ザ・マジック

r.Takigawa

  1. Ⅰ楽しい夏休み
  2. Ⅱレイコ・コスメティクス
  3. Ⅲ紫色の海
  4. Ⅳ妖精の島
  5. Ⅴいたいけ岬
  6. Ⅵピマリとチョマコンパ
  7. Ⅶフェアリィ・ブレスの実
  8. Ⅷ東のやつら
  9. Ⅸ孤独なカイリ
  10. Ⅹラルフの直感
  11. ⅡⅠ中心街へ
  12. ⅡⅡキラの考え
  13. ⅡⅢ大洪水
  14. Ⅱ Ⅳ

別に特別目立ってた気はないけど大人しくしている気もない、それが私たちだった。ビーズのれんの玉みたく、私たちはそんな信条で輪になり連なっていた。

Ⅰ楽しい夏休み

ママの鏡台にはいつも「ちり」ひとつなかった。香水のふた、宝石みたいな光るクリームの容器、細長いゆるやかなラインのボトル――ママのお腹の輪郭の線みたいな――ピンク色。もし私がママの娘じゃあなく全くの他人だったとしても、このスペースを見ただけでここに座るのは女性でしかもすんごく綺麗なんだ、って事が分かるほどだった。

「愛奈」

お風呂上がりにママの寝室のあの鏡台の前でよくぼぉっとしていた。キティちゃんの柄のパジャマ姿、首からフェイスタオルをぶら下げて。鏡越しにママの顔が映る。後ろからふわりと滑らかな手が顔を撫でる。何してるの、とも言わずに微笑む。そして言う、呪文を唱えるよう、いつも。

「あなたは美しいわ」

夏休みに入ってまだ5日も経っていないのに友達とは毎日遊んでいた。宿題はやってる――なんせおととし、泣きながら最終日の23時近くかかったのだ。同じ過ちなんて繰り返さない。予定表どおりやってる。朝8時。一人なら無理だけどこれは仲良し4人組全員に課せられたルールなのだ。玲は少し心配だけど。でも、杏の言う事なら私達は皆聞いてしまう。彼女はいつも正しいから。「はい」とコンビニで4枚コピーされた、Studyと題をつけた手製の計画表なるものを、私達は揃って自分の部屋の壁に貼りつけた。彼女をさすがだと思ったのは雑な玲のために1枚よぶんにコピーをしてくるところ――「わたしは自分が書いた原本があるから」。眼鏡の奥の可愛い丸い瞳。私がもしクラスいちカッコいい男の子だったらきっと杏をお嫁さんにする。11才の夏。2、3年前ほどおやつをめちゃくちゃには食べないけどパパが酔っ払って帰ってきた時にありつける夜のごちそうは拒否しない夏。クラスで生理がまだきていないのは私だけなんじゃないかという夏。そして好きなクラスの男の子ランキング1〜3位がヒット・チャート並に入れ替わる、夏だった。

もうすぐ正午になる。お昼を食べてから私の家でgirls talkをすると決めていた(題をつけたのはもちろん杏)。1番は玲、なはずはなく、なんとなく志津加。それか杏。この2人のどちらかだろう。去年の冬あたりからのこのめんつ、私も段々と読めてきていた、彼女たちのキャラクターってやつを。別に特別目立ってた気はないけど大人しくしている気もない、それが私たちだった。ビーズのれんの玉みたく、私たちはそんな信条で輪になり連なっていた。それから仲間うちで被るのをとにかく嫌う――持ち物じゃあない、むしろ文具は揃えてある――自分の「気に入ってる」部分をだ。恋愛タイシツ、真面目でしっかり者、イケてるダンサー、不、思、議、ちゃん。口に出しては言わないけど皆ほんとは分かってる―――絶対、わたしが、1番って!

その時、家のチャイムが鳴った。私はキッチンのダイニングテーブルに広げていた今日の分の宿題、ドリル2ページと作文1枚を片付けた。テーブルの隅に重ね寄せる事をそう呼んでいる。ランドセルに帰るのはおそらく夕飯の前あたり。玄関へ行く。茶色のドア、ぬるい金色の把手を手で掴み、押した。

「よっ!」 「えぇ、まじ?」

玲だった。仲間いち時間というものを軽視している玲だった。ダンス・レッスンの18時30分だけは別だったが絶対遅れて欲しくない遊びの時には彼女だけ時間を早めに伝えておくほどそれが玲というものなのに、だ。しかも手には――蛍光色の編みブレス、ラメのヘアゴム付きの――コンビニの袋がぶら下がっていた。てからされてくたびれた、白い風船みたいに。

「ね、パピコ――溶けっから!早く!」

「雨降っちゃうね」

「それどういうイミ?」

「普段の玲っぽくないねって意味」
 彼女ははっと笑った。

「あんた・頭・いっちゃってんね?」

手をピストルの形にしてこう言う。大げさなのもまた玲だった。「あんた」は時々「コイツ」や「志津加」、そして私「愛奈」になる。

「だって杏か志津加が1番に来るって思ってたんだもん」
 まさかの 玲だよ。

「シッケイな」

ぴょん、と飛び跳ねるよう家に上がった。玲から受け取ったパピコのチョココーヒー味が2袋入ったビニール袋をそのまま冷凍庫に突っ込む。で、階段の下でステップを踏む彼女に「クーラーつけてるから」と私の部屋へと誘った。上がる途中でチャイムが鳴ったからひとりで今きた道を引き返した。

「いえーい!」

手を伸ばす杏。そして志津加だった。私は玄関の鍵をようやく閉め3人で階段を登り、どすどす音の聴こえる私の部屋へと向かった――玲!スタジオじゃあ、ないからね!志津加のぷすぷす言う笑い声が聴こえる。「玲が1番なんて」。

「雨が降るかもね」
 杏が穏やかな声と瞳で笑う。

「私もさっきそう言ったよ。そしたらこれ」
 右手を親指と人差し指だけ突き出す。

「いつものやつね」

くすくす笑う杏。志津加が急に喋りだす、穴から這い出る爬虫類みたく。

「わたし、アナコンダ飼いたい」
 扉を開く。ほくそ笑む顔。


「「「やめときなって?」」」

Ⅱレイコ・コスメティクス

ナチュラルな色の丸テーブルに下のキッチンで入れてきた麦茶を4つ置き、杏と志津加が買ってきてくれたプチチョコパイを箱ごとと、うちにあったプレーンと苺のマシュマロを皿に入れ置いた。アクリルの透明の、薄いパステルの水色のボーダー柄。コップとお揃いの。

「ね、知ってた?」
 私。

「「何を?」」
 杏、そして玲。

「6年のサラ先ぱい、もうしたんだって」

「えっ…」
 志津加が睫毛の長く、前髪が被さった瞳を見開く。玲がいたってクールに、口をくちゃくちゃ言わせながら返事する。

「どっち?やらしい方?」

「やだぁ、玲!」
 杏が照れながら笑い言う――「どっちだって、やらしいじゃん!」

「チュウだよ」 「なぁんだ、つまんない」

「そりゃあそうよ。私達まだコドモでしょ」
 杏。

「サラ先ぱいって、あの中1の人と付き合ってる?」
 志津加がささくれをむしりながら言う。

「そう」
 私はきゅんとする胸で楽しそうに答えてやった。

「めっちゃ、ヤバいらしいよ」
 へえぇ。


何気ない話題をこんなふうに繰り返した。学校でもおんなじ事をよく廊下の中央あたりでしていたはずなのに死ぬほど楽しかった。夏。長い長い、お腹がうずうずするほどときめく休み。杏の予定表の宿題なしの前日にはいつまでも夜ふかしができる、最高に幸せな時間!

「てかさぁ、6年の人達って少しメイクしてるよね」

玲が不機嫌そうにひとり呟く。彼女は自分より「イケてる」女の子が、たとえ年上であろうと嫌いなのだ。

「そうそう。あの3組の人達でしょう――マユ先ぱいとか、カンナちゃんとか――あのあたり」

「私達もしたくない?5年でメイクしだすのって、多分私達が初めてだよ」

「いいね、それ!めっちゃけばくしてやる」

「だめよ、玲。可愛いのに」杏が続ける。「私は少しでいい。したいけど」

私はにやっと笑い、皆の方に顔を寄せた。
「でも先生たちにバレないくらい――それでいて、先ぱい達より早くメイクすんの。良くない?」

「YES、YES、YES」
 志津加が八重歯を見せ、ぶんぶん頷いた。

「賛成」
 チョコだらけの玲の口が答える。

「でも、化粧品持ってる?」
 杏の心配そうな顔。

私は立ち上がった。後ろの髪に柔いクーラーの風が当たる。

「ママの部屋にたくさんある」
 3人は顔を見合わせ不安げに、でもどきどきしながらまた私の方を向き、それからにやりと笑った。


ママのカーテンを引き電気を消してある寝室の扉をそっと開ける――皆の肩がそれぞれお互いに、ランダムに触れたけど、そんなの気にしてなかった。ぎゅうぎゅうに押し寄せ、隙間から8つの瞳が覗く。

「うわぁ…良い匂いがする」
 志津加が鼻をひくつかせ呟く。

「ママの香水」 「愛奈のママって、素敵。綺麗だし」と杏。

「――で、どこにあんの?入っていい?」
 玲の声。

「少し待って」

ひとり、先に鏡台に近付く。カーテンの少しの隙間の光でわずかに自分の顔が見えた。皆と一緒にいるのに、私はぼぉっとした―――美しいのよ…あなたは…ね。ママの優しい声、胸がぎゅっとする。


