鶴は優雅に大空を舞う
野球を題材にした一大巨編です。
この小説は、努力・友情・勝利の元に成り立っています。
真・序章・第一話 『主人公、堕つ』
<始>
『うふふ、アナタはどこからやってきたの?』
「その質問は、このお花畑が一面に広がる桃源郷のような地に突如現れた不毛を体現したかのような、この私にしているのかね? そこの可憐な乙女よ」
『うふふ、そうよ、可憐なワタシの前にいる、この世の不毛を集めて一つにしちゃったような人間であろうことは明らかで、見た目若そうではあるけれど、全く以ってキラキラしているとは言えないであろう、もう一度言ってしまうくらいに可憐なワタシの目の前に立っているアナタのことよ』
「そこまで凛とした表情で言われてしまうと清々しいものだな。ところがどっこい、マイナスイメージどころか、それは既にもうプラスのイメージになってしまっている。何故ならば、清々しいのは嫌いじゃないのでね……で、本題に入ろうと思うのだが、如何せん記憶が曖昧なまま生きて来ているので、忘れてしまうことが多々あるだよ、申し訳ないが、聞かせて貰おう、質問は何だったろうか」
『うふふ、アナタは人の話を聞かないのね、それはどうでもいいとして、もう一度質問するわ、三度目は耳の穴に指をブッこんでするから、これでお終いにしてちょうだいね、ワタシも耳の穴に指を差し込みたくないから』
「おおっと、可愛い顔をしてバイオレンスなことを仰るのね、君は。しかし、肝心なその質問をし忘れているところは、おっちょこちょいとお見受けするが、それはどうなのかね?」
『危うくアナタの耳の穴に指をブッ挿すところだったわ、質問なんて登場シーンでずばっと決めているんだから、記憶の海を潜って海底から見つけ出しなさいよ、って思うんだけれども、親切で可憐な他人想いの優しいワタシが一言一句間違わず同じテンションで言ってあげるから感謝して腹を切って欲しいものだわ』
「ちょっとちょっとちょっとちょっと、普段はちょっとなんて滅多に言わないけれど、あまりにもさらっとバイオレンスなことを言うから驚きすぎて四回も言ってしまったじゃないか、どうしてくれる」
『そんなこと知らないわよ、それよりもワタシのペースを崩さないでくれるかしら?』
「失敬失敬、それはすまなかった。言い訳がましいこの人生を象徴しているかのように、言い訳させてもらうが、君がバイオレンスなことを綺麗な顔してさらっと言わなければ、誰も一々流れを止めたりはしない、これは誓おう」
『あくまでも、ワタシが悪いと言うのね、アナタは。それは的を得ているし、ご尤もだから、折れてあげるわ、優しいワタシに感謝しなさいな。もう三回以上言っている感じは否めないけれど、ご親切にアナタのような人の話をちゃんと聴かないおばかさんに質問してあげる――アナタは、どこからやってきたの?』
「一言一句再現してないじゃないか! やり直しをしてもらおう!」
『なんだ、覚えているんじゃないの、そんなの嫌よ、やり直すぐらいならアナタの腹を切るわ』
「嗚呼、バイオレンスなことばっかり言うから恐ろしくて思い出したよ、その質問にだが、私は問いを要していないな。この空間が何なのかも分かっていない上に、君がナニモノなのかも分かっていないのだから、どこからやってきたかという問いには答えられまい?」
『アナタにドヤ顔で指摘されるのは癪に障るからブチ殺したくなるけれども、言われてみればご尤もだから、親切で可憐なワタシに免じて生かしておいてあげるわ。何がどうなっているのかちんぷんかんぷんだろうから、一から説明してあげる。二回は言わないからね、分かったかしら? 二回目はどうなるかも分かったかしら?』
「登場した当初、そんなキャラだったかしらん?」
『物語にキャラ変は付き物よ』
「重たい言葉だな、それは。納得をせざるを得ない」
『アナタ、物語のあれこれ知っているの?』
「いや、小説を嗜む程度なので、よくは知らない」
『知ったかぶりはこの世で最も醜いことよ、以後気をつけるといいわ』
「そうなのか、それは存じてなかったよ、気をつけるとする」
『アナタは人の話を脱線させるのがお好きなようね』
「それはよく言われない」
