かれこれ

月らくだ

かれこれ

かれこれ

 かれこれ、もう一時間、僕はソファの上で彼女のおっぱいを揉み続けている。
 ねえ、もうやめてくれない?と彼女は言う。
 うん、と僕は言う。それから胸から手を放し、体を抱いて、首筋にキスをする。彼女が本気で嫌がっているわけではないことを僕は知っている。だって、昨日は二時間も揉み続けていたのだから。昨日、僕らは映画を見た後、家でゆっくり過ごした。映画の帰りに、スーパーマーケットでソーセージと赤ワインを買った。ドイツ産の上等なソーセージだ。僕らは家に帰ると、まずセックスをした。セックスをしたくてしたくて、たまらなかったのだ。そんな気持ちになるのは久しぶりだった。一年ぶりくらい。前の彼女と閉店間際のデパートのトイレでして以来だ。もちろん、そんなことは彼女に話していない。セックスをした後、僕らはソファでソーセージを食べながら、赤ワインを飲んだ。その間、僕は彼女の胸をずっと触り続けていた。僕は幸せだった。満たされた性欲。ソーセージとワインとおっぱい。こんなに素晴らしい組み合わせがこの世界の中で他にあるだろうか。僕らはとっても気が合った。彼女は僕の三番目の恋人だったが、僕は初めて恋をした気分になった。僕は世界を手にしていた。片時も彼女のFカップの柔らかいおっぱいから手を放したくなかった。
 彼女の首筋から唇を放すと、僕はまた胸に触れた。彼女が少し、身をよじった。
 ねえ、キスしない?と彼女が言う。
 いいよ、と僕は言う。
 生きていると、色んなことがある。僕は大学生の頃に陸上部で膝を悪くして以来、いまだに全速で走るのが怖いし、彼女は高校生の頃に飼っていた子猫と父親をいっぺんに亡くした。二人は(一人と一匹は)、まるで恋人みたいな関係だった。本当に恋人だったのかもしれない。そして今、唇と唇が離れると、彼女が、「ねえ、もし私が乳がんになっておっぱいを取らなくちゃならなくなったとしても、私を好きでいてくれる?」と訊く。
 僕はテーブルの上のワイングラスに手を伸ばす。そんな質問はずるいと思う。もちろん好きだよ、と答えるとする。彼女は嘘だとすぐに気づくだろう。だって、嘘なのだから。声音は微かに震えているし、間はどこか不自然だ。じゃあ、好きじゃなくなる、と答えるのか?その瞬間、僕らのこの心地良い関係は終わりを告げるだろう。彼女は悲しそうな顔をして、そのおっぱいと共にこの家を出て行くだろう。僕はそういったことを約0.5秒の間に考えた。ワイングラスに手が辿り着くまでの間だ。そして正解がないという正解に辿り着く。仕方なく僕は卑怯な手を使うことにした。
「僕が胸ばっかり触っているのが嫌だった?」
 質問に質問で返すという手だ。彼女は5秒くらいの間、黙って考えた。次の手を。一番攻めの手は、私の質問に答えて、と言う手だ。そう言われると、僕は窮してしまう。でも、すでにタイミングを逃してしまっていた。その科白を言うなら、僕の言葉から1秒以内に言わないといけない。間が空くと弱気を見せることになるし、相手に余裕を与えてしまうことになるからだ。つまり、最初の質問の時点で、僕が質問で返してきたら、という予見と、その場合はすかさずこう言う、というあらかじめの作戦が必要なのだ。彼女はそんなずる賢い子じゃない。とっても素直で清純で優しい子なのだ。おっぱいだって、こんなに触らせたのは僕が初めてかもしれない。少なくとも、二時間も触られ続けたのは初めてだろう。彼女は僕に愛されていることを知っている。でも、ちょっと不安になったのだ。この人が好きなのは、私なのかしら、それともおっぱいなのかしら、と。
「もし君が嫌だと言うなら、もう触るのはやめるよ」と僕は言った。「おっぱいなんてなくたって、僕は君を愛してるんだ」
 僕はさらなる卑怯な手をかぶせた。彼女の5秒間が僕に余裕を与えてくれたお陰で、僕はさらりと自然に嘘をつくことができた。僕は頭の中で自分の言葉をこう置き換えていた。「おっぱいなんてなくたって」→「おっぱいなんてたまには触らなくたって」。嘘じゃない。彼女は鼻から大きく息を吐いた。ごまかされているような釈然としない思いが消えないのだ。当たり前だ。でも、「じゃあ、今後胸を触るのは禁止ね」とも言えなかった。そんなことを言ったら、僕が離れて行ってしまうかもしれないという不安があるからだ。彼女は僕を愛していた。きっとこれまでの誰よりも強く。僕は時々彼女がたまらなく可哀想になる。なぜ、僕なんて好きになったのだろう。僕なんてろくでもない男なのだ。優しそうに見えて利己主義だし、強がって見せているけれど根は小心者だ。方向音痴。右の脇腹に大きなほくろがある。くせ毛だし、足の指が猿みたいに異様に長い。彼女はそのFカップの胸さえあれば、僕なんかより三倍はいい男と付き合えるだろう。おまけに性格の良さが滲み出ている愛嬌のある顔をしている。笑うと天使よりも可愛い。きっと僕はこの笑顔に出会うために生きてきたのだろう、そう思わせる笑顔だ。お互いを失って絶望するのは僕の方なのだ。そして今、卑怯な僕はさらに卑怯な手を使おうとしている。
 僕は彼女の頬に手をあてて、キスをする。感情を込めすぎないように、かつ表面的になりすぎないように。唇を離すと、彼女はもう一度鼻から大きく息を吐く。
「いいよ。触って」と彼女は言う。
 僕はあやうく手を伸ばしそうになる。ここで本当に触ったら、嫌ではなくても、不安と不満はくすぶり続けることになるだろう。だから、僕はもう触らない。お礼に今度は肩を揉んであげるよ、と言って、ソファの後ろに回って彼女の肩を揉んであげる。気持ちいい、と彼女が言う。自分が愛されていることを実感するように。僕は時々、たまらなく彼女が可哀想になる。少しすると、今度は私が揉んであげるね、と言って彼女は立ち上がろうとする。僕はそれを制して、言う。いいから座ってな。

かれこれ

かれこれ

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • 青年向け
更新日
登録日 2020-06-20

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