「愛奈?どう、あった?」


気がつくと、後ろに玲たちが来ていた。ふ、と笑って私はゆっくり深呼吸し、「こっち」と鏡台の隣に置いてある大きいつるつるした黒のバニティ・ケースを開けた。

「「「う…わぁ!」」」

皆の瞳がおとぎ話の魔法の湖みたくきらめく。私は得意げに微笑んだ。どきどきしていた――ママには悪いけど――今思えばもう、予感はしていたのだ。完ぺきな夏だったと。そしてこれからとんでもなく素晴らしくて、楽しくてわくわくして――ときめいて。そう、まるで一生に一度の、初めてのキスみたいな。何がなんなのかは分からない。けど、きっと何かが起こるのだ。この11才の夏休みに。

「ランコム」 「ゲラン」 「ディオール」
 杏がリップやコンパクトに刻まれている英字のロゴを読んでいく。聞いた事あるもの、ないもの。どっちも大人の女性がつかう化粧品――それも綺麗な。ママみたいな。

「チャネル」と志津加。

「それ、シャネルね」 「イヴ…サン…ローラン」

鏡台の上のボトルも見、「クラランス」と呟く。その時だった。

「ね、これ、なんか凄くない?」
 コンパクト・ケース。薄い紫と、黒の。ばらばらになりかけていた私達は玲の方へと団結した。

「「羽が…生えてる?」」
 志津加と杏が両脇からそのトンボの羽のようなやらかいそれを指でそっと摘みなぞった。私と玲は恐る恐るケースの上面に書かれていた筆記体のロゴを読んだ――声が、震えだしていた。2人とも。ケースが、ひとりでに開こうとしていたのだ。金色のまばゆい光を漏らしながら。

「「レイコ…コスメティクス……?」」

瞬間、ママの寝室がばしゅう、という音とともに放たれた光でいっぱいにまみれた。私達4人組はぎゅうっと固く瞼を閉じ、お互いの腕にしがみついた後、それから高い叫び声を上げた。
 

Ⅲ紫色の海

目が覚めると花の香りがしていた。薔薇みたく強い香り。愛奈のお母さんの香水みたく優しくない、鼻の穴ん中にほっそい針をいくつも突き刺されるような。

「う…ん」

まず自分の手首が見えて仰向けに倒れている事が分かった。ショックだった。うちのお気に入りのブレスレット達が見た事ないくらい黄色い砂にまみれていたのだ。と、はっと気づく――何で、外にいる?波の音が聴こえていた――それに愛奈、杏、志津加――皆は?身体を起こすと左側に紫色の光る海、真ん中には黄色い砂浜、右側に光る深緑色の森が見えていた。グレー色の木の幹。あたりを見回した後、うち以外の3人がボーリングの倒されたピンみたいにばらばらに横たわっているのが見えた。

「――愛奈、杏!志津加!起きてよ!やばいって」

「ん…」と愛奈が眉間にしわを寄せ唸り、瞳を開けた。続けて杏も。「――玲!」杏が青い縁の眼鏡をきちんとかけ直す。

「志津加!ねぇって!」
 身体をゆすった。

志津加はむにゃむにゃとこちらを向き、笑っていた。どうゆう奴だよと軽く肩を叩く。2人が身体を起こし、こっちを向いた。

「何、ここ?」 「ね――私達どうしちゃったの?」 「うちが聞きたいよ!」

怒鳴った瞬間、志津加がばっと飛び起き鳥のような金切り声を上げた――「ジィ・ザ・ス!」うちら3人は揃って耳を押さえた。うるさいって!志津加――落ち着いてよ――ちょっと、杏、どおにかして。皆でわめき散らかしていたその時、ぬっと細い影が頭上にできた。「玲が珍しい事するからだよ!」愛奈が向かいにいたうちの視線を辿り、後ろを振り返った。

「―――マ…」
 ママ!?

「いいえ」
 嘘でしょ、とうちは思った。どう見ても、髪を金色に染めてある愛奈のママにしか思えなかったから。愛奈のママじゃない、愛奈のママみたいな人は冷たくこう口を開いた。

「私はジェミ。この島に住む妖精よ」

せめてパピコを食べておくんだったと思ったのはどうやらうちだけじゃあないみたいだった。4人で顔を見合わす。で、戻した。背中にどこかで見た羽の生えた金髪の愛奈のママに。

「死にたくなければ、ついてきて」

Ⅳ妖精の島

「変な格好ね」

森の中の黄色い砂のひかれた道を歩きながら愛奈のママ――じゃあなくジェミは冷たくそう言い放った。私以外の3人はいぶかしげにこの人を眺めたままこう思っていた――「そっちだって」。志津加や玲がぼそりと口に出してしまわないか心配してたけど、この時ばかりは誰もさすがに何も言わなかった。Jemiと頭に文字が浮かぶ。桃色のチューリップの花びらにそのまま穴を開け袖を通しただけのようなワンピース。こんな状況にもかかわらず、私は「いいなぁ…」と思ってしまったからすぐにいけない、と眼鏡を触る。駄目よ杏。しっかりしなくちゃ。

「あなた達、3つくらい?」

「ばっ…11です!」
 
「ふふ。面白い冗談」

私はまともな返事をこらえ彼女に質問をした。
「お姉さんは、いくつなんですか?」

「私?――6つよ」
 やぁね。見たら、分かるでしょ。

「…」志津加のさっきの鳥みたいな声が短く聞こえる。愛奈が上目がちにうやうやしく尋ねた。

「あの…どこに行くんですか?」

 玲が少し怒って問いつめるよう言う。
「うちら帰りたいんですけど。愛奈の家に」
 それに夕方、ダンスのレッスンもあるのに。

誰ひとりとして腕時計なんかしてないし、スマホはそれぞれのバッグやポシェットから出して愛奈の部屋の丸いテーブルの上だった。時間が、分からない。それがこんなに不安を掻き立てるものだったなんて、と私はひとりで考えていた。が、頭をふる。駄目よ―――

「れいせいに」。杏。ピンチの時こそ焦っちゃあだめ。何がなんだか分からないけれど、とにかく今はこの女性の言う事を聞いておくべきだわ。知らない場所ではまず、味方になってくれる人を探さなくちゃあ。3人が怖がってる、私まで不安になっちゃいけない。

ジェミはごく自然に話し出した。後ろも振り返らず。

「いまこの島はね」
 戦争をしているのよ。

玲の、はぁ?という開いた、志津加のひよこみたく縦に伸びた唇を両手で押さえ私は返事をした。愛奈はまだ、ジェミが本当に自分のママじゃないのかという疑念を振り払えずにいたようだった。

「どうして…ですか?」
 不安になっちゃいけない。

ジェミが足を止め私達の顔を見、答えた。はっとした。
「しおれたの――気品の花が」

「…」

私達は黙った。ジェミの頬に、銀色の線が一本、伝ったのだ。どうやら大人に泣かれる事に強い子供はこの中にいないらしい――「あれがなければ…平和はたもたれないのに…」ぐすん、と鼻をすする音。

私は黙ったままの3人を横目に、急に悲しみに暮れ顔を覆うジェミへ、思い切って声をかけた。


「じゃあ、もし私達がそれをよみがえらせたら――」
 勢いにまかせる。
「元の世界に、帰してくれますね?」


皆の丸い瞳がこちらを向く。ジェミが背中の羽をばたつかせ、左手の甲ですっと涙をぬぐった。そしてゆっくり微笑みこう言った――「話の早い子がいるようね」良かった。ジェミはまた立ち止まり、こちらに歩み寄った――「城まで」


「歩かせようと、思ったけど。ね、あなた達。かしこいこの子に感謝するべきよ。そしてこの子の言うとおり、帰りたければこの国の戦争を止めて」


どこから出したか分からない細い針のような杖をさっと構える。それを月の下半分の孤を描くようさっと振ると、また私達は光にまみれ、今度は叫び声をあげる暇もなく白いタイルが足元に見える恐ろしく広い空間へと移動していた。直線に引かれた金色の細いじゅうたんの先に向かい、ジェミはひざまずきこう言った。


「王様」
 見つけてまいりました。

救世主を。それも、4人も…まぁ…使えるのは、ひとりだけかと。

「それも、人間の子をね」
 

そうして大きく白い幕がばっと開かれると、今度は玲が叫び声をあげた――

「マイケル・ジャクソン?」
 嘘でしょ?

王様は艷やかなウェーブがかった髪を床に垂らし、頬杖をつきこちらを見ていた。疲れ、ため息をつき、そして男性にしては細く高い声でこう囁いた。

「国とは脆いものだな――王様という立場も、思ったより楽しくない」

私達はその男が立ち上がるのを、生唾を飲み込みながらじっと見ていた。でかいのだ…10メートルは、ある。黒雲のような巨大な影が覆い被さりきった後、また喋った。


「国民は下品なものばかりだ」


天井に頭がつきそうな大男がこちらを見下ろし薄笑いをする。私達3人がぶるぶる身震いをする中、志津加ががくん、と膝から崩れ落ちた。

「あのままお家でハイジを見とくんだった」
 くすん。

Ⅴいたいけ岬

「志津加…志津加!」
 ねぇってば。

愛奈の声がする。けど、あんまり背中にあたる布団のようなものが気持ちよかったから、起きてたけどそのまま寝たふりをした。甘いはちみつのような匂い。よだれが、垂れそうな。あ、垂れた。

「大丈夫っしょ。口開けて寝てるし」
 玲のつっけんした声。

「ジェミさんって親切なのかそうじゃないのかわ分からなくなってきちゃった」
 杏がため息混じりに言う。ジェミって、さっきの魔法使い?