『無意識にやってるの? だとすれば、アナタは選ばれし脱線ボーイなのね』
「そのネーミングセンスは如何なものか」
『もういいわ、勝手にしなさいよ』
「柄にもなく拗ねるんじゃないよ。しかし、女性を拗ねさせるとはこりゃあ、失態をかましたもんだ。よく考えれば、分はこちらにあるのだろうし、ちょっと言い過ぎたから謝罪しよう――――ごめんなさい」
『あら、アナタにも可愛いところがあるのね。今回はそれに免じて許してあげるわ。でも、次があったら生きては帰れないと思いなさい』
「あいよ。で、私は何故ここにいて、何故ここから出られない?」
『嗚呼、それ忘れていたわ。説明してあげるから耳の穴かっぽじって聞きなさいね』
「忘れてもらっちゃ困るぜ、お嬢さん」
『何それ、全然似合ってないし、気持ち悪いからやめてくれるかしら』
「それはどうもすいませんでした」
『素直でよろしい』
「どうせ、抗ったって長いことこの空間からは逃れられないのだろうけれど、何がどうなっているのか分からないままでは落ち着かないので、早いところ説明してくれないか」
『察しはいいけれども、そう急かさないでよ。知っているかしら? 急かす男はモテないのよ?』
「私が如何にちやほやされるかを毎日のように考えているのを分かっての発言かね、それは!? だとすれば君は心に鋭いナイフを刺しすぎだ!」
『アナタのメンタルの弱さなんて知らないわよ。で、説明してほしいの? ほしくないの?』
「ひどいことを言うね、もう慣れては来ているけれどもさあ! ん、嗚呼、説明してください」
『人にものを頼む態度ですか、それ』
「説明してください、お願いします」
『何、殺されたいの?』
「望んで殺されたいやつなんて子の世の中探してもそう簡単に見つけられないと思うのだが、そこらへん君の見解を伺いたいのだけれど、どうかな?」
『お得意の御託並べは分かったから、アナタはワタシの言う通りにすればいいの』
「おっと、こりゃあ手厳しいな」
『リピートアフターミー、お願いします、可憐で可憐で可憐過ぎるお嬢様、靴でも何でも舐めますんで、説明してください』
「おいおい、鬼畜がそのまま歩いているような人間だな、君は」
『い・い・か・ら・は・や・く』
「えーっと……そんなゴミを見るような目で見ないでくれますかね」
『は・や・く』
「この鬼畜外道め――いや、今何か言ったか? って? 何も言ってないですー! お願いします、可憐で可憐で可憐過ぎるお嬢様、靴でも何でも舐めますんで、説明してください」
『聴こえなかったからもう一回言ってくれる?』
「悪魔!」
『何とでも仰い、ワタシの心には響かないわ』
「冷徹非道で血の通っていない外道のように無慈悲!」
『分かったから早くもう一回言ってくれる?』
「鬼! ええい! どうとでもなれ! もう一回言えば許してくれるんだな!」
『早くしなさい』
「お願いします! 可憐で・可憐で・可憐過ぎるお・嬢・様! 靴でも何でも舐めますんで! この無力で無知な私めに説明をしてください!」
『じゃあ、ほい』
「嘘だろ、マジで舐めるのか!?」
『だって、何でもするんでしょ? むしろ、このワタシが靴を舐めるだけで説明してあげるのよ!? これ以上の慈悲は与えられないと思うけど、これ以上の慈悲を要求するだなんてどんだけ贅沢者なのかしら!』
「チクショウ! 絶対にいつかぎゃふんと言わせてやるからな!」
『主人公がなんだか捨て台詞を吐いているように見えるけど』
「うるさい! うるさーい! その靴を舐めりゃいいんだろ!?」
『もう少し感謝の意を表してやりなさいよ、アナタだって納得の行くまで舐めさせられたくないでしょ?』
「どんだけ鬼畜外道を貫けば済むのですか、お嬢様」
『ほら、は・や・く』
「一つ聞きたいんですけど、もう舐めるしかこの展開を先に進む方法はないんですかね?」
『ないわ』
「ヒドイ! 血も涙もありゃしない!」
『はやく~』
「絶対に口外するなよ……私の屈辱は」
『それだけは約束してあげる』
「ありがとう」
「あー! もう! これ以上の屈辱を今までの人生で味わった事ないわ!」
『はいはい、ご苦労様』
「なんだ、労いの精神はあったのか」
『素直にどういたしましてって言いなさいよ』
「根がひねくれているものでね」
