同棲中のふたりがただいちゃいちゃするだけの話

「じゃーん! 今月の新作はアジサイブルーでーす!」
「紫陽花って赤っぽいのもあるよね?」
「だから、青の中にたまに赤っぽいのも混じる感じの色なんだよ」
 お風呂上がりにバスローブのまま寛いでいた私のところに、同居人の瑠未がマニキュアの瓶を片手にやってきた。瑠未は化粧品会社に勤めているので、よくこうやって新商品の試供品を持って帰ってくる。今日は瑠未が先に風呂に入ったので、普段は複雑に編み込まれているオレンジブラウンの髪は解かれ、ピンク色のヘアバンドで押さえられている。
「この色、伊澄ちゃんに似合うと思って」
 いそいそと準備をしている瑠未に手を差し出す。瑠未が選んだものに間違いはない。さっきネイルを落としてケアをしたまっさらな爪に、瑠未が静かに筆を落とす。
「あ、でもかなり派手な色だけど大丈夫?」
「うちの会社派手な人ばっかりだから大丈夫だよ。ボディピアスとかしてる人もいるし、舌にピアスあけてる人もいるし」
「DTPオペレーターって自由だね」
「いやうちだけだと思うなぁ……」
 前に同業他社で働いていたこともあるけれど、その会社はみんな普通にスーツで仕事をしていたし。今の会社が自由すぎるだけだと思う。
「よーし、できた!」
 瑠未が塗ってくれたマニキュアが乾くのを待っていると、急に瑠未が上からのしかかってきた。
「まだ乾いてないんだけど」
「わかってるよ、だから伊澄ちゃんはそのままじっとしてて?」
 瑠未のライトブラウンの目の中に星が踊っている。ネイルがどこにも触れないようにしているこの状態は滑稽な気もするが、彼女にはそんなことは気にならないようだ。
 バスローブの合わせから、瑠未が手を滑り込ませる。先が濃い桜色に塗られた綺麗な爪が、私の胸の色が濃くなっている部分を優しくなぞる。
「っ……瑠未、」
「まだ手使っちゃダメだからね。乾いてないから」
 絶対わざとなんだろうな、と思いつつ強くは出られない。せっかく風呂に入って綺麗にした首筋を、瑠未の熱い舌がなぞっていく。終わったらシャワー浴び直しかな、とか余計なことを考えいたことがバレてしまったのか、瑠未はちょっとムッとした顔で、私の胸を食んだ。
「いい匂いするね、伊澄ちゃん」
 私が使っているシャンプーも、コンディショナーも、ボディーソープも、全部選んだのは瑠未だ。風呂の後なんだから、私の匂いなんてほとんど残っていなくて、するのはそれらの爽やかに甘い香りだけなのに。
 それとももしかして、瑠未は私がこの匂いになってほしくて選んだんだろうか。
「本当にいい匂い。食べちゃいたい」
「ちょ……瑠未、そういうこと言うのは……っ」
「伊澄ちゃん好きでしょ、こういうの」
 顔が熱い。風呂に入ったばかりだというのに汗をかいているような気さえする。瑠未は片方の胸を口に含みながら、右手をゆっくり下ろしていく、胸の谷間から、刺激にわずかにひくつく腹を通って、足の付け根へと。
 下着もつけずにバスローブ一枚でいたのが災いした。私を守る布はあまりにも少ない。その証拠にするりと紐を解かれるだけで、体があらわになってしまう。
「まだ手動かしちゃダメだよ、伊澄ちゃん」
「そろそろ乾いたでしょ……」
「でも崩れちゃうの嫌だから、今日は伊澄ちゃん絶対に動かないでね」
 瑠未が手首から脇にかけてゆっくりと舌を這わせていく。瑠未の好む香りに染められた体の上に、さらに瑠未の唾液で線が描かれた。
「伊澄ちゃん」
 脇腹をなぞった手が、閉じられた脚の間にそっと潜り込む。瑠未は小さく笑って、中指を上下に動かした。それだけで隠しきれない水音が響いてしまう。
「指、入れていい、伊澄ちゃん?」
「……っ、好きにすれば」