「気品の花の咲いてる場所も教えてくれないなんて」

「それよりさ、見た?さっきの王様。あれはどっからどう見てもこの国の王様ってより、うちの神様――マイケルだよ」
 玲が鼻の穴をぴくぴくさせてるところが瞼の裏に見える。

「けど、何であんなにでかいの?しかももう死んでるじゃん。ね、もしかしたら私達も死んじゃったのかな」
 愛奈があたしの真横で布団のような背中のこれをぼすんと叩いた。

「うちの天才的なダンスの才能を目覚めさせてくれた人がここにいるなんて」
 信じらんない。

「サインくれっかな」
 
「ね、ねぇ。それどころじゃないでしょう。これからどうするかをまず考えなくちゃ」
 杏はいつも正しい。

あたしは瞳を閉じたまま起き上がってやった。あたしにとって他人に怖がられたり、びっくりされたり、気持ち悪がられたりする事は「快」なのだ。

「「「志津加―――よかった!」」」

3人が身体を乗り出す。ちっと舌打ちを軽くした。瞳を開けると綿毛のようなふわふわの白いベッド――足元に大きなクローバーの葉が積み重ねられたものに寝ていた。頭の方を見やる。こっちはタンポポ。

「良い事思いついちゃった、寝てる間」

「「な…何?」」
 愛奈と杏が怯えながら尋ねる。

「妖精を脅して背中に乗って…あっちに帰るの」

「無理だよ。だって、見たでしょあの海の水の色?ぜったい地球じゃないじゃん」
 玲。

「ここがなんなのかも分からないね、私達って」
 愛奈が答える。

「…ね、脅さなくていいから、別の妖精探してみようよ」

杏の提案で、茶色い蜂の巣みたいな薄い壁のお家を4人で出た。

「ここってさっきの魔法使いの家なの?」
 伸びをし、尋ねる。すっぽんの生き血が飲みたい。

「いいえ。違うみたいよ。全く、勝手にひとの家に他人を寝かすって――妖精って秩序も何もないんだわ。おかげで助かったけど」と杏。

「それにしても王様といい愛奈のお母さんにそっくりな魔法使いといい、なんか変だよね。ここ」玲。

「なぁんかママの生き別れた知らないキョウダイと会ってるって感じ」ふぅ、と言う愛奈の声。


しばらく歩いていくと細い道になり、さっきのあの紫色の海が見えてきた――ざ・ざぁ。じゃぶん。眩しく輝く黄色い砂。深緑の森の入口付近にあったあのはちみつの香りのお家から10分ほどいったところで、貝殻のたくさんある所へと出る。看板があった――ここは…いたいけ…岬。

「誰もいないわ」

砂だらけの広い場所で4人それぞれ別の方向を見回しながら妖精を探す。と、あたしの足に何かが当たった。


下を見る。黄色い砂の奥から、黃緑色の太いつる。動いている。蹴る。また、動く。蹴る。

「…」

顔をそむけ少し経って、それから急にそのつるをひっつかみ、引っこ抜いてやる―――その瞬間、笑い声と蚊の羽音みたいな声で聞こえてきた―――かかったな?


声は気づくとあたしと同じくらいの少年のような…ちょうど給食の時間にいつも「悪霊、退散!」とトマトを投げつけてくる、あのばかなやつの声になっていた。

ぶたが、4匹。
「ディナーが豪華になりそうだぜ」

ぽちゃっとし、瞳のとんがった銀色の髪の男の子がひとり現れた。背中にはジェミと同じ――だけど誰かにかじられたような痕のある、ぼろぼろの羽がついていた。

Ⅵピマリとチョマコンパ

何がなんだか分からなかった―――志津加の「うきゃぁ――っ」っていう声がしたと思えばあの黄色い砂がばらっと降ってきて、砂埃が私達を包んで目の前をぼやけさせた。そしてあのジャックと豆の木に出てくるようなふっといつるがぎしぎし音を立て、足元の砂の中から出てきた。弓形にそり返った1番上に意地悪そうな顔した何かが足をおっぴろげて座っていた。

「へっ。ホカク成功」

妖精だった。しかも小太り。それどころじゃあない、私達は揃ってこのつるの檻の中にまんまとはめ込まれていた。

「出してよ!」

狭い所が好きなのは志津加だけだったし、それになんて言ったか皆分かっていた。「ディナー」は夕食。ぶたがよ・ん・ひ・き。


妖精が、ぱっと私達の前に降りてくる。鼻唄まじりにつるの刑務所まわりを回周した――「あぁ」踊り出したい、気分だな。ご機嫌に目と口が横に伸びる。妖精は私達の声をダンス・ミュージックだとでもいうようにリズムを取り、踊りだした。玲がそれを、口を開けたまま凝視する。

「ね――あなたって、3さい?」
 杏が叫ぶ。妖精はくるりと振り返り、答えた。

「なぜ俺の歳を?」

「私達も一緒なのよ!」

私はとっさにそう加わった――ママにそっくりなあのジェミが、私達に3つくらいと見当つけたのを覚えていたのだ。

「ね、だから出して。仲良くしよう。お願い」
 わたし、愛奈よ。

手をつるの隙間から差し出す。ね…お願い。つるがじわじわと内側にせばまって来ていた。このままじゃあ、まず、い。

「マナ?」はん、と感じの悪い口調で妖精は続けた。「それで?」

「それでこっちがレイとアン、シヅカよ!」

後ろにいた志津加とおしくらまんじゅうになり、玲の肘が私のウエストに当たりだし、杏の膝が私の膝裏にくっついた。杏が痛みであぁ、と声を出した―――「あなたの、名前、は?」


その時、ぴたりとつるの動きが止まった。
「おれの名前か?」

嬉しそうに瞳を輝かせた顔がこちらを向く。

「おれは――おれの名前はそう――チョマコンパだ!」
 私達はお互いの瞳を見て笑った。


「「「「あなたのダンスって、最高よね?チョマ・コンパ!!」」」」


ばぁん、とどこからともなくドラムの音がリズムを刻む。それに合わせて彼は踊りだした。玲が首を前に突き出しわずかな足場でステップを踏み呟く。「やるじゃん」。指が音を鳴らしだす。チョマコンパは華麗に、そしてクールに、腕を、足を、お尻を、顎をつきだし打楽器のよう踊った。エリート・ホープ・ミュー・ジェーン。えりいと、ほーぷ、みゅう…じぇん。エリート…ホープ…ミュウ…「ジェーン!」はっ!

ふぅ、という高い声のあと、脚を前後に開きそして右腕を高く掲げて座り込んだ。見とれていた私達は4人全員で拍手をした――するとつるがゆっくりと、またぎし、と音を立てながら今度は地面の中へたくさん手を挙げてるみたく真っすぐに戻っていった。玲がぱんぱん、と手首のブレスレットやカットオフのTシャツの砂を払う、コーンスターチをまぶしたあとのベーグルみたく。

「チョマコンパ、気品の花って知ってる?」
 うずうずする足を抑え、玲が問いかけた。

「あぁ。知ってるぜ。こことは反対の外れのけんきょの森の中だ。ま、今はしおれちまってこの国もこのざまさ」
 チョマコンパは自分のぼろぼろの羽をぱつん、とはじき言った。

「あなたの羽、どうしたの?」
 杏が眉をひそめた。志津加は自分の爪をぷちぷちと噛み黙っていた。

「戦争でね。羽をもいだ方が勝ちなんだ」

「ひどい…」ぎざぎざな羽の部分を見つめ、私は言った。チョマコンパが切なげな顔をしたあと、もう慣れたさ――10年も続いてるんだから、と両手を頭に持っていく。


「私達、その気品の花をよみがえらせるってジェミって女の人と約束したの」


「なにと交換に?」 「元いた世界に帰るの。うちら人間だから」 「見たら分かるぜ」

「ね、本当に帰してもらえるのかな?」

「あぁ。ジェミは何でも魔法が使えるからな。けど、戦争は魔法じゃあなくならないんだ。気品の花もよみがえらない」

「どうして?」

志津加が杏の後ろから少しだけ顔を出し、おそるおそる聞いた。チョマコンパは先程とうってかわり、真剣な瞳で、だけどわざとにおどけるようこう返事をした。

「心が、あるからさ。花にもおれたちにも」

そう言って、腰につけてある綿毛のようなズボンをばし、と鳴らした。「お前ら変な格好してんな」。私達が今度も揃ってそっちこそ、と考えている間に彼はまた口を開いた。

「着替えた方が良い。おれたち西のやつらは何とも思わないけど、東のやつの前でそれじゃあすぐにやられちまう。あいつらゴウマンなくせに保守的で、仲間意識が強くて――よそ者が嫌いなんだ。来いよ。服ならピマリが作ってくれる」

「ピマリ?」
 波の音と一緒に私は答えた。

「女の妖精だ。来い」
 おれたちと同じ3つの。

私達はさっきのやられちまうという言葉に少し怯えながら、チョマコンパの後ろをついて歩いた。銀色の髪がつんつん歩くたびに揺れ、時折太い腕をばっと動かしたかと思うと飛んでいた虫のような生き物を掴み、スナック菓子を食べる時みたくばりぼり噛み砕いた。私達はいたいけ岬を出て、さっきの知らない妖精のはちみつの匂いのするお家の方向へと戻っていった。

