬を染めて、けれど哀しい振りをした。
「ひどいことするねえ、きみは」
そういって女に近づいた。
女も、また笑った。儚い笑みだった。
その笑顔が、何より人間の証だった。
そうして笑い合って、女は目に指を突っ込んだ。
男は盲目になり、そしていつしか意識が薄れていった。
口惜しいと思う。もう少し遊びたかった。
女は戸惑う。なぜこの男は死ぬのか。
そうして、血に濡れた手で男の亡骸を揺すった。
空が明るくなりて、日は今登ろうとした。
女は疲れて身体を横たえた。
微睡のなかで、己もまた死に行くのを自覚した。
今夜を乗り越えられぬ病気だったのだ。
牛車