ぽぽこ村~占いうさぎと泣き虫狼~

 ぽぽこ村は、夏になると爽やかな風が吹くうさぎたちの村です。春に村を埋め尽くすように咲きほこっていた可愛らしい黄色のタンポポも、この時期になると白い綿毛となります。綿毛のことをうさぎたちはぽぽこと呼び、それはまるで、雪が降り積もったかのように村を白く染めるのでした。

 るんるんるん
 らんらんらん
 うさぎは知ってる?
 何を知ってる?
 ぽぽこは願いを叶えるよ
 ぽぽこを知ってる?
 きみは知ってる?
 タンポポの可愛い子供たち
 るんるんらんらんるんらんらん

 陽気な歌声が聞こえてきました。占いうさぎのりつこです。桃色のリボンを耳につけて、楽しそうにスキップします。
「やあ、りつこ。良いことでもあったのかい?」
ぽぽこの影から声がしました。居眠りうさぎのさだはるです。野原で昼寝をしていましたが、りつこの歌声で目を覚ましたようです。
「ごきげんよう。こんな昼間に寝ているなんてもったいないわ!とても素敵な予言があったのに」
「きみの占いかい?その予言とやらを教えておくれよ」
そう言いながら、さだはるは寝転がったまま起き上がろうとしません。りつこは少し不機嫌そうにしましたが、話し始めると楽しくて仕方なくなるのでした。
「今朝ね、ぽぽこたちに聞いたのよ。今日は素敵な一日になるかしらって。そしたらぽぽこたちは囁くの。満月の夜に奇跡が起こるってね。それはもちろん、ぽぽこたちが夜空へ飛び立つってことなのよ!」
「へぇ。それはすごい……。むにゃむにゃ……ぐう……」
「まあ、なんて失礼なうさぎかしら!話の最中に眠るなんて。ねぇ、そう思わない?」
りつこはクスクス笑って、辺り一面に広がるぽぽこに話しかけました。ぽぽこたちはまるで頷くように風に揺れます。
「村の皆にも早く奇跡が起こることを伝えなくちゃね。なんてったって、満月は今夜なんですから!」
りつこはまた、陽気に歌い始めました。

 るんるんるん
 らんらんらん
 うさぎは知ってる?
 何を知ってる?
 ぽぽこに奇跡が起こるのさ
 きみは知ってる?
 いつだか知ってる。
 満月の夜、それは今夜よ!

