誰からも愛されない

 恋愛至上主義は嫌いだけど、それを否定するのはかなり難しいかもしれない。
 そもそも僕は両親の健全な恋愛のもとに生まれてきたわけだし(お見合い結婚ではないという意味でもある)、21歳でも大学生なのだから結婚なんて考えることもないのだが、年齢的には付き合っている彼女がいるのは当たり前?かもしれない。親戚に彼女はいるのかと度々聞かれるが、その他意についてはあまり考えたくない。

 恋愛が得意ではない僕は非難されるべき存在なのであろうか。
 「そんなことはない。」と仮面をかぶった社会は、意味不明に優しい声で言うのだろう。
 でも、「恋愛していない奴は異常者だ。」と言われている気がするのは自分だけではない。恋愛していることがステータスだった高校時代はそこまで昔ではなかった。
 僕は恋愛感情を持たないアセクシャルではない。
 彼女が欲しいと切実に思うし、積極的に合コンにも参加する。

 そう、合コン。
 理系大学生は、合コンでもしないと出会いのチャンスなどない。
 一昨日の合コンは失敗だった。
 
 そのことを思い出すと恥ずかしくて、寒い季節でもないのに布団に包まる。
 今日はバイトも無いしやることがない。日も落ちてきて夕食のことを考えないといけない時間だが、何を食べるか、誰と食べるか、何も決まっていない。僕は友達も少ないから、遊びやご飯に誘われることもない。

 考えたくもないのに、一昨日のことが頭から離れない。
 「そこまで可愛い人いなかったなー。」
 といった酷い感想も、今や負け惜しみとしか取られないのだ。

 せめて、「今日は失敗するだろうな」と一昨日の朝起きた時感じたのは、直観が鋭いからだと思いこんでいたい。
 合コンで上手くいったことなんてないけど。

 何か面白いテレビ番組ないかな、と思い立ち。ベッドを降りてテレビのリモコンを探す。テレビを寝たきりで見る習慣をなくせたから、ベッドとテレビを離したのは今更ながらいい判断だったと思う。
 
 まあそもそも、下宿している部屋が広い。大学生が一人で暮らすには広すぎるくらいに。
 一人っ子であることと、父の収入が少ないわけでもないのに異様に倹約に努める母のおかげであるが、そこまで広い物件を選ぶんじゃなかった、と今では後悔しつつある。

 付き合っている彼女がいるときは良かった。
 空いたスペースに寂しさを覚えることは無かった。
 
 別れてからは空間を無駄にするために、友達すら来ない部屋は散らかるようになった。
 ゲームセンターで取った大きめのヌイグルミが部屋に散りばめているのはわざと。
 
 そんな状況を打破するには生活の中で「女」を意識したらいいのではと、自分より3つ年下で無邪気さがウリの女優のカレンダーを掛けてみたが変化はなかった。
 3000円もするその馬鹿でかいカレンダーでは、僕を変えることが出来なかった。その女子高生の写真を見てエッチな気持ちになることに罪悪感を覚えるだけだった。

 テレビを見るよりも今から自慰行為をしようかとも思ったが、それはやめた。

 テレビのリモコンは見つからなかったが、代わりにライターが見つかった。たばこを吸おうとベランダに出る。いやなくらいに変わらない景色だ。見渡す限り大学のキャンパス。
 
 コンビニで買った安物のライターは、なかなか火がつかないのが自分の中で当たり前になっている。風が強いのもその原因かとは思うけど。
 
 たばこを吸う時くらいは何も考えたくない。
 合コンで失敗したこととか、元カノのこととか、部屋が広いとか。

 僕がたばこを始めたのは、もういいやって感情からだ。
 健康なんてどうでもいい。自分の体なんてどうでもいい。嫌われたっていい。
 そんなことを思っていたからだろうか。

 野球をやっていた。
 誇れるような結果は残せなかったが高校野球も経験した。
 大学では野球サークルに入った、サークルでもそれなりに練習しているチームだった。
 いつの時代も人間関係は苦手で、先輩が嫌いだった。野球が大好きだったから、なんとか続けられていた。髪型に興味はなかったから、高校時代に頭を丸めることに抵抗は無かった。大学に入ってからの方が髪型に苦労した。

