奇想短篇小説『宇宙クジラ』
「この宇宙の目的がなんであり、なぜ宇宙がここに存在するのか。その答えをあやまちなく見いだした者あらば、宇宙はたちまち消え去って、はるかに奇怪で不可解なものにとってかわられるだろう。そういう理論がある。あるいはそれはすでに起ってしまった。という理論もある」
(ダグラス・アダムス『宇宙の果てのレストラン』)
宇宙の外にはいったい何があるんだろう?
と子どものころに僕は疑問に思ったことがあります。好奇心が強かった僕は、パパやママや学校の先生に宇宙の外について質問してみましたが、宇宙の外に何があるのかなんて誰も気にしていないようでした。そんなことは知らなくても生きていけると思っているようでした。だけど、たとえみんながそうであっても、僕はそのことをきちんと知っておかないと生きていけないような気がしました。
なので、僕は近所で有名な物知りおじさんに聞いてみることにしました。物知りおじさんはずっと公園にいて、公園に住んでいるようでした。冬になると公園は寒いので、物知りおじさんは別の場所にいくそうです。
だけど、僕が物知りおじさんに質問したのは夏の暑い日だったので、物知りおじさんは公園にいました。さすがに物知りおじさんでも宇宙の外に何があるのかまではわからないかもしれないな、と心配していましたが、物知りおじさんはゆっくりと宇宙の外について話しはじめました。物知りおじさんのお話はこんなふうでした。
私たちの住むこの世界は宇宙クジラというものすごく大きなクジラのお腹の中にあるのですが、残念ながら私たちのほとんどがそのことを知りません。
賢い科学者たちは宇宙は膨張しているだとか、エントロピーは増大しつづけているだとか言っていますが、結局それらのことはすべて宇宙クジラのお腹の中でのほんの小さな出来事にすぎません。
まず、宇宙クジラは宇宙海の中を泳いでいます。宇宙海にはたくさんの宇宙魚がいて、宇宙クジラのウンチが宇宙海と宇宙魚の栄養になります。
宇宙クジラはときどき、宇宙砂浜にいる宇宙人間を見ることがあります。宇宙砂浜の砂粒ひとつが私たちの住む地球くらいの大きさです。その地球くらいの小さな砂粒を集めて、宇宙人間は宇宙砂時計を作る仕事をしています。けれども仕事だからと言って、作った宇宙砂時計を別の宇宙人間に売るわけではありません。地球くらいの砂粒を集めたところでそんなものは売れません。なので、宇宙人間はただ宇宙砂時計を作りおきしておくだけです。実を言うと、宇宙人間にはこれといって宇宙砂時計を作ること以外にやるべきことがないのです。そうやって宇宙人間は宇宙砂時計を作りながら時間を潰しています。かと言って、ただ時間を潰して終わりというわけではありません。宇宙人間は潰した時間を、作りおきしておいた宇宙砂時計をひっくり返すことで元通りにしています。宇宙砂時計を作り、時間を潰し、時間を元に戻す。それが宇宙人間の仕事です。
一方で宇宙クジラは、来る日も来る日も宇宙人間が宇宙砂時計を作って、潰した時間をひっくり返す様子を見ていたので、幸か不幸か、やがて私たちの世界にも時間というものが生まれました。
ということはつまり、宇宙人間が宇宙砂時計をひっくり返すことをやめてしまうと、私たちの世界の時間はきれいさっぱりなくなってしまう、ということになりかねません。ですが、心配する必要はありません。先ほども言いましたが、宇宙人間には宇宙砂時計を作って時間を潰してひっくり返すことの他にやるべきことなど何もないからです。それをやめてしまうと宇宙人間は宇宙人間であることをやめてしまうことになります。そんなことは宇宙人間も宇宙クジラもそして私たちも望んでいません。
それから最後にもう一つあります。
私たちの世界を飲み込んでいる宇宙クジラは、実はそれよりもさらに巨大な大宇宙クジラのお腹の中にいるのですが、残念ながら宇宙クジラも私たちもそしてピノキオもそのことを知りません。
大宇宙クジラは大宇宙海の中で泳いでいて大宇宙砂浜にいる大宇宙人間を見たりしています。
そういうことがずっと続いているのが宇宙の外のお話です。
ここで聞いたことは他の誰にも言ってはいけません。もし口がすべって誰かに喋ってしまったら、あなただけ宇宙クジラの頭の穴から潮と一緒に吹き飛ばされることになります。なので、気をつけてください。
このお話を聞いた僕は、たしかにこんなことを知らなくても生きていけるようにも思えましたが、やっぱり知っておいてもいいような気がしました。なので僕は宇宙クジラのお腹の中で今も生きています。
奇想短篇小説『宇宙クジラ』