神主は巫女のネジを回す

菜月進(なつきすすむ)

「ああ、あっつい……眺めはいいんけどなぁ」
 ウチの神社は下を眺めても木の頭ばっかりで、目を凝らしてやっと見えるくらい里から離れてる。来るのも大変で、雑に舗装された遠回りの道を車で登るか、ボロい参道をひたすら登るしかない。夏に来るのは大変だ。
 じいちゃんは頑固で、せっかく里のほうに家があるのに「ご先祖様のため」とか言って、神社の横の母屋で暮らしている。あ、頑固だけどいいじいちゃんだからね。
「じいちゃーん! じーちゃーん!」
 母屋の前に立ってじいちゃんを呼ぶ。こんな山奥誰も来ないのに「大切なものがしまってある」とかいって几帳面に鍵がかけてあるから、来るたびにこうやって呼ぶ必要がある。
「じいちゃーん! おーいジジイ、死んじまったのかぁ!」
「うるせぇぞ一乃(かずの)! 朝っぱらから何騒いでやがる!」
 じいちゃんが出てきた、怒ってるけどいつものことだからたぶん大丈夫。
「見てよじーちゃん、母さんの巫女装束だよ」
 ボクは子供用じゃない、大人が使うちゃんとした紅白の着物を着てるところをじいちゃんに見せるために朝早くから山を登ってきた。
「どうしたんだ、いつものは洗濯中か?」
「ちーがーうーのー! これ大人用! 大人っぽいでしょ? うふ、ボクだって育つところは育ってるんだよ? 胸だって、お母さんの服がぴったり。ばーちゃんも母さんも死んじゃったしさ、じーちゃん女に飢えてるかなって思ったの。親切な孫に感謝してよね」
「孫に興奮してたまるかクソガキめ。まあ、綺麗だがな」
 ふふん、子供っぽいって言われないようにお化粧もしてきたのだ。
「でしょ!」
「三年は経つってぇのに虫が食った跡もねえ。七夏(ななか)はマメだったからな、丁寧に仕舞ってたんだな」
「そうじゃないでしょ! ボクは? ボクは綺麗じゃないの?」
「うーん、違いが分からないなぁ、じいちゃんまた目ぇ悪くなっちゃったかな」
 かーっ! このクソジジイ、せっかく来てやったのに!
「ちゃんと見てよ、嬉しくないの?」
「嬉しかったんだけどなぁ……そういう言い方をされると、嬉しくなくなっちゃうんだよなぁ。あーあ、じーちゃんガッカリしたなぁ」
 ちょっ、嘘でしょ?
「おじーちゃんごめんー! ごめんなさいー! じいちゃん喜ぶと思ったんだよぉ、反省するから、ちゃんと見て」
「わかったわかった。もう中学生だってのに……なんでこうガキっぽさが抜けねぇかなぁ」
「大人っぽくしてるじゃん! ほら、お化粧もしたんだよ」
「うーん……すまないな、そっちは本当に分からん、いよいよ目に来てるな。まあ、春子(はるこ)さんがやったんなら綺麗にはなってるんだろうよ」
「ちがうー! おばさんじゃないの! 自分でやったの!」
 手伝ってはもらったけど……やったのは自分だし。
「わかったわかった、信じるよ」
 じいちゃんは袖を掴むボクの手をほどいて、優しく肩を叩いてくれた。
「かわいい孫が大きくなった姿を見せに来てくれるんだ、じいちゃんは嬉しいよ」
 ボクはおじいちゃんに抱きついて、思う存分甘えて、終わってからしっかり巫女のお仕事をした。おじいちゃんは手伝いなんていらないって言うけど、お母さん死んじゃったし、神社にお金ないから巫女をやる人はボクしかいない。がんばらなくっちゃ。

◆◆◆

「で、来週も手伝いに行くのかよ、マジヤバくね?」
「なんでヤバいのよ」
 ボクはクラスの女子より男子と気が合う。特に雄助(ゆうすけ)は小学校から一緒で仲がいい。
「中学生に仕事させるとかブラックじゃね?」
「ウチは代々神社なの、お母さんだって巫女だったんだから」
「あ、そうだよな、わりぃ」
 雄助はお父さんとお母さんが死んじゃったこと知ってるから、名前を出すと気を遣ってくれる……やりづらいんだよなぁ。
「そういうことだから、遊ぶなら土曜日の午後ね」
「えーまた来るのかよぉ」
「なんでーダメなの?」
「ダメじゃねーけど……もう中学生だから、女の子とばっかり遊ぶなって親に怒られるんだよ」
 あー……大人って子供はみんなスケベだと思ってるもんね。
「やだねー思い込み激しくて。付き合ってもないのにエロいことする訳ないのに」
「そ、そうだな」
 雄助ちょっと困ってるな、そんなに怒られたのかな……雄助のお母さん優しいし、お父さんが怖い人なのかも。
「わかった、土曜日も神社行くことにするよ。今週は行かないであげる」
「あ、なあ……オレが遊びにいくんじゃダメか?」
「えーウチなんにもないよ?」
「いーじゃん、神社の中とか巫女とか珍しいじゃん。見せてよ」
 珍しい……そっか、普通そうだよね。悪い気はしないな。
「いいよ、その代わりゆーすけもお手伝いね」
「え、手伝うの……まいっか、いいよ」

◆◆◆

「友達ってのは男だったのか、一乃」
「うん。そーいえば、じいちゃんゆーすけは初めてだっけ」
 土曜日、ボクと雄助は二人で神社まで登った。じいちゃんは袴姿に軍手を付けて虫取り網を持っている。
「ねえじーちゃん、また蜂の巣あったの?」
「そうだ。話す前に友達を紹介してくれるかな?」
 じいちゃんは仕事中はとっても怖い声で喋る。昔母さんに聞いたら「真面目で頑固だから仕方ない」って言ってた。雄助、怖がるかな。
「友達のゆーすけ、父さんと母さんにも会ったことあるんだよ」
「てことは、割と長い付き合いなんだな」
 雄助が喋らない、怖がっちゃったのかな。
「大丈夫だよゆーすけ、じいちゃん怖く見えるけど優しいよ」
「優しくない、オレは厳しいぞ」
「もー! すぐ脅かすんだから」
 まあ、じいちゃん厳しいけどさ。ボクには優しいんだから、合わせてくれたっていいじゃん。
「ゆーすけ、挨拶してよ」
「は、はは、はじめまして。里山(さとやま)雄助です」
 堅くなってる……仕方ないか、じいちゃん怖いからね。
「で、雄助くん。神主の仕事に興味があると聞いているが、何が知りたいんだ?」
「じいちゃんの仕事って宮司(ぐうじ)じゃないの? 神主とは違うーって言ってたじゃん」
「一乃、みんなが分かるように話すのは大切なことなんだよ。お前は神社の子だから分かるが、普通の人は宮司なんて言われても分からない。けど、神主さんと言えば分かるだろう? 神道は細かいことを気にしない、いつも言っているだろう」
 そうだった。「悪くなければ」よくて「真面目でやさしい」のが神道だってお母さんも言ってた。
「話は逸れたが……どうなんだい、雄助くん」
 雄助は怒られたときみたいに悲しそうな顔をしてた。
「ごめんなさい……興味はなかったんです。一乃ちゃんと遊びたくて」
 じいちゃんは黙ってる、雄助は泣きそうだ。どうしよう、変なこと言ったらボクも怒られちゃうよね。
「雄助くん」
 じいちゃんは軍手を外し始めた。
「素直な子だ。君くらいの歳で素直に謝れるのは、とてもいいことなんだよ。これからも一乃と仲良くしておくれ」

◆◆◆

 その日から、週末は雄助も神社の手伝いをすることが多くなった。ボクは楽しかったし、出るおやつも豪華になった。じいちゃん、余所の子にも優しいんだね。
「お前らのおかげで神社が綺麗になる。来る人はみんな喜んでいるよ」
「じいちゃん目ぇ悪いからね、手伝うのは当たり前だよ。蜘蛛の巣とかあってもわかんないでしょ」
「ああ、蜘蛛の巣は見えなくて何度も顔から突っ込んだよ。これ以上悪くなったら字が書けねぇ、そうなったら本社に相談するしかねぇなぁ」
 目が悪いから大変ってのは知ってたけど、思ってたより大変そう。大丈夫かな。
「じーちゃん、神社辞めちゃうの?」
「辞めないよ、オレの代で潰したら申し訳が立たん。次が見つかるまでは踏ん張ってみせるさ……それに、年を取るのも目を悪くするのも、受け入れていくのが正しいとオレは思ってる。災い転じて福となる、とも言うからな」
 じいちゃんがボクの頭をなでる。
「若いのが二人も手伝ってくれるのも、老いぼれたおかげだ。嬉しいぞ」
「宮司さん、オレも手伝いがんばるから目の心配しなくていいぜ」
 じいちゃんと雄助はとっても仲良しになった。二人が仲良くしてるとボクも嬉しい。
「雄助、一乃と付き合う気があるならよく考えろよ。こいつはガキすぎる、頭のいい女性を探したほうが幸せになれるぞ」
「もう、まーたボクをからかって遊ぶ! 最近二人ともひどいよ?」
 じいちゃんは笑いながらボクの頭を揺さぶる。
「悪い悪い、お前がいい反応をするからつい、な」
 まったくもう、そのうちバチがあたるよ?