 歌を聞いたうさぎたちがりつこを囲むように集まってきました。りつこは切り株の上に立ち、うさぎたちを見おろします。
「みなさん、私は占いうさぎです。どんな疑問も占ってさしあげましょう。そうね、そこの慌てうさぎの三つ子ちゃんたち、私に聞きたいことは何かしら」
うさぎたちは一斉に三つ子を見ました。
「ぼ、僕達かい?」
「どうしよう、皆が見ているよ」
「恐いよう!」
三つ子は慌てて木の影に隠れました。
「あら、選ぶうさぎを間違えてしまったようね。それじゃあ、花屋のぴろきちにしましょう。私に聞きたいことは何かしら?」
うさぎたちは、今度は一斉にぴろきちを見ました。
「ここに集まったうさぎの代表として質問するよ。ぽぽこが空を舞うのが今夜って話は本当かい?」
「ふふ、とても良い質問ね。私には未来がわかります。とは言っても全てではないけれど。木に、花に、風に、耳をすませるの。ほら聞こえた」
「嘘だ!聞こえないよ!」
誰かが言いました。りつこは知らんふりをして、耳をすましています。うさぎたちの間にしばらく沈黙が続きました。しばらくして、りつこは言いました。
「今夜、ぽぽこに奇跡が起こるわ!」
それを聞いたうさぎたちは、わっと一斉に飛びはねました。
「素晴らしい!いや、大変だ!早く今夜の準備をしなくちゃ!」
うさぎたちは大慌てです。夜の野原を照らすためのランタンを作ったり、パーティの準備をするうさぎもいます。慌てうさぎの三つ子は、慌てすぎて何の準備をすればよいのかもわからないようです。
 りつこは切り株から降りると、忙しく飛び回るうさぎたちの間を通り抜け、川原へと向かいました。
透き通るように流れる川には魚が踊るように泳いでいます。この川はぽぽこ村とジメジメ森のさかえになっています。ジメジメ森には狼や蛇が住んでいて、太陽の光が届かない不気味な森です。うさぎを食べようとする狼は、この川を渡ろうとします。ですが川には心優しいワニが住んでおり、狼を退治してくれるのでした。
「お話をしたらのどが渇いたわ」
りつこは、川岸に座り、川の水をすくって飲みました。そして、水面に映る自分の姿を覗きこんで、耳のリボンが少し曲がっていることに気がつきました。りつこは手でリボンを直し、また水面をのぞき込みます。すると、水面が揺れ、一匹の狼が川のほとりで泣いている姿が映しだされたのです。
「まあ、大変!」
りつこは狼の姿に脅え、逃げようとしました。
「待って!」
りつこを呼びとめるのは、カワセミのヒスイです。ヒスイはスカイブルーの翼を広げ、りつこの元へ飛んでくると、行く手を遮りました。
「ヒスイちゃん、そこを通して。狼がいると川が教えてくれたの!」
「大丈夫よ。お願いがあるの、私の後についてきて」
ヒスイはりつこの耳をくちばしでつかみ、ひっぱりました。りつこは仕方なくヒスイについていきます。しばらく川岸を歩いて行くと、
「うわーん、うわーん」
誰かの泣き声が聞こえてきました。泣き声のする方へ向かうと、そこには一匹の狼がいたのです。りつこは木の影に隠れます。するとヒスイが言いました。
「りつこちゃんお願い、狼の話しを聞いてあげて」
りつこは恐る恐る狼に近づきます。
「狼さん、どうして泣いているの?」
「うわーん!」
狼は全く泣き止もうとしません。
「さっきからこの調子なのよ」
ヒスイは困り果てた顔をしました。りつこは、泣き止もうとしない狼に呆れてしまいます。
「なんて泣き虫な狼なのかしら。これじゃあ、怖くもなんともないわ」
この言葉に、狼は大声をあげました。
「おいらはどうせ泣き虫狼さ!だから仲間にも見捨てられるんだ!」
泣き虫狼は、泣きながら話し始めました。
狼の名前はゼロと言います。ゼロは狼たちの中でもできそこないでした。弱虫で泣き虫、ですが心優しく、そんなゼロを、他の狼たちは快く思わなかったのです。狼たちは、ゼロに試練を言いつけました。
「ぽぽこ村に行ってうさぎを一匹捕まえてくるんだ。そうしたらお前を仲間と認めてやる」
ゼロはしぶしぶ川へ向かいました。川を渡るのは、ゼロにとって始めてです。ゼロは脅えながらも川に入りました。夏の川の水は気持ちよく、水浴びが大好きなゼロでしたが、今回ばかりは楽しい気持ちにはなれませんでした。
すると、川を渡ろうとするゼロにワニが近づいてきます。
「この愚か者の狼が!わしがいると知ってこの川を渡るつもりか!」
怒るワニに、ゼロは涙目になって謝りました。
「ごめんよ。でもおいら、どうしてもこの川を渡らないといけねぇんだ」
ワニは、謝る狼に出会ったのは初めてでした。ですが狼にこの川を渡らすわけにはいきません。
「おい、狼のぼうず。悪いことは言わんから、森に帰るんだ」
ゼロは首を横に振り、ぶるぶると震えました。
「おいらはは森には帰れないよ。どうしても通してくれないって言うなら、お、おいらを食べてしまうがいいさ!」
ワニは困ってしまい、とうとうゼロに川を渡らせてしまいました。
ワニはこのことを、たまたま通りかかったカワセミのヒスイに話しました。それを聞いたヒスイは、ゼロの後を追いかけようとしましたが、ゼロは川岸で泣いており、一歩も動こうとしないのでした。
