【風のルウリィ】二話

マチミサキ

【 宮崎 真純 】は
日本でも有名な
陸上一家の三女として生まれた。

父は日本人初の
五輪・100メートルで
メダル獲得はならなかったものの
決勝(ファイナリスト)まで進んだ
【 宮崎 真 】

母は不慮の事故により負った怪我から
五輪出場はならなかったものの
数々のマラソン大会で
圧倒的な優勝、入賞経験を誇る
【 宮崎 純 】

今を遡る事
十数年前に起こった
その日本人好みの悲劇的な…
しかし
実に感動的でもある恋愛を模様するドラマは
当時、日本スポーツ界の話題の中心と
なったほどだ。

それから
だいぶん経った今でも
時折
【日本人・炎のランナー】
と称され
再現ドラマや記録映像として
度々メディアに流されては
やがて結ばれる二人のことを記憶に
留める国民は多い。

そして産まれた
その子供達がまた
日本の話題となった。

長男の真一は
父と同じく日本短距離界の花形として
現在
高校陸上の星として常に話題に上るし

次女の純子もまた
その恵まれたバネを活かし
100メートル、幅跳びの中学記録を
次々と塗り替えている。

そして
末娘、三女の真純も当然
世間からは注目の的となった。

が、

よくある話ではあるが
真純には
上の二人に比べ
そこまでの突出した才能には
恵まれていなかった。

確かに
一般的な速さでいえば
真純とて
かなり足は速い。

しかし
それはあくまで
ほんの少し与えられた才能と
それ以上の恵まれた環境による
コーチング、
そしてなにより
本人のひたむきな努力から
為し得たものなのだ。

真純本人も
幼い頃から常に周囲の、家族の期待を
切実に感じていたし

なにより

自分には
兄姉のように
【充分に与えられた才能】
が無いことも解っていた。

が、

努力でそんなものは
超えられる、

というスポ根丸出しの
熱血父母の教育をひたすらに信じ
たゆまぬ努力を続けてきた。

父母は
優れた兄や姉よりも優先して
真純にその指導の情熱を注いでくれたし

兄や姉も
それに対して僻むどころか
むしろ
この言わば【出来の悪い妹】に
心からとても優しく接し
時には自分のことを置いてさえ応援した。

何かとアドバイスを送ったり
傍で励ましたり…

真純はどうでも
家族のこの期待に応えたかった。

努力はすべてを覆す!

幼き頃より繰り返された
その想いは
時を重ね
もはや
信仰に等しいものさえになっていた。

そして
徐々に真純の努力は実を結び
接戦ではあったものの
幾つかの小さな大会で入賞

遂には優勝を為し遂げたのだ。

父母、兄姉と比べるべくもない
本当に小さな
市町村のチビッ子陸上大会ではあったが
家族の喜びも大きく
その夜
家族のみではあるが
いや
だからこそ
温かさに溢れた
大袈裟なほどの盛大な祝賀会が
行われたりもした。

そして
数年後

真純は小学校に入学
鳴り物入りで
小学校の陸上クラブへ入部

この小学校は
父の母校であり
陸上クラブの顧問は
父の大学時代の後輩でもある。

環境的にも申し分なく
真純の乏しい才能は
それでも
小さくとも
必ず誰よりも美しく開花する!
と家族の誰しもが願い

真純本人にさえも
そう伝えていたし

真純も必ずそうなる!
いや、そうする!!

しなければならぬ!!!