 ある時、自分が野球で誰かに認められることは不可能だと悟った。もう潮時だった。
 ピッチャーをやっていたが、怪我が続いて、もう速いボールを投げることは出来なかった。
 上手くなりたいと練習のしすぎが祟った。努力は悪いことではないけど、自称「努力の天才」であった凡才には怪我の壁が立ちはだかった。
 どれだけ野球を愛していても、野球には愛されていなかったことを知った。

 野球への未練は断ち切りたかったから、サークルはすぐにやめた。友達はいなかったから、惜しむ人もいなかったと思う。
 そうして、いつの日かたばこを買い、火を点けた。初めてだったが気持ち悪くはならなかった。
 「こんなもんか。」それくらいの感想だった。

 「たばこを吸っているとモテねえぞ。」
と数少ない友達に言われることもあったが、
 「彼女が出来たらやめるよ。」
と適当に返した。
 たばこを吸っていなくたってモテなかったのだから、吸おうと一緒だろうに。

 高校生の時はここまで自分の人生で恋愛のウェートが高いとは思わなかった。
 女の人と結婚でもして、一人の人と一生を添い遂げることのどこがいいのだろうと思っていた。
 女の人なんてそんなに好きじゃなくて、男の友達といる方が絶対に心地良かった。だから彼女が欲しいとか、結婚したいとか思わなかった。
 あの時は彼女が欲しいという言葉を、友達に笑ってほしいがために発していた。

 大学に入り、学校に行くことが友達に会うことではなくなったとき。
 友情を信じていたわけじゃないけど、恋愛以外の人の繋がりの脆さを知った。
 人見知りでも、僕は一人では生きてはいけないのに。
 誰かに愛されないと一人ぼっちになってしまう。
 
 関係が薄く、共通の話題のない人との会話は男女の話しかすることが出来なかった。
 彼女がいる、いない。そんなやり取りの連続。僕からしたら同調圧力のようにも思えた。
 「その年で童貞とか、お前だけだよ。」
 そんなことを言うやつもいた。

 工学部の友達はアプリを利用して女性との関わりをもつようになる。
 時代に対応できないのは僕だけじゃないと信じたい。
 
 彼女が欲しいといっても、好きな人がいない。
 でも、誰でもいいわけじゃない。
 誰でもよくない。
 経験値すらも必要ない。
 
 恋愛してナンボと言うおっさんが嫌いだ。
 「女を知らないと、優しくなれないよ。」と誇らしげに語る。
 今までの人生大した努力もしてなくて、誇れることがそれしかないんだろうな、と思う。

 「その浅い恋愛を重ねなくたって、人に優しくなれるはずだろ。」
 そう悪態を吐いたら尖った若者にみられるだろうか。

 人生で一度だけいた彼女はアセクシャルだった。
 自分から告白して付き合ったが、セックスはしなかった。
 したいと思って、一緒のベッドに入って前戯を始めたが、彼女が自分を求めてくれていないことの違和感に耐えられなくてやめた。
 その次の日に、彼女から私はアセクシャルだとカミングアウトを受けた。
 ショックというよりも、違和感の正体がつかめたことに安心していた。

 付き合っている彼女がいたことがあっても、その人がアセクシャルだったら、僕は誰からも愛されたことがないというのだろうか。
 アセクシャルだった彼女はなんとなく付き合ってくれたのではなかった。彼女なりに精一杯、僕を愛してくれた。
 それが本当かどうかなんて誰にも分からないけど。
 根拠がない。僕がそう思いたいだけだ。自分が誰からも愛されたことがないと思うのは怖いのだ。

 
「誰からも愛されない。」
 たばこの煙を吐き、そしてそれを纏いながら言葉をつぶやく。
 音になったその言葉の現実味に目が潤んだ。

誰からも愛されない

誰からも愛されない

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-07-03

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