ぽぽこ村~羊の枕と夢うさぎ~
ぽぽこ村は、うさぎたちの住む小さな村です。春には村全体にタンポポが咲きほこり、いつしか綿毛になると、ある日一斉に空を舞います。タンポポの子供たち、つまり綿毛のことをこの村ではポポコと言い、そのことからこの村は、ポポコ村と呼ばれているのです。
ぽぽこ村のタンポポには、願いを叶えてくれるという不思議な力がありました。ですが、どんな願いも叶えてくれるというわけではありません。心のこもった強い想いがないと、願いは叶わないと言われています。
タンポポ摘むよ
優しく摘むよ
ほいせっせ、ほいせっせ
太陽キラキラ光りを浴びて
元気いっぱい、ほいせっせ
ぽぽこ村にある小さなお花屋さんから歌声が聞こえてきました。歌っているのは、ぴろきちという、真っ白いうさぎです。せっかちだけど頑張り屋さん。タンポポマークの入ったキャップをかぶり、今日も朝から大忙しです。
「ふわあ……、おはよう、ぴろきちさん。今日はどこまでタンポポの配達に行くんだい?……むにゃむにゃ」
そう言ってやってきたのは、眠りうさぎのさだはるです。
「これからスリープ村の羊たちのところに行くのさ」
山の芋のつるで作られた籠の中は、黄色いタンポポでいっぱいです。ぴろきちは、その小さな体で重たそうに籠を背負いました。
「スリープ村……、むにゃ。それはいい……。スリープ村に行ったら、羊たちの作った枕を貰ってきてくれないかい?実はさっき、寝ぼけてもぐらさんの掘った穴に枕を落としてしまったんだよ。僕、羊の作った枕がないと、どうも眠れないんだ。……むにゃむにゃ。こんなに眠いのに眠れないなんて」
さだはるは大きくあくびをすると、目をこすりました
「大丈夫だよ、さだはる!羊たちには、タンポポを届ける代わりに、枕をもらうことになっているんだ。もちろん、ぽぽこ村のうさぎたち全員分のね。だから夕暮れまで待っていておくれよ」
「それはありがたい。……ふわあ。それじゃあ、ぴろきちさん、気をつけていってらっしゃい」
さだはるは眠たそうに手を振りながら、ぴろきちを見送りました。
ぽぽこ村からスリープ村へは一本道です。弱い動物を襲う狼や、意地悪な黒蛇がでる暗い森の中を通ることもありません。野原をしばらく進んでいくと、気がつけば辺りは草原にかわっていきます。その草原の中に小さな赤いレンガの家が立ち並んでいるのが見えてくれば、そこがスリープ村です。
ぴろきちがスリープ村についたのはお昼前でした。村では、輝くような白い毛をした羊たちが出迎えてくれました。
羊たちは自分たちの毛を使って枕を作るのが仕事です。その枕の寝心地のよさったらありません。
いつもは忙しそうに仕事をしている羊たちですが、今日はぴろきちがタンポポを持ってくると聞いて集まったのでした。
「やあ、ぴろきち!君が来るのを村の皆がまだかまだかと心待ちにしていたところじゃよ」
そう話しかけてきたのは、スリープ村の村長です。
「やあ、村長さん。今年もたくさんのタンポポを持ってきたよ!」
ぴろきちはタンポポを一輪、村長に渡しました。村長は、嬉しそうに微笑みます。他の羊たちにも一輪ずつタンポポを渡しました。羊たちは口ぐちに、「ありがとう」と、お礼を言います。ぴろきちはその言葉を聞くと、何だか誇らしい気持ちになるのでした。
タンポポの入っていた籠の中は、またたくまにからになりました。すると村長は、羊の毛で作られた枕を籠いっぱいに入れてくれました。
「これはお礼の枕じゃ。来年もよろしく頼んだよ」
「ありがとう!」
ぴろきちは枕を籠の中に入れると、ぽぽこ村へ帰ることにしました。夕暮れまでにぽぽこ村へ帰り、さだはるに枕を渡さなければなりません。
ですが、帰ろうとするぴろきちに、長話が大好きな羊、クジャックおばさんが近づいてきました。
「やあ、クジャックおばさん。こんにちは」