『じゃあ、今から説明をするからちゃんと聞いてよ?』
「はいよ」
『素直でよろしい』
「いつも素直じゃないみたいな言い方やめてくれな――」
『――話が進まないから遮らせてもらうわ。簡単に言うと、ここは夢の世界で、ワタシはアナタが常日頃思い馳せている可憐な乙女を具現化した存在。性格については触れなくていいわね。大体こんな感じに仕上がっているんだけれども、ふうん、アナタはこういう制服が好きなのね。言わせて貰うけど、上が赤色って変じゃない? これじゃまるで三倍早い人みたいよ。 まあ、それはこの際どうでもいいとして、満足はしていただけたかしら? で、この世界を抜け出すにはアナタが催眠状態から目を醒ますしか方法はないわ。どうやら、深い眠りについているようだし相当の時間をここで過ごすんじゃないかしらね。それと辺りのお花畑はアナタの思い浮かべている乙女との遊び場みたいなものよ、どうせ、お花畑で楽しく追いかけっこでもするんでしょ? 単純で浅はかな考えはお見通しよ。なんならご希望通りに付き合い始めの男女みたいなテンションで追いかけっこでもする? 絵に描いたような平々凡々で何が面白いのかさっぱり分からない青春ごっこをしてもしなくても、説明はこれで終わりなわけだけれども』
「追いかけっこをする気力は残っていないし、この数秒でよくもそこまで人を傷つけられますね、君は! 平々凡々な脳内を勝手に覗いて行動の一つ一つをご名答しないでくれるかしら!?」
『あらま、ごめんなさい。でも、理想像を前にして遠慮なく楽しまなくていいの?』
「ここまでの過程でこれほどに疲れさせたのは誰か、心に聞いてみてくれないか」
『知らないわ、誰なのかしらね』
「本当、罪な子だよ、君は」
『褒めるなんて珍しいじゃないの、ここは素直にありがとうって言っておいてあげる』
「誰も褒めちゃいないんだがね」
『少なくともこちらは褒め言葉として受け取ったけど?』
「はいはい、そうですか。なら、褒め言葉でいいんじゃないですかね」
『投げやりになってるじゃない』
「その原因は君にあるけど、それは分かっていて?」
『しつこい男は嫌われるのよ』
「ずるいぞ、その逃げは!」
『ワタシは生まれてから今までずっとずるい女よ』
「君はプログラムみたいなものだろ!」
『ええ、そうよ。でも、この方が面白いでしょ?』
「最近のプログラムはエンターテインメントまで提供してくれるのかい」
『一種のお楽しみ機能でございます』
「今更それっぽく振舞っても手遅れじゃい」
『あらま、そうかしら? ワタシとしては完璧に成りきったつもりだったのに、何がご不満なのかしら』
「そういう問題じゃなかろうて」
『アナタ、相当根に持つタイプなのね』
「その情報はインプットしてなかったのか? だとしたら収集不足だぜ、お嬢さん」
『悔しいけれど、そのようね。地球が1兆回ぐらい廻っても認めたくないけど、負けを認めるわ』
「随分と素直じゃないな、君は」
『アナタに言われたくないわ、これは心外と受け取るわよ?』
「どうぞ、何とでも受け取ってください」
『諦めないでよ、張り合いがなくてつまらないわ』
「急にデレるんじゃないよ」
『誰がアナタなんかにデレるもんですか』
「とことん素直じゃないのね」
『ただ単純に、ノッて来てくれないとつまらないから言っただけよ、勘違いされては困るわ、もう』
「なんだ可愛いところあるじゃないか」
『急に何を言い出すのかしら。今すぐにその舌を切裂いてもよろしくてよ?』
「照れ隠しにしても限度があると思う!」
『誰が照れを隠してるですって!? 勘違いはよしてくれる?』
「はいはい、素直じゃないのね」
『おふざけが過ぎると、アナタを殺しかねないわよ?』
「おお、それは怖い。殺したら夢から醒めずにここに残るわけだが、それでもいいのかしらん?」
『うん、それは嫌ね』
「そこはデレないのか! さらに即答と来たもんだ!」
『聞き分けのない人ね、最初からデレてなんていないわ』
「意地っ張りなやつ!」
『唯一の自慢をしたいのだけれども、このワタシ、意地を張ることになら誰にも負けない自信があるの』
「そんな自信をつける必要はないし、つけたところで何の得にもならねーって!
