太平洋、血に染めて 【エピソード0】

野良猫

太平洋、血に染めて 【エピソード0】
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エピソード「太平洋、血に染まる!」の直前にあった出来事です!
なぜチャーリーはヨシオの名前を知っていたのか。これを読めば、少しだけそのナゾが解けるかもしれません!
公式エピソードではないですが、いちおう内容は本編とつながっています!

オープニング
https://www.youtube.com/watch?v=mdL5U4FuAZk

 チャーリーは右舷(うげん)甲板に向かう途中、ふとブリッジのまえで足を止めた。何者かの視線を感じたからだ。しかし、甲板にいるのは自分だけで、辺りに人の姿はない。気のせいだろうか。ふたたび視線をブリッジの前方の右舷甲板にもどしたときだった。視界の上のほうで、なにかが光った。陽の光の反射か――いや、ちがう。目だ。まっ赤な眼が、じっとこちらを見下ろしている。自分に視線を向けていたのは、この赤く鋭い瞳だったのだ。それにしても、不思議だ。この研ぎ澄まされた刃物のような鋭い瞳からは、まるで殺気が感じられない。が、なにか近寄りがたい、すさまじい威圧感を放っている。その目力に圧倒されたせいか、チャーリーは金縛りにあったように動けなくなっていた。視線をそらすことさえできないのだ。信じられない。これほど威圧的な眼をしているのに、そのまっ白な顔は、おどろくほど静かなのだ。ところが、その静かな表情とは裏腹に、まっ赤な髪は激しく燃え上がる炎のように逆立っており、そこから鋭く長い一本の角が突き出しているのだった。
「みごとなユニコーンだ」
 チャーリーは感心したようにつぶやいた。ブリッジ前方の右舷甲板にある、一機のF/A-18戦闘攻撃機。通称〝ホーネット〟と呼ばれる、対地・対空戦闘に優れたマルチファイター。その黒い尾翼に描かれた、まっ白な一角獣。なみの腕では、こいつを手懐けることはできないだろう。
 チャーリーはブリッジのまえに立ったまま、しばらくぼんやりと見とれていた。
「よう。なにしてるんだい?」
 背中の声にふり向くと、フライトジャケット姿の男がひとり、静かな笑みをたたえながら立っていた。短めにそろえた金髪の若い男だ。
「こいつを見てたのさ」
 チャーリーは親指で一角獣を示しながら言った。
「まるで生きてるみたいだろ?」
 金髪の男も一角獣を見上げながら言った。
「ああ。いったい、どんなパイロットなんだ? こいつに乗ってるのは」
「いま、あんたと話してるやつさ」
「え?」
 チャーリーがおどろいてふり向くと、金髪の男は声を上げて笑いだした。
「オレじゃあ、いけなかったかい?」
「いや、すまん。べつにそういうわけじゃ……」
「なに、いいってことよ」
 そう言うと、金髪の男はチャーリーに右手を差しだした。
「マイクだ。マイク・サイモン」
 金髪の男が名乗った。
「オレはチャーリー。チャーリー・グリーンだ。よろしく」
 チャーリーも名乗り、マイクと握手を交わした。
「チャーリー・ブラウンの弟か?」
 冗談めかして言ったマイクに、チャーリーも「いや、兄貴だ」とジョークで応えた。
 まだ会ったばかりだというのに、マイクとはすぐに打ち解けてしまった。年が近いというのもあるが、彼とは〝ウマ〟が合うようだ。
「ところで、あんたには懐いてるのかい? この〝馬〟は」
「さあね。でも、こうして生き残れてきたんだ。嫌われてないことだけは、たしかさ」
 マイクが懐かしそうな顔でユニコーンを見上げる。
「シンジ・カザマ」
「え?」
「こいつの、もとの飼い主だよ。こいつを意のままに操れるのは、あいつだけさ」
 風間(かざま)真路(しんじ)。海上自衛隊のパイロットで、この一角獣の生みの親、そして、マイクの親友だった男。彼がまだ生きているのかどうか、いまは知るすべがない。
「以前、この空母に研修にきたことがあったんだ。ほんの三ヶ月程度だったんだが、いい腕だった。あいつにかなうやつは、この空母にはだれもいなかったよ。あのユニコーンは、ただのコケ脅しじゃなかったってわけさ」
「そんなにすごいやつなのか?」
「ああ。バケモノさ。あいつだけは、なにがあっても敵にまわしたくないね。命がいくつあっても足りやしねえ」
 そう言って苦笑すると、マイクは掌をもち上げて肩をすくめた。
「でも、いいやつだった。あまり口数は多くないほうだったが、なぜかあいつとは気が合ってね。それで、友情の証として、お互いの機体の尾翼を取り換えっこしたってわけさ」
「なるほどねえ。で、あんたのパーソナルマークは、なんだったんだい?」
 チャーリーが訊ねると、マイクは気まずそうに笑ってこう答えた。
「プレイボーイのラビットヘッドさ」