ぴろきちは、軽く挨拶をして、先を急ごうとします。すると、
「待っておくれや、可愛いぴろきちぼうや」
と言って、ぴろきちの前にいきなり立ちはだかるものですから、ぴろきちは思わず尻もちをついてしまいました。しかも、背負っていた籠の重さで、お尻の痛さは二倍です。
「なんだい、クジャックおばさん。僕夕暮れまでに村へ帰るんだ。とは言っても、お尻が痛くてしばらくは動けそうもないけどね」
そう言ってため息をつくぴろきちをよそに、クジャックおばさんはこれから話ができるのが嬉しいようで、クスクスと笑みを浮かべています。
「相変わらずせっかちなうさぎだねぇ。少しくらいここで休んでからお行きよ。夕暮れにはまだ時間があるじゃないか」
その言葉にぴろきちは急ぐことを諦めて、クジャックおばさんの話を聞くことにしました。枕の入った籠を地面に置くと、まるで体が宙に浮くかのように軽くなりました。クジャックおばさんはゆっくりとぴろきちの前に座ります。
「ぴろきちぼうやは、この村の羊たちが何の仕事をしているか知っているかい?」
「もちろん!枕を作っているんだろ?僕もたった今、その枕をもらってきたところさ」
「それじゃあ、何故羊たちは枕をつくっているのか知っているかい?」
「僕たち動物が眠っている間、楽しい夢が見られるようにだろ?僕なんか、毎晩お腹いっぱいにニンジンを食べるっていう幸せな夢を見ているよ」
ぴろきちは、その夢を思い出すだけでよだれが垂れそうです。クジャックおばさんは大笑いしました。
「うさぎらしい夢だこと。でも幸せな夢ばかり見られるのは、本当は不思議なことなんだよ」
スリープ村の羊毛で作った枕は、眠っている間、自分が楽しいと思える夢をみさせてくれる魔法のような枕です。ですが、ぴろきちは首をかしげます。いつも使っている枕の何がそんなに不思議なのかわからなかったのです。
クジャックおばさんは話し始めました。
「私が生まれるよりも、もっと昔のことだがね、あるところに、人間に飼われた一匹の羊がいたそうだよ」
「人間! 人間って何?」
ぴろきちは、初めて聞くその言葉に興味津々です。耳をピンと立たせて、クジャックおばさんに今にも跳びつく勢いでした。
「まあ、お聞きなさい。私も人間というものを見たことはないんだよ。だが噂では、2本の足で歩く動物だそうだよ」
クジャックおばさんの話では、昔、仲の良い一匹の羊と人間がいたそうです。
ある日人間は、羊に言いました。
「今朝、とても楽しい夢を見たんだよ」
すると羊は不思議そうに首をかしげて、こう言ったのです。
「夢って何?」
その羊は、「夢」が何かを知りませんでした。人間は羊に、夢とは何かを教えてあげました。
「眠っている間だけ、今いる世界とは違う、別の世界を旅することだよ。それは楽しいこともあれば怖いこともあるし、涙を流すような悲しいこともあるんだ」
それを聞いた羊は思いました。
「眠っているときに悲しいことがあるなんて嫌だな。どうすれば楽しい夢だけを見れるようになるんだろう?」
羊が考えていると、物知りな小鳥たちがこんなことを教えてくれました。
「夜空で輝くお星さまに願ってみるといいよ。お星さまには願いを叶える力があるんだ」
その日から羊は、大好きな人間が怖い夢や悲しい夢を見ないよう、お星さまに毎晩お願いをしました。羊の優しい願いをきいたお星さまは、
「あなたのその美しい毛で、枕を作ってごらんなさい」
と言い、羊に魔法をかけると、流れ星となって消えてしまいました。
そのことを羊はすぐに人間に話しました。人間は言われたように、羊の毛で枕をつくり、その枕で毎晩眠りにつきました。すると不思議なことに、人間は楽しい夢ばかりを見るようになったのです。喜んだ人間は、
「きみがどんなに素晴らしい羊か、きみ自身にも知ってほしいんだ」