 その夜、じいちゃんが救急車で運ばれた。急性なんとかっていう、急に悪くなる病気らしい。ボクのせいだ、ボクがじいちゃんにバチが当たるなんて思ったから……神様、じいちゃんを助けて!
「一乃、先に行きな!」
 病院の入り口でおばさんが車を止めた。駐車場に行く時間がもったいないから、ボクだけでも先に行けって。受付の人に名前を言ったら、看護婦さんが案内してくれた。
「じいちゃん!」
 ベッドに横になってるじいちゃんは、ボクを見てニコってした。よかった、大丈夫なんだ。

◆◆◆

 退院したじいちゃんは親戚のみんなに反対されたけど、神社に戻った。でも、ボクは会いに行っちゃダメって言われた。血圧が上がると危ないんだって言われた。お医者さんが神社まで出張するから、邪魔しちゃダメとも言われた。
「お父さんもお母さんもおばあちゃんも死んじゃった……じいちゃんまで死んじゃったら、どうしよう」
 ボクは泣いた、どれくらい泣いたか覚えてない。ただ、おばさんと雄助が励ましてくれたのは覚えてる。
「神様にごめんなさいしたら、神様助けてくれるかな」
 日曜日の朝、ボクは巫女服を着てこっそり神社に行った。思った通り、母屋は閉まってる。じいちゃんは起きられないんだ。ボクは本殿の周りを一生懸命綺麗にした。
「……からも、後任の選出は難しいという話が出ています。ご息女夫妻もいませんし、お孫さんはまだ子供。宮司不在で存続させるしかないのでは」
「話は分かる。だが、オレが生きてる間はやらせてくれねぇか。永吉は最後まで神職を務めたと、ご先祖様に報告してぇんだ。オレが死んだ後なら、どうしてくれてもかまわないから」
「お気持ちは分かりますが、命が危ないとお医者様も……」
 じいちゃんと知らない人が話してる。前に言ってた本社の人かもしれない。ウチは分社だから、本社のほうが偉いってじいちゃん言ってた。じゃあ、本社さんにダメって言われたら、ダメ……だよね。
 ボクはこっそり話を聞いて、知らない人が本社の人だって分かった。ボクは二人に見つからないように林を通って本社の人の車の前で待った。
「あのっ、本社の人、ですか?」
 本社の人は細身で、夏なのにスーツを着ていた。胸はあんまりおっきくないけど髪が綺麗で、顔も美人なほうだと思う。
「巫女? ひょっとして、永吉(えいきち)さんのお孫さん?」
「はい、古川(ふるかわ)一乃って言います。お姉さんは本社の人ですか?」
「ええ、わたしは本社の人よ。お嬢ちゃんはどうして外で待ってたの?」
 なんでだろう。顔を見ただけなのに、女の人なのに、なんだか……学校の先生より、怖い。
「聞きたいことがあって、その……いいですか?」
「いいわよ」
 態度だって悪くない、怒ってもいない。でもボク、本当に話していいのかな。
「神社、なくなっちゃうんですか?」
「なくならないけど、もう神事はできないかもしれないね」
「なんで? おじいちゃんが病気だから?」
 本社の人はすぐには答えてくれなかった。黙ったまま、ボクの顔をしばらく見てた。怖い人、じゃないよね?
「わかりやすく言うのって、難しいわね。後を継ぐ人がいないし、本社から送れる人もいない。わたしたちの神社ってね、数が少ないの。だから、他の神社と違ってお金をもらうのがすごく大変なの。こんな感じでわかるかしら、お嬢ちゃん」
「えっと、なんとなく」
「神様の場所だから、簡単になくしちゃうってことはしないの。だから、ここを掃除する人だけ頼んで、永吉さんには休んでくださいってお願いしてるんだけど……あのままじゃ、永吉さん死んじゃうからね」
 お金がなくて、人がいなくて、おじいちゃんが死んじゃうって……あっ!
「あの、ボクがここを継いじゃいけませんか?」
「女が宮司になっちゃいけないって決まりはないけど、お嬢ちゃん何歳?」
「十四歳です」
「宮司はね、ちゃんと勉強して、大人になった人がなるの。お嬢ちゃんが大人になるまでなんて待てないわ」
「じゃっ、じゃあボクが学校やめて神社に住むから! 掃除する人がいればいいんだよね? だったらボクできるよ、巫女だってもう何年もやってるんだから!」
「あのね、義務教育……あ、なるほど、分かってないのね」
 本社の人は途中で話すのを辞めて、スマホを操作し始めた。ボクが聞いても「しばらく待ってて」としか言わない。ボクは待った、一時間くらい待ったんじゃないかな。
「お嬢ちゃん、学校を辞めて神社を守るのはすっごく大変よ。それでも、やる?」
 やる、やるに決まってる。そうしないとおじいちゃんが……それだけはダメ!
「やる……いや、やります。やらせてください!」
 本社の人はむすっとしてるのに、なぜか笑ったように見えた。
「そう、じゃあ本社は手伝うわ。でも考える時間をあげる、気が変わったら学校を続けるのよ」
「気なんて変わらない、じいちゃんと一緒にいて手伝って、病気だって治すんだから!」
「最後まで聞いて。もし神社を守るために学校を辞めていいんだったら、来週の日曜日の朝、ここに来てくれる? 来なかったら、気が変わったことにしておくから。ただし、このことは誰にも言わないこと。それと、誰にも見つからないこと。約束が守れたら、手伝ってあげるわ」

◆◆◆

「オレたちが行ったら迷惑なんて……宮司さんならそんなこと言わないよな。こういうとき大人って勝手なんだからよ、くそう」
 雄助が悔しがってる、雄助もボクと一緒で、じいちゃんに会っちゃダメって言われた。ボクも悔しいよ……でも、ボクがじいちゃんに会えるようにするって言ったら、学校辞める話もきっとしちゃう。日曜日まで、何にも言わないようにしなきゃ。
「一乃、話聞いて……ごめん、一乃が一番辛いのに、オレばっか喋っちゃった。無理して話さなくても、オレは一乃を嫌いになんかならないからな」
「ありがとう。ボクこそごめんね、話できなくってさ。何にも、思いつかなくって」
 それから日曜日まで、ボクと雄助は毎日鳥居のところまで行って神様にお願いした。じいちゃんを良くしてください。

◆◆◆

 朝としか聞いてなかったボクは、時間が分からないから念のために五時から待ち合わせの場所へ行った。本社の人はまだいなかった。時間を潰そうと思って、アリの巣を見つけてひたすらそれを眺めたりした。みんなはスマホで遊んだりしてるけど……ボクあれ苦手なんだよなぁ。スマホっていうより、機械が苦手。一応持たされてるから、電話と時間の確認くらいはできるけど。
 本社のお姉さんが来たのは六時過ぎだった。ボクがいるって思わなかったみたいで、すごく驚いてる。
「最近の子は早いのね」
「大切なことだから、遅刻はダメだよねって思って」
「そう。あ、悪いんだけどスマホは置いてってくれない? それね、お嬢ちゃんがどこにいるか分かるようになってるの。本社に来たなんて分かったらおじいちゃん心配するでしょ?」
 それはそうだけど。
「こんな場所に置いたら壊れないかな」
「ああ、そっちの心配なのね。スマホ置いてけなんて怪しい~ってリアクションを期待してたんだけど」
「なんで?」
「お嬢ちゃんがさらわれた、なんて間違えられたら大変でしょ。そんな話聞いたら永吉さん、ホントに心臓止まるかもしれないわ。おじいちゃんを大切にするんだったら、もっとしっかりするのよ」
 なんか先生みたいだな、本社の人。
「はーい」
「で、スマホだけど……こういう便利なものがあるのよ」
 お姉さんが出したのは固そうなカバン。なんか金属っぽくて、黒く塗ってある。
「これに入れておけば電波を通さないの。じゃ、行くわよ」
 ボクはスマホをお姉さんに渡して、お姉さんの車に乗る。なんか車屋さんみたいな匂いがする。
「この車新品なんですか?」
「中古よ、でも馬力あるから便利よ」
 そんな話をしながらだいぶ遠くへ来た。高速道路を走ってるみたい……おなかすいたな。
「何か食べるものあります?」
「はい」
 チョコバーだった。もっとご飯っぽいものが良かったけど、贅沢言ったら怒るかもしれないし、我慢しよう。
「いただきます」
 すぐに食べ終わった……けど、これ喉渇くな。
「飲み物ありますか? 喉渇いちゃって」
「あー……コーヒーしかないわね、ブラック。お嬢ちゃん飲める?」
「いや、それはちょっと」
「じゃあ、次のサービスエリアで買いましょう」
 まだかなぁ……って思ってる間に、眠くなってきた。朝早く起きすぎたかな、ちょっと寝ちゃおう。

