御園へ
遠くへ行きたい。
誰に告げるわけでもなく呟くと、背後からミソノの声がした。
「いいですよ、あたしは。」
堪えきれず零した音を拾い上げた彼女は、蛍光灯のひかりに遮られた真白い画用紙を広げて、そのうつくしいくちびるを隠した。
「センパイが居るのなら、何処でも。」
いつもと変わらずに、気障な台詞を吐くミソノがこの美術室に居ない風景なんて、ひとつも想像出来ない。けれど、わたしがいま「何処か、遠いところへ連れていって。」と、おねがいをすれば、彼女はほんとうにわたしを連れ去ってくれるのだろう。ぼろぼろの机越しに、わたしを見下ろすふかみどりが仄暗く揺れていて、思わず、ごくりと息を呑んだ。じとり。彼女の視線も、こぶしに滲む手汗も、なんだか心地悪い。
もしかしたら、もう、わたしのこころは、ミソノの居ないとおくへは行けないのかもしれない。青白い画用紙のなかに鎖される仮想が、ひどく恐ろしかった。
御園へ