いつつの鐘 【風のルウリィ】

マチミサキ

1話

とっぴんぱらりのぷぅ

それは昔々・・
万智7歳
小学校2年生の頃

山奥の分校
全校生徒数はわずか40名にも満たぬ
小さな木造の校舎

その開墾地まがいの森のグラウンドに
幼い児童達の嬌声はこだましていた。

『いけえーっ負けんな!!』
『やっぱアイツかぁ!!』

50メートル走の分校代表を決める
選抜が行われていたのだ。

絶対数は少ないものの
山の学校らしく
猿と見間違うほどの運動能力を持つ児童達

それでなくても
此処は日本最古
忍者発祥の地とさえ噂される

あくまで
推察でしかないが
この山猿達は忍びのDNAを持つかもしれぬ、

そんな子供達なのだ。

その中でも
さらにとりわけ
群を抜く速さを見せる子供が二人

佐助と万智だ。

同学年であり
昔からその身体能力では競り
周りからは飛び抜けている。

ギリギリのところで
万智が勝ったが
それも
ほんの少しの差であり
ほぼ同着といっても間違いではない。

それでも
その【ギリギリの差】は
いつもけして揺るがず

ひそかに佐助は今回こそは!
と意気込んでいたのだが。

佐助『ま!負けた風にしといてやるけど・・
俺さ、転校が決まってるし
そっちで代表になるから譲ってやるよ!』

万智
『・・・』

そう、
佐助は林業を営む父の仕事の都合で
来月から
繁華街への大きな
小学校への転校が決まっていた。

佐助
『どうせなら大勢の前で負かしてやるかんな』

万智
『別に私が学校(ウチ)の代表と決まったわけじゃ・・』

佐助
『あ~?!街のモヤシに俺達が
負けん訳ねーだろおー!』

そう
佐助や万智の通う分校は
あくまで【分校】であり

このあと
山のふもとにある本校との
競争選抜があるのだ。

今日
行われているのは
その分校代表戦であり

小学校代表枠は
ひとつしかなく
また本校生代表との競争となる。

しかし
分校の誰しもが
佐助でも万智でも
そのどちらが代表になっても
勝利を確信していた。

走る、という事に関しては
この二人には
下手をすると
大人でさえ敵わないのだから。

特に悪戯をして
追われる時の逃げ足は速い。

万智
『まー、あまり期待しないように。』

佐助
『期待なんかしてねーよ!当然そーなるって
いってんの!』


━━━━━━━━━☆

そして佐助は
ささやかながら
後日行われた送別会で涙を隠すような
常に上を向くというみっともない姿をさらし

分校より姿を消し

時は
本校との代表戦を迎えていた。

本校生代表選手は
分校では見た事もないような
最新のスパイクシューズ

それにユニフォームと
やる気は充分。

その指導者とおぼしき
教師も
かなり気合いが入っている。

対して
分校代表の万智は、といえば
いつものジャージに
使い古したスニーカーのみ。

本校で行われるこの決戦には
代表者二名だけの対決

綺麗に整備された真っ直ぐな
レーンには
片方、本校生の所にだけ
スターティングブロックが用意されていた。

応援にきて
それを見てざわつく分校生達

『なんだアレ…?』
『見たことない…??』

そう、
普段から
クラウチングスタートさえしない
分校生達は
短距離走では当然ともいえる
スタブロの存在さえ知らなかった。

当然
万智もだ。

その説明も
本校側から一切されなかった。

そして分校側、本校側の応援は徐々に
高まり
緊張感はピークへ

とにかく
決戦だ!

静かに舞台へと進む二人

クラウチングスタイルを決める本校生
いつも通り
ただ肩幅程度に開き前後に構え
腕を腰に添え
スタンディングスタートの万智

位置について!
用意!!!

パァン

一瞬で差が開いた

その音とほぼ同時に
遥か先に飛び出している万智

本校生は
そのかなり後ろを慌てて
走っている

さらに万智は加速
差はドンドンひらき

かなりの大差で勝敗は決した。

・・・か、に見えたが

ここで
本校教師から物言いが入った!

『フライングだな、完全に。やり直し。』

万智も本校選手も
何も言わなかった。

実際に走ってみてもう
両者ともに解ったのだ。

レベルの桁が違う

相手が遅(速)すぎる。

万智には
何度やり直そうと
負ける要素がまったく
見当たらなかったし

それは恐らく
万智以上に
相手も感じている筈。

そして
再度
両者はスタートラインについた。

万智は
何故か怖いほど
冷静になっていく己の心境に
不思議なものを感じていた。

こんなのは初めてだ。

どうにも
負ける気がしない。

それは相手が
この子でなくても
誰でもだ。

なんだろう
この気持ちは。


━━━━━━

それは
後にスポーツやその他競技でも言われる
【ゾーン】
と呼ばれる現象

集中力が異常に高まり
本来の能力以上のものさえ
発揮する場合がある。

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万智は見よう見まねで
クラウチングの姿勢を取る

本能的にそれが有利である、と
直感で理解したのだ。

慣れていないとしても
このスタートに
それ以上のメリットを肌で感じていた。

天性のスプリンターとして
目覚めつつあるのかもしれない。

・・・今度はスタートを遅らせる、
相手が出てからだ。

万智は
誰にも文句を言わせない為
そう作戦をきめた。

そして
再び
響き渡る破裂音

ちらりと横をみて
一瞬
相手が先に出るのを待つ

が、
それにしても相手が遅すぎる、
というか
反応が悪すぎる

本当に
真面目にやっているのか?

というほど。

そして
相手を一歩だけ先に出し
しかし
己自身も驚く
これまでに一度も体験したことのない
覚醒したような
爆発を思わせるスタートから
一瞬で
万智は
相手を抜き去った

が、

またしても
ここで
相手側の教師から
声が掛かった。

『ほら、やっぱり完全にフライング!!』

その声に驚き
万智は
走るのをやめたが

本校生代表は
そのまま
50メートルを一気に駆け抜け

結局

この小学校の代表は
本校生に決まった。

分校の教師は
用事があり
この場には居なかったし
幼い分校生達がいくら騒いでも

その結果は
どうにもならなかった。

そして
肝心の万智じたいが
何も言わなかったのだ。

なぜなら
万智は

━━━なるほど!!

と感心さえしていたから。

実力で敵わぬのなら
ありとあらゆる手段を以て
勝利をもぎ取る
その姿勢にだ。

そういう
勝ち方もある。

世の中は綺麗事だけでは
どうにもならない。

そしてそれは公に

【 認 め ら れ る 】

━━━良い勉強をさせてもらった。

勝利への手段
目的への達成
そのルートは無限にあるの…だ!!

万智にとって
それを識れた事は
良くも悪くも
その後の人生に

かけっこの幼いささやかな勝利を
もたらすより
ずっと大きなものとなる。


━━━━☆



再び日は過ぎ
その数日後に
行われた郡大会で

この本校生代表は

他校代表となり
まるで彗星の如く現れた天才児
陸上界期待のニュースターとして
扱われていた佐助により
惨敗を喫する。

佐助
『なんだオマエ?万智はどうしたんだよ??』

本校生
『私だって…なりたくてなっ…』

そして
この三人は
時を経て
数年後

再び

巡り合うこととなる。

いつつの鐘 【風のルウリィ】

いつつの鐘 【風のルウリィ】

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2020-06-27

Copyrighted
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