◆◆◆

「お嬢ちゃーん、起きて~」
 んあ……あれ、部屋の中? ベッドに運んでくれたのかな。
「ごっ、ごほ」
 なんかすっごく口が動かない。寝ぼけてるのかな、景色が青っぽく見えるし。
「どうですドクター、反応は」
「いいね、古川くんの呼びかけで脳波が変わった」
 体も動かない、声は聞こえるのに。金縛りってヤツかな。お姉さん何の話してるんだろう。
「この子も古川ですよ、紛らわしくありませんか?」
「なんだ、下の名前で呼ばれたいのか」
「あっ……いえ、遠慮しておきます」
 どうしよう、ボクが金縛りだって気づいてないみたい。人が居るから怖くないけど、どうやれば伝わるかな。
「まあいい、養液を抜いたら時間との勝負になる。古川くんは空いた容器を使いなさい、機材が一式揃うなんてまずない、メンテナンスをしていくといい」
 青っぽい景色だと思ってたのは水だったみたいで、水面がどんどん下に下がってくる。あ、頭の上から水面が来るってことは、ボク立ってるのかな? じゃあこれ、夢?
「よし、開けるぞ。解剖学班!」
「いつでもどうぞ」
 持ち上げられてるのが分かった、触られる感触はあった。夢じゃないのかな? でも、夢じゃないとしたら、これ何……あっ、熱い! なんか熱いのが体に当たってる!
「綺麗な内臓、やっぱり若い子は違うわ。それとも巫女さんだからかしら」
「巫女にそういうイメージを持つのは分かるが、関係ないと思うぞ」
 熱いのが止まったら、今度は肌を引っ張られるような妙な感覚。痛くはない、ないけど、何かされてる感じはすごくある。すごく、怖い。
「これ、加工前に内臓抜いたりできないんですかね」
「オレも思ったが、神経を傷付けちゃまずいらしい。プラスティネーションする前に負担をかけると失敗するんだとよ。あ、生殖器だけは保存しておけよ、後で使うから」
「そっちはこだわる……これは医療行為じゃない、だから気にするな、ですよね」
「そういうことだ」
 大人の声、男の人と女の人。なんか難しい話してる……あうぅ! な、なんか気持ち悪い……おなかの中を泡立て器でかき回されてるみたいな感じがする。長い、長いよ! これ終わらないの? おうっ、ううう!
「大体取れたな。ソーダの準備頼む」
「すぐにでも出来ますよ」
「頼む、こっちはノコ準備しておくから」
 かっ、体の中が溶けてる感じがする? ひっ、み、右手、右の腕になんか入ってくる? 怖いよ、夢なら覚めてよ。
「中断、固定」
「固定オーケーです」
「動かすなよ……ふぅ、心臓に悪い。傷付けたら洒落にならんからな」
 腕が、とれた? あっ、また溶かされてる! 左の腕まで……なんで? なんでこんなことするの?
「解剖学班、腕一本だけ先に回してくれ」
「左右対称のほうがいいんじゃなかったのか」
「遺体が見つからないと困るんだとよ」
「ああ……持ってけ」
 周りの大人が話してるのが聞こえる、ボクは相変わらず動けない。おなかの中は混ざったり溶けたりして空っぽな感じがする。夢、だよね? おなか無くなって生きてる訳がないもん。
「神経傷付けずに済みましたね」
「ああ、やっと一息つける。工学班、取りに来てくれ!」
 切られたのは手だけじゃなかった、両方の足も切られた。前しか見えないけど、周りに人が増えて、ボクを動かしてるのは分かる。さらわれるとこんな風にされちゃうのかな。ボク、悪い人にさらわれたのかな。本社のお姉さん、騙したのかな。
「頭を固定した、引き上げろ」
 知らないおじさんが目の前にいる。おじさんが手を離したら、ボクは仰向けになったみたいだ。大きい明かりがいっぱい見える。これ、テレビで見たことある。手術室、なのかな。
「調整弁を取り付ける、すぐ胴体にかかれるよう準備しておけよ」
 さっき、ボクの顔を掴んだおじさんの声だ。なんか、偉い人みたいな気がする。苦しいのに痛くない……いつまで続くのかなぁぁぁあああ!
「頭蓋骨取り外し、脳幹に接続、モニターチェック」
「異常なし」
「調整弁埋め込み完了、脳幹と骨格を保護、ナノカーボン注入」
 頭の中が揺れる! チカチカ光って、ひか、ひ……か。
「髄膜剥がしておけ、モニターはペインコントロール、ケイ素ネット準備」
「駆動部、骨格保護終わります」
「電線敷設開始、体の大きさを忘れるな」
 にゅうううう、はあ! なにこれ、何されたらこんな感じになるの……体の中で紐みたいなのがいっぱい動いてぎゅってして……あっ、また、やめてぇぇぁあああ!
「敷設順調です、すぐ終わらせます」
「順調でも気を緩めるな。ケイ素ネット展開、ヒーターで癒着させる」
 あ、ああ、あたまのなか、なにかされてる。わからない、あたまが、白く、なる。
「電線の敷設終わりました、骨格のカーボン化はまだかかりそうです」
「動力炉から先に繋いでしまえ、固定は最後でいい」
 は、ふぅ! お、おへそからいっぱい入ってきてる、おなかとくっついてる。見えない、怖いよ、気持ち悪いのに変な感じがして……変な感じがするのに、怖いのに、嫌じゃない。なんで?
「骨、いい具合に黒くなってますよ。固定しますか」
「首から下は仮止め、上はそのまま使うから予備の型取りもしておけ」
「骨の青写真は全て取れていますが?」
「技術を過信するな、絶対の保証でなければバックアップは取る……ケイ素ネット癒着確認、制御装置付けるぞ。レーザーも用意」
 何をされてるのかわかんないけど、痛くないのはなんでだろう。頭も体もぐるんぐるんなのに、おかしいよね。
「制御装置を接続する。作業止めろ、動く細胞が飛び跳ねるぞ」
 あっ、頭の後ろから前まで、何か入って……き、きかい?
「接続、回路プリント開始」
 あああアアア! やっ、焼ける、脳ガガガ……ストレス規定値オーバー、信号カット。コントロールを非常制御装置に切り替え。
「モニターより報告、意識落ちました」
「記憶領域は?」
「乱れていますが、欠落は認められません」
「まあ、許容範囲だろう。作業再開、骨格チェック」
 作業工程を検索……三十六パーセント終了。待機指示確認、ログ作成……ログテキストをバイオコンピューターに最適化……脳の保護装置と、思考の制御回路が取り付けられたことを確認、記録します。制御回路から脳に残る記憶を調べるよう命令されました、思いつく限りを制御回路に明け渡します。
「バックアップは」
「取れています。回路は予定通り定着したようです」
「意識がないならそのほうが楽か……眼球および耳鼻咽喉を摘出、既製品に置き換える。バッフル加工急げ」
 ログ作成。視覚、味覚、嗅覚、聴覚を完全に失いました。新しいカメラが取り付けられました、視界が復元されます。新しいマイクが取り付けられました、聴覚が復元されます。
「バッフル上がりました」
「仮止め、カメラとイヤーマイクは上の台座が整うまで固定するな」
 脳に深刻なダメージを確認、非常制御装置より指示の再確認……改造工程によるエラーと確認、スキップします。
「主任、モニターより報告」
「後にしろ、精密作業中だ」
 脳で新たな回路の生成を確認、接続……思考回路が復旧しました。コントロールを非常制御装置からバイオコンピューターに渡します。
「よし。電極、二百ミリボルト、ケイ素ネットに秒間十回」
 ひああああ! あ、あ……あ、れ? ボク今なに考えてたの……作成されたログ? なにこれ? こんなの覚えてないのに、ハッキリ思い出せる?
「胴体、補助動力と演算回路まで取り付けました」
「固定を許可する。バッテリーはまだ待て……モニター、報告とは何か」
「記憶が揮発する前兆を確認されました、予定より二時間半も早いです」
「なんだと!」
 や、また体に何か入って……違う、固定してるって? 動力炉って何、補助脳って何……知らない言葉がいっぱい、嫌だ、ボクどうなっちゃうの?
「さらに報告、意識は回復するも乱れが大きく、バックアップの信用性が落ちています」
「なんてことだ、原因は」
「不明です。年齢による肉体構造の違いが疑われます」
「憶測はいい。電脳化処理中断、実行中のバックアップは完了させろ、記憶のバックアップは再度取るまで胴体の作業のみ行う」
「時間が足りません、予測では揮発まであと一時間です」
「不測の事態、何を優先する……バックアップとプログラム再構築を並行させろ、信頼性は少しでも確保するんだ」
 コンピューターがボクの記憶をほしがってる、やっ、怖い……優先度の高いタスクを確認、相互エミュレーター起動……あ、ああ、あああ! 頭がふたつ、ふたつある! ボクがふたりになる、ボクを作るためのボクが、やめて! ボクを分解しないで!
「モニターより報告、意識がバックアップを妨害しています」
「そういうときの非常用だろうが」
「あっ、はい。起動させます」
 これ以上ボクを……意識を遮断します。接続されたコンピューターと同調、データ同期開始。
「バックアップ、順調です」
「急げよ。電脳化処理再開、メンテナンスブロック印字開始」
 処理能力低下、優先タスクを同期に再設定……エラー、続行できません。タスクを破棄します。

