羽化
きみの鎖骨をひらく。午後七時半、海の浅瀬をおもわせるしずかなあおい理科準備室にて。
手、ふるえてるよ。おちつきなよ。無理とわかっていて、きみはいうのだから、意地が悪くって、すきなのだった。
やわらかな皮膚、す、メスをいれる。奥にねむる血液と骨と肉と、蛹。いっそ残酷な無邪気さで、きみは羽化を託した。
ぼくに。
つまびらかになる鎖骨。だいじょうぶ、うまくいくよ、根拠はないのに、きみがぼくをまで保証する。ぼくはぼくをなぜだかしんじている、きみのことを全霊で、しんじている。
とくとく、脈動する、蛹のすがた。きみは笑った。鎖骨をとじる。ぼくは、もうきっと、きみの熱をわすれない。メロドラマみたいな、ふるくさいことを、かんがえた。
うつ伏せになるきみ。背骨に移った蛹は、脊椎から、全身を支配する。
ぼくは、羽化するだろうか。きみは羽化したらその翅でどこへいく?
ぼくの、届くところに、いてほしいなんて、ばかみたいな祈りだ。かみさまをしんじていたらな。こんなときにだけうまれる、これはでも信仰じゃない。
どこにもいったりしないよ。こもった声が、ぼくをあまやかす。
きみのうめき声がもれて、ぼくはもしかしたら、それだけでもうずっと、生きていけるかもしれないのだった。
背骨をひらく。蛹を、おさめて、とじる。メスをポケットにすべりこませて、ぼくはきみに、すこしねむるといいよと、ささやく。
羽化