Ⅶフェアリィ・ブレスの実

「東のやつらって大嫌い」

彼女がはぁ、と唇を開きため息をつくとグリッターのようなきらきらした空気と、しゃらん、という音色がした。私はまた「いいなぁ」と思ってしまって、いけないと首をぶんぶん振った。玲がちらとこちらを見た後、きのこのテーブルに座って繕い物をする妖精ピマリの方を向いた。

「ね――うちの服あんまふりふりにしないでよ」

もっと派手なのが良い、こんなと自分のブレスレットを指差す。

「ばかね、そんなの全然可愛くないじゃない」
 煙のよう漂う光の粒子。

「踊るとき目立たないじゃん」

「ね、嫌いって?」
 愛奈が問う。

「だって不潔だし、下品だし、おしゃれじゃないし。かといって性格がとびきりクールなわけじゃないし。あんなのと付き合える東の女たちの気持ちが分からない」
 そう なんだ。

「あなた上手ね、お裁縫」と声をかける。

「うふふ。そうでしょ」


ピマリは外で摘んできた花弁や集めた綿毛で私達の服を作ってくれている最中だった。なるほど、どうやら西の連中はとりわけ親切な妖精が多いらしい。そして自分の特技を褒められる事が、何より好き。このお家に戻って来た私達4人を見て眉をしかめたピマリは服を可愛いと騒ぎ立てた私と愛奈を見てわかりやすくご機嫌さんになった――チョマの願いも、すんなり聞き入れてくれた。しょおが、ない。ピマリの顔といえばなぜか、あの6年生のサラ先ぱいにどことなく似ていた。中1の彼とキスしたっていう、あの。


「出来た!」


ピマリが嬉しそうに蜘蛛の糸で縫い合わせた植物性の洋服をふわっと宙に放り投げる――なんて、楽しいの。あぁ。

「ほら、好きな色を選んで。これで東のやつらのめは大丈夫よ。あと問題は羽だけね」

「チョマみたいにむしられない?」

「女の子は平気。しちゃいけないのよ」

それならあんまりチョマがかわいそうじゃないか――とも思ったけどそれよりも花の服はすごくすごく素敵で、私が持っているどんな服よりも可愛かった。ピンク。水色。ミントグリーン、薄いパープル。どれを選ぼうか迷っていた皆をよそにもう目をつけていたけど、私はなにも言わなかった。私達は笑顔でピマリの作品たちをただただ観察していた。

「うちはピンク以外ならなんでもいい。愛奈は?」

「うん、どうしよ――迷っちゃう」

「志津加はコレな気がする」
 玲が指を指す、薄いパープル。

「うちは黄緑好きだしコレにしようかな」
 ミントグリーンの滑らかな服を両手で取る。

「愛奈は?どっちがいい?」 「じゃあピンク。1番可愛い」

やっぱりと思った私はさっと水色の服を取った。

「私はコレね」

「さ、早く着替えて。それから全員で行くんでしょ」
ピマリの羽が上下する。

「かんきの森だっけ?チョマコンパ」

「け・ん・きょ」
 チョマはてんとう虫の椅子に寝そべり寝ぼけ半分で頭に両手をやり答えた。

「けんきょの森に行くわよ。そして気品の花をよみがえらせて、ジェミに愛奈のママの部屋まで帰してもらおう」

「うん」と返事をしたのは愛奈だけで、玲と志津加はうきうきと服に袖を通していた。志津加は飛び跳ね、あたし、帰れなくてもいいかもなぁんて――「ばか、言わないの」と言った私も何を隠そう内心はどきどきしていた。してみたかったの。こういう格好。


ピマリは私達に、羽の代わりにと半透明の花弁――クリーム色のやつを8枚持ってき、背中の部分に縫いつけてくれた。チョマコンパも途中からピマリに叩かれ身体を起こし、私達が東のやつらにばれないようめくらましをする事を手伝ってくれた。

「完璧だな」 「待って、あとはコレよ。念には念を入れなくっちゃ」 「「「?」」」

そう言ってピマリはまぁるい小さな金色の木の実をそれぞれ4つの口にひと粒ずつ放り込んだ。「噛んで飲み込むのよ」

「甘い――なにこれ?」

「フェアリィ・ブレスの実」

私達4人の口からは喋るたび、さっきのピマリみたく銀色のきらきらした空気としゃら…んという美しい音色が響き渡った。志津加が何故か「カントリーロード」を歌い出す。私達4人はわくわくし、腕を取りながらけんきょの森へと足取り軽く向かい始めた。

Ⅷ東のやつら

黄色い砂は私達の靴底で擦られ、ざ・ざと鳴いた。紫色の海は時折打ち寄せる波とはねる神秘的な何かのしぶき以外は、ゆらゆらとただ穏やかにそこにあった。

ピマリの家を出ていたいけ岬を右に横切り、まっすぐ森――緑おい茂る森の中へと入っていくと「ぱぁん」とか「どぉん」とかいう音が遠くで聞こえていた――空を見上げると、海を薄めたようなうす紫。太陽はないのにとても明るかった。そして、森の木々達のなだらかな輪郭の隙間や奥に、細長いドリルに玉をつけたような建物。チョマコンパに「あれは?」と尋ねると鼻をほじりながら「王様の城だ」と返された。

「お前ら行ったろ。ジェミに連れられて」

「あそこだったのね――あんなに遠く」

「ジェミはなぜ、ピマリの家に私達を?」

「さぁな!他にマシな奴がいなかったんだろ」

「ピマリ、服とっても素敵よ」
 愛奈の嬉しそうな声。

「まぁ・ね♫」

続けて尋ねる。
「あの音は花火か何か?」

「違うでしょ――きっと戦ってるんだわ」
 と、私は答えた。

「東のやつらってすっげー怖かったりして」
 玲。

ピマリが「いいえ」と首を振る。

「全然。むしろ私達とそんなに変わらない。見た目もほとんど一緒なのよ」

すっかり私達は妖精の仲間入りをし、不謹慎にもこの状況を楽しみだしていたかのように思えた。が、それではまずい。ほっぺはもうつねったし叩いた。夢の中じゃあないという事は、4人とももうとっくに気づいている。

「戦いに、巻き込まれたら?」
 志津加が噛みすぎてがじがじになった親指を下に下ろす。


「「「…」」」


 そう、やばいのだ。

とっさに声を出したのはやはり私だった。
「大丈夫よ!だってチョマコンパ、言ったでしょ?こっちの道からならけんきょの森に中心街を通らずに行ける、って」

どうやら東のやつらと呼ばれる妖精達は島を上空から見て中心部――ピマリやチョマら西のやつらは外側の方にぽつぽつと生息をしているのだ。

「左右で分かれてる訳じゃあないんだね。なんか、やな感じ。自分達だけ王様のいる城周りに住むなんて」と玲。

「最初は言葉通り東と西に別れて暮らしてたんだ――10年前までな。けど、気品の花がしおれてって段々やつら変わっちまった。それまではさ、どっちかってゆうとおれたちの方が元気良かったんだぜ。今じゃあラルフをからかって――あの頃のおれたちみたくからかった後に一緒に遊んでやる事もしないくずらが、だ――涙の山を爆発させんのは東のやつばかり」

「ラルフって?」
 愛奈が顔を出す。

「東生まれの、ちょっと軟弱な妖精だよ。すこぶる頭がいいけど気が弱くてすぐ目ぇつけられんだ」

チョマが何気なく呟くよう言う。
「あいつなら花の事少しはわかるんじゃねぇかな」
 治し方。

「それよ。そのラルフって子に聞きましょう」
 と私はすかさず言った。

「けど、中心街は怖ぇぞ。いつどんぱちやっても、王様はもう知らんぷりさ――それに、お前らだって、どうなるか分かんねぇよ」

その時またひとつ、「どぉん」というさっきの音がして、私達の足元をちょろちょろと透明な水がきらめきながら流れていった。

「あーぁ、またやった」
 ふぅ。

「なに?」と玲が足を水にかからないようぴょん、とする。

「ラルフがかんしゃくを起こしたんだ」
 うっ、うっ、という誰かの泣き声とともに水は流れた。
「今日は少しだけだな」

志津加が水流に手を突っ込み取り出したあと、舐めた。
「しょっぱ」

「なんかうち、ムカついてきたよ」
 東のやつらに。

「けど、いい人もいるにはいるのよ。カイリなんか特に、東生まれってだけで、中身はどう考えても私達に近いのに。街から出してもらえないのよ…かわいそうなカイリ…あのね、瞳の色が少し違ってるしイケメンだから気に食わない、って。本人は気にしてないみたいだけど…いつも、一人で遊んでるって言ってたわ」
 ピマリが落ち込むよう言った。

「瞳の色?」
 愛奈が問いかける。

「そう。私達、生まれた花の色で瞳の虹彩が決まるの」

「へぇ…」

ピマリは紫色で、チョマコンパは緑だった。

「なぁんか、すっげぇの」

「元々、東の土地は黄色の花や赤い花がほとんどだったからカイリが目立ってしまうのも無理ないの。しかも東の土地に水色の花なんて、カイリが生まれる前にも後にも見つかっていないって」
 変な 話でしょう。