 あれ、ボク、さっきまでぐにゃぐにゃしてたのに、すごくスッキリしてる。でも、この音なに? 電気みたいな……目は、開かない? 目隠しされてるの?
「コンピューター上に人格出現、思考パターンの読み取りに成功したようです」
「記憶は?」
「意味記憶は直近のものだけですが、手続き記憶のバックアップは済んでいます。確認しますか?」
「人格が出るならいい、もう間に合わん。新しい記憶から優先して同期、再現したプログラムに追加しろ」
 そうだ、お姉さんの車に乗って、朝五時に待ち合わせ場所に着いて……おかしいな、思い出が新しいほうから並べられる。ボクのなのに、ボクの記憶じゃないみたい。
「モニター、プラスティネーションから何時間経つ」
「あと五分で六時間です」
「ちぃ、バックアップ終了。首から下、固定は」
「四肢以外はオーケーです」
「十分だ、動力炉を起動させろ」
 ばっ、バックアップ元に重大なエラー、同期終了……なにかが、壊れたのが、わかる。ボクなのにボクじゃない、でもボクより大切な……なんで? わかるのに、分からない。ボクの思考がおかしいの、かな? 修正、しなきゃ。
「モニターより報告、同期を終了。バックアップ人格が記憶補正を開始しました」
「記憶補正前のデータを保存しておけ。起動中の人格は記憶補正を続行。オリジナルはどうなっている」
「人格が破損しました。データは残っているようですが……電脳としては問題なく機能します」
「そうか、人格は残したかったが仕方ない。バックアップの記憶補正が終わったらオリジナルと定義させる。各部、動作チェック急げよ」
 まっ、またふたつになるぅぅぅ! ボクが、ボクがいくつもある? やだ、怖いよ!
「最後に同期した時点のデータをコピーし保存、仮想人格に記憶補正を続行させます」
 ボクはバックアップじゃない、オリジナルの古川一乃。データを受け入れて思考を再編さんします? なんだろう、ボクの考えなのにボクじゃない、ような気がする。なんでこんな難しいこと考えてるのかな、ボクは……あああ! そう、これは夢! おかしいことなんてない、ボクはプログラムじゃない、ボクは一乃なんだ、本物の一乃なんだよ……おじいちゃん、お前は一乃だよって、言ってよぉ!
「負荷が規定値を超えました、保全プログラムで補助させます」
「頼む。バックアップを過信したくない、オリジナルのデータを保持した上で、再現できた人格は大切に扱え」
 プログラムって、なに、わかんない……そうだ、わかんないなら、考えてもしかたないんだ。わかんないことや忘れることは不思議じゃない、怖がらなくていいんだ。怖がる? ボクは、何を怖がっていたんだろう。
「モニターより報告。記憶補正、順調です」
「こっちの調整も順調だ。コンピューター上に再現された人格、本体に移せるか?」
「可能ですが、負荷が予想されます」
「人格がコンピューターに最適化されると困る、本体は元の脳細胞だって使ってるんだ」
「了解、データ転送します」
 ま、た、ふたつ、に……ぼ、ボク、何個になったんだろう、わかんない。わかんない? わかんないことは、わかんないままで、いい、や。はぁお!

 データ統合、人格を再構築……なにが、起きた、の? こんな記憶、さっきまで無かった、よ。動力炉が動いて、体中の回路が繋がって、電脳が処理できなくなって? また、またわかんないよぉ。ボク、どうなっちゃったの? 夢じゃない、みたい。
「お嬢ちゃん、おじさんが分かるかい?」
 視認、データ照合……さ、さっきからよく見るおじさんだ。ボクに、話しかけてる?
「わガジジ、わカ、わか、わかり、ます」
 口が動く、けど、上手く喋れない。喉が、変な感じする。
「そうか、それはよかった。お嬢ちゃんは今、何されてるか分かるかい?」
「いい、え。わかり、ま、せん」
 おじさんは何度も頷いた、なんだか嬉しそうだ。
「そうか、ならそのほうがいい。お嬢ちゃんはそのまま、おじさんたちが何をするか、よく見ておくんだ」
 首が横に動く、上や下には動かないみたいだ。ボクは周りを見渡して、どこに居るんか分かった。倉の中だ。でも、どこの倉だろう。本社の……なのかな? よくわからない大きな機械がいっぱい置いてある。
「脊髄接続、動力炉制御回路解放」
 ピガガガ! で、電気流れて、繋がって、体が生えて? 違う、ボクの、体?
「ドライバー読み込み完了、表層意識へモニターを移します」
「全回路オンライン、パワーレベル2で固定」
 か、からだの、図面? 変な機械がいっぱい……なん、なの。
「お嬢ちゃん、わたしの言葉がわかるかな?」
 おじ、さん。
「ワ、わ……わかり、ます。おじさんは、だれですか?」
「お医者さんだよ。手は動かせるかい?」
 お医者さん、だったんだ。手は、動く。動くけど、なんか変な音がする。
「いいね。そのまま握ったり開いたりできるかな?」
「えっと、はい」
 手は動くけど、なんか変な感じがする。なんか、手がすごく固くなっちゃったみたい。
「動作、正常か」
「行けます。あとは本人が慣れてくれれば」
「よし……お嬢ちゃん、今度は足を頼むよ」
 ボクは言われたとおりにする。動いてる気がするけど、なんていうんだろう……大工さんが使う道具みたいな音がする。
「あの、お医者さん」
「なにかな?」
「動かすと、変な音がするんですけど」
「それはね、動かすのが初めてだからだよ。慣れてくれば音はしなくなる」
 初めてって。ボク、赤ちゃんじゃないのに。 
「主任、慣らしも兼ねて全体のサーボモーターを動かせますか?」
「やってみよう。お嬢ちゃん、よく聞いてくれよ。発、小波旅愁(こなみりょしゅう)。宛、個体名『介護用ロボット特装型、古川一乃モデル一番機』整備保全用の特別権限を要求」
 確認、小波旅愁で検索……該当あり、権限、最高管理者。規定により人格プログラムを一時停止、応答モード起動。
「受理しました。小波旅愁様、ご命令をどうぞ」
「サーボモーター稼働試験、対象全て、段階式、可動域80パーセント、パワーレベル1」
 音声コード確認……対象全て、段階式、可動域80パーセント、パワーレベル1。可能、タスク実行スタンバイ。
「命令受諾、タスク実行可能です」
「実行しろ」
「実行します」
 タスク実行、終了まであと120秒……。
「音声認識、問題なさそうですね。頭部と接続部はオーケーっと」
「左膝関節繋がり悪いぞ、トルクチェック」
「背骨がぎこちない、ハードとソフト両面でチェック」
「股関節は問題ありません」
 エラー検出、ログ作成……タスク終了、指示を仰ぎます。
「タスク終了、再度続行しますか?」
「タスク停止、続行は不要だ」
「今回のタスクを記録しますか?」
「記録の必要は無い。管理者権限を維持したまま音声コード解除、疑似人格を解放しろ」
 音声指示、小波旅愁の管理者権限を維持したまま応答モードを終了、人格プログラム停止解除……また、また? ボク、ボクじゃないみたいなこと考えてた。なんか難しくて、わかんなくて。あっそうだ、わかんないことは気にしないようにしなきゃ。
「おじさんが管理者。管理者は……偉い、人。ね、え。ボク、なにかおかしなこと、したのかな」
 おじさんがボクの頭を撫でてくれた。偉い人に撫でてもらうのは、うれしい。
「おかしなことはない、慣れればいいんだ。動作チェック! 終わったところから持ってこい」
 大人があわただしく動いてる、何か運んでるみたいだ。
「性器ユニット以外はそろったか。どれくらいかかりそうだ」
「ファームウェアとの調整に三十分はいただきたいです」
「無理をするな、一時間を猶予にする。他は内部組み立て、骨格に固定しろ」
 あっ信号。しんごう? 何かが体にいっぱいくっついてくぅあああ! なっ、かあ! き、金属が、体に、生えてくるぅ! 二個、三個、四個ぉぉぉかっ、かぞえおわるまえに増えて、やあああ!
「あっ、かふっ!」
「お嬢ちゃん、苦しいのかい?」
「苦しくない、です。痛くも……でも、変な感じがして」
「ふむ、性的快楽に変えてあるはずだが」
「せいてき、かいらく?」
「気持ちいいとは感じないか」
「わかりません。わからないことは、考えちゃダメ、だって」
「ああ、そういえばそうだったな」
 おじさんがボクの後ろに回った。何かしてるみたい……あああああ! しっ、締め付けられてびりびりする! なにこれ、なんか変で、強くって、怖い。
「これで、分からなくても考えられる。どうかな、お嬢ちゃん」
「わかんない、怖い」
「怖い? 気持ちいいとは感じないのか」
「これ、気持ちいい、の?」
 頭の中が、後頭部が、首の付け根に肩や手足の付け根、おなかの中のおっきな何か……これが、気持ちいい? これ、全部気持ちいい、怖いけど、あったかい。
「この歳でオナニーもしなかったのかこの娘は。まあいい、オレの仕事じゃない。少し休む、組み立てが終わったら声をかけろ」
「はい、主任」
 怖くない、終わらない、あったかくて、気持ちいい……わかんないのに、それでもいいって思えちゃう。こんな気持ち初めてかもガガ……記憶補填、該当記憶なし。初めてと定義……初めてだ。ボク、病気なのかな? こんな感覚が、終わらないなんてぇ!
「性器ユニット上がりました……って、主任は?」
「外で氷被ってるよ」
「七時間ぶっ通しだからな、無理ないか。取り付け指示は?」
「被検体の顔を見ろって、今付けたらぶっ壊れちまう」
「アッ、アッア、快楽、学習、がくしゅう? う、うっ! はぁ、はぁ……ああ!」
「そうか……工学班には悪いが、こっちも少し休ませてもらうよ。新鮮な空気が吸いたい」
 長い、終わらない。手足が終わったら、胸とおまたのところが気持ちよくなっちゃって、疲れてるのに、無理矢理気持ちよくなってる? これ、大丈夫かな。ボク、倒れちゃったり、しないかな?
「首尾はどうか」
「外装と性器以外は組み付けました。人格AIは快楽信号の嵐で飛んでます」
「わかった……お嬢ちゃん、わたしが分かるかな?」
 認証。もう覚えた、小波旅愁っておじさんだ。小波おじさんで、いいのかな。
「は、はひ、わかりまプ。こなみおじさんで、いい、ですか?」
「ああ、それでいい。もう少しで終わるが、少し刺激が強くなるぞ。我慢できるか」
「でき、ます……やっと気持ちいいのに、慣れて、きました」
「いい子だ……性器ユニットは仕上がってるな?」
「すぐにでも取り付けられます」
「調整弁起動、感度を十分の一まで落とす。担当を呼び戻せ、微調整も済ませる」
 あっ、やっと気持ちいいのが収まってきた。今度は何をするんだろう。
「下腹部カバー外しました、骨格の固定とコンプレッサー埋設は完了しています」
「内蔵コンプレッサー接続、保護ジェル用意」
 おなかの下の方が重くて、中から押される感じがする。なんでだろう、今までより嫌じゃない。
「神経回路接続、開口部とも繋ぐぞ」
 ひっ! お、おしっこするところ、触られてる? 首は、動かない。ど、どうしよう。エッチなことされてるの?
「固定完了。モニター、電脳の反応は」
「戸惑いと少しの嫌悪があります、快楽の暴走は確認できず」
「あまり手こずりたくない、このまま済ませる。ジェル注入、子宮および卵巣を固定する」
 まっ、股の中で何かされてる。ここ、生理で痛くなるところ、子宮があるとこだよね? なんで、ドキドキしてるのに、心臓がバクバクしないの?
「よし閉じるぞ、気泡入れるな、閉鎖! ふう。動作チェック、動力炉回せ」
 心臓、どうしたのかなぁぁぁああ! し、心臓からビリビリするのが出てる。これ、電気? なんで心臓から電気が……自己診断プログラム実行、動力炉、グリーン。性器ユニット、信号微弱。スキャン開始。
「んおおおん! おう、おおおおああ!」
 まっ、股の中があああ! しっ、染みて、痺れてぇ!
「モニター、報告」
「自己診断プログラムが働いたようです、調整弁を経由せず性器ユニットと電脳が通信しています」
「そんなショートの仕方をするのか、精密機械はこれだから!」
 きもっ、きもちよすぎて、痛い? 熱くて、回って……こっ、壊れる?
「仕方ない。自己診断プログラム強制終了! 鎮静剤を脳細胞に注入しろ」
「鎮静剤、ですか? 今そんなものを使ったら人格がどうなるか」
「壊れるよりはマシだ、やれ」
 壊れる、壊れてもいい、気持ちよければ……おお、おおお! あっ、あたま、でんのう、せいたいのう、が、白く、なって……ボクが、薄くなる、消える? うっ、うう、あおおおおん!

