息子の彼女 ~ナギコさんの場合~ (0:2)

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◆登場人物

アコ   女子高生 18歳
ナギコ  作家 40代前半



◆◆◆


(SE チャイム音)

アコ:……留守かな?

ナギコ:(うめき声)

アコ:ナギコさん? あれ、開いてる…失礼します……ナギコさん?

ナギコ:ああ……無理、もう無理……うぇ…

アコ:ナギコさん! やっぱり! もう締め切り前だといつもこうなんだから!

ナギコ:ああ、天使、じゃなかったアコちゃんか。お願い、たしゅけて?

アコ:まったく! 一体何日食べてないんですか? そのパジャマだって何日も着たきりでしょう? とりあえず窓開けますよ? こんな暗いところに締め切ってパソコンに向かったって、原稿書けるわけないでしょ!

ナギコ:大丈夫、私プロだもん。大人だもん。ちゃんと書いたもん。今月分書き上げたところで、見直ししなきゃ、って思ったところで、意識が遠のいて……今何時?

アコ:2日の18時です。

ナギコ:2日……え、月変わってるじゃん! いつの間に!

アコ:はあ……とりあえずシャワー浴びて着替えてください。何か作るんで。

ナギコ:うう、うごきたくない……けど、ご飯は食べたい……

アコ:ほら行ってください! タオルここですよね。

ナギコ:うう、ありがとうアコちゃん……まじ天使。

アコ:はいはい。まったくもう。

(間)

ナギコ:はあ、おいし、生き返る。そうだ、私人間だったんだ。

アコ:そこからですか。

ナギコ:アコちゃん。どうしてうちの食材でこんな料理できるの?

アコ:さすがに無理ですよ。冷蔵庫にビールとスルメイカしかなかったんですから。ナギコさんの原稿の締め切りそろそろだなーって思って。で、どうせまた家の中で行き倒れになりかけているんじゃないかと思って、家で下ごしらえして持ってきたんです。

ナギコ:うあーごめんね、ありがとう。ほんと、女子力高いなあ、すごいなあ、アコちゃん高校生なのに……私の半分しか生きてないのに。あ、もうすぐ大学だっけ?

アコ:はい、推薦もらってます。

ナギコ:いいなあ、しっかりしてるなー。アコちゃんみたいなお嫁さんが欲しい。

アコ:え?

ナギコ:それは無理だよね。うん。あ、でもケイトと結婚してくれれば、娘にはなる可能性あるのか。いいなあ、同居とは言わないけど、同じマンションとかに住まない? 

アコ:それは……ちょっと無理かな。

ナギコ:えーだめ? 二人の邪魔はしないからー、多分ときどきご飯をたかりにいくけど。まあ、まだ気が早い話だよね。

アコ:そうじゃないんです。私、ケイトくんと別れたんで。

ナギコ:へえ、そうなんだ……え! うそ!

アコ:本当です。

ナギコ:うそ、なにそれショックなんだけど! え、なんで? ケイトなんかやらかした? 浮気でもした? 双子のプリンスとか言われて調子乗ってんじゃない? 私がたまたま、イケメンの、双子、に産んであげただけだってのに! 私のアコちゃんを悲しませるなんて、今度会ったら説教だわ!

アコ:ちがうんです! ケイトくんは悪くないんです! お互い、ちゃんと話し合って別れました。……実は、その、同時に好きな人ができて。

ナギコ:……好きな人? 

アコ:はい、あ、お茶おかわりいりますか?

ナギコ:ご飯まだある?

アコ:まだ食べるんですか? 何日も食べてないのに、急に食べたら体に悪いですよ。

ナギコ:だっておいしいんだもん。この手羽先の甘辛煮とか最高。あー永遠にしゃぶっていたい。

アコ:やめてください。はい、どうぞ。

ナギコ:ありがと……うん、おいし。このね、甘辛煮のタレだけでご飯いけるよね。……じゃなくて、何の話だっけ? そうそう! 別れたってなにそれ!

