蜜色の月の夜に出逢ったきみと
蜜の色がする月を、ひとびとは見上げていた。もしかしたら、あの色、せかいのおわりの前兆なのではと、だれかがいって、夜の街にささやきが、さざ波のごとくひろがった。わたしは、フランスパンを抱えたきみと出逢って、ちょっとそこでお茶でもとはなしていて、フランスパンを持ったままでもいいのなら、と微笑んだ、きみの背後でも、しらないひとたちがみんなそろって、おなじような表情で、夜空の月を見ていた。ふあんと、とまどいのなかに、すこしだけ期待がいりまじった、どっちつかずの感じ。二十時の、妙な一体感。そういえば、わたしの通う学校のせんせいに、無数の蝶の集合体でできた人型のせんせいがいて、ときどき、ビーカーに注いだ蜂蜜を、うっとりながめていることがあった。あの瞬間の、せんせいの瞳は、蜂蜜の色に染まって、うつくしかった。学校、というばしょはたいくつで、うつくしいものもあるけれど(たとえば、夕暮れにたなびく教室のカーテン、化学準備室のたなで息をひそめている三角フラスコの群れ、美術室でほこりをかぶってたたずむ石膏像)、そのなかでもとりわけ、それはうつくしかった。「フランスパンは時として、凶器にもなるよ」なんて、いたずらっ子みたいな笑みを浮かべるきみが、月を見上げているひとびとのあいだを、かろやかにすりぬけていって、わたしはあとをおった。ざわめきは、耳を撫でるように心地よかった。凪いだ海のかたわらを、歩いている気分だった。
蜜色の月の夜に出逢ったきみと