「復元はできたか?」
「データ上は。ただ、焼き切れた部分を交換したせいか、人格の波長が少し変わっています」
 ボク、ぼ、く……ボクは、一乃。わかる、わかる、よ……ボク、一乃、だよ……。
「お嬢ちゃん、おじさんの声が聞こえるか?」
 音声認識、小波旅愁。管理者権限を持った人間。
「はい、聞こえます」
「何か違和感はないか?」
「いわかん……わかんない。ボク、ぼーっとしちゃって。こういうとき、どうするってプログラムされてたっけ」
「一時のことと思いたいが……もう時間が少ない、仕上げに入るぞ」
 人間だったボクの皮膚から作った、樹脂製の皮膚。神経は、人間だったときのままだ。あは、なつかしい、な。触られる感じ、ボクが人間なんだって思える。それは正しいこと、だからうれしい。
「事故の危険は去った、大規模な装置は必要ない。作業の終わったものは撤収準備、献体はウチで預かるから最後でいい。夜が明ける前にずらかるぞ」
 あ、おまたのところの皮膚も付けてくれるんだ……性器ユニットと皮膚がくっつくの、気持ちいいなぁ。他のも気持ちいいけど、ここって、特に気持ちいい。ボク、好きだな。
「最終テストするぞ、ロック解除!」
「わっ」
 自由に、動ける。おわったんだ。何かされてる気がしたけど、体は綺麗なままだ。前とちがって、なんだか作り物みたいな見た目になっちゃったけど。
「お嬢ちゃん、歩いてみてくれ」
「はい」
 歩いては見たけど、二歩歩いただけで足がもつれて倒れてしまった。制御プログラム、修正しなきゃ。
「痛くないか?」
「はい、いたくありません」
「お嬢ちゃん、おじさんたちはもう帰るんだが……最後に、伝えることがある」
「なんですか?」
 小波おじさんが、悲しそうな顔をしてる。
「おじさんたちはね、お嬢ちゃんをサイボーグに改造したんだよ」
「サイボーグって、なんですか?」
「機械の体を持った人間のことだよ」
 機械の人間のことを、サイボーグって言うんだ。ちゃんと学習しておこうっと。
「学習しました、ボクはサイボーグです」
「お嬢ちゃん。勝手に機械の体にされて、嫌だとは思わないか?」
 嫌……なのかな。わかんないや。なんでかわかんないけど、ボクは機械だよって言われても、それは当たり前で、不思議なことじゃないって気がするんだ。
「よく、わかりません」
「そうか。加えて、言いづらいんだが……お嬢ちゃんがサイボーグだっていうことは、他の人に秘密にしてほしいんだ」
「それは命令ですか?」
「命令って……そうか、そういう風になってるんだな、今は」
 ボク、変なこと言ったのかな。おじさん、悲しい顔で困った顔してる。
「命令ではない、お願いだ。お嬢ちゃんの管理者権限は、キミのおじいさんに渡される。権限を持たない人の前では、介護ロボットとして振る舞うんだ」
 管理者さんにお願いされたら、断れないよね。でも、介護ロボットって、聞いたことあるけど……機械、だよね。サイボーグと、どう違うんだろう。
「ロボットとサイボーグって、何が違うんですか」
「人間の記憶を持ってて、人間を部品に使っていれば、サイボーグと呼ぶらしい。正直に言うと、オレには違いが分からない」
「そう、なんですね。ボクはロボットとサイボーグを、どこで使い分ければいいですか」
「そうだな」
 小波おじさんはボクと繋がってるサーバーの画面を確認した。
「管理者権限を持つ対象が視界に存在し、かつ、管理者以外の人間に観測されないと認められた場合のみ、サイボーグとして振る舞え。条件を満たせないとき、人格は起動したまま、停止したものとして扱う……そういう風に使い分けよう」
「わかりました」
 難しいけど、わかる。そういうものだって思えば、大丈夫。優先プロセス設定、対象、管理者権限……。
「事のついでだ、サイボーグとロボットに関連させて次の特例も覚えてもらおう。命令コード、プロセス書き込み。古川一乃は介護用プロセスを実行しているとき、古川永吉の前では『名称の設定されていない』介護用ロボットとして自身を定義する。その際、本機が古川一乃だと分からないよう偽装する……インプットできるか?」
 音声認識、命令コードに変換、インプット……。
「インプット完了しました」
「次だ。古川一乃の人格が起動し、かつ、介護用ロボットプログラムが停止しているとき、古川一乃は偽装した姿を古川永吉に見られないよう最大限の行動をする。この特例を実行中、古川一乃は自身を人間と定義する……読み取れるか?」
 じいちゃんの前では人間、ボクは人間……大丈夫、プログラムできた。
「把握、プロセスを人格の仕様として記録します」
「よく出来たね。さっ、時間までおじさんといろんな体操をしよう。新しい体に慣れてもらわないと困るんでね」
 ボクは転んだり、掴めなかったり、上手く話せなかったりしたけど、機械の体にだんだん慣れてきた。不思議だな、上手く動かせないのに、ボクは昔から機械の体だったような気がしてくる。
 体操が終わった後、おじさんはボクの電源を切った。

◆◆◆

 ボクの電源が入れられたのは一ヶ月後。起動したとき、管理者がいなかったから介護ロボット用の制御プログラムで動いている。内蔵の時計で時間は分かるけど、人格は一瞬で時間が流れたことに戸惑っているようだった。本社のお姉さんに連れて行かれた先は、ボクの家。出てきたのは春子おばさんだった。
「七夏姉さんの巫女服まで着せて……こんなものでお父さんを騙すなんて、あたしゃ気が引けるよ」
「お医者様の意向でもあります。せっかく当てにしていただいたのに、こんなことしかできなくて」
 本社のお姉さんが、春子おばさんと話してる。
「本社が悪いとは言わないさ、人手不足はどこも同じだからね。しかし、よく似せたね」
「防犯カメラにたくさん映っていましたから。こんな使い方のためじゃなかったんですけどね」
 春子おばさんがボクの顔を触ってる。
「柔らかいことは柔らかいけど、人肌って言うにはツルツルしてるね。本当にごまかせるのかい?」
「汚れの落ちやすい素材を使うと、どうしてもこうなっちゃうらしくて……ダメならわたしたちのほうで謝っておきますので」
 春子おばさんは不満そうな顔をしている。
「一乃ちゃんが死んだなんて知らせたらポックリ行きそうだし、わたしらにもお父さんの面倒を見れないって負い目はある。任せるからね」