と言って、羊にも枕を渡しました。もちろんそれは、その羊の毛で作られた枕です。
羊はその夜、はじめて夢を見ました。たくさんの動物たちが、羊の毛で作られた枕で、幸せな夢を見るのです。羊は喜ぶ動物たちを見て、とても幸せでした。
「ああ、私の幸せは皆が楽しそうにしているあの笑顔だったんだね。素敵な力をくれたお星さまありがとう。この夢が本当になればいいのに」
羊はどうすればたくさんの動物が夢をみることができるのか考えました。羊一匹の毛では、たくさんの枕はつくれません。夜になると、空に輝くたくさんのお星さまが、羊にこう言いました。
「私たちがあなたの願いを叶えてあげましょう」
しかし、羊は首を横に振ります。お星さまは願い事を叶えると、流れ星となって消えてしまうことを知っていたからです。夜空を照らしてくれるお星さまが消えてしまうのは、羊にとって悲しいことでした。
そんなある日、一匹のうさぎが羊の前にあらわれました。手には、可愛らしいタンポポを持っています。
「このタンポポが綿毛になったら、願いごとと一緒に空へとばしてごらん。きみのその優しい想いは、きっと叶うよ」
うさぎは羊にタンポポを渡すと、そう言い残して去っていきました。羊は、タンポポを綿毛になるまで大切に育てました。やわらかな風が吹く日、羊はタンポポの綿毛に願いを込めます。
「どうか、たくさんの動物が幸せな夢を見られますように」
綿毛はふわふわと空を舞いました。するとどうでしょう。羊の体が黄金色に輝きだしたのです。
一匹の小鳥が、羊の元へ飛んできました。
「羊さん、きみの仲間たちも輝いているよ。きっときみと同じ力が、他の羊たちにも宿ったに違いないよ!」
それを聞いた羊は、羊たちの集会を行いました。その不思議な力について説明し、多くの動物たちに夢を与える村をつくろうと提案します。もちろん羊たちは大賛成です。
その村は、夢見る羊の村として、スリープ村と呼ばれるようになりました。羊たちは力をあわせ、たくさんの動物を喜ばせたのでした。
クジャックおばさんは話を終えると、ぴろきちに言いました。
「だから私たち羊は、ぼうやが持ってきてくれるタンポポに、とても感謝しているんだよ」
ぴろきちはそれを聞いて、籠の中から枕を一つ取り出すと、ぎゅっと抱きしめました。この枕が、とても大切なものだとわかったのです。クジャックおばさんは、優しく微笑みます。
「ぽぽこ村のタンポポに願いを叶える力があるのはなぜだか、ぼうやにはわかるかい?」
「羊の願いを叶えるため?」
「それもそうだが、タンポポだって、本当は何の力もない、ただの花なんだよ。その花に、こんな不思議な力があるわけがないだろう?誰かがタンポポに不思議な力を与えるように、お星さまに願ったのさ。そのおかげで、私たちはここにいるってことだね」
「それは誰なの?誰かの願い事を叶えたお星さまは、流れ星になって消えちゃうんでしょう?そんなの可哀相だよ」
「良い子だね、ぼうや。今夜空を見てごらん。きっと、誰がお星さまに願い事をしたかわかるはずだよ」
クジャックおばさんはそう言うと、ゆっくり立ちあがりました。
「夕暮れも近づいてきたねぇ。そろそろお帰り。ぼうやと話せて楽しかったよ」
「僕も素敵なお話が聞けて嬉しかったよ。ありがとう、クジャックおばさん」
ぴろきちは籠の中に枕を入れて背負いました。尻もちをついたお尻も、もう痛くありません。ぴろきちはクジャックおばさんにさよならを言うと、駆け足でぽぽこ村へと帰っていきました。
その日の夜、ぴろきちは、スリープ村で貰った枕を持ち、村で一番星がきれいに見える丘へと向かいました。昼間は、丘を埋め尽くすように咲いているタンポポも、夜には蕾のように花を閉じ、眠っています。ぴろきちは、タンポポを起こさないように静かに歩き、丘の一番上まで行きました。すると、何やら、声が聞こえます。そこにはなんと、眠りうさぎのさだはるがいたのです。声の正体は、さだはるの寝言でした。
