銭の重みと仏ごころー5

千葉しげる

ある一人の僧侶の話ー5

話は、一年半ほど前に遡る。僧侶がとある町を訪れた折に、不思議な娘と出会っていた。その娘の目の奥に何か光るものがあるのに気づいた僧侶は、それがなんだか確かめたくて、じぃーと、その娘の顔を見続けたことがあった。
その結果その娘に勘違いされたあげく、惚れられてしまうという失敗をしでかしてしまった。
それにすぐさま気づいた僧侶は、急いでその場を立ち去ったが、一途な娘だったため、その僧侶の事が忘れられなくなってしまっていた。
その娘は、とある商家の大店の一人娘であった。 娘の方も、僧侶を好きになっても、めおとにはなれぬことは百も承知であったが、そこは一途な娘ゆえ妻になれずとも、せめてお弟子の端くれに。などとけなげにも髪を下ろし、尼僧になる決心をしていた。
親に、僧侶を追って尼僧になるとは言い出せなくて
毎日泣き続けていた。目は腫れ上がり、飯も喉を通らぬほど、思い詰めてしまったゆえ、とうとう寝込んでしまった。
心配した両親は、悩みにくれる娘の枕元で、なんとかそのわけを聞き出すことはできたが、尼僧になって、惚れた坊主の後を追うなどということを許すわけにもゆかず、困り果てていた。
だが、父親はとりあえず、医者を呼びにでっちを走らせたが。果たして治せるものかどうか、、、、と、薄々惚れた男の後を追わせることを許さざるを得ないことを覚悟していた。
やってきた医者の話では。恋の病は治せませぬ。の
一言であった。もはや、体は痩せ衰え、厠すら人の支えなしでは行けぬほどであった。
父親は。どうしたものか、、、。後を追うことを許すしかあるまいが、相手が坊さんで、おまけに子供はこの子だけだ。ゆくゆくは婿養子をとって、この店の跡を継いでもらうつもりでおったのだが、、、
と、うな垂れていた。
そこへ、母親が。一つ手立てがございます。と、 亭主に向かって言った。どうするのだ?。と、亭主が聞くと。お坊様に還俗していただくのです。と、
言うと、亭主は。なるほど。と、膝を打った。
話の理解が早いこの店の主人は。ならば、娘の回復次第、すぐにつけ人をして旅立たせねば。と、言った。だが、坊さんがこの店の跡を継いでくれるかどうか、そこが疑問ではあるが。とも思っていた。
少し考え込んでいる亭主に向かって、女房は。何も娘を行かせなくても、来て頂けばよいのです。と、
言った。なるほど、人相書きを持たせた使用人に、その坊さんを探させれば良いのか、良い手立てではないか、金はいくらでも積む、何が何でも、首を縦に振ってもらおうではないか。と、笑顔になった。
亭主は、女房に向かって。お前は賢い、後のことは全て任せた。この子のいいように取り計らってくれ
この家の行く末のこともある。えーい、金はいくら使っても構わぬ、後は任せたぞ。と、言い終わると、安心した顔つきになり、仕事に戻るためその場を立ち去った。
残された女房は。さて、手始めに何から始めるか、、、。と、思うや否や、寝ている娘の耳元で、
自分の考えている計画のあらましを話した。すると
娘はにわかに元気になり、笑顔を見せて。おっかさんありがとう。と、言った。
その後、娘は急速な回復を見せ、両親や店の者を驚かせた。まさに、恋の病は恋でしか治せぬの例えでもあった。
女房は、娘の回復を確かめると、娘を浮世絵師の元へ連れて行った。もちろん娘の惚れた男の人相書きを描かせるためであった。
母親としても娘がどのような男を見初めたか興味があったのは、否めなかったが、それよりもその坊様がどのような男なのか、その人物を知る手がかりを人相書きに頼ろうとしたのであった。
ゆくゆくは、家の跡を任せる人物に足りうるか否か
それを見極めるための重要な作業でもあった。
母親は、絵師を前に、娘に向かってこう言った。
いいですか、お前の探している殿方を、できるだけ正確に思い出すのです。もし、描いてもらう人相書きが実物とあまりにも違っていたら、まるで別人を連れてきてしまうことになるのですから。と。
利発な娘は、頬を赤らめながら。大丈夫よ、おっかさん。あの方の顔は今でもはっきりと、この両目に焼き付いているんだから。間違えようにも、間違えられません。と、答えた。
それを聞いた母親は。なら、早速その方の顔の作りや、身の丈をこの人に話すのです。と、絵師に描く用意をさせた。
娘が言うには、年の頃は、二十五、六で、顔は、 色白で、眉太く、目は二重で大きく、切れ長で、 鼻高く、鼻孔は広がっておらず、口は小さく、
耳大きく、顔の輪郭は、卵のようだったと話した。
そして身の丈は、五尺八寸ほどで、最後に、言いにくそうに、おつむは、坊主頭であったと付け加えた
それを聞いた絵師は、ギョロリと娘の顔を見て。 
心の中で 。これは坊さんではないか。と、思った。
だが、その絵師の表情を素早く読み取った母親は、
畳の上に一両小判をスッとおきながら。余計なことは考えなくても良いのです。と、そっぽを向きながら行ったので、その絵師は心の中を見透かされたのと、前払いの料金の高さに、気まずいやら、驚いたやらで、思わず。へへぇー。と、頭を下げてしまった。
母親は、坊様本人を連れてくる前に、変な噂が町に広がるのを恐れて、口止め料として大金を渡したのであった。
四半刻もたたないうちに、添え書きとともに、立派な人相書きが出来上がった。それを手に取った娘は
まあ、そっくり。と、言って 喜んだ。
母親が見るに、まるで役者のような男であった。 そして、娘が惚れるのも無理はないものと思った。
娘から人相書きを受け取った母親は。この方に間違いないのですね。と、念を押すと娘はにこやかに。この方です。と、言った。
人相書きの下には、尋ね人とあり、身の丈と体のつくりの他に。この方を連れてこられた方には、謝礼として金十両差し上げます。ただし、人違いの場合はお礼いたしかねます。と、書き、どこの国の何という店で主人は誰なのかも間違いなく書かせた。
人相書きを受け取った親子は、次に彫師の元へと行った。この人相書きを大量に刷る準備のためであった。
彫師に人相書きを彫らせた後、版元から版木は買い取った。何も浮世絵にして売るために作らせたわけではないので、百枚刷らせた後に、四両もの大金を払った。これも口止めのためであった。そして、 版木はまた追加で刷ることも考えて版元に預けておくこととした。
母親は、百枚の人相書きを前にして。さて、これをどう使えば一番効率が良いものか。と、思案していた。すでに夫も娘も眠りについた夜更けのことであった。
その頃、尋ね人の張本人である僧侶の方はというと
相変わらずの、ただ托鉢便りの食うや食わずの修行の旅の最中にあった。もっとも、生真面目な男ゆえ
いくら若い娘たちが近寄って来たとしても、その色香に惑わされることはなかった。
そしてまた、他国でそんな計画が進んでいることなど露ほど知らぬ僧侶でもあった。

銭の重みと仏ごころー5

銭の重みと仏ごころー5

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 時代・歴史
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2020-06-29

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