あと、唯一の自慢がそれでいいのかよ!?」
『ワタシの唯一自信のあるところを雑に突っ込むのやめてくれる?』
「結構丁寧に突っ込んだだろ! これで雑だと言うのなら、君の求めるレベルが高すぎる!」
『そうかしらん?』
「今更指ぷいってして可愛い感じ前面に出していったって、その隠し切れないバイオレンスを抑えられないし、全く以って帳消しにはならないからね!?」
『ちぇーっ』
「もしかして帳消しにするつもりだったのか!? なんとまあ末恐ろしい女でしょうね!」
『仮にも理想像のワタシを捕まえて、末恐ろしい女と罵るなんてひどい人ね!』
「理想像だけど、理想像だけど、理想像だけど、俺が求めていたのはもっと御淑やかな感じだってはずだ! こんな言動が鬼畜外道な女性を望んだ覚えはない!」
『それもそうね。だからといって、今更インプットし直すつもりは更々ないんだけれども』
「この鬼畜外道めが!」
『何とでも仰い。ワタシの心には何一つ響かないから』
「テンプレ対応やめなさい!」
『バレた』
「舌を出しても許さんからな!」
『そもそも、何を許してもらうのかしら?』
「わー! こいつ全てなかったことにしようとしてるよ!」
『違う。悪いことなんかしてないのに許される必要性があるのかしら? って話よ』
「余計にひどいよ!」
『そんなことより、アナタ、キャラ崩壊しているわ』
「修正効かないよ、もう!」
『泣かないの、泣かないの、お姉さんが傍にいてあげるから、ね?』
「誰のせいで泣いていると思っているのか! つーか、泣いてないし!」
『鶴神の、心はすっかり、雨模様』
「何かを詠むな、俺は見逃さないぞ、おい! さらっと呼び捨てにするんじゃないってば!」
『さあさあ、楽しかった時間も終わりのようよ』
「どういうこと」
『最悪の朝が待っている、とだけ教えておくわ。身構えておきなさい』
「すごい怖いんですけど、それ!」
『逃れられないわ、頑張ってね。それと、最後にこれだけ、ワタシ、特にアナタのこと好きじゃなかった』
「最後に何しれっと言っちゃってるんだよ、この女はァ――ッ!」
『じゃあね、バイバイ。なんだかんだ言って楽しかったわ。理想像のプログラムでも、特にアナタのことは好きじゃないけど』
「最後まで素直じゃないな」
『そうそう、そろそろ地面崩れると思うから』
「え、マジで!? そんな地獄に落ちる悪人みたいなシチュエーションで朝を迎えないといけないの!?」
『それで地獄ならいいじゃない、もっとひどいのが待っているのだから』
「意味深な発言して消えようとするんじゃねェ――ッ!」
『どうなるかは教えられないの、残念だけれども。一つ言えるのは、頑張ってぐらいかしら』
「うお!? 地面崩れて来た!」
『言ったでしょ、嘘はつかない主義だって』
「結構ついていただろォォォ―――ッ!」
崩れ行く桃源郷で叫んでも何一つ届かない。理想像の彼女は儚く消えていく。これが夢の終わりか。
なんだか外の世界が騒々しいぞ。もしかして、最悪の事態ってこれのことじゃなかろうな!? だとしたら、最悪とかそういう次元じゃねーぞ、これ!?
天から先ほどまで聴いていた声が聴こえてきた。諦めろって言ったじゃないの、と。
仕方がない、覚悟を決めるか。さあ、おいで、地獄の現実よ。さようなら、至福の時よ。
これから私は、目を醒ます。しかし、それはもう最悪の事態で。
嗚呼、ドアの開く音が聴こえる。勢いよく走っている足音も聴こえる。
これは避けようのない現実だ。よし、泣こう。
「善幸、きさまッ! いつまで寝ておるッ!」
「んぐあッ!」
拝啓、姉上。どうか可愛い弟を、優しく起こしてくれませんか。これでは、命がいくつあっても足りません!
「ほら、起きろ。今日は用事あるんだろ、きさま」
「腹筋がなくなりますよ、いずれ」
「そんなどうでもいいことより、窓を開けろ、窓を」
「どうでもいいとは無慈悲にもほどがありますよ。ご覧の通り負傷しているので、自分で開けてくださいよ、姉上は鬼畜外道ですか」
「ほら、この陽射しを見たまえ、善幸。最高によい朝だとは思わんか」
「数秒前に人を殺めかけたというのに、そんな綺麗なことをどの口がそんなことを仰るんですかね?」
「この口だが?」
「近いです、姉上」
「善幸、起きたらなんと言うのだ?」
「完全にスルーじゃないですか、もう。嗚呼、おはようございます、姉上。バッドモーニング!」
「よろしい、朝ごはんを早く食べろ、きさま」
「御意。今すぐに向かいます」
言いたいことを言って姉上は颯爽と去った。風のように現れ、暴走を巻き起こし去っていくのが、姉上である。
いい加減、腹筋を砕きにくるのはやめてほしいのだが、やめてくれないのは何故か。どうして、あんなにバトル体質なのか。貴女は主人公か。いや、主人公は私であろう!
