⬛︎SS「怪盗」

にょすけ

‪「…怪盗?」‬
一切れにしたハムを、パンに挟むとそれを口に頬張る。時折ひとかけのチーズを放り込み、それを市場で一番安いワインで流し込んだ。

「そう、怪盗。知らないの?今持ちきりよ。」ソフィアは、私の飲むワインを奪い取ると勝手に注いではボトルを空にしてゆく。

溜まったもんじゃないわよ、と嘆くその姿は麗しく、この都の男達の注目を集めた。

「ソフィア、せめて席についてから味わったらどうかね。」近くを通りかかったボーイに、新しいグラスを頼むと彼は静かに続けた。
「それで、その怪盗がどうしたっていうんだい?お嬢さん。」
またハムを一切れ切り取ると、小さめに切ったパンに挟み、それをソフィアに渡す。
燻製されたハムのかおりが、安酒によく合いこの都が平和であることが容易に感じられる。
「ジェイ!!お嬢さんはやめてってば!もう私子供じゃないもの!」酒が回っているのか、ソフィアは頬を赤らめながら言う。
渡されたハムをがつりと頬張ると、それをワインでぐぐと流し込むこの飲み方は、もちろんジェイが教えたものであった。

「失敬。それはすまなかった。で、ソフィア。その怪盗がどうしたと言うのだね?」
夕陽に照らされた街並みが、ジェイの顔を赤く照らす。黄昏時を迎えようとするこの都を彼はこよなく愛し、そしてワインとハムを愛した。それ以上に愛した女性の数もあったが、折ったレコードの針と同じだけの数の夜を越えた彼は、人数などに興味はなかった。

「宣言通りなんでも盗む。宝石、命、はたまた人生すらも。そう噂されているとんでもない怪盗がこの都にいま潜伏しているのよ。」
ほう、なんでも、ねぇ。と小馬鹿にしたようなジェイの笑いに、ソフィアはすぐさま反応した。
「本当なんだから!この間だって街で評判の凄腕占い師が、自分の能力を盗られたって大騒ぎしてたんだから!」
「きっとその占い師が偽物だったか、狂った人間だったんじゃないのかね?」
「巷で噂の妖狐をまじないで倒したって話もあるほど有名なのよ!今更偽物なわけないわ!」
ソフィアの美貌もさることながら、声の大きさに通りの通行人たちが驚いた顔でこちらを見ているのは実に滑稽で。
「ソフィア、少し落ち着きたまえ。」
「落ち着いてられるもんですか!新聞記者魂にかけて、この怪盗を絶対に記事にするんだから!」
まったく、熱くなるとソフィアはいつもそうだ。猪突猛進的に突き進んでしまう、それが彼女のいいところでもあるのだが、と後にジェイは語った。

「それで、目星はついているのかね?」
グラスの中に都の夕陽が溶け込む。
赤の酒はより橙を取り込み、ジェイの目の色までもきらきらと輝かせ、1つの宝石のようになると、ジェイはまたそれをくいと飲み干す。

「…ふっふ、今回は抜かりないの。情報提供者がいるのよ!」
「ほう?情報提供?」
そう!そうなの!鼻息も荒く、ソフィアはもうすでに席から立ち上がる。
「町外れのマイクさんと言う人がね!今日の夜会ってくれるのよ!」
「ほう、夜に。」
車のクラクションが鳴る、黒猫が一匹道路を横切ったらしい。ジェイが立てかけていたステッキがその拍子に倒れると、がちゃりと音がして、ジェイはソフィアから目を逸らした。倒れたステッキを立てかけ直すと、ジェイは続ける。
「少々危険ではないかね?これだけ煌びやかな街で、わざわざ夜に会おうなどと。」
「大丈夫よ!心配しないで!これでも私、学生の頃格闘術を習ってたんだから!」
そう言い残すとソフィアは、ジェイの注いだワインをすべて飲み干して
「ごちそうさま!」期待しててね!と言い残し街の外れへと駆けて行ってしまった。
空になったグラスには、陽が落ち、紫色になった黄昏のみが注がれている。ジェイはグラスの縁をかるくなぞると、
「…黒、くなりますな。」夕闇が落ちてくる。



半刻ほど歩いただろうか?
街はずれの森を抜けるとそこには1つの小屋があった。煙突からは黙々と煙があがり、なにか美味しそうなスープのにおいがする。
ソフィアは中の様子も伺わず、扉をノックした。

「…よう、あんたがソフィアか。」

ひどいクマの男性が扉からぬうと顔を出す。
その顔には生気がなく、今にも目玉は飛び抜けてしまいそうだった。だが、スクープに躍起なソフィアにはそんなことは関係なかった。

「あなたがマイクさんね!情報提供ありがとう!さっそくだけど怪盗の話を聞かせてほしいの!」

「…まぁ、まて。まずは、中にはいってくれよ。」

手招きされるがまま。ソフィアは小屋の中に入っていった。
入る前は気がつかなかったが、この男ひどい死臭がする。
特段家の中が汚いわけではない、身なりもきちんとしている。
家のいたるところに、獣の毛のようなものが転がっている以外は普通の様子だ。
しかし、このにおいはなんだ?

