【冷蔵庫】

櫟 茉莉花

 目が覚めた。いや、生き返ったのかもしれない。二択の可能性から、正解を知る術はない。それに、それまで私は死んでいたのか、それとも眠っていたのかなんて、今は重要でない。大切なことは、ここが闇に包まれていること。そして、冷気漂う極寒で、ほとんど無音の世界。身動きが出来ない私は、それでも全身に傷を負っていることは理解した。しかし、身体中の痛みは、傷に起因するのか、関節が硬直してるからなのか、判別出来ないでいる。絶望的な環境の中で、微かに聞こえる小さなモーター音にビートを刻むことが、唯一の、そしてバクテリアよりも小さいとは言え、ギリギリ娯楽と呼べる行為だ。

 しかし、寒い。闇が、寒さを引き立てる。そして、様々な匂いが混ざり合い、気分が悪くなる。試しに叫んでみるが、声の半分は狭い空間に反射させ、その波動は様々に干渉し合い、大きなノイズと化す。減衰時間の短いことが、唯一の救いだ。残りの半分の声は、幸い箱の壁に吸収されたようだ。どうやら、この箱は密閉されている。酸素量が気になる。苦しい。怖い。そっと目を閉じても、世界は変わらない。真っ暗な闇。空腹も乾きも、関節を伸ばしたい欲望も、ここでは何も叶わない。蝕まれていく精神と、辛うじて踏みとどまる理性が衝突し、撹拌(かくはん)された。

 再び、モーター音に耳を傾ける。機械的に延々と続く振動に合わせ、私は知る限りの歌を乗せてみた。勿論、声には出さない。酸素の無駄遣いだ。動揺からロックまで、モーター音は万能の通奏低音を務めた。
 しかし、直ぐにそれにも飽きてしまう。視覚を失い、ほぼ身動きも取れない私は、冷え切った身体を動かしたい、せめて関節を伸ばしたい欲望が、もう飽和に近付いていた。試しに足を伸ばそうとした。更に、腕や首や頭、肩や背中や臀部まで、全ての筋肉を活用して、限られたスペースで精一杯暴れてみた。僅か数センチしか動けない窮屈なスペースで、凍えた身体を懸命に動かしてみた。

 闇も寒さも、何も変わらない。それでも、私は身体を動かし続けた。無意識に叫び声を上げ、自分の声の乱反射に怯え、フラストレーションが爆破し、精神の(たが)が外れ掛け、酸素が不足し呼吸困難に陥り、思考が定まらなくなり……そして、ついに、幸いなことに、意識が飛んだ。
 最後の記憶は、変幻自在の通奏低音だ。私は自分の為の僅か四小節ほどの鎮魂歌(レクイエム)を即興で歌った。

【冷蔵庫】

【冷蔵庫】

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2020-06-29

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