何が気持ちのいい朝か、何が心地のよい風か、何が晴れ渡る空か。朝から破天荒を極めた姉上に全力で腹筋を殴られるのは、どこを探してもこの私しかいないに違いない。他にいるのならば即刻連れて来て欲しいものである! と拳を高く振り上げたい。
支度を早く済まさなければ、身近に潜む鬼に何をされるか分からんので負傷している体に鞭を打って急ぐとしよう。ベッドから辛うじて起き上がり、タンスのあるところまで何とかして這う。普段なら苦ではないタンスを開ける作業を、絶望にひれ伏してまでどん底の中から這い上がるかのような状態で開けて、服を取り出す。肝心の格好はというと、学校に行くわけではないのだから、ラフなジャージ上下でカジュアルな街で尚且つシティボーイの集まる東京を堂々と悠々闊歩するのである。それは、かのモーゼが海を裂いた如く正々堂々と歩くのである。
東京の十月は北海道に比べればまだ暖かい。だから、ジャージ上下でも凍えて震えたりはしないので、大丈夫なのである。
この人生でどれほど殴られたかは数えたこともないし、数えたところで膨大すぎるのが目に見えているから分かるわけがないのだがそれは一旦置いておくとして、これしきの痛みすぐ回復するが、朝食を頂かなければなるまい。戦士たるもの三度の飯を抜いては戦に臨むことすらも出来ぬ。武士たるもの飯を喰らわなければ精神を統一することすらも出来ぬ。だから、三度の飯にありつけることに感謝をし、食べ物を漫然と口に運ばずしっかりと生を、命を受け取って、喰らうのである。
食に関しては分かっていただけたという方向で勝手に話を進めるが、朝から超展開で漫画のような日々を過ごすには、特別な訓練を受けた鶴神家の人間でなければ不可能な出来事であって、それがただの常人である場合ならば、腹筋などなくなって臓器を何個か失っているのかを考えるだけで虚しくなるし可哀想過ぎるから親切心で言うのであって、厄介な説教親父と同じ風に捉えてもらっては困るのである。聞いておいて損はない。むしろ、聞いておかないと命に危険が伴うので、覚えておき給え。
意味もなく無謀にも羨む感情で根に持ったりして殴りこみに走るなどという発想や暴君に憧れてその強さを観察したり、真似をしたがったり、あまりにもブレーキの利かない強さに嫉妬の炎で狂い踊ることのないように平和を好む弟は、善良ならない諸悪の根源の方々に注意喚起をしていきたい所存であります。
最後ではあるが、声を大にして叫ばせてもらおう!
あえて言おう! 私の姉上は人災テロリストであり、外見の美貌や頭脳にばかり魅入られていると中身がただの暴君であることに気が付かず、ひどい目に遭うと!
有り余る力を平和と正義の為に振りかざすのはいいのだが、何しろ加減というモノを知らないので、悪人を成敗するにしても過剰にやってしまうことがあるのだ。それは、そんな目に遭うようなやつが悪いから、弟の私に怒りの矛先を向けられても見当違いでお門違いであるから、一切の関与をしないようにしているのだけれども。
しかし、振りかざす拳を一番喰らっているのは世界に蔓延る諸悪ではなく、確実にこの毎朝毎朝夢心地のところを殴られて起こされてしまう悲劇の星に生まれた不毛を極めし鶴神善幸であることを分かって頂ければ、これ幸いである!
その私が言うのだから、黙って聞くのが賢明であるぞ、不良諸賢よ。善良ならない諸悪の根源である諸賢だって進んで崖に身を投げるような真似はしたくないであろう? ならば、この重みのある言葉を耳の穴が貫通するまでかっぽじって心して聞くがよい。シンプルイズベストの精神で生きている為に贈る言葉は簡単で分かりやすいモノだから、一回で覚えるように。
悪さはするもんじゃない! 諸賢は諸悪の根源として活躍をしているのが楽しいのであろうが、それは強大な力の目の前では存在が皆無である。潔く暴君と対峙して決闘を申し込むことを諦めて、愛と平和と正義と慈悲と青い春を満喫することだけに勤しみたまえ! 賢く生きろ、諸賢。命を無駄にするのは愚か者のする行為であるぞ。
以上で、鶴神善幸の声明は終わりとす。
さて、身近にいる鬼の気配をまじまじと背中に感じているので、朝食を頂くとするか。
<了>
鶴は優雅に大空を舞う
すいません、嘘を付きました。