と、決意を燃やし
その想いに比例する努力を続けた。

そして
一年が過ぎ

ここから
真純の公式な記録となる
初の陸上大会への選抜競争が始まった。

かつてのヒーローを生み出した小学校ともあり
地元を上げての協力体制のもと

やはり
それなりの才能を持つ
俊足を誇る児童達が
越境入学さえしてくるような学校では
あったが

真純の努力は
それらすべてを上回り
学校の代表を決めるという
最終戦では
本当に本当にギリギリの辛勝ではあったものの

【悲願の一位】

を、もぎ取る快挙をみせた。



…か、に見えたが…


真純自身も知らなかったのだが
この小学校には
名前を同じくする学校がもうひとつ
ここから遠く微かに見える
あの山の中にある

のだという。

そして
それは【分校】と呼ばれており

もはや九分九厘決まってはいるものの

一応
その分校の代表と戦い
正式に代表選手の座を獲なければならぬだという

寝耳に水ではあったが

大勢の俊足揃いである
この学校を制した自分なのだ。

油断する訳ではないが
何人も居ないという
小さな分校の代表に
敗けるというのは考えずらい。

と、楽観視するのは
無理もないことであった。

そして
数日後

そのいわば通過儀礼ともいえる
対決は行われた。

真純がその場で先ず驚いたのは
当然
両レーンにあるべき
スターティングブロックが
自分の所にしか
用意されていなかった、ということ。

勿論、何かのミスか手違いかと
恩師ともいえる顧問教師に尋ねたが
無表情のまま

『どうせ慣れぬ者には使えない、逆だぞ!
親切でこうしてやっているのだ!
勘違いするな!!』

そう言われ

多少
胸にしこりのような感情は
覚えたものの


尊敬する先生が仰有るのだから
きっとその通りなのだ、と
むしろ反省し
そう思うことにした。


そして
分校の代表選手が現れた。

上下ともに
長袖のジャージ、陸上専用どころか
とても上等とはいえぬ
見るからに安価なスニーカー・・・

そして
なにより
その相手の身長

下手をするも幼稚園児か、
というほどに小さく
顔立ちも幼い。

自分とは頭二つ分ほども背丈が違う

・・・これが代表か、と安心するどころか
むしろ落胆した。

なるほど
これは先生の仰有るとおり

この格好から察するに
おそらく
スターティングブロックどころか
本格的なグラウンドで
走ったこともあるまい。

そう思った。

そして
それでも
まあ

やるまでも無いが
一応は規則でもあるみたいだし

きっと向こうもよい記念になる、

そう、舐めて
手を抜くなどという
失礼な真似だけはするまい!

そう決めて
レーンへと上がった。

━━━えっ
スタンディングしてるの?!この子?

━━━呆れはしたが、改めて気は抜くまい。

位置について!

━━━集中

用意!

━━━━━━いつも通り

パァン

直後

真純は自分の眼が信じられなかった。

その刹那の一瞬で
もはや遥か先を相手は走っていた。

今まで見た事がない
異常な程に早い手足の振り
不自然な極度の前傾姿勢

自分が今迄に習い
猛練習の末に
培い身につけた短距離走の定石(セオリー)

それらが一切当て嵌まっていない

なのに速い

速すぎる

これは
《陸上の星》と連日のように
テレビや雑誌で騒がれる
遥か歳上の
兄や姉にすら感じたことのない【スピード】感

なんだ…これは

妖…怪…?…

人間…なの…か

全力で後を追ったが
差を詰めるどころか開く一方

まったく
勝てる気がしない。

こんなのは
初めての経験であった。

これは
喩え
努力を今の100倍、いや1000倍にしても
どうこうなるものではない。

人一倍の努力を続けてきた真純だからこそ
それが
瞬時に解ってしまった。

そして相手からかなり離されようやくゴール

完敗

どうしようもない

いや、それでも
やれるだけはやった

敗けはしたものの
相手に引っ張られたのか
今回の走りは
おそらく
自分のベストタイムを
間違いなく更新している

何百、何千、何万回と
走ったこの場所だからわかる

そう肌で感じ

ここまでの差があると
もはや
悔しいどころか
いっそ清々しいものさえ感じた。

これは
スタート前まで
分校代表のその素人ぶりにざわつく
自分への応援にきてくれていた
かのクラブの仲間達も
多かれ少なかれ感じたようで

ゴール後、一瞬の静寂のあと

様々な驚嘆の声が
真純の耳にも入ってきた

『なんだ!?あのチビはッ!!!』
『速すぎるよ!みた!あの動き!?』
『あんなん初めて見た!!!!』

やはり
間違いじゃない

自分が今回特別に遅かった訳じゃない
相手が速すぎたのだ

ひょっとしたら
いま
この学年で日本で一番速い奴
いや
それこそ世界で・・・

負けは潔く認めよう

でも自分もベストを尽くせた

互いの健闘を讃え
そして勝者を祝して
その先にある大会へのエールを送る意味でも
握手を求めよう

そう近づいた時

聞きなれたはずの

なのに

今まで聞いた事のない
冷たい感情を込めたような
顧問の声がグラウンドに響いた。

『・・・フライングだ!・・・』

と。

【風のルウリィ】二話

【風のルウリィ】二話

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2020-06-28

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