ヒスイが何を聞いても泣くばかりです。そんなとき、近くを通ったりつこに気づき、助けを求めたのです。
 事情を知ったりつこは言いました。
「でも、川を渡ることができたのに、何故泣いているのの?」
ゼロはその言葉を聞くと、
「おいらは狼だぜ?それなのに、うさぎが目の前にいるってのに襲うこともできねぇ弱虫だ。だから情けなくて泣いてるんじゃねぇか」
と言って、もうこれ以上でない涙を流すかのようにうなだれました。
りつこは今まで、狼がうさぎや羊を襲うのを許せないと思っていました。狼はうさぎにとって恐ろしい存在です。ですが目の前にいる泣き虫狼のゼロは、とても可哀相で、とても愛しく、りつこには感じたのでした。
りつこは、木に、花に、風に、どうすればよいのか訪ねました。答えは、帰ってきません。自然にさえ難しい質問だったのです。
「そうだ!タンポポにあなたの願いを聞いてもらったら?」
ヒスイが言いました。
ヒスイはくちばしでぽぽこを摘むと、ゼロに渡します。すると、ゼロがぽぽこを手にした瞬間、みるみるうちに萎れてしまいました。
ゼロの願いはうさぎを捕まえることです。その願いをぽぽこは受け入れることができなかったのです。
「おいらにはやっぱり無理なんだ。もう仲間たちに見せる顔がねぇよ。」
そんなゼロに、りつこが思いがけない一言を言いました。
「私があなたに捕まってあげるわ」
ゼロもヒスイも驚いた顔でりつこを見ます。
「私が捕まってあげる。でも隙をみて逃げだすの。あなたは気づかないふりをすればいいのよ。良い考えでしょう?」
「危険よ!」
ヒスイは止めましたが、りつこの決意はとても固いのでした。
「いいのかい?」
ゼロの言葉にりつこは頷きます。
「ありがとう!」
ゼロは涙を拭いて、りつこの小さな手をぎゅっと握りしめました。
辺りはすでに夕暮れ時です。ゼロはりつこの手足を芋のつるでゆるく縛り、木の棒に結びつけました。
「これですぐ縄から抜け出せるかい?」
「ええ。大丈夫よ」
ゼロは木の棒に吊らされたりつこを担ぎました。りつこはヒスイに頼んで、ワニにあらかじめ、ゼロに川を渡らせるようにお願いしてもらい、また、ぽぽこ村のうさぎたちには、このことを秘密にしてほしいと言いました。
「りつこすまねぇ。ありがとう」
「いいのよ。さあ、行きましょう」
ゼロは川を渡りました。その様子をワニとヒスイが心配そうに見つめています。二匹はジメジメ森に入っていくと、深い闇に吸い込まれるように、その姿は見えなくなってしまいました。
 森の中は暗く、蛇や蜘蛛があちらこちらに潜んでいます。りつこは始めて入る森に、恐ろしさで体が震えました。狼の遠吠えが聞こえたかと思うと、その声はだんだんと近くなってきます。するとゼロは、いきなり声をあげました。
「戻ったぜぃ」
辺りの草や木から、ざわつくような音が聞こえ、数え切れないほどの狼が暗闇から姿を現しました。鋭い牙に、真っ黒い毛並み。りつこは唾を飲み込みました。
「ゼロか。もう、戻ってこないかと思ったぜ」
「担いでいるのは、そりゃあうさぎじゃねえか」
狼たちはよだれを垂らしながらりつこを見つめます。
「そのうさぎをよこしな」
ゼロは慌てて言いました。
「待ってくれ!おいらが始めて捕えた獲物なんだ。一晩くらい見物でもさせておくれよ」
「ふん、いいだろう。俺たちもお前なんかに捕まったうさぎがどんなうさぎか、しばらく拝めさせてもらうぜ。くくく」
そうして、りつこは狼たちの住みかへと連れていかれたのです。ゼロはこっそりと、誰にも聞かれないような小さな声でりつこに言いました。
「おいらたちは夜中に遠吠えの丘っていうところに行く。その間に逃げだすんだ」
りつこは恐ろしさのあまり、すぐにでも逃げ出したい思いでした。
狼の住みかは、大きな洞窟でした。夏にもかかわらず、冷えた空気がりつこを緊張させます。
「ワオーン」
どこからともなく狼の遠吠えが響き渡ります。
「もう、こんな時間か」
「うさぎを拝めるのは帰ってきてからだな、ゼロ。くくく」
ゼロは苦笑いをすると、りつこをちらっと見てから、仲間と一緒に何処かへ駆けて行きました。
りつこの体は凍ったかのように、しばらく動きませんでした。それでも早くこの場所から逃げなければ、狼が帰ってきてしまっては大変です。りつこは必死の思いで強張る体を動かし、手足を結ぶ芋のつるから抜け出すと、慌てて洞窟をでました。ですが困ったことに、帰り道がわかりません。りつこはとにかく必死に走りました。いつもは囁きかけてくれる木や風さえも、ここでは襲いかかってくる獣のように感じます。りつこは目にいっぱいの涙をためて走りました。涙で目の前がぼやけても、走るのをやめることはしません。
「うさぎが逃げたぞ!」
「どこへ行った!」
そんな声が遠くから聞こえました。りつこの体が震えます。どうしてこんなに早く逃げたことがばれてしまったのでしょうか。
「恐いよう、恐いよう」
りつこはついにその場で縮こまってしまいました。
「もうだめだわ。私はきっと狼に食べられてしまう」
