恋文

静深

恋文

 届く事のないラブレター。
 貴方をずっとずっと想っている。
 画面越しでしか触れられない。掴もうとしては、すうっと遠のく。この叫びが届く事はもう無いのでしょうか?
 それでも、綴る。
 私を含めて貴方に救われた人々の想いも込めて、こちらの恋文を書く。
 私がなりたいと願った人。私をこんなにも夢中とさせてくれた人。
 彼女、岡田有希子さんとの出会いは私が中学生だった時。インターネットの海を揺蕩う私の目にたまたま飛び込んだその名前。
 思春期から青年期に移行してゆく年齢。やけに大人びて見えた貴方を私は今や超えてしまった。
 歌声を聞きたくて、封じられた事実をまるで突き破るかのようにしてCDを求めて、レコードショップにいそいそと向かう。
 少女、少年との括りに年代は関係が無い。残された破片を宝探しのように探し求めた。棚からその名前を探り出した時に、私は初めて破片に触れた。
 帰宅した私はレコードを流して、ヒット作である『くちびるNetwork』をどきどきとしつつ聴いていた。
 天女の如き歌声。憂いを帯びながらも弾んだ声に惹かれたこの日から、私は彼女そのものにますます惹かれてゆく。
 一時はレコードを封印したけれども、貴方への想いまでは封印出来なかった。想いを隠す。
 でも、体が歌声を求め続けている。
 触れられない事実を悔やみました。求めても求めても達する事のない遣る瀬無さ。
 貴方の足跡をいつか必ず辿ってみせるから。中学生の頃、自身にそう誓いました。
 かなりが経った。
 そうして、チャンスを掴んだ私は新宿区四谷四丁目の大木戸ビルの階段を上がった。壁に記されたファンの切なるその願い。
 大丈夫だよ。これ以上はもう飛び降りないで。絶対に忘れないから。私たちが貴方の事をこれからも想うからね、守るからね。
 羽を生やした少女は少女から天女となりました。優しい歌声は私たちファンを救い続けている。出会ったあの日を私は今でも覚えている。
 これをきっと恋と呼ぶのだろう。気が付くと体が欲する存在。それは麻薬よりも優しいのに、とても癖になる。
 SNSでは日常的に貴方の名前を見る。二度目の苦しみがどうか訪れないようにと。
 忘却が二度目の死であるのならば、この世が世紀末を例え迎えたとしても私は貴方の事を思い出すだろう。貴方の楽曲を流すだろう。
 現場ではなく、貴方が安らかに眠る花々に囲まれた墓前にもいつか必ず足を運びます。
 寂しさの無い、辛苦の無い温かな世界が貴方の事を包み込みますように。私の世界は貴方のおかげでとてもぽかぽかとしています。
 そうして、どうか忘れないで。
 私のように岡田有希子の存在に、その先にある佐藤佳代の存在に思いを馳せる人間がこれほどまでにもいる温かな世界の事を。

恋文

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2020-06-30

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