「むにゃ、むにゃ……」
どうやら眠りうさぎのさだはるも丘の上に来ていたようです。ぴろきちがスリープ村でもらってきた枕を使い、気持ち良さそうに寝言を言っています。ぴろきちも枕を置いて、さだはるの横に寝転がりました。あまりの気持ちよさに、瞼がどんどん重くなっていきます。
「やっぱり、羊の作った枕は世界一の枕だね」
そのときです。夜空が眩い光を放ち、ぴろきちは目がくらんでしまいました。目をこすり、もう一度夜空を見上げると、そこには数え切れないほどの流れ星が輝くような光を放っていたのです。
「すごいや!さだはる、起きて!起きてよ!」
さだはるは全く起きようとしません。
すると、眠っていたはずのタンポポが、一斉に花を開かせました。そして、流れ星の光を吸収するように、優しく輝いたのです。ぴろきちには、誰かがお星さまにお願いをして、タンポポに魔法をかけたのだとわかりました。ぴろきちは涙を流します。
「こんばんは、ぴろきち。どうして泣いているんだい?」
そう話しかけてきたのはお月さまでした。
「ねぇ、お月さま。タンポポに魔法をかけるようにお星さまにお願いしたのは誰だか知っているかい?僕、お星さまが消えてしまうのが悲しいんだ」
ぴろきちはお月さまに、スリープ村でクジャックおばさんから聞いたお話を聞かせました。お月さまは優しく微笑みます。
「タンポポに不思議な力を与えたいと願ったのは、星たち自身だよ。自分の願いを叶えるために、自ら流れ星になったんだ」
ぴろきちは驚いた顔をしました。
お星さまは、流れ星になって消えてしまうことを悲しいことだとは思っていません。ぴろきちや、クジャックおばさんの話にでてきた羊のように、心優しい動物たちの願いを叶えることが、お星さまにとっての幸せなのです。
お月さまは言いました。
「だから泣くことはないんだよ。星たちに、ありがとう、と言ってあげなくちゃね」
ぴろきちは小さくうなずきます。
「お星さまありがとう。僕、お星さまがくれたこの幸せを大切にするよ。そして、もっとたくさんの動物たちに幸せを運ぶからね」
ぴろきちがそう言うと、流れ星が一瞬、微笑んだかのように見えました。
横で眠るさだはるが、こんな寝言を言います。
「星降る夜……、眠らないなんてもったいないよ」
「さだはる、それはどういう意味だい?」
「むにゃむにゃ……」
お月さまは、さだはるの代わりに、その言葉の意味を教えてくれました。
星が流れる日に、スリープ村の羊たちが作った枕で眠ると、必ずタンポポの夢を見るそうです。それはもちろん、自分の願いが叶う夢。
さだはるは毎年この日になると、この丘へ来て、流れ星の下で眠ります。そして、夢の中で、タンポポとお星さまに、「願いを叶えてくれてありがとう」と、お礼を言うのです。どのうさぎよりも寝てばかりいる眠りうさぎだからこそ、楽しくて幸せな夢を見せてくれているのはお星さまだということを知っていたのでしょうか。
ぴろきちは、眠ってばかりいるさだはるは、自分と違って怠け者だと思っていました。ですが、それは違っていたのです。ぴろきちは、何だかとても恥ずかしくなりました。
「さだはる、ごめんよ。お星さまにお礼を言ってくれて、ありがとう」
「むにゃ、むにゃ……。……始めて言われた。……ありがとう、……ありがとう」
ぴろきちは、さだはるの横で一緒に眠りました。お月さまは、そんな二匹のうさぎを温かく見守り、流れて行くお星さまを笑顔で見送るのでした。
その日の夜は、ぴろきちにっとってかけがえのないものとなりました。ぴろきちは明日も、どこかの村にタンポポを届けます。動物たちはきっと、素敵な奇跡を待っているのですから。
ぽぽこ村~羊の枕と夢うさぎ~