ピマリがそう言い終えた瞬間、森の奥ががさがさと揺れる音がし、私達はぴたと足を止め音の出どころを探った。

「静かにしろ」

チョマが耳をぴんと立て、私達を後ろにおいやる。が、なにも出てこなかった。銀色と金色の光の筋が散乱する幻想的な森の中、まさか、ヒグマにでも遭うんじゃないかとまでは言わないが、異様な雰囲気な事はこの世界に太陽がないと同じくらい、確かな事だった。私達4人は揃って人間から生まれた人間で、皆、黒か濃い茶色の瞳をしている子供らだということと、同じくらい確か。そしてここが、きちんと感覚の伴う夢の中の世界じゃあなく、私達はそこの住人でもないのにちゃんとここに存在していると―――


その時、ごぉっという炎が激しく瞬間的に燃える音、チョマがいちはやくぷにっとした腕をまっすぐ掲げ、志津加とそれに私達を囲ったあのつるが森の柔らかな肌を突き破り、出てきた。ちっ、という誰かの声。つるに派手な赤い羽のついた矢が轟音とともにどす黒い煙をあげ、深く突き刺さっていた。

「東のやつらか!」

なんだってこんなとこにいやがる――チョマはつるを一旦地面に帰したあと、誰も見えない森の奥の方に手当たり次第、生き物のような棘のついたつるを飛ばした。どしん――という音のあと、トライアングルのような美しい音色が森じゅうに響き渡る。つるの当たった木は光るちりと一緒に魔法みたく、首から上が消えてしまった。

「「チョマコンパ!」」

「先に行け――あっちの方から回りゃあすぐ着く。おれは東のやつを片付けてから行くから――ピマリ!」

「あんまり攻撃しちゃ森の木が少なくなっちゃう――私達の居場所が、無くなっちゃうわ!」
 ピマリが悲痛な声で叫んだ。

「分かって、ら!」

どおん…しゃららん。
どぉ…ん。しゃら、ら…ん。

呆然としていた私達をピマリは「早く!」と別の方向へ導き、走らせた。

「何としてでも、気品の花をよみがえらせなくちゃ」
 隣にいた愛奈たちをきっと見つめる。

「そうだね――もうそうするしかない」

「もううち、やだよ!こんなとこ!」

「トイレに行きたくないはずなのに、なんかおしっこもれそう」

私は声をはり上げた。
「違うよ、志津加!ここで起きてる事は確かにありえない事だけど――今の私達にとってはもう、ここは現実の世界なんだよ!」

3人ははっとし、私は全員の顔を見て頷いた。そして瞳をひとつの場所に集めて皆で声を揃えながらこう言った。


 「やるしかないでしょ」。


背中の向こうではまた爆発音、それに、しゃららん…という音が聞こえ続けていた。

Ⅸ孤独なカイリ

段々と、チョマと東のやつら――顔は見ていないけどおそらく――の「どんぱち」の音が遠ざかっていって、ようやく私達は足の速度をゆるめた。はぁはぁ、と息をするあいだにも、きらめく煙は唇から放たれ続けた。


「ちょっと――あんなのあたったら、本当に死んじゃうじゃん!」
 玲が膝に手をついて言った。

「チョマコンパがいて本当によかった」
 怯え、汗の滴る杏の顔。

志津加はふぅぅ、と何やら腕を上下させオリジナルもいいとこな深呼吸法を繰り返していた―――「おかしいわね」

「東のやつらがこんなはずれにまで来るわけないのに」
 ピマリが顎に指を添え、真剣な顔をしていた。
「なにかが、おかしい」

「とにかくこのままけんきょの森へ行って、それから考えようよ。花を見つける前にひどい目に遭うなんて絶対いや」
 私は皆を見回し、強く言った。

「そうね、愛奈。少なくともここじゃないどこかに隠れた方がいいのは確かよ」杏。

「くっそ、東のやつ。うちだって武器があれば」
 玲。

「ぼこぼこに、してやるのにね?」
 志津加がお化けみたく目をひんむかせて呟いた。

私達とピマリはほんの少しの休憩を終え、また走った。ビビッドカラーの野いちごのアーチを抜け、青く光るきのこの群れを横目に、白い花がけたけたと笑うのをかわし、そして赤ちゃんの泣き声のする切り株を頑張って無視し、走った。しばらくいくとまたあの黄色い砂が少しだけ地面に見えてきて、ベニヤ板みたいなもので作られた肌色に近い木の看板、そこに怪しい文字で「けんきょの森へようこそ」と描かれていた。

「あった、入口!」

砂のわずかに見える足元から鬱蒼とおい茂る木々達、木の幹は看板の向こうからきっちり深い紫色をしていた。あのヘンゼルとグレーテルに出てくる人食い魔女が好きこのんで住みそうな。そして、黒より深く深く、どことなく高貴な感じのする深緑の葉。

「入ろ!」 「うん」

玲、そして杏が最初に森へと足を踏み入れた。このホラー・ハウスばりに暗くえたいの知れない場所へ行くのをためらうより、あの燃えさかる炎の矢を飛ばす非情な東のやつらの恐ろしい顔をイメージする方が、今の私達にはたやすかった。

ピマリが後ろから、
「泉を探して」と叫んだ。

「気品の花はその近くにあるはずよ!」

わかった、という杏の高い声、玲のリズミカルに駆ける音、志津加がぴょんと何かを避けながら入っていく、紫色したてんとう虫――ドットの部分は白。

「さぁ、愛奈も早く!」

「うん!」

ピマリが羽をはばたかせふわりと宙に浮く。蝶々みたく、ひらひらと。遠くに見える1番先頭の玲の後ろ姿を追いかける。差し込む日差しの数が少なく、でも向こうに明るくなってる場所が微かに木々の間から見えた――きっとあれが泉の――気品の花のある場所。


たっ、と脚を前に進めた瞬間だった。背後からお腹に向かって、そして腕にもロープのような何かが巻き付き、前進しようとしていた私の身体と脚は反動で後ろにそり返った。ん、と叫ぼうにも、口には同じ何かが鼻の下から顎先まで、ぎゅうっと巻き付けれていた。

へぇ、と後ろから声がする。
「―――思ったより、可愛いな」

僅かに顔を後ろにやり瞳を動かすと、そこには赤いまっすぐな顎下までの髪、そして瞳の色も赤い、私より少し年上そうな男の子がロープを手で捕まえ立っていた。頬に薄紫色の短い切り傷のような痕。そしてチョマとは違う、細く筋肉質な身体。黒い爪。羽は片方折れ曲がっていたけど、かじられたような痕はどこにもなかった。

 誰?

ロープを引く手。腕がすっと、お腹の方へとまわってくる。

「んっ…!」

耳に濡れた感触。舌が耳の穴近くまで入ってきて、私は思わず身体をめちゃくちゃに動かした―――嫌!

「何やってんだよ。じっとしろ」

2本の腕が、ぐるりと巻き付いて、黒い爪の指先が太腿の内側に触れた。身動きが取れない。嫌だ――杏、志津加、玲、ピマリ――チョマ。誰か。だれか、だれか助けて!涙をこらえ、ぎゅうっと目を閉じた瞬間だった――

「やめろ」

ロープがぴし、という音の後にばらばらと崩れ、どさりと地面に落ちた。男の子の声。優しく引き寄せられた腕は固く、そしてあったかい胸。あてられた右耳に流れてくる、私達と同じ心臓の音。かぁっと熱いほっぺたをそのままに顔を上にあげた。そこには綺麗な水色の瞳をした、凛々しい横顔が目の前にあった。透けるような栗色の髪が、背中の羽と一緒に光っていた。

「…カイリ?」

思わず呟いていた私の方を向くカイリらしき妖精の顔はふっと何かを思い出すようなものになり、そしてまた元に戻った。

Ⅹラルフの直感

「カイリ」とその赤い髪…ボブというには長すぎる、だけどロングというのも短すぎる――といった身なりの男の子は確かにそう言った。チョマたちの綿毛パンツとは違った棘だらけの汚れて黒くなった葉っぱのボトムに、ムカデのようなつやっとし鮮やかなオレンジと黒のボーダー柄のそれを、袖を肩までめくりあげ着ていた。プッとつばを吐いた後こう続ける。


「お前――そいつ人間だぞ」


私はまだカイリのぺったんこの胸に、顔を押しつけられていたままだった―――動こうにも、この細っこく強い腕が離してくれないし、私も私で心臓がダンスしてる時の玲みたく、リズミカルに暴れていた。うまくつかめるはずなんてない、状況なんて。しかしムカデ男の言葉にはひっかかる事が出来た――「人間だぞ」。

「別に、そんな事はどうだっていい。嫌がってたから止めただけだ」

「どぉだか」
 
はっ、という冷たい笑い。足を引きずるような歩き方で2、3歩進んだあと羽をぶぅ…んと鳴らし、空中に浮かび上がった。その時森の奥の方から玲やピマリの愛奈ぁっ、という声が聞こえてき、私達3人はそちらの方へと一瞬気を取られた。

「マナ、か――お前けっこうイイね」

ムカデ男はそう言って、あっという間に飛び立った。カイリが後ろ姿に「キラ」と低く怒鳴った。そして、ん…と唸ったあとようやく私の顔の方を向いた。

「まさか、嫌じゃなかったのか?」

「違う!」

あまりの真剣さに私はむきになっていた。
そして、生まれて初めて男の子とこんな短時間に2回も密着したっていう事実に頭がぼぉっと、くらくらしていた。いつだったかママに、「好きな男の子以外とはしちゃいけない」ときつく言われていたのに、だ。こういう事は。