 管理者、古川永吉を確認。人格制御プログラム解除……じいちゃんだ、じいちゃんだ!
「じーちゃん、会いたかった」
 ボクは思わず走り出しそうになったけど、激しい運動をするとこの体は発熱してしまう。我慢して、ゆっくりじいちゃんに近づく。
「一乃……ああ、やっと医者の許可が下りたのか」
「永吉さんの経過がいいからですよ」
 母屋にはボクとじいちゃん、お姉さんの三人だけだ。おかしいな、なんでお姉さんっていう第三者がいるのに、ボクの人格がアクティブになったんだろう。
「じいちゃん、大丈夫?」
 じいちゃんはベッドから起き上がって、ボクの顔に手を触れる。
「大丈夫、と言いたいが今回は死ぬかと思ったよ。お前には迷惑をかける」
「そんなことないよ、ちょっと寂しかったけど」
「そうか……まあ、これからは手伝いでなく、顔を見せに来てくれ。本社がおじいちゃんと神社の世話をするロボットを持ってきてくれたそうだ、便利な世の中になったな」
 ボクのことだ。でも、おじいちゃんの前では違う。今のボクは人間だから。
「ホントだよね、すごいよね」
「一乃は触るなよ? じいちゃんに似て機械音痴だからな。ここだけの話だが、そのロボットは高級車よりお高いらしい。壊したらお説教じゃ済まないぞ」
 ボクは車よりお値段が高いらしい、気をつけなきゃ。
「永吉さん、家族同士の間に水を差すのも悪いのでロボットだけ置いて帰りますね」
「悪いね月子(つきこ)ちゃん。お父さんには永吉が感謝していたと伝えてくれ」
「分かりました。じゃあね、一乃ちゃん」
 お姉さんが帰ってから、ボクは夕食時までじいちゃんと過ごした。午後六時になったところでボクはおじいちゃんの部屋から出て、介護用ロボットとして再起動した。

 介護用ロボットの規約を確認、特約を適用。偽装開始……ボクは巫女服を脱いで、割烹着に着替える。髪の毛が隠れるヘルメットと、顔が分からなくなるマスクも付ける。そのまま栄養士から指定のあったレシピ通りに料理を作り、おじいちゃんのところへ持って行く。
「古川永吉様、夕食です」
「なんだ、物音は一乃じゃなかったのか」
 おじいちゃんが残念そうにしてる。けど、今のボクは名前を設定されていない介護用ロボット。感情は停止しているものとして扱う。手順に従って夕食を提供するのがボクの仕事。
「申し訳ありません、本機は古川一乃ではありません。お夕食の準備が整いました、お召し上がりください」
 準備は完璧だ、プログラムされたとおりに動いた。だけど、じいちゃんは食べようとしない。
「悪いな、えーと……ロボット、名前はなんて言うんだ」
「名前は設定されていません」
「そうか、じゃあなんて呼べばいい?」
 人間の永吉様が回答を求めている、応えなければ……型番の呼称チチチチ型番は存在しません。個体名の呼称チチチチチチ古川一乃モデルは特例に抵触し使用できません。
「止まっちまった、困ってるのか……じゃあ花(はな)だ、お前のことを花と呼んでもいいか?」
 本機に花の名称を使用……規約に抵触しません。適用します。
「了解しました。本機はこれより花と呼称します」
「そうしてくれ。あと」
「はい」
「飯を食い終わるまで、廊下で待っててくれねぇか。花といると、その、落ち着かなくてな」
 おじいちゃん、花のこと嫌いなのかな。でも花はロボット、人格は停止したものとして扱う。管理者の指示通り、食事が終わるまで廊下で待機します。

 ボクが神社の掃除をするときは人格の起動が許されてる。だから、ボクは掃除してる間だけは、昔と同じ巫女の一乃。人間とサイボーグの違いはあるけれど、こうしていられるのは嬉しい。ボクはボクの意思で学校を辞めて、巫女をやってる。だから、これからもやる。神社がなくなるまで、ずっと。
「あっ」
 昼食一時間前、介護用ロボットプログラムを起動。自身を花と定義し、古川永吉様のお世話をします。
「相変わらず塩気の少ねぇ食事だ」
「申し訳ありません」
 じいちゃんはボクの頭をヘルメット越しに撫でてくれた。
「花ちゃんは決められたとおりにしてるだけだ、悪くはない。むしろ、人形の身でよく人間の世話をしてくれている。人間はいろいろなものを受け入れて成長してきた。ロボットを嫌がる人間は多いが、花ちゃんはこれから受け入れられていくべきなんだろうな」
 花、うれしいよ。人間でもロボットでも、じいちゃんの役に立てるならうれしいよ。褒めてくれるおじいちゃん、大好きだよ。

「花ちゃんって名前もらったのね」
「はい。おじいちゃん、ロボットのボクにも優しくて、嬉しくなっちゃいました」
 本社の月子さんが来て、ボクのメンテナンスをしてくれている。サイボーグは精密機械だから、マメに手入れしないと壊れちゃうんだって。
「花ちゃんはね、お母さんの七夏さんが昔飼ってた犬の名前よ。永吉さん、覚えてたのね」
「ねえ、月子さん」
 ボクは人格が疑問に思ったことを素直に口に出した。
「月子さんは管理者権限を持ってないのに、どうしてボクは月子さんの前だと、サイボーグになるんですか」
 月子さんは手を首の後ろに回し、ケーブルを引っ張り出した。そのケーブルをボクの首の後ろ側に差す。
『こういうことよ、わかる?』
 頭の中で、声がする。初めてなのに、どうやって返したらいいか、分かる。
『よくわかんない、です』
 ボクは声帯ではなく、ケーブル越しに言葉を送った。意識したことはなかったけど、こういうことが出来るように作られてて、それが分かるようにボクの体はできてるらしい。ケーブルから返事が返ってくる。
『一乃ちゃんがロボットになる条件は、管理者権限がない人間が近くにいること。お姉さんもね、一乃ちゃんと同じでサイボーグなの。周りのみんなには、内緒にしてるけどね』
 ボクの人格は知らなかったけど、ボクを動かす制御装置とそのプログラムは月子さんがサイボーグだって気づいてたみたい。自分がサイボーグだから、ボクもそうなるようにしたのかな。
『気づきませんでした。月子さんも神社のためにサイボーグになったんですか?』
『わたしはね、歳を取りたくなかったの。若いままがいい……そう思ったから、サイボーグになったの』
 ボクはじいちゃんと神社のためだった、人によっていろんな理由があるんだね。
『じゃあ今、幸せなんですね』
 ボクが返事をしたら、暗い雰囲気の信号が月子さんから伝わってきた。幸せじゃ、ないのかな。
『わたしはね、一乃ちゃんを騙したの。他にも、いっぱい悪いことしてるの。サイボーグにしてもらって、修理もしてもらう代わりに、ね』
『それは、不幸なことなんですか?』
 悪いことはいけないこと。でも、サイボーグって悪いことのためじゃないよね。
『あなたを見てると、サイボーグの善し悪しは元の人間で決まるような気がしてくるわ。分からないと思うけど、本当にごめんなさい。わたしはあなたの人生を奪ってしまった』
『サイボーグじゃ、ダメなんですか?』
 月子さんから返事が来ない、困ってるみたい……あっ。
「タスクスケジューラ起動」
「もう、ロボットの時間なのね」
「花は介護用ロボットと定義されています。古川永吉様の夕食とお薬の準備を始めます」
 プロセス開始……起動時間の大幅短縮を確認、ログ確認……本体のメンテナンス終了を確認。記録します。

◆◆◆

「花、一乃を呼んでくれ」
 現在、古川一乃は花と定義されています……特例により、古川一乃の処遇を管理者に確認できません。トラブルシューティング開始、検索……該当なし。例外規定を適用し、決定権のみを人格に委譲します。
「かしこまりました」
 じいちゃんがボクを読んでるなら、ボクになればいい。ボクは急いでヘルメットとマスクを外して、巫女服に着替えた。これなら、おじいちゃんガッカリしないよね?
「じいちゃんがボクを呼んでるって聞いて。どうしたの?」
「居たか、よかった……近くで顔をみせてくれないか」
 じいちゃん、起き上がれないみたい。ボクは顔を近づける。
「これでいい?」
 じいちゃんがボクの顔を触ってる。
「ああ、ああ……参ったな、こんなに近くでもよく見えん」
 泣きそうな顔してる、どうしたんだろう。
「一乃、今日はおじいちゃんのそばにいてくれんか」
「いいけど、どうしたの?」
「じいちゃんな、さっきまで気ぃ失ってたんだ。覚悟はしてたんだが……次に気ぃ失ったらそのまま死ぬと直感してな。情けないが、寂しくなったのさ」
 じいちゃん、死んじゃうの?
「ボクも寂しい、じいちゃんと寝る」
「すまないな」
 タイマー確認、介護用ロボットプログラム起動……エラー、例外規定により人格を停止できません。人格に通知、食事と服薬の必要あり。
「じいちゃん、ご飯食べないの?」
「こうなると腹も減らん。花が作ってたら、今日はいらんと言っておいてくれんか」
 エラー、花の定義は存在しません。トラブルシューティング開始、検索……該当なし。例外規定を適用し、決定権のみを人格に委譲します……じいちゃんと、居たい。
「わかった、花が来たら言っとく。ボク、ずっと一緒にいるね」