「でもなぁ、ちゃんと同意を得ないと。コンプライアンス的に」
 コンプライアンスの使い方は本当にそれで合っているのかとか、言い返す余裕はなかった。だいたい同意を得るならもっと前の段階でやらなければ意味がないだろう。ここまで人の体にべたべた触っておいて、今更私が本当は嫌だったと訴えたらどうするつもりなんだ。
 わかっているのだ、瑠未は。私がその先を望んでいることを。だけど言わせたいだけだ。天使の顔をして、私が堕ちるのを待つ悪魔。毎回のようにこんなやりとりをしている気もするけれど、それでも私はまだ恥ずかしいし、瑠未はそんな私を見ることを楽しんでいる。
「……触って、ほしい」
「触るだけでいいの?」
「べつに、それだけで……っ」
「じゃあそれだけでやめちゃうけど?」
 わかっているくせに。でもそれでも言ってしまうのが私の弱いところでもあるけれど。
「舐めるのも……」
「ふふ、よく言えました」
「んっ……」
 瑠未の方が年下なのに、いつもこうやって瑠未のいいようにされてしまう。しかもそれに心地良さすら感じてしまう自分がいるのも事実だ。ご褒美のように与えられた甘く深いキスに、体の内側から溶かされてしまう。
 舌を絡ませながら、瑠未の指が私の中に深く入り込んでくる。私に聞かせるようにわざと音を立てているのは知っていた。そんな瑠未の策略に私はあっさり陥落してしまう。もうすっかり覚えてしまった私のいい場所をなぞりながら、瑠未が笑う。
「どんどん溢れてくるよ、伊澄ちゃん」
「なんかそれは……おっさんみたい」
「事実を言っただけなのになぁ。じゃあそんなこと言えなくしてあげる」
 瑠未の手は私の弱いところを全部知っている。でもよく考えたら、瑠未と暮らし始めた頃はそこが弱かっただろうか。その頃はまだ何も知らなかったからだと言うこともできるけれど、多分違うだろう。私の弱い部分はきっと瑠未によって作られた。私の香りが、瑠未が選んだシャンプーとコンディショナーとボディーソープで作られているのと同じように。
「ぁ……瑠未……っ」
 もう少しで絶頂を迎える、その直前で瑠未は手を止めた。一気に抜かれる指に追いすがるように私の中が収縮するのを感じた。
「舌で、イカせてあげるね」
 瑠未の声を虚に聞いたその次の瞬間、柔らかな熱が襲ってくる。既に敏感になったその場所に熱い舌が潜り込んで、粘膜を刺激する。
 唾液と愛液が混ざり合って、ぴちゃぴちゃと音を立てる。それは耳を塞ぎたくなるほど恥ずかしい音なのに、今は手を動かすことを許されていなくて、遮るものなく聞こえてしまうその音に更に興奮を煽られる。
「瑠未……、もう」
「うん、わかってるよ」
 中に入っていた瑠未の舌が引き抜かれ、既に尖り、存在を主張していた突起に移動する。ひくつく内腿をなぞられながら、瑠未の舌がその小さな実を包み込むようにして舐め上げる。
「ん、っ……つぅ、っ!」
 絶頂はあっさりと襲ってきて、私はその強い白い光の中に意識を投げ出す。今日も瑠未のいいようにされてしまったな、とか、もう一度シャワーを浴びなきゃな、とかそういうことも頭をよぎったりしたけれど、結局は何もかもに負けて、私はそのまま目を閉じてしまった。

 そのことを後悔したのは、その数時間後の話。

同棲中のふたりがただいちゃいちゃするだけの話

同棲中のふたりがただいちゃいちゃするだけの話

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 青年向け
更新日
登録日
2020-06-25

CC BY-NC-SA
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