アコ:だから、そんな大ごとじゃないですよ。今は友人としてお付き合いしてます。今日もお昼一緒に食べましたし。

ナギコ:そう……もう意思は固そうだね。残念だな、お似合いだったのに。しかし、ってことは、アコちゃんもうここに遊びに来ないってこと? やばい、私マジで行き倒れるかも。
「ベストセラー作家、神代(かみしろ)ナギコ、自宅でパジャマ姿の遺体で発見される!」とか。

アコ:やめてください。ナギコさんがいいなら、これからもここに来たいです。

ナギコ:そうはいかないでしょー。今まで息子の彼女ってことで甘えてたけど。あ、そうだバイト代出そうか? 私のアシスタントにならない? いや、マネージャーか? アコちゃん、漢字のチェックとかもできるし、作品の感想も言ってくれるから正直、めちゃ助かってるんだよね。

アコ:だって、私もともとナギコさんの作品のファンですし。一番に読ませてもらえてうれしいんです。ファンからすれば、私の方がうらやましがられる立場ですよ。

ナギコ:そうかなー? ま、私、マスコミに出るときは、完璧に猫被るからね。作家として活躍するシングルマザーとして。この美貌だし?

アコ:パジャマで言っても説得力ゼロです。

ナギコ:だって、部屋ではこれが一番楽なんだもん。だいたいさー、マスコミ向けの顔が、こう、ビシッとしてて、自分にも他人にも厳しい系の女に見えるらしくて、男寄ってこないのよ。アコちゃんも気をつけな? どっか隙がないとモテないよ。

アコ:そんなの別にいいです。興味ないですし。

ナギコ:あっさりしてるなー。まあそうだよね、アコちゃんはアコちゃんのままがかわいい。どうしよ、お味噌汁もお替りしようかな?

アコ:……あの、ずっと前から聞きたかったことがあるんですけど。

ナギコ:ん、なに? お味噌汁の具なら豆腐と油揚げが好きよ?

アコ:そういう話じゃなくて。

ナギコ:あーごめん真面目な話? うん、いいよ、なんでも聞いて? 答えられることは答えるから。

アコ:どうして、ケイトくんのお父さんと結婚しなかったんですか? 

ナギコ:あーそういう話かー。んーアコちゃんに分かるように説明するのは難しいな。お互い、結婚っていう制度に魅力を感じなかったの。決してね、嫌いだったわけじゃないのよ。今でも連絡取り合ってるし、ときどきは会うし。ケイトとカイトを育てるのも二人で協力してるし。
まあ、そのせいか、二人ともよく言えば自立心旺盛、悪く言えば可愛げのない子に育ったけどね。高校からバイトして一人暮らしするとか言い出すし。

アコ:私が聞きたいのは、ナギコさんが独身なのは、本当はケイトくんのお父さんのことが好きなんじゃないかなって。 

ナギコ:ん? いや、恋愛的なものはないよ? うん。友達、かな。無理に分類するなら。

アコ:そうですか……

ナギコ:どうしたのアコちゃん。なんでそんなこと聞きたがるの?

アコ:ナギコさんのことが気になるんです。

ナギコ:え? パジャマ姿の、ぼさぼさの髪で、自宅で行き倒れになってることとか?

アコ:確かにひどい姿ですよね。

ナギコ:すみませんねえ。アコちゃんのお母さんくらいの年なのに面倒みてもらって。……そういえば、アコちゃんのお母さん、ユリカさん、だっけ? ケイトの好きな人ってもしかしてユリカさんだったりしない?

アコ:え、なんで?

ナギコ:あちゃービンゴかー! もーケイトの奴ー! 

アコ:どうしてわかったんですか?