その時です。草むらが、がさがさと音をたてました。ついにあの恐ろしい狼に見つかってしまったのでしょうか。りつこは目をぎゅっと閉じました。
「ここにいた!」
この聞き覚えのある声はゼロです。
「ゼ、ゼロ?」
「ここじゃ、すぐに見つかっちまう」
ゼロは震えるりつこの首の後ろを口で咥え、走りだしました。りつこには、ゼロも脅えていることがわかりました。首の後ろを咥えられているりつこには見えませんでしたが、ゼロは泣いていたのです。りつこと同じように震えながら。二匹には、後ろから狼たちが追いかけてくるのがわかりました。どんどん近づいてくる多くの足音が聞こえます。それでもゼロは走りました。一生懸命に走りました。
空を隠していた森を抜け、りつこの目には満月が映ります。
「ゼロ!森を抜けられたわ!」
そこは、きり立った崖でした。下には川が見えます。ゼロはりつこを地面に下ろし、ぽろぽろと涙を流します。
「ごめんよ、ごめんよ。おいらがこんなこと頼んだからいけねぇんだ」
「そんなことないわ。私が言いだしたことよ」
二匹は逃げ場を失ってしまったのです。
「そういうことだったのか、ゼロ」
その低くて恐ろしい声に、二匹は後ろを振り返ります。怒り狂った狼たちが、そこにはいました。血走った眼を見開き、唸りを上げています。
「うさぎを渡せば、今回はお前を見逃してやるよ」
その言葉に、りつこは体がまた強張るのを感じ、涙が溢れました。
「ガルルルル!」
そう唸り声をあげたのはゼロでした。りつこは驚いてゼロを見ました。ゼロは泣きながら狼たちに吠えます。それを見た狼たちはゲラゲラ笑いました。
「こいつ泣いてるぜ!」
「泣き虫狼が!けけけ」
りつこはゼロを馬鹿にする狼たちが許せませんでした。
「笑わないで!」
りつこが叫ぶのと同時に、ゼロが狼たちに跳びかかります。数え切れない程の狼を前に、ゼロは勇敢にも立ち向かったのです。ですが、ゼロは狼たちに噛みつかれ、体がボロボロになっていきます。等々体を弾き飛ばされ、りつこの前に倒れてしまいました。
「ゼロ、お前は俺たち狼の恥だ!」
一匹の狼が叫びました。ゼロはそれを聞くと、ぽろぽろと涙を流しながら、りつこを抱きかかえるようにして崖を飛び下りました。それはあまりにも突然のことで、その時りつこには、何が起きたのかわかりませんでした。
 りつこが目を覚ますと、横にはゼロが横たわっていました。辺りにはぽぽこが広がり、川のワニとカワセミのヒスイが心配そうに二匹を見つめています。
「あなたたちが川に流されてきたときは驚いたわ」
「わしがここまでお前さんたちを運んだんだ」
その声が、りつこの耳に届いたのかはわかりません。りつこは横たわるゼロに向かって話しかけます。
「ゼロ、起きて。私たち助かったのよ」
ゼロはうっすらと目を開くと、涙を溢れさせました。
「ああ、おいら、頑張れたかな。おいら、おいらなんかよりも小さい、勇敢なうさぎに出会ったんだ。そのうさぎに、勇気を貰ったんだ。憧れたんだ。愛しくなったんだ。ありがとう、りつこ。ありがとう。最後まで泣いてばっかりだったけれど、もう心残りはないよ」
りつこの目にも涙が溢れました。
「ゼロ、ゼロ!私も心優しい狼の力になりたかった。愛しかった。ただそれだけよ。さっきのあなたは、私なんかより勇敢で、他の狼なんかよりもよっぽど勇ましかったわ。あなたこそ最高の狼よ」
ゼロは、動かない体で、優しく微笑みました。するとぽぽこたちが満月の優しい光に包まれ、爽やかな風と共に空へと舞い上がります。まるで空に向かって雪が降っているようです。
「おいら、こんな綺麗な景色を見たのは初めてだ。どうか、おいらが生まれ変わったらタンポポにしてください。いつかぽぽこになって、りつこの願いを叶えるよ」
そう言うと、ゼロは静かに目を閉じました。ゼロは死んでしまったのです。りつこは深い悲しみに包まれました。
「私は占いうさぎなのに、一匹の心優しい狼の未来さえ知ることができなかったのね」
ワニとヒスイは、りつこにかける言葉が見つかりませんでした。
三匹は、夜空を舞うぽぽこに見守られながら、大地にゼロを埋めてあげました。するとどうでしょう。ゼロを埋めた場所から、黄色いタンポポがみるみるうちに咲いたかと思うと、すぐにぽぽこの姿へと変わり、空へ舞い上がったのです。
「りつこちゃん、このぽぽこはゼロくんよ!」
「狼のぼうずが、お譲ちゃんの奇跡になったのさ!」
ヒスイは嬉しそうに空を飛びまわり、ワニは微笑みながら川へと戻っていきました。
「ゼロ、私、もっと立派な占いうさぎになるわ。あなたのように優しい心を持った動物のために。だからどうか、私のことをずっと見守っていてね」
満月の夜は、ぽぽこ村からうさぎたちの歓声がいつまでも響き渡っていました。きっと、動物たちの心優しい願いが、叶ったに違いないのです。

ぽぽこ村~占いうさぎと泣き虫狼~

ぽぽこ村~占いうさぎと泣き虫狼~

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-11-10

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