⬛︎朗読詩「はじめへ。」
なあ、はじめ。
知ってるか。
お前がずいぶん毛嫌いしている、チンピラの田口は
将来お前なんかより良い父親になるんだ
それはもう驚くほど家族思いの良い父親だ
だが相変わらずお前は彼と馴染めない
なぜって、お前の嫉妬心に屈するほどやつは弱くないし
お前もお前で、実は案外どうでもいいからだ。
なあ、はじめ。
知ってるか。
お前が大好きだったあのバンドは、メンバーの覚醒剤所持でもう解散したよ
相変わらず良い歌だけど。
なあ、はじめ。
知ってるか。
お前の住んでいたあの下町は、ついに開発が進んで
あのやたら開かない踏切も今じゃコンクリの高架下だ
もう二度と開くことはないってさ
町はすっかり綺麗になって
老人や障害者が住みやすい良い町になったよ
でももう赤い電車は見えない
見えないんだ。
なあ、はじめ。
知ってるか。
お前が付き合ってるその、香水のきつい女だが
お前が仕事を首になった翌日に通帳と印鑑を持って逃げるぞ
そのあとお前は近所のジョナサンでしばらく途方に暮れるが
そこの今、コップを盛大に割った女を忘れるな
そいつが将来のお前の嫁だ。
なあ、はじめ。
知ってるか。
専門を中退してからも、良くしてくれた
ゆきちゃんを覚えてるか
いますぐ彼女にお前の精一杯を捧げろ
お前ができるすべてをしろ
二○○九年の夏に
本当に唐突に
しんでしまうから
そして、お前は彼女の通夜にいけなかったことを
しぬまで後悔することになる
コールドプレイなんて聴くたびに
なみだがとまらなくなるんだ。
なあ、はじめ。
知ってるか。
お前の柿アレルギーは一生治らない
だからお前はもう二度と柿を口にすることはない
だから
たまには婆ちゃんに顔を見せてやれ
お前がまだ柿が好きだと思って
毎年送ってくれてたのに
もう今じゃお前の事なんて一ミリも覚えちゃいないんだから。
なあ、はじめ。
知ってるか。
そのホームでは年間三十人が飛び降り自殺をするそうだ
そのたびにそのホームでは不吉な噂が流れる
死にたがりが集まる呪いのホームだって
でももしお前がその目の前の学生服の肩を掴めたら
そんな嫌な噂が一つだけ減るんだ
まあただそれだけのことだが。
なあ、はじめ。
知ってるか。
年金はきちんと払わないといけないんだ。
なあ、はじめ。
知ってるか。
赤ん坊は案外グロテスクに生まれる
だがグロテスクなだけにお前はその光景を絶対に忘れない
血のにおいと消毒液のにおいに
何度か吐きそうになるが
そこは踏ん張れ
彼女がお前の名前をよんだとき
お前はなみだがとまらなくなる。
なあ、はじめ。
知ってるか。
お前が好きだった漫画は実は未だに完結していない
驚くくらい長くなりすぎて
もう主人公が三回も変わってる。
なあ、はじめ。
お前の居るその場所が
俺のすべてだと言ったら
お前は笑うだろうか。
なあ、はじめ。
いつかは必ず世界を旅しろ
はじめての給料で買ったその一眼レフを首からさげて
必ず世界を旅しろ
その時お前はパレスチナの内戦に巻き込まれてしぬが
お前のしがパレスチナの何億というにんげんを救うそうだ
ただ、お前の家族は誰ひとり救われない
ずっとその国を恨んで生きることになる
やっと歩けるようになる子供はもうお前の顔を思い出せなくなる
だがお前は必ず世界を旅しろ
必ずだ。
なあ、はじめ。
知ってるか。
お前は生まれてきて良かったんだそうだ。
⬛︎朗読詩「はじめへ。」