 広い飛行甲板に、巨大な船体。だが、艦内通路はアリの巣のように入り組んでいて、人がすれちがえないほど狭かった。しかし、食堂だけは、ちょっとしたレストランよりも広いかもしれない、とチャーリーは思った。
「朝メシにしようぜ。食料の補給がまだなんで、ろくなもんは食えないけど」
 そう言ってマイクが食堂の入り口を入ったとき、メガネをかけた黄色い作業服の男とすれちがった。
「ん? おい、あんた」
 食堂から出てきた男をマイクが呼びとめた。
 甲板作業員の黄色いヘルメットを被り、カタパルトオフィサーを示すイエロージャケットを羽織ったメガネの男。彼は立ち止まると、こちらに背中を見せたまま肩越しにふり向いた。
「あんた、もしかしてヨシオじゃないのか?」
 チャーリー越しにマイクが訊ねる。しかし、男は答えない。彼はしばしマイクをにらみつけると、無言で立ち去ってゆくのであった。
「ずいぶんと不愛想なヤツみたいだが、あんたの知り合いなのかい?」
 チャーリーが訊ねると、マイクは不思議そうな顔で首をかしげた。
「いや、たしかにヨシオだと思ったんだがな。どうやら人違いらしい」
 食事はコーンスープに小さなコッペパンがひとつだけ。まるで囚人の朝メシだな、と胸の中でぼやきつつ、チャーリーは苦笑した。
 テーブルについても、マイクは妙な顔をしていた。チャーリーの向かいの席で腑に落ちない、というように顔をしかめながら、コーンスープの器の中をスプーンでかき混ぜている。
「どうかしたのか?」
 小さくちぎったコッペパンを口に運びながらチャーリーが訊いた。
「いまの男、たぶんヨシオだと思うんだが、なんであいつがこの(ふね)に……」
「この空母の乗組員じゃないのか?」
「この艦には、日系人は乗っていない」
「じゃあ、なんであいつの名前を知ってるんだ?」
「以前、カザマがこの艦に来たことがあるって言ったろ? そのとき、カザマのほかにも何人か研修に来てたんだ。その中に、いまの男が、ヨシオがいたんだ」
「なるほどね。しかし、空母ってのは六千人ちかく乗ってるって聞いたが、ここはやけに少ないんだな」
 この食堂にいる乗員は、だいたい百人ぐらいだ。ほかの部署にいる者を合わせたとしても、おそらく二百人程度だろう。
 マイクはチャーリーに答えるまえに、コーンスープをひと口すすった。
「あんたは、きのう来たばかりだからな。この艦の事情を知らなくて当然さ」
「そうだな。この空母がいなかったら、いまごろオレは……」
 強襲揚陸艦を出撃したとき、仲間は二十機だった。そして生き残ったのは一機のみ。チャーリーだけだった。しかし、チャーリーの機体も無傷ではなかった。被弾したエンジンは黒煙を吐き、タービンの内圧も下がり、おまけに燃料も残り少ないときた。とても母艦まで飛べそうにない。ここまでか。そうあきらめかけたときだった。オレンジ色に輝く洋上に、なにか大きな黒い影が浮かんでいるのが見えたのだ。チャーリーはヘルメットのバイザー越しに目を凝らした。水平線に沈みかけた夕陽の中に浮かぶ黒い影。それが、この空母だった。
「しかし、あれだけ弾を食らって、よくここまで飛んでこれたな」
 呆れた口調でマイクがつづける。
「格納庫にある、あんたの機体。あの穴だらけのハリアーⅡだが、ありゃあ、この空母の設備じゃあちょっと直せないぜ?」
「オレのハリアーはVTOL(ブイトール)機だからな。ホーネットのパーツしかないこの空母じゃ、修理はむずかしいだろう。ところで、なんだい? さっきあんたが言った、この艦の事情ってのは」
「ペガサスの一件は、知ってるな?」
 まわりに聞こえないように小さな声でマイクが言った。
「ああ」
 二日まえにペガサス級航空母艦が核攻撃を受けて沈んだという話は、チャーリーも聞いていた。護衛していた艦も、すべてまき込まれ、部隊ごと消滅したのだ。
