「死への羨望」

野良猫ハミル

全く新しいような、または、古傷が疼くような感覚に晒されている
晒されているのだ
既成概念の破壊を経験するたびに、ある種の桃色の疲れの中で、毎度この命を断ってしまいたくなる
死への羨望
世に、死を以って感謝の意を握らせたくなる
項垂れた青の、先の腐った茶色の感覚を見て、ああ死んでやりたいと思う
消えては現れる白と黒の光や、惨めさを煮詰めて吸ったような感覚の中で、世に犯されたこの命に目一杯の哀れさを抱かせて、解放してやりたくなる
なぜ死にたいのかおれにはわからない
なぜこうも苦しまなくてはならないのか誰にもわからない
羨望とは、決して軽く甘い言葉ではないのだ
世の、世の中の裏切りをかすめて繋げたような時間の中でこの眼は充血し、鏡を見るたび摺れた男が何かに縋ろうとしてないるのが見える
死への羨望
死への羨望
脳の改変と心の腐敗
人とひと、人間の中で、均衡を失った精神が語りかける
今に死んでしまうと
そう頼んだじゃないかと
いつだってそうなのだ
自分の一部を持っていかれると、いつだって死んでしまいたくなる




納得がいかなかった
気持ちに折り合いがつかないのだ
上着のポケットに手を入れて、いつもより勢いよく歩いた
噛み切れない「納得のいかなさ」を口に含んだような気がして、その顔はなんとなく強張っていたと思う



いつもよりずっと冷える夜だった
冷たい風が手の甲を刺した


ひどく腰の曲がったホームレスの男が、閉店した婦人服屋の前に段ボールを敷いていた

少し通り過ぎたところで、この寒さの中ここで寝るつもりなんだろうかと思った
こんな寒さの中で、あんな段ボールと安物のジャンパーで寝たら、すぐに死んでしまうと思った

近くの販売機で、温かいレモンジュースを買った
お茶よりも甘くて、暖まると思った

戻ると男はまだ段ボールを動かしていた

なんと言ったら良いかわからず、「これ」とだけ呟いて、段ボールの脇にジュースを置いた

腰が曲がりきって首がほとんど下に向いているから、どんな表情をしてるかもわからなかったけど、たぶんジュースを見たと思う

僕は振り返らなかった
果たしてキャップを開けるだけの握力があるのかどうかも怪しいと思いながら歩き去った



その夜に、僕は『死への羨望』という詩を書いた


翌朝起きてから、昨晩のホームレスのことを思った

あんな気休めにもならないような一本のジュースで、あの男は何ができるというんだろう
むしろ残酷なことをしたのかもしれない
そんな気がした


見に行ってみると、彼はその段ボールの上で冷たくなっていた
僕の置いたジュースは全く同じ位置にそのまま置いてあった


死への羨望なんて、ある一線を越えた人にとっては簡単なことだと思う

あまりにも簡単だよ

僕は昨晩、なんて、なんて浅はかなことを考えたんだろうと思った

「死への羨望」

自分の抱いた悲しみや感情は、自分のものです。

「死への羨望」

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 青年向け
更新日
登録日 2020-06-24

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