「…おなか、すいたろ。スープを…作ったんだ。飲んでいってくれよ…。」

上ずった声でマイクが、言う。

「…え。遠慮しておくわ。」
ここまでついてきた、軽率な自分を恨んだ。
ソフィアが言うや否やマイクは振り向きざまにソフィアを襲う。
押し倒されたソフィアはそのまま後ろ向きに転倒しわ後頭部を強く打ち付けた。
朦朧となる意識のなか、かろうじて見えたのはぎらりと鈍く光る鋭い牙であった。




「そこまでにしていただこうか。」
ばすん、と大きい音がするとマイクは自分の脇腹が熱くなるのを感じた。血だ。撃たれたのだ。なにに?誰に?おそらくそれは目の前のこの男に。
「なんだテメェ!!」
「私…?私は…そうだな…。」
ひらりとマントを翻すと、その腕の中には気を失ったソフィアがしっかりと抱かれていた。

「貴殿の命を貰いに来た、怪盗だよ。」

「キ、キサマ…!俺の獲物だぞ!!!置いていけ!!」

「残念だがね、この獲物は私のものだ。私は奪う者、奪われるのは心底きらいでね。」

「なんだと…!」

「さあ、私がお相手しよう。こう見えて学生の頃格闘術を習っていたんだ。」
にやりとモノクルの奥が深く笑う。
激昂したマイクは、真っ直ぐにジェイに向かってくるが、すぐさま足は縺れ地に手をついていた。
「…とは言え…君のことは、もう「盗ませて」頂いた。」

ジェイの手には、ぼんやりと赤く光る球体のようなものが収まっている。それは一見宝石のようにも見えるが、あまりにも血に染まったような色をしている。

「お、おまえ…っ」
マイクの身体が少しずつ崩れてゆく。
宵闇に照らされながら、砂のようになってゆく。

「ほう、貴殿の異能は…なになに…人狼というのかね?」

赤く光りを放つそれを眺めながら、ジェイは不敵に笑う。
抱きしめたソフィアが起きぬよう、優しくマントで包み込みながら。

「たしかに貴殿の異能、頂戴しましたぞ…さらば!」


街はずれの小屋には、スープだけが残された。
何事もなかったかのように、都の夜はあけてゆき、人々は忙しそうに朝を迎えた。



一切れにしたハムを、パンに挟むとそれを口に頬張る。時折ひとかけのチーズを放り込み、それを市場で一番安いワインで流し込んだ。

「ジェイー!!!!」

息を切らしながら、今日も麗しくソフィアは大声でジェイの名前を呼んだ。

私のいるオープンバルのテラスに駆け寄るとソフィアは、私の飲むワインを奪い取ると勝手に注いではボトルを空にしてゆく。

「…怪盗には会えたのかね?」
モノクルを拭きながら、ジェイは意地悪そうに言う。

「…会えなかった。それどころか、気づいたら家にいたの。私。」
「ほう?それは不思議な事もあるものだ。」
「でね!なんか、頭がいたいの!」
「ベッドの角に頭をぶつけたのではないかね?あのベッドは子供向けだ。いささか君には小さいように思えるよ。」
「あら…その赤い宝石、どうしたの?」
これかい?と机に置かれた赤い宝石を指差してソフィアは言う。
「…私のコレクションのひとつさ。」
長く伸ばしたヒゲを指でなぞると、またジェイは、意地悪そうに笑った。

「怪盗は、どこにいるんだろ…はぁーあ、また編集長に怒られる。」
「案外近くにいるかもしれんよ。そんな事よりソフィア、酒場のマスターのとこに3人目の子供が産まれたそうだ。名付け親を新聞で募集したいと言っていたよ。」

目の色を変え。ソフィアはまた私のワインを飲み干すと「よし!仕事だ!」と席をあとにしようとする

「あ」

「ちょっとジェイ、なんで私のベッドが小さいの知ってるの?」

「ふふ…さて、ね」

恐らく怪盗にも盗めないものがあるだろう。
空になったグラスに写るのはいつもの平和なこの都と、黄色い髪を靡かせる君の姿だった。

この都には、君がいる。


fin

⬛︎SS「怪盗」

⬛︎SS「怪盗」

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • アクション
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2020-06-25

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