ばっとカイリから離れて背を向ける。だって嘘ってくらい格好よくて、どんなクラスの男の子よりどんな有名アイドルより彼は私のタイプだったのだ。ピマリがあんな顔をしたのも無理はない、と思った。ランキングなんてばからしい行為をする必要はもうきっとなかった。カイリのすべてがあたまの中に刻まれた記念すべき瞬間だった。と、はっとする。

「ね、あの人、東のやつなんじゃないの?どうして私が人間だって知ってるの?」

カイリへ思い切り振り返ると、彼は少しだけ目を大きくし、また元の表情に戻った。そしてん…と困ったよう考え込む。

「話すと長くなるけど――簡単に言うならラルフのせいだな」

それ以上なぜかなにも喋れなかった私は、黙ったままこちらに駆けてくる足音を茹でだこのような顔で聞いていた。恋愛タイシツが聞いてあきれたうえ、机に顔を伏せ手を叩いて笑うほど自分がさほど恋をして生きてきたわけじゃなかったなんて、と。気づけばカイリはそのままどこかへ飛んでいき、そしてあっという間に見えなくなってしまった。

「愛奈!どうした――大丈夫?」

玲が珍しく心配そうにしていた。別に、と普段の私のふりをするこのうそつきに玲達は――ピマリもまるで後ろからナイフでも突きつけられているのかというふうな――焦り、おびえた顔をしてこう言った。


「大変だよ。うち達が人間だって、もうばれてる。それと、花がなんでか知らないけど燃えてたんだよ。最後――落ち着いて聞いてよ。チョマが、大けがしてるんだ」
 私達のために。


杏の涙がいっぱい溜まった顔を見た瞬間、私はさっきまでの事をすっかり忘れていた。涙は左頬をすべり落ちて光り、小さい音を立てて流れていった。

ⅡⅠ中心街へ

「頭いっちゃってんね」

空中に浮かびながら玲は言った。べつに、飛んでるのは玲だけじゃない。私達はそろって使い古されたような赤い花弁の紙風船の中のような場所で体育座りをし、膝を突き合わせていた。花弁の折りたたまれた先の上空ではピマリを含む西の妖精――3つから4つの女の子――がぱたぱたと私達を運ぶ為に羽をひるがえし続けていた。


ことのいきさつはこうだった。あのあと大急ぎで泉の手前で横たわっていたチョマを最寄りの西の妖精の家まで運び、「ヒーラー」と呼ばれるお医者さんの妖精をピマリが引っぱってきた。チョマは苦しそうに、だけど「ぶっ飛ばしてやったんだぜ」と大やけどした左の肩を押さえ、笑った。やけどは魔法で数時間経てばなんとかなる――が、熱が下がらないとまずい。薬をどこで手に入れるという話になり中心街に腕の立つヒーラーがいるので会いに行くといった筋書きだった。

「魔法もお手上げの熱なんて。ピマリは東のやつの画策じゃないかって疑ってたけどありえそうね」杏。

「チョマがかわいそう」志津加。「抱っこしてあげたい」

「うち思うんだけど、花ってそんな重要なのかな」

「え?」 「なんか、問題はそこじゃないような気がすんだよね」

「玲――どういうこと?」 「分かんないけど」

それだけ言うと玲は目を伏せ黙った。そして私達も――それぞれに思い思いなにかを…道は違くとも、同じところに通じている、そんな何かを考えていた。

中心街。東のやつらの本拠地だって言ってもいいところだった。にもかかわらず、こうしてピマリを含め私達でそこへ乗り込もうというのもまさに「いっちゃってる」、だけどそんな事言ってられなかった。それにカイリのような人が他にいなくもないしというピマリの言葉も少なからず私達の背中を押したのだ。なによりチョマを、私達を救ってくれたチョマをどうにか助けたい気持ちでいっぱいだった。私は「カイリにお礼を言っていない」という事も心の片隅にあったけど。それに私達は女、羽をむしられるような事はあってはならないと王様に決められているらしい…一応…という程度だが。

「もしチョマが二度と踊れないってなったら、うちもダンスやめるよ」

「玲…」 「嫌じゃん。なんか…さ」

いつもは強気な玲の落ち込んだ姿に、私達3人は瞳で合図した。

「玲。チョマが治ったらさ、ダンスバトルでも開催しようよ」

「え?」

「きっと他にも踊りの上手い子がいるでしょ。だから、さ。とにかく、何が言いたいかってゆうと――玲の考えてるみたいな事は起こらない、ってこと!だから絶対チョマを今度は私達が救って――玲のすごさ見せつけてやらなくちゃ。ね?」

「愛奈…」

玲は少し経って、あのピストル型の右手を顔の前に差し出したあと、大きく笑いながらこう言った。あんた・まじで・いっちゃってんね。

杏と志津加が満面の笑みを見せる。私達は手を繋ぎ合い、顔をゆっくり全員と合わせ、ぼそりとはにかむよう、だけど次の瞬間にはでかい声でこう叫んでいた。


 やっぱ この4人ってさぁ。
「「「「サイコー、だよね?」」」」


志津加が急にはっと息を吸い込み、その後にやにやと何かを思いついたような顔で言った。「あたしより、変なやつがいるといいけど」。ぷす・ぷす・ぷす。やだぁ。なによ、志津加?杏が笑い問いかける。志津加にしては普通の女の子っぽく、だけど瞳をじろりと動かしたあとこう続けた。

「愛奈の考え、役に立つかもよ」

ⅡⅡキラの考え

しばらくしてあのとんがった王様の城がぼんやり見えてきて、森や花畑、それに山がいくつか――一番大きいのは綺麗なブルーだった――見えてきて、街のような場所が確かにある事が分かった。ちらちら舞うアリさんサイズの妖精達。はたから見ると、平和に思えて仕方なかった。けど、あの炎の付いた矢…ムカデ男もどこかにいる。今のところはわからないけど。それにカイリ。名前を思い浮かべただけなのに、私はどきんとした。今までとは違う感覚。会いたいな。そして会えたら絶対お礼を言うの、助けてくれた事。


「もうすぐよ、皆。準備は良い?」
 ピマリの声。

「くれぐれもはぐれないように。じゃ、着陸するからね」

案外強く、安全ベルトも何もない私達はお互いの身体に重なり合って声を上げた――「意外と激しい!」 「頭、打ったし!」

「だから準備は良いって聞いたのに」
 もぅ。ピマリの声。

私達は大きな赤いきのこの真下に隠れるようにして花弁からぞろぞろと降りた。声が近づいてくる――笑い声や、「おぉい!足りないぞ!」と木の枝の落ちる音と怒る誰か。羽がはばたく音――子供の鈴のようなはしゃぎ回る声。黄色い花のアーチをくぐって街らしきところに私達はとうとう入った。じろり、と私達を横目で見るよく太ったお団子頭の妖精が、そそくさと隣の別の妖精の手を引き歩いていった。


「じゃ、マナ達は街の左半分の方を探して。ヒーラーを見つけたらすぐここの入り口に戻って来る事。私たちは右半分に行くから。なるだけお城周りには近づかないでね。キラ達がいるって噂だから」とピマリは言った。

「「「キラ?」」」

私以外の3人は眉を上げそう返事をした。カイリが言っていたあのムカデ男の名前。

「簡単に言うと東のやつらの中心人物みたいなものよ――すっごいファッションセンスだし、赤い花生まれの髪と瞳だからすぐに分かると思う。それに女の子にめちゃくちゃ手が早いのよ。だから気をつけてね。あいつと会う時は綿毛ズボンのどのすき間にものりを貼りつけておくべきよ。手ぇ突っ込まれても知らないからね」

とピマリは指を立て、西の女の子の妖精達に「行くわよ」と声をかけ3、4人にぞろぞろ囲まれ歩き出した。ピマリの話を聞いた私はさっきの事を少し思い出して、かぁっと身体が熱くなった――じっとしろ――耳をなめた舌。信じられない!誰にでもあんな事するなんて?

「愛奈?何か食べたいの?」
 一人もだえていたところを志津加に見られ、はっとする。

「ちがう!」

「さて、うちらも行こうよ」

「そうね」と杏。

東の妖精達の街――中心街には、まあるく敷き詰められたレンガのタイルの広場に木で造られたお家、それにお店。花やなにかの種で作られたアクセサリーや果物や虫の食料品店なんかがあった。横一列に並んで私達は目を丸くしていた――なんだか西の妖精達と比べるとやっぱり街っぽい、いかにも文明的な暮らしがここでは行われていた。

「病院もありそうね」
 と杏が言う。

「うん。探してみよう」

ときおり違和感のある視線を向けられるけど、直接私達をどうにかしようという感じの人はいなく、段々とうまくいきそうだって気がしてきていた――気品の花が燃えた…って言っても、他にも道はきっとあるはず、だってピマリもチョマも話せば私達となんにも変わらない…普通の人間と。なんだか私は元いた世界とおんなじじゃないのかなと思い始めた――少し、お互いが違うだけで。

「ね、あれって病院なんじゃない?」

玲が指をさした先に「East hospital」と書いてある看板があった。3階建ての木と葉で出来た大きい建物。文字の下には真っ赤なバラの絵があった――間違いないわ、と杏が英字を確かめるように呟いた。「ここは病院よ」

「こんなにうまくいくなんて、なんか怖いね」
 志津加がまぶたをひっくり返す。

「あんたの顔がね」
 玲。

私は3人の先頭に立ち、ひとつ大きく息を吸いこんでから木の枝の丁寧に並べられたドアを開けた。

「ごめんください」

中に入ると、きのこの椅子の待合室――マッシュルームみたいな白――があって「うけつけ こちら」のカウンターの奥にきれいなジェミと同じ位の女の妖精が3、4人いた。私達4人は前に進み出て、ばっと玲がカウンターに両腕を置いた。

「ヒーラーってのに会いたいんだけど!」
 いる?