ナギコ:え、私、作家の端くれだよ? 人間観察は仕事のうちだって。それに腐ってもケイトの母親だし?
 こないだお会いしたとき、ケイトの目つきが、なんか、ね。なかなか器用に隠してるつもりなんだろうけど、なんとなく気がついちゃったんだよね。気のせいだって思おうとしてたけど。
もー何考えてんだろ。マザコンじゃないと思ってたんだけどな。アコちゃんを傷つけてまで、いばらの道を行かなくてもいいだろうに。

アコ:私は、傷ついてません。むしろ二人を応援してます。母にも幸せになって欲しいですし。

ナギコ:そっか、アコちゃんがそういうなら私も見守るかな。大人だねアコちゃん。

アコ:早く大人になりたいんです。私の好きな人も大人なんで。
 
ナギコ:え、誰? 気になるな。もしかして、担任の先生とか? ……やめときなよ、おっさんじゃない。いくら人は見た目じゃないといってもだよ。

アコ:ちがいます。

ナギコ:じゃ誰? 可愛いアコちゃんでも難しい相手となると……まあ、話したくないなら無理にとは言わないけど。

アコ:ナギコさんです。

ナギコ:え?

アコ:私、ナギコさんのことが好きです。

ナギコ:そうなの?

アコ:はい

ナギコ:そう、なんだ。

アコ:はい

ナギコ:ごめん、気が付かなくて。

アコ:ナギコさん人のことを見るのは鋭いのに、自分のことは鈍いですもんね。

ナギコ:うん。よく言われる。

アコ:最初はナギコさんの作品に惹かれました。悲しいのに美しい世界観。人間臭くて憎めない登場人物。でもどこかに必ず救いをくれるところとか。大好きで何度も夢中になって読みました。
彼氏のお母さんだってわかったときは驚きましたけど、ものすごくうれしかったです。
近づきがたい人なのかなって思ってたのに、すごく話しやすくて、子供っぽいところもあって……知れば知るほど惹かれていって。
締め切り前の姿は、最初はびっくりしたけど、私にだけ見せてくれてるんだって思ったらうれしくなって。
……ほかの人に見せたくないなって思うようになりました。

ナギコ:そっか。

アコ:はい。

ナギコ:ありがと。

アコ:お礼を言われるようなことじゃないです。

ナギコ:そだね。

アコ:はい。

ナギコ:そうだよね。

アコ:はい。

ナギコ:……私もアコちゃんのことが好きだよ。優しくてかわいくて、料理上手で、だらしない私を叱ってくれて。年齢とか関係なく、とても居心地のいい相手だって思ってる。
それは本当。

アコ:私、すぐに答えが欲しいわけじゃないんです。このまま年の離れた女友達としてでもいいです。私が未成年じゃなくなるまで、あと2年、待てというなら待ちます。だから……

ナギコ:ごめんね。

アコ:ナギコさん?

ナギコ:そろそろ、原稿見直ししないと。片づけは私がやるから、今日は帰ってくれる?

アコ:片付けやります。原稿の見直しも一緒に……

ナギコ:だめ。

アコ:どうしてですか? 

ナギコ:……私ちょっとぐらついてる。若いあなたに押されるがまま流されてしまうのもいいかなって思ってる。

アコ:いいじゃないですか。一緒に流されましょう。

ナギコ:でもね、それだと、私は私を好きでいられない。私はあなたの想いに付け込んだ、ずるい大人になってしまうから。

アコ:どういうことですか?

ナギコ:じゃあ言い方を変えるね。

アコ:はい

ナギコ:迷惑なの

アコ:え?

ナギコ:気を付けて、帰ってね……

アコ:ナギコさん! ……そう、ですか。ごめんなさい。

(間)

ナギコ:あ、もしもし、うん、久しぶり。うん、元気。ごめん急で悪いんだけど。今日空いてる? うん、ちょっとね。一人でいたくないの。
うん、お願い。ごめんね。うん、うん……そうね、失恋……みたいなものかな。



END

息子の彼女 ~ナギコさんの場合~ (0:2)

息子の彼女 ~ナギコさんの場合~ (0:2)

娘の彼氏シリーズ 上演時間 約15分

  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-07-02

CC BY-NC-ND
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