 チャーリーはコッペパンを口に運びながらマイクの話に耳をかたむけた
「あのとき、この空母も近くを航行していたんだ。直撃は免れたものの、甲板で作業していた連中は、みんな爆風で吹き飛ばされてな。オレの機体は格納庫で整備中だったから助かったんだが、甲板に上がっていた機は、ほとんどおシャカさ」
 マイクはいったん言葉を切ると、コーンスープをひと口すすってからつづけた。
「横須賀港に入ったのは、その翌日だった。負傷者を降ろして、生き残った乗員も補充要員と交代するため艦を降り、航空機の補充や食料の補給をする予定だった」
「でも、できなかったのか?」
「ああ。たぶん潜水艦からだと思うんだが、いきなりミサイルの雨が降ってきやがったんだ。ようやくおさまったと思ったら、こんどは空爆ときた。んで、けっきょく機体も食料も、ろくに補給ができないまま慌てて出港したってわけよ」
「なるほどねえ。そんなことが。どおりで乗員が少ないと思ったわけだ」
「補給に従事していた連中は、空襲を避けるために地上基地のシェルターに避難したんだ。そんで、そいつらを置き去りにしたまま出港したのさ」
「それで、この空母はどこに向かってるんだ?」
「ハワイだ。ハワイで船体の修理をする。そして機体と乗員の補充、食料と弾薬、それに航空燃料を補給する」
「やれやれ。のんびりとバカンスを楽しむヒマはなさそうだ」
 チャーリーは皮肉を言って笑った。だが、マイクは神妙な顔をしている。
「なあ、チャーリー」
「どうした、急に改まって」
「オレは、べつの艦に転属することになったんだ。午後には、この艦をはなれる予定だ」
「そうか……。残念だ。せっかく親しくなれたってのにな」
「まあな。だが、もうじきこの戦争もカタはつく。戦争が終わったら、また会おうぜ」
「ああ。お互い、生き残れるといいな」
「おまえなら、きっと生き残れるさ」
 そう言うと、マイクは思いだしたようにこう切り出した。
「ところで、あのユニコーンの機体だが、おまえにやるよ」
「え? だってあれは、カザマとの親友の証に……」
「だから、こんどはおまえとの親友の証に譲るって言ってるのさ。オレはこんど、新型に乗り換えることになったんでな」
「そうか。でも、オレに懐いてくれるかな、あいつ」
「大事に扱ってやれば、懐いてくれるさ」
 そして、その日の夕方。マイクは迎えのヘリに乗って空母を飛び立って行った。チャーリーは甲板の上からヘリを見送っていた。夕陽の中へ消えていくヘリを、一角獣のそばに立って、いつまでも見送っていた。
 大五郎たちがこの空母に救助されたのは、その翌日のことであった。

 太平洋、血に染めて「エピソード0」

                おわり

太平洋、血に染めて 【エピソード0】

エンディング
https://www.youtube.com/watch?v=SlyQ2txgero

【映像特典】
https://www.youtube.com/watch?v=2Ml5QLXn0f8
https://www.youtube.com/watch?v=NKWxn0IULKo
https://www.nicovideo.jp/watch/sm23724726

太平洋、血に染めて 【エピソード0】

エピソード「太平洋、血に染まる!」の直前にあった出来事です!

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2020-06-16

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

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