 午前四時三十分、脈拍の停止を確認。特例に該当あり。介護用ロボットプログラム起動、医療機関へ通報します。

 じいちゃんが死んだ。ボクが介護を始めてから三年と三百二十九日目だった。権利者がいなくて、人間がいっぱいいたから、ボクはロボットの花でいなくちゃいけなくて、葬式には出られなかった。
 じいちゃんを見送れないのがこんなに悲しいとは思わなかった。人格が動き出したとき、いっぱい泣きたかったけど、泣けなかった。ボクの体は、そういう風には作られてないからダメだって。
 神社のためだと思ってたけど、じいちゃんの居ない神社を掃除するのは嫌だった。でも、ボクが神社の掃除をするサイボーグになるって思ったから、そういう風にプログラムされちゃって、自分の意思で神社の外には出られなかった。
 こんなに頑張ってるのに、なんで誰も褒めてくれないの? サイボーグだと、ロボットだと、誰も褒めてくれないの?
 月子さんは三ヶ月に一度メンテナンスにきてくれる。ボクは神社から出られないから、外の様子は月子さんのデータバンクで教えてもらっている。
 プログラムされてるから、お掃除は飽きない。それに、神社を綺麗にしておけば、じいちゃんきっと喜んでくれる……そう思って、気がついた。サイボーグって、死ぬのかな。もし死なないなら、いつまでもお掃除だけして、最後まで父さんにも母さんにもじいちゃんにも会えないの?
 サイボーグになんてならなければよかった。そう思ったとき、ボクの回路が壊れた。酷い壊れ方をしたらしくって、ラボってところへ運ばれて、大きな修理を受けた。修理が終わる度に神社へ戻ったけど、何年か動くとまた壊れた。そんなことを三回くらい繰り返した。
 そんなとき、ボクが捨てられないように、月子さんはいっぱいがんばってくれた。罪滅ぼしだって言ってた。ボクをサイボーグにしようと思ったのって、月子さんなのかな。でも、月子さんが命令してる感じじゃなかったし、違うのかな。
 そんなことをしてたら、いつの間にか何年も経ってた。人格が起動してる時間が長かったから、ボクはいろんなことを考えた。サイボーグになって良かったこと、悪かったこと。プログラムの制約や、ボクが仕組みを理解してなかったせいで遅くなったけど、人間とサイボーグとロボットの違いが、やっと分かるようになってきた。
 サイボーグはご飯を食べる必要も、寝る必要もない。なのに、ボクは無性にご飯が食べたくなったり、眠りたくなることがあった。何回もあった。いつも思った。でも、機械の体のせいで、無理だって分かる。そのたびに悲しくなった。ボクに出来るのはお掃除だけ。今日も、明日も、来年も……それだけの日常が十二年も続いた。改造されてから十六年と五十八日も経っていた。

◆◆◆

「新しい宮司さんが来ることになったわ」
 何も起こらないことが日常の神社では、大ニュースだ。
「本社が送ってくれるんですか?」
「そうよ。若い人だけど、一生懸命勉強してくれてね。どうしてもこの神社に勤めたいって言うから、位は低いけど、管理していいってことになったの」
 じいちゃんは神社を続けることに一生懸命だったから、跡を継いでもらえるのはうれしい。ボクはサイボーグだから、神社を継ぐなんてできないから。
 ちょっとズルだけど、サイボーグでも巫女でいることはできる。巫女さんの条件は、未婚で、若い女性であること。ボクは結婚してないし、女じゃなくなった訳でもない。改造されてから歳を取ってないって考えれば、大丈夫ってことになる。月子さんからも、正式なのはダメだけど、巫女として働くのはいいよって言ってもらっている。
「ここの宮司さんは管理者権限を持ってるってことになるけど、一乃ちゃんは分かってるよね?」
「うん。月子さんが大変な思いしてるのも知ってるし、サイボーグだってバレないように気をつけるよ」

 宮司さんというのは、雄助だった。すっかり大人になっちゃったけど、面影がハッキリ残っている。それに奥さんもいて、子供もいた。かわいい男の子と赤ちゃん、上の子が三歳で、下の子はもうすぐ一歳になるそうだ。
 二人きりになったとき、ボクの人格は起動した。秘密にしなきゃ……でも、雄助と話したい。久しぶりに、人間だったときみたいなこと、してみたい。
「ゆ、雄助、さん」
 こうやって、人格を出したまま人間と話すのは何年ぶりだろう。すごく、緊張する。
「一乃に似せて作ったロボット、花とか言ったか」
 一乃も花もボクだけど、雄助にはなんて言ったらいいんだろう。こんなことだったら、雄助と会えたときのことも考えておけば良かった!
「ボクのこと、嫌いですか?」
「悪いが好きにはなれん」
 やっぱり、秘密にしようかな。でも、お話、したいよ。
「理由を教えてもらえますか?」
 雄助は拳を固く握っている。
「お前のその顔な、オレが昔好きだった人に似せてあるんだ。死んじまったのに、まだそこにいるような気さえ起こさせるくらい、そっくりに」
「ボクは、いなくなったほうがいいですか?」
「そこまでは言わん、たとえ機械でも神社を守ってくれた恩はある」
 もう、だめ。
「ねえ、ゆーすけ。二人でじーちゃんの手伝いするの、楽しかったよね」
 雄助がボクの胸ぐらを掴んで引き寄せる。
「悪ふざけはやめろ、ぶっ壊すぞ」
「悪ふざけじゃない! ボクが泣いてるとき、ずっと慰めてくれたよね? ボクが神社に行ったの、バレないようにしてくれたよね? ボクのこと、嫌いにならないって言ってくれたよね?」
 雄助が手を離した。ボクはバランスを崩して、大きく後ろに倒れる。
「なんで、それを知ってる」
 関節部に過度のストレス、動作を制限……それはね。
「ボクね、サイボーグになったの。体は機械だけど、本物の一乃だよ」

