すべてのりんかくがあいまいになった夜に
めがねをなくした夜に、わたしたちのすんでいる街は凍結した。そうか、街は、凍結するものなのかと、わたしはそのとき、しみじみ思いながら、なくしためがねの行方を気にしていた。でも、なくしたものは、そうかんたんにはみつからないし、しかも街は凍結して、あらゆる機能が異常をきたしていたので、さがしものをするのには向いていなかった。あかりはきえて、電車やバスはうごかず、車もはしっていなかった。ひとびとはさめざめと泣き、どうしようもないという感じで、ぼうぜんとしていたし、怒ってガードレールを蹴りつけているひともいた。めがねをなくしたことを、きみにメールで知らせようと思ったのだけれど、めがねがないと文字を打つのもひとくろうだった。せかいはぼやけていて、夜だし、泣いているひとの顔も、ガードレールを蹴っているひとの顔も、わからなかった。りんかくがとけて、かたちがくずれていて、じっとみようとすると、なんだかきもちわるくなった。入力途中のメール画面を消して、通話履歴からきみに電話をかけた。きみは、すぐに電話にでた。どうしたの、ときかれて、めがねをなくして途方に暮れている、とこたえた。どこにいるの、というきみの声は、すこしくぐもっていて、街にいる、というと、迎えに行くからそこにいて、ときみはいって、通話は切れた。ツー、ツー、という機械音をききながら、場所、おしえてないのに、と思った。わたしは凍結した街の、主要駅がある大通りの、ハンバーガーやさんの前にいた。二十四時間営業のハンバーガーやさんも、あかりがなくては、ハンバーガーもつくれなくて、こまっているようだった。すでにお店のなかにいたお客さんの、携帯電話のあかりが窓ガラスに反射していた。さめざめ泣いていたひとたちも、ガードレールを蹴っていたひとも、携帯電話をひらいていて、そのあかりだけが、いま、なんとか街を生かしていた。でも、その携帯電話の電波も途絶えれば、この街はほんとうに死んでしまうのかもしれなかった。わたしはもう一度、きみに電話をかけた。めがねはもうみつからなくてもいいから、きみにとなりにいてほしいと思った。
すべてのりんかくがあいまいになった夜に