「タンチョウトクニュウだね」と志津加。杏がすかさず、単刀直入ねと苦笑いをする。

「お医者さんを探してるの」

私がそう話すと、妖精達は何やらこそこそと耳打ちをし、一人が奥の方へと消えていった。少し待って、頭のはげた眼鏡のおじさん――鼻がパパイヤみたいな形――がごほごほ咳込みながら出てきた。ヒーラーのわりには具合が悪そうで、私達4人は少し不安になっていた。

「何用で?」
 丸い小さな眼鏡が光る。
 
「友達がひどいけがをして、熱を出してるんです。ものすごくつらそうなの。東のヒーラーなら何とかしてくれるんじゃないかって聞いて」

ほぉぉ…げほ、ごほ、とこぶしを口元に持っていき、おじさんは続けた。

「なら、あんたがたさんらは西の妖精だと?」

私と杏は一瞬顔を見合わせ、返事をするのをためらった…が、玲と志津加が声を揃え、平然と返事をする。

「「うん」」
 ずっ。

おじさんは急に丸めていた背中を伸ばし、咳をするのをやめ私達をまっすぐ見た――そりゃあ…困った…な。

「西のやつを見るにはキラ様の許可を取らなくちゃあいけない事になってるんだよ」

「そんな!」 「えぇ?」何それ、と玲が眉を上げ叫んだ。「病気やけがで苦しんでる時くらい、助けてあげたらいいじゃんか!」 「そうよ、ひどい熱なのよ!ほっといたら死んじゃうわ」杏が泣き出しそうな顔で言った。

「待ちなさい…げっほん。なにも、治さないとは誰も言ってないじゃないか」

「じゃ、どうすれば?」私はきっとした目を向け、身体を前にやった――チョマ、待っててね――きっとすぐ助けるから。

おじさんは私の顔の前に太く短い指を一本向け、こう言った。

「あんたが、頼みに行くといい。きっと聞いてくれるよ――ただし、ひとりで、だ」

そう言い終えると今度はものすごく大きい咳をし、両脇の妖精達がたまらずおじさんの腕を取り支えた。

「だめだよ、愛奈!危ないやつなんでしょ?」

「一人でなんて行かせられないよ」

「そうよ!私達全員なら、何とか…」

「ひ・と・り・で、だ」
 もう一度おじさんは言った。


私はぐっと手に力を込め、皆をぐるっと見回したあと、大きな声でこう返事をした――


「―――おじさん!のり、持ってる?」


4人が驚きの表情で私を見る。おじさんのまわりの妖精があやしくくす…と笑った。おじさんは自分ですっと立ち上がり、それからいやに低く、そして静かな声で私にこう告げた。

「あぁ、あるさ…たくさんね」
 にやり。

ⅡⅢ大洪水

ずかずかとタイル、中央の広場から街全体に続くレンガの敷かれた坂を登っているあいだ私は何にも考えてなかった――とげとげした植物のアーチ。暗い薄気味悪いトンネル。後ろに王宮…白と金の。まるでここに住む俺たちにはあのでかい王様が味方についてるんだぜと言葉もなしに投げかけられてるような。病院の扉を閉め、わざと思い切り閉め、扉についてた葉と木の枝がいくつか落ちるほど閉め、言うまでもなく私は怒っていた――何が中心人物――何がキラ「様」?ひとりで、こい?やってやろうじゃないのよ!

後ろから3人がおずおずと、だけど小走りでついてきていた。

「ここね」

トンネルの前で立ち止まる。冷たい空気と火をつけたあとのような熱風が同時に私の顔と身体をなでた。くるっと後ろを振り返り、もう追いついて来ていた3人に声をかける。遠くで東の妖精たちの声も小さくだけど聞こえていた。

「じゃ、行ってくるから」

「本当に大丈夫なの、愛奈?」 「そうだよ――ね、うちらもついていくからさ」 「あたしも…少し入ってみたいし」志津加が後半、ぼそりと呟く。

「だめだよ。一人でって、言われたし。逆ギレでもされてチョマを助けてもらえなくなったら意味ないもん」

「そうだけど…」杏。

「あんなやつに負けないよ。戦争を止めるって決めたんだもん、どのみちキラってやつが東のリーダーなら避けて通れないでしょ?」
 3人ははぁっと溜め息をついた。

「愛奈ってここぞって時は一番強いよね」
 杏がうつむく。

「そっ。普段ぼぉっと誰かに熱あげてるわりには頑固だし」
 玲の呆れた声。

「けどそこが愛奈のアジだよね」

状況に似合わない投げキッスを志津加が飛ばしたあと、私は前に足を進めだした――行ってくる。

「気をつけてね!私達ここで待ってるから」

「やられちゃだめだからね、愛奈」

「グッド・ラック!」

3人の思いを後ろになびく髪に浴びながら私はキラのすみかへゆっくりと足を踏み入れた。


しばらくは暗い通路が続いた――でも外の音はまだ聞こえるし、これならまだ怖くない…時々、長くしゅるしゅるとかがさがさ、と何かがトンネルの壁を這うような音がしてどきっとした。胸のあたりのTシャツをぎゅっと右手で掴んで、左手は右の肩に置きながら。自分で自分を抱きしめるみたく。ぴちょん、と雫のたれる音。相変わらずぬるい空気がほっぺたを触っていく―――入り口が遠くなった、その時だった。


「来たな」


ぐいっと身体が何かに――けどなにもなかった――ひとりでに引っぱられた。私は叫び声を短く上げてぎゅっと瞳を閉じ、それから急に明るい場所に出た事がわかった――突き刺すようなちかちかするオレンジ色の光。そしてそれが炎だという事が、薄くあけたまぶたの隙間から確認できた。目をはっと完全に開くとそこにはさっきのムカデ男、今度はあの赤い髪を全部後ろに流してあって、切れ長の赤い瞳が近くではっきりとこちらを見ていた。まぁるいドーム状の洞穴、角に4つおかれた炎の台。火がごうごうと燃えていた。

「ちゃぁんと一人で来たじゃないか。お利口さん」
 顔を意地悪く歪ませてくっくと笑う、腕を掴むあの黒い爪の手。

「離して!」

言ったそばからロープが足元からするりと忍びより、肩から下に巻きついた。キラが「マナ」、と囁く。

「ほどいてよ――あんたの言うとおり、一人で来たんだから!私はただチョマを治してって頼みに来ただけよ」

「返事次第さ」

細い、少し日に焼けた腕が伸びてき、指で顎をくっと持ち上げられる。

「思った通り…近くで見れば見るほど」

「な…」 「可愛い、マナ」

上を向いた顎の先を、キラのとがった紅い舌がちろちろと舐めた。それから首の横を唇がすぅっとなぞり下がっていく。「人間だが――構わないな」。

「ちょっと…」

心臓がまた暴れだす。さっきのトンネルの中にいる時より怖くなった私は足をばたつかせ、思わずばっと顔をそむけた――やめてよ!キラの手が、綿毛ズボンのサイドにぐっとかけられて止まる。ありえない。ありえない。まだキスもした事ないのに?

「チョマを助けてよ、キラ!」
 お願い、と私は叫んだ。

「いいさ」と静かに笑う。「俺のものになるなら」

涙がたまらず、目尻からこぼれ落ちた。これじゃあこいつの思うつぼ、まんまと罠にはまったのだ――信じた私が、ばかだった。こんなの本当にありえない、チョマ――ごめん…ね。キラの手が、ズボンに貼り付けられているのりを強引にべりべりはがしていく。固いところには指先から小さな火を出し、じゅっと音がしたあと焦げ臭い匂いがした。花弁のピンクの服の奥を、ばっとめくられる。白いブラジャーが丸見えになってキラがにやついた。

「どうするんだ。返事は?いいのか…友達が」
 また舌が、今度は音を立てて耳をなめた。

「や…」

「あのまま死んでも?」

キラの指が胸の下の方から中へ入ってくる。とっさに私は自分でもびっくりするくらいの大声で、聞こえるかどうかもわからないのに叫んでいた――台の炎がゆらめくほど大きな声で――あの、名前を。

「やだぁ―――カイリっ!」



愛奈を待ってる間、急に玲がはっとした。

「ピマリに伝えてこなきゃ。ヒーラーが見つかったって」
 時間がもったいない、と私の顔を見る。

「とにかくうちは夕方には帰りたいね。一日だって練習サボりたくないし」

ダンス・レッスンのことだろう、玲はぴょんとひざを曲げて跳びはね、うち、行ってくるよとどすんと着地した。

「そうね…私達はここで愛奈を待ち続けるから。ピマリにも伝えて、愛奈がキラの所へ行ったって」

「怒られっかな。けど、仕方ないよね。ヒーラー先に見つけたのはこっちなんだし。ちょっくら右側まで走ってくる」

「お願いね。ここにいるから」

「はいよっと」

玲のハーフアップの毛先がゆれ、後ろ姿はリズミカルに今来た道を戻った――少し角度のついた坂の上からわずかに見える街を見下ろす。視界に、なにかが声とともに目に入った――「杏?どったの?」志津加がぽかんと唇をあけたまま問いかける。

「ごめん志津加、すぐ戻るから!」

私は坂を急いで駆け下りた。志津加は笑いながら「はあい」、と手を振り私を見送った――愛奈。どうか、無事で。その後私のあたまにやかんのふっとうするような突然の怒りが沸いてきた。坂を下りきり、さっきの病院の通りを抜け、上から見えた路地の細い奥へ向かって思いっきり怒鳴った、眼鏡をかけ直して――ちょっと!