「なんで裸になるの? 管理者の命令だから、不満はないんだけどさ」
「昔のままの一乃だって、確かめたくて」
 ボクは裸になって、雄助と二人で母屋で寝ることになった。奥さんは子供連れだと大変だからって、雄助の実家で寝泊まりしてる。
「怖いことするの? それとも、エッチなことするの?」
「一乃、本当に変わってないんだな。オレはこんなに変わったのに、一乃はあの頃のままで……一乃、こんなオレでも、昔と同じようにゆーすけって呼んでくれるのか?」
「他の呼び方なんて、知らないもん。それにボク、大人になれた雄助がうらやましいんだ。ボクは機械だからって言って、誰も言うこと聞いてくれないけど……雄助は大人だから、みんなが話を聞いてくれるよね」
「そんな風に思えるのは、一乃が若いままだからだよ」
 雄助がボクの体のあちこちを触る。久しぶりの感覚、なんだか懐かしい……サイボーグに改造されるときの感覚にちょっとだけ似てるかな。
「若いって言われても、嬉しくない。ボク、じいちゃんが死んでから、毎日同じことしてたんだよ。お掃除、がんばったんだよ? でも誰も褒めてくれなくて。そんな毎日じゃ、ボク変われないよ。ボクも雄助みたいに、大人になりたいよ。雄助、大人になるまでどんなことしてたの? 教えてよ、知りたいよ、いっぱいお話したいよ」
 雄助はボクが死んだことになったときのこと、じいちゃんの葬式の様子、その後本社の人に頼んで大学へ行ったこと、今の奥さんとの出会い……いろんなことをいっぱい、いっぱい聞かせてくれた。話してる間、雄助はボクを抱きしめたままだった。
「知らないことがいっぱい。こんなに楽しいの、いつぶりかな」
「なあ、オレも聞いていいか? 一乃のこと、何があったかとか」
 ボクは雄助に覚えてる範囲で、長くならない程度に話した。改造された時のこと、じいちゃんが花っていう新しい名前を付けてくれたこと。花は母さんが昔飼ってた犬の名前だってこと。一度目、二度目、三度目の故障で人間だったときの部品が減っちゃったけど、生殖器だけはまだそのままだってことも話した。
「そんな仕組みになってるのか。なあ一乃、その大切な処女、オレにくれないか」
「処女って……ボク、サイボーグだよ? おなか切ったのに、処女って言っていいのかな」
「セックスしたことないんだろ」
「それは、ないけど」
 言葉は知ってた。でも、知ってるつもりだっただけで、本当は知らなかったんだって、分かった。キスとおんなじようなものだと思ってたけど、本当のセックスは全然違った。
「これは、何をしてるの?」
 雄助はボクの太ももと股を優しくさすっている。
「男も女も、いきなりセックスしてもあんまり気持ちよくないんだ。だからこうやってお互いに触りあったりするんだ」
「なんか、すごいね」
 雄助の指はとっても優しくて、なんだかドキドキした。それだけって言えばそうなんだけど、なんとなく大人な気分になった。雄助の指が、だんだんおまんこに近くなってくる。
「ここ、自分で触ったりしてた?」
「ううん。触ったことはあるけど、特に何も感じなくって……ここをこすってオナニーするってことは知ってるんだけど」
 雄助がボクを背中から抱きしめる、どうしたんだろう。
「お礼を言わせてくれ。オレは大人になったけど、子供の時の気持ちをほとんど忘れちゃったんだ。一乃がそういう感覚を十五年も大切にしたのに、オレがもらっていいって言ってくれるんだから」
「雄助は友達だし、管理者だからね。命令してくれれば、たいていのことはしてあげるよ」
 雄助は泣き始めた。どうしたのって聞いたら、嬉しいからって言ってくれた。よかった、ボク、悪いことはしてないんだね。
 おまんこを触ったところで、雄助は手を止めた。
「なんか、穴が塞いであるけど、これどうすればいいんだ?」
 検索、女性器の使用法、塞ぐ……性器ユニットは保持と衛生管理のため、未使用時は封印が施されている。使用する場合、保護フィルムを破り性器を露出させれば良い……のか。
「フィルムが貼ってあるから、破ればいいみたい」
 雄助がボクの股の間に顔を近づけて、まじまじと見る。
「フィルム……これか。これを破ると、どうなるんだ?」
「使えるようになるよ」
「そうじゃなくて、元に戻せなかったりするのか?」
 検索……該当。開封後は衛生面に気をつけ、使う度に消毒する。フィルムの再利用はできないため、使用しないときはシャッターを閉じる……シャッターって、お店のあれだよね? ボクに付いてるのかな。
「フィルムは使い捨てだから、一度破ったらもう使えないよ。だから、元通りにはならないみたい」
「じゃあ、本当に初めてなのか……破って、いいのか?」
「うん、いいよ」
「じゃあ、せっかくだから、これでやらせてくれ」
 雄助はおちんちんをフィルムに当てて、思い切り押し込んだ。ボクの股からは保護用の青いジェルが吹き出して……あっ、あっ、あっ! 女性器制御回路、起動。性感帯機能を解放。女性器を性感帯と定義。性感を人格に反映します。
「はぁお、あっ、あああ!」
「痛いのか?」
 人格に性感プログラムを適応、最適化開始……。
「はああっ! で、んのう、さいてきか。信号、じゅしん。新規プロトコル、対応、たいおう、おおおおう!」
 しっ、痺れて、熱くて、染みこんでくる! 電気信号なのに、全然、違うぅう!
「だ、大丈夫か?」
 記憶検索、性的快楽に該当一件。改造手術中のログデータ。定義を新規に作成、生殖器への刺激を改造時に変換された信号と同じ形式に設定……こ、これ知ってる! 体を機械にされたときと、おんなじくらい、強い!
「だっ、だいじょうぶ。ちょっと、信号が強すぎて、処理できなかったの」
「続けて、いいのか?」
 管理者の要望を適応……感覚、思考、人格に『性的快楽は好ましいもの』と再定義させます。
「つっ、続けてぇ……すごく、気持ちいいの。ボクもっとやって欲しいの、もっと雄助と気持ちよくなりたい」
 雄助の息が荒くなってる。
「一乃にそんな風に言われたら、オレもう我慢できない。出る!」
「出るってなに……ふぅぅうう!」
 中に、なにか、入って……管理者の射精を確認。目的達成、電脳に伝達……あっ、なんで? すごく幸せな気がする。これが、せいてきかいらく、なんだね。ボク、やっと分かったよ。
 せいてきかいらくの意味が、やっと分かった気がした。
「はふ、う、んっ」
「一乃、気持ちよかったのか?」
 雄助が心配そうだ。管理者の不安は取り除かなきゃ。
「うん、すごく。今までで一番気持ちよかった、と思う」
 そのあと、ボクは雄助にお願いされてチンチン舐めたり、チンチンをおまんこに入れたりした。ボクも気持ちよかったけど、雄助が気持ちよさそうにするのがとっても嬉しかった。
「二回戦、いこうか」
「にかいせんって、なに?」
 ボクは雄助からいろんな説明を受けた。セックスって、一回で終わらせるものじゃないんだって。ボクは知らないことが多いから、雄助は「せいかんたい」ってヤツを探そうって言い出して、改めて、裸のボクを調べ始めた。
「よく見ると継ぎ目とかボタンとかあるんだな、使い方わかるか?」
「わかんない。ボクは電脳から直接指令を出せるから、コンソールとかモニターってヤツ、使ったことないんだよね」
「使ったら壊れたりするのか?」
「叩いたりしなければ大丈夫って言われた」
 そこからは……すごかった。雄助が外から命令を出すと、ボクは意識と関係なく、強制的に気持ちよくなった。雄助は色々試すのが楽しいらしくて、ボクの手足を外してみたり、機械に繋いでみたり、首を外して自分のおまんこを舐めたりもした。
 雄助も雄助で、そんなボクに興奮してくれて、何度も白いのを出してた。ボクはサイボーグだから、機械みたいに扱われるのは当たり前のはずなのに、なんだかドキドキした。心臓なんてないのに、不思議だった。
 機械化した体に抵抗がないように、分解や故障を気持ちよく感じられるように作られてるってことを、ボクは後で知った。

 雄助と過ごす十二回目の夜。明日は月子さんがメンテナンスに来てくれることになってる。だから月子さんに連絡して、ボクが壊れるくらいセックスしていいか聞いたら、いいって言ってくれた。
「その、言いにくいんだけど……一乃の電脳を、いじらせてくれないか。一番感じるとこなんだろ?」
「いじっていいよ。バックアップは取ったし、明日は月子さんが来るから」
 雄助は電気で動くドライバーを持ってきていた、インパクトドライバーって言うらしい。ボクは一回戦と二回戦で、自分で外せない部分まで分解されて、とっても気持ちよくなった。すごい音を立てる機械の振動と、体の中の機械の振動がぶつかり合って、それが電気信号になって電脳に跳ね返ってくる。癖になっちゃいそう。
 バラバラに分解されちゃうから動けなくなるのが欠点だけど、そんなボクを雄助が抱きかかえて、一生懸命おちんちんを入れてくれる。優しいし、気持ちいい。中をいじるのと違って電流はあんまり流れないけど、雄助と一緒に気持ちよくなれるのが、すごく興奮する。
「じゃあ、電脳、いじるよ?」
「うん、やって」
 雄助は手順なんて知らない。ボクの頭を抱えて、外せそうな部品を全部外していく。
「ビィィッ!」
「しまっ……大丈夫か!」
 エラー、エラー、え、ら。し、ショートしちゃった。壊れたのは……制御装置に繋がる、表面の回路、だ。
「ギィ、グ、ガ……だ、だいじょ、ぶ。そこ、こわしても、なおせる、ところ」
「そう、なのか。続けるぞ」
 インパクトドライバーの激しい音が聞こえてぇぇぇえええ! きっ、きもち、いい? 良すぎて、ビリビリする……信号を軽減できません、ストレスを排除してくださささささ……。
「あが、どらいばー、ネジが、刺さって、んあああああ!」
「何か当たったのか……こ、これ!」
 緊急警報、人格中枢が露出しました。機密保持のため、管理者権限を持たない人間は排除してください。
「脳みそ、だよな? ちょっとプラスチックっぽいけど……電線がいっぱい埋め込んである。あったかい、やわらかいな」
「おおん! おう、おおああ! そ、だめ、それだけは……こ、こころに、さわ、んおおおおぉおん!」
 じヒィ! じ、じんかく、とまっちゃ……あ。
「これが、一乃の一番奥。一乃の残った、人間の部分。オレ、一乃の記憶に直接触れて、気持ちよくさせて……この中はあのときのままの、まだ子供っぽくて、色気がないのに胸がおっきくて、いい匂いがした一乃の、脳みそ。機械に包まれてるけど、形も記憶もあのときのまま残ってたんだな……ご、ごめんよ。オレ、子供みたいに、ドキドキしちゃって!」
 致命的なエラー、緊急停止……指令を受け付けません。電脳機能不全、信号遮断、動力炉強制停止……。

 今日は奥さんと子供が来てる、今のボクは介護用ロボットだ。
「お掃除ロボット、修理終わったのね。大きな故障って四回目なんでしょ? もう買い換えたほうがいいんじゃない?」
「オレの判断じゃ無理だよ。先代を看病したロボットだから絶対に捨てるなって言ってるのは本社なんだから。それに、古い型は頑丈だから長く使えるそうだ。難しいことをやらせないなら、修理したほうが安く済むんだとさ」
「ふーん。ところであなた、最近若くなったように見えるのよね。元気があるっていうか。地元だから?」
「どうだろう、元気な自覚はあるけども」
「じゃあさ、今夜どう?」
 雄助はボクをちらっと見て、奥さんに振り返った。
「やめとくよ。やっと帰ってきたのに神社を空けたら先代や友人に悪いからね」

神主は巫女のネジを回す

神主は巫女のネジを回す

祖父の守る古い神社で巫女をしている、中学生の古川一乃(ふるかわかずの)ちゃんのお話です。 設定・脚本担当の意向で、内容は伏せさせていただきます。

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更新日
登録日 2020-07-02

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