「やめなさいよ!」

2、3人の男の子の妖精達がじろり、とこちらを振り返る。笑い声がしていた通路はしぃんと静かになった。そして足元のすき間からかわりにうっ、うっ、という泣き声がした。眼鏡をかけた茶色い天然パーマの色の白い男の子が、泥だらけのひざ小僧とともにこちらを見た。



口笛で鳥の鳴き声を真似ながら立ってると、急にトンネルが揺れだした。震えるような動きのその後、また静かになる。ひら、と葉っぱが一枚落ちてきた。あたしの好奇心を猫じゃらしでくすぐりまくるようなこの怪しげなとげとげトンネル――顎に親指と人差し指をやり、考える。時間にして15秒ほど。うんうん、と一人うなずいてみる。

「どう思う?」

誰もいない右側と左側に顔だけやる。またうなずく――うん…うん…うん。

「入りたければ、入れって?」

あたしはにたぁ、と笑ってやった。足元を歩いていたやたらと脚の多い虫が悲鳴を上げ去っていった。

「むふふ」愛奈がやばかったらついでに助けよう――にっせき・いちょう!静かに足を入れてそしてゆっくり中に入った。あたしのアダムスファミリーのメロディの口笛だけが真っ暗なトンネルの内側に響きわたっていた。



「カイリ?」
 手が止まる。キラは眉をしかめ、隣の地面にプッとつばを吐いた。

「あいつが好きなのか」

顔を離したあと悔しそうな表情を浮かべる。とたんに私の顔はあの時みたく真っ赤になった――ぴくり、とキラの眉が動く。なにも答えられなかった。なぜ、カイリの名前を叫んだなんて言われても、口ではどうにも説明しづらく――ただただキラを思いっきりにらみ返すしかできなかった。

「どうして、こんなことするの?」

「お前が好きだからだ」

「だったらこんなことしないで!キラ、間違ってる。ふつう誰かを好きになったならその人が笑っていないと自分がつらくなるはずよ」

「!」 「ちがうの?」

キラの手が少し緩まった。けど、ロープのせいで私はまだ身動きが取れないままだった。

「キラ…」

弱々しい声でもう一度尋ねる。熱気とロープのせいですごく苦しかった――お願い…離して。「チョマを助けて」

キラの瞳がぼぉっと空中を見つめた瞬間だった。暗いあのトンネルの通路の方からどごぉん、と大きな音が聞こえ、その後鈴の音のちりりん…という音色が響きわたった――煙の奥。綺麗な長い羽のシルエットがゆっくりとぼやけて見えてきてはっとした――

「―――カイリ!」

ちっ、というキラの舌打ちと伸ばされた腕から炎の燃えさかる音、それは紛れもなくそこにいたカイリの身体めがけて飛んでいった。カイリは細い両腕を顔の前に交差させ、突風のような金色の風を炎に当てあっという間に吹き消した。

「なんの用だ、くそったれ」
 カイリはキラを見た後私の方を向き、静かにこう言った。

「マナの呼ぶ声が聞こえたんだ」

ぱちん、と右手の指を鳴らすと私の身体のロープがばらっとほどけた。隙をついた私はとっさにカイリに向かって飛び込んだ――カイリの腕がそれを受け止める。どきどきする心をよそに、そのままあの身体に強くしがみついた…カイリ――来てくれた…また助けに。

「どけ」
 俺の だ。

キラの顔を見る、あの赤い瞳がにぶく光っていた――まるで残酷な悪魔のよう――前に掲げられた手の平の上に紅い炎の塊が出ていた。

「無駄だ、キラ」 「黙れ…」

キラの手が震え出す。炎がどんどんどんどん大きくなっていった。カイリが抱きしめてくれる腕の反対側の手を出し、同じよう掲げた。水色の瞳がまた羽と栗色のさらさらした髪の毛と一緒に光った。


「お前は俺には勝てない」


ぶわぁっ、とカイリの手から金色の風が強く吹き付ける。眩しさでまたまぶたを強く閉じた。自分の髪がぼさぼさになってくのが分かる。そしてその間にも、カイリのあの強い力の腕が私をぎゅうっと捕まえていてくれた――まるで、「離さない」って言ってくれてるみたいに。びゅうぅ、という強い音が止むと私はようやく目を開けた――洞穴の四隅の台の上の炎は消え、オレンジ色の空間は暗くなっていた。そしてキラがいない事もわかった――カイリの放つ光だけでかろうじて暗闇がやわらいでいた。

「大丈夫か、マナ?」

「…うん!でも、どうして…」
 ぼんやりした明かりのなかでカイリの顔が一瞬止まり、くすっと笑った。

「お前のばかでかい声が聞こえたんだ」

「ばっ、ばかでかい?」

ひどい!と言うと冗談だよと言ってカイリは笑った。そしてじっと見つめた後こう言う――「何でかは分からないけど、いてもたってもいられなくなって」

「カイリ…」

見つめ合うその時、ぴたりと周りの音が止んで、そして自分の心臓の音がものすごく大きくなった―――「マナ」。カイリの、真剣な顔。それがゆっくりと近づいてくる。いいの?――いいよね、私?目が、ゆっくりと…閉じていく。いいよね――ママ…?私、わたし、私、カイリのこと…


唇がつきそうなその瞬間、頭上から今度はものすごく大きな音がして地面がぐらぐらと揺れだした。

「!」 「何?」

カイリが上へと飛んでいく、私を抱きかかえたまま。顔を出し、二人で外を見渡した。

「え―――!?」 「キラの奴…」

街の方を見下ろして愕然とした――さっきのトンネルの向こうから一帯、燃えさかる炎が中心街の周りの土地を食い荒らしていたのだ。どうしよう――杏達は?ピマリもいるのに!街を囲う野原や森がどんどん焼けていく。なぜこんな事を?味方だって住んでいるのに――なぜ、キラ?

「マナ。一旦降ろすからここで待ってろ」

「嫌、私もいく!」 「お前、仲間がいるんだろう?俺は火を消す。戻ってくるからここにいろ」 「でも…!」 「すぐ戻る――大丈夫だ」

そう言ってさっきのトンネルの前で私を降ろした後カイリは飛び立った。きょろっと周りを見渡す。3人とも、いない!ピマリを呼びに行ったんだろうか――街へ?どうしよう、とぎゅっと手を握りしめていたその時、後ろからがさがさと音がした。

「あっちぃ!」

「志津加!?」

おかえり愛奈、と黒すすだらけの顔が笑った。

「我慢できなくて入っちゃったんだけどなぁんかめちゃくちゃ熱くなってきて。それからすごいおっきな音がしてさ――」

「それどころじゃあないよ!杏と玲はどこに?キラが怒って、街ごと私達を燃やそうとしてるのよ!」

「玲はピマリを呼びに行って、杏は何か知らないけど走って街の方まで行っちゃったよ」 「えぇ――なにしに?」 「さぁ?トイレかな、おっきいの」

そんなわけないでしょと言っているとカイリが空からすっと戻ってきた――まずいな。

「全部消えない」 「わぁお、美男子ちゃん」 「どういう事、カイリ?」 「水がないと駄目だ。怒りでかけた魔法の火はしつこいから、風だけじゃあ全て抑えられない」 「そんな――だってもうすぐ街に火が届きそうなのに!」 「考えよう。何か方法があるはずだ」

その時東の妖精達は異変に気が付き始め、子供らや家の荷物を大声をあげ中央広場に避難するよう動き出していた。

「どうしたらいいの?」 「…」
 顎に指を当て、じっと考え込むカイリ。

「あたし家のお庭で火遊びした事あるよ。花壇にまぁるいくぼみを作って、そこに枯れ葉を入れて火をつけたの」

「志津加!今そんな話してる場合じゃあ…」

「そしたらママが気づいてすんごい顔してね、バケツに水を入れたやつを思いっきり、あたしごと花壇の上にぶっかけたんだよ――もう、大洪水。んで、じゅわっと火は消えちゃった――ちぇって感じだったよ、本当に」
 ぶるる、と唇の音。

私はカイリと顔を見合わせて、その後二人で志津加の顔を見た。

「なに?なんかついてる?」

「涙の山を爆発させられるのって…?」

「あぁ――一人だけ」

志津加が思い出したように目を輝かせる。カイリは手をおろし、ぱちぱち、と音のしだしていた東の街を見やった。

「ラルフはどこだ」

Ⅱ Ⅳ

 

ザ・マジック

ザ・マジック

小学5年生のマナ・レイ・アン・シヅカ仲良し4人組はママの寝室から妖精の国へと迷い込んだ。「帰りたいのならこの島の戦争を止めて」「カイリ、また会える?絶対会える?」「絶対だ」もし、願いを叶えたいのなら。「心から信じて」それは魔法。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • 冒険
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2020-06-17

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted