Frail Guardian

あずみ

Frail Guardian
  1. プロローグ 雨の中
  2. 水出し麦茶
  3. 天空都市

羊毛フェルト作家さんにして、小説家のひつじのはね様の作品、Frail Guardianのお話しを書かせて頂きました。
ひつじのはね様の作品についてはあとがきに紹介がありますので、幻獣が好きな方は是非どうぞ!
サムネイルの写真の羽が生えた子です。因みにこの子は「野生種の最も希少な真っ白フレイル」です。お話を呼んでいただければどういうことかそのうち分かるかと。

大きなお耳に長い尻尾、羽の生えた幻獣さんです。お写真見て心奪われ、設定集を見て堪らなくなり、そして長編小説を書いてしまったという。
以前は自分のHPでひっそりと載せていましたが、軽く手直ししこの度此方でも公開させて頂きました。(一応、ご本人に許可は取ってあります。いやほんと心広いよね(ノД`)・゜・。)まだ操作に不慣れで上げられていませんが、ご本人に掲載許可を頂いた画像も順次上げていきますので、皆さまどうぞお楽しみに。すんごく可愛いよ!

ひとまずはプロローグから。
気象については素人が一生懸命調べた感じです。間違ってたら教えてくれると大変うれしいですが、基本的にはこまけぇこた気にしないぜ!という豪気な方のみこの先へお進みください。

プロローグ 雨の中

それを見付けたのは薄暗い雨の中の草叢だった。

 ベージュ色に茶色いスポットのある小動物。高い藪に紛れて気が付かなかったが、一度見つけてしまえばその明るい色の身体はこの灰色の景色の中良く映える。

 その獣は身体を小刻みに震わせ、見るからに弱りきっていた。その場から動くことも出来ずただただ座り込んでおり、このまま放っておけば体温を奪われ力尽きるか他の動物に見つかり捕食されてしまうかは時間の問題である。

 男がその獣に気が付く事ができたのは、獣の方が先に男の存在を察知し。まるで呼んでいるかの如くその猫の様な瞳で見つめ己の気配を放っていたからであった。

 よく見るとその獣は何かを大事そうに抱えている。

 雛だった。

 否、雛と言って良いのかは分からない生き物だった。親であろうこの獣に翼が生えているのでそう評してはしまったが、まだ羽毛も形成されていないその姿は鳥というより猫の子の様だった。

 だが猫とも言い切れないその動物の正体は、この国でFrail Guardianと呼ばれる生物であった。特徴的とも言える大きく張り出した耳に、枝の様にひょろ長い手足、折れてしまいそうな程頼りない首、そして本体と同じかそれ以上に長く太い尻尾と背中に「翼」。

 親のFrail Guardianに庇う様に抱き抱えられている眼も開いていない赤子は、雨からは身を守れていても、放っておけばこのままではいずれ親子共々のたれ死んで仕舞うのは明白であった。

 そんな状態の中、親のFrail Guardianは寒さと衰弱で体を震わせている以外には微動だにせず、必死な眼差しで此方を見据えていたのである。


「………………」


 その眼を見詰め、ふと男が飼育種か、と呟いた。この男が「飼育種」と断言したのは親の持つ翼の大きさからざっと考えての事と、それからここら一帯は野生のFrail Guardianの生息地域ではない事が一番の理由だった。

 ならば恐らく、このFrail Guardianも人間のHost Animalに遺棄されたものだろうと当たりをつけたのだ。希少種に該当する動物である筈なのだが、こういうものは後を絶たない。

 その間中も、この親の獣は気力だけで男を睨め上げていた。何かを訴える様に、瞬きもせず。

 その視線を黙って捉え、男は言った。

「……分かった」

 親のFrail Guardianの耳が何かを察知したように微かに動いた。男が応えるように頷く。

「そいつは俺が預かる、だから安心しろ」

 男がそう言うなり、親のFrail Guardianの身体は突然糸が切れたように力が抜けた。

 そして眼を閉じぐったり首を草の上に横たえ、そのまま蝋燭の火でも消えていくように事切れてしまった。

「……………」

 男はそれを見送ったあと手を伸ばし雛を抱き抱えて、雨に濡らさぬようその場から去っていったのだった。

水出し麦茶

水出し麦茶

 昔から自分は時々人が見えないものを見ていたりしていた。
 でもそれは多分死んだ人なんていう都合の良いものじゃない。
 けど、ならそれが一体何なのかは俺にも分からない。

 梅雨前線が弱まり太平洋高気圧に覆われて盛夏を迎える頃、空は晴れ渡り白いくっきりとした積雲が浮かぶ。これの大きいものが夏の空を思い浮かべた時に真っ先に出てくる一際白い無数の綿の固まりの様な大きい雲、俗に入道雲と言われるいわゆる雄大積雲。

 気温は高く高温多湿、高く澄み渡った空なのにジメジメとしたあの日本の典型的な夏がやってきたのである。

 どこまでも突き抜けるような青空と炎天下のアスファルトの道の中、眩暈を憶える様な気分で男は何時もの帰り道を歩いていた。そして家に着くなりエアコンのスイッチを入れると、すっかり汗ばみ火照った身体をそのまま床に投げ出す。ひんやりとした床が心地よいと思いながら目を閉じて大きく息を吐いた。

 この間の梅雨が嘘のようである。

 一息入れたら喉の渇きを思い出したので、重い身体を無理矢理起こして冷蔵庫へと向い冷たい麦茶を流し込む。煮だしたりなどという細かい事はしていない、水の中にパックを入れて放置しておいたものだが、冷たいものが身体を通り抜けて些か気分も落ち着く。
 部屋に戻り肌に服が張り付くのを指で摘み持ち上げながら、まったく水出しが悪いとは言わないが麦茶だって少し前までは煮だしたものを飲んでいたのに、と八つ当たりの様な事を考えた。
 この男の言う少し前というはおよそ一年前のこと、まだ恋人がいた頃の話しである。
 沙織という名前で空模様が好きらしく、空の色だとか天気だとかそれに伴う季節の事だとか、何か色々なものを調べていた娘だった。空を指さしては嬉しそうに雲や星を語り、池や花を指さしてはそれに伴う季節の事象を男に話して聞かせていたものだが、気象の事等全く分からない男は彼女の話など半分ぐらいしか分からなかったのだった。
 ただその中にあった「空はどんなものも綺麗だ」という言葉は今も妙に頭に残っている。
 少し控えめではあったがよく笑う明るい娘だったように思う。
 因みに自分はそんな彼女の顔が好きで付き合っていたのだと思っていたが、いなくなって気づいたがどうもそればかりではなかったらしい。
 結局のところ何で好きだったのかなど今になっても説明が出来ない。ただ一緒に居た頃は、彼女の顔を見れば取り敢えず嬉しくなったから、顔が好きなのだろうなあ、と、そう思っていただけなのであった。

「…………………」

 けれどその沙織が首を吊ったのが、大体一年前の梅雨の時期だったのである。

 直接の原因は今でも分からない。
 ただその前から徐々に彼女の心身が弱り、どうも仕事がうまくいかないとか、人との付き合いに疲れたとか、そんな様な事を口にする様になっていたのは知っていた。
 自分はそれに「なら仕事を辞めれば良い」だとか、「引っ越ししろよ、手伝うから」とか、そんな事を言っていたのだった。
 そうすると彼女はいつも悲しい様な、困った様な、何とも言えない表情を浮かべて黙り込んでしまうのだ。だから、蹲る彼女に幾度となくこう聞いた。

 ちゃんと言ってくれ、全部聞くから。言ってくれなきゃわからないだろ

 なぁ、うまく喋れなくても良いからさ


 だって最近ずっとそんな顔しかしないじゃないか……

 でも返事はなく、そうして結局自分も黙ってしまう。

 それでも方法はあると思っていた。とにかく正体の解らない「それ」を何とかするなり、駄目なら逃げるなりすれば良いと、
 それにほんとにいざとなったら、嫌な事全部放り投げて自分の所に転がり込んだって構わないとも伝えてはいたから、だから……
 ―――だから、まさか彼女が自分の思っていた「それ」から離れもせず、そのまま死んでしまうとは露程も思ってもいなかったのである。彼女の死を聞いた時、結局自分は全く持って彼女の事など分かっていなかったのだ、と突き付けられた気分になり、そして誰も居ない空間にぽつりと取りこのされたような妙な感じに囚われたのだった。
 その後は彼女が居なくなって、しばらくは悲しいというより呆然としていた。そうしている内に薄暗い梅雨が終わり夏になった頃、何時もなら彼女が来てこだわりの煮だし麦茶を作ってくれながら、延々と星や海の話しを聞かされる筈なのにそれがなく、物凄く久しぶりに自分で麦茶を作って「あ、本当にいないんだなぁ」等と嘯いていたのだった。
 水をポットに注いでパックを入れる。そこでふと、そういえば俺、何であの時無理矢理あいつを引っ越しさせなかったんだろ、と我知らず呟いていた。
 ……今思えばそれが全ての始まりとなった。
 些細な事ではあったのだが、これがまずかったのだ。
 其処から堰を切った様に、いや、いっそ親御さんにも相談して他に何か原因があるか聞けばよかったんじゃないか?だとか、いやいや、それ以前にいっそ同居すっか?って言った時に何か逆に困ったような顔をしてたし、あれが寧ろ追い詰めていたんじゃないか?だとか、いやいやいや、それ以前に諦めずに粘って話を聞き出していたらだとか、あらゆる後悔が己の腹から湧いて来た。

 あそこでああ言ったのが悪かったのではなかったか、
 あそこでああ言わなかったの悪かったのではないか、
 あそこでああしたのが悪かったのではないか、いや、ああしなかったから悪かったのではないか―――
 思い出される自分の言動の一つ一つが恐怖を招き、吐き気がして、背筋が凍った。
 今後悔しているものの中で、何か一つでも上手くやれていたらこんな事にまでなっていなかったのではないか、そんな思いがぐるぐると頭を巡る。
 だがもうどうしようもないのである。
 彼女はもういない、そう思ったら目の前が真っ暗になった気がした。

 ―――昔から自分は時々人が見えないものを見ていたりしていた。
 ―――でもそれは多分死んだ人なんていう都合の良いものじゃない。

 いっそそうだったら良かったのにと考えた。

 そしてふと気づけばまるで自分の心の内でも投影したかのように、先程まであんなに晴れていた空に雲が覆い、しとしととした梅雨のような雨が降り始めている事に気がつく。
 雷を伴う夏の夕立とも違う、奇妙に柔らかな雨。

「……変な天気だな」

 とはいえ理屈で考えればおそらく理由はつくし、別に変な事でもないのかもしれない。
 だが何というのだろうか、実に主観的で感覚的ではあるが、所謂「気持ち悪い天気」だったのだ。
「なんかこういうの、最近……多いな」
 ぼそりと呟くが当然、返事が返る事は無かった。
 そして男は再度ごろりと寝転がると、深く息をき、ゆっくりと瞼を閉じた。

  ̄ ̄ ̄明人、明人、と自分を呼ぶ声が聞こえる。
 ふと目を開けると目の前には見慣れた顔がいた。
「ちょっと、人の話し聞いてるの?」
「え?……ああごめん」
 自分の顔を覗き込む彼女の顔を見て、何だ来ていたのかとほっとすると沙織は窓の外を指さすとハキハキとした口調でこう言った。
「ほら、春がすみ。空がぼんやりして綺麗でしょう?」
 彼女が指さす方を見ると、窓の外には海と空が広がり水平線がボケて見える。そこであれ?なんで俺の家の窓から海が見えるが、すぐに、あ、これ夢なんだっけとぼんやり考えていた。
「あれはね、塵や水蒸気でぼやけて見えるのよ、春の昼間は塵や花粉も飛んでるから尚更よね。ああもう何で人は上空には住めないのかしら、空に浮かぶ国があったら私絶対住みたいのに」
「ラピュタみたいなやつか?」
 男こと明人が言うとそうよ、と彼女は頷いた。
「きっと其処には不思議な動物も居たりするのよ、まるで空が生物になった様な、長い尻尾と翼を持ってて青空や太陽を思わせる様な子が!」
「……いるかね?そんなの」
「きっといるわよ!そんな子いたら私絶対友達になりたいわ。まあでも、そんな上空で果たして春がすみとか、地上程色んな現象があるかは分からないけれど……」
「じゃあ、ここでいいじゃんか」
 そんな動物もいるとも思えないし、とからかう様に言うと彼女が頬を膨らませる。
「きっといるったら……!それに、だって…………此処じゃ……駄目だし」
「なんでだよ」
「だめよ、だって」
 突然そこで沙織の声のトーンが暗く落ちた。

「だって、此処はとても息苦しいでしょう」

 ――――明人がはっとして目が覚める。
 じめついた空気、まだ外には物悲しい雨が降っていいた。
 エアコンは付けていた筈なのに、まだ自分の身体がぐっしょりと濡れていた。
 そんな自分に、もう仕方のない事だろ、と胸中で叱咤を飛ばすが……
 心臓が、信じられない位早鐘を打っていて止まらなかった。

天空都市

天空都市


 ――――――自分が見ているものがもし所謂「お化け」なのだというのなら
 そりゃ随分と人とは無機質になれるものなのだな、と明人は思う。

 明人が物心ついて間もないころ、初めて「それ」を見た時、「それ」は人の形をしてはいても余りにも人とは遠く離れていたものだった。
 親に連れられ親戚の家に遊びに行った時の事、知らない中年の男がやたらニコニコしながら物置の扉を開け閉めしていたのである。疑問符を浮かべてその人物を見ていると、横に居た大人は「その扉建付け悪いのよねぇ」などと言っており、大人達に自分の見ているものは見えていないのだと理解したのが始まりだった。
 そして後ほど写真から判明したが、その人物は自分が生まれる前に死んでしまった叔父にあたる人間とよく似ていたようだった。どうも叔父は物を大切にする人で、その家で一番物置に出入りしていたらしい。
 ならばそれは叔父なのかと、周りに大人がいない時に近寄って声を掛けてみたのだが、その叔父の形をした何かは、自分の呼びかけに答える事も無く動画でも再生している様にただドアを開け閉めしていた。
 それはまるで教え込まれた事だけを繰り返しているような、自我のようなものがあるのかも分からない「モノ」だったのだ。
 その事を裏付ける様に「それ」は別に人の形をとっていなかったこともある。流動的な動きをする半透明の光のようなものや、靄のような何かが壁や天井を軋ませていたりしていた事もあった。
 きっと、あの叔父もああしたものが「叔父」の形を取ったものなのだろう、幼心にそう理解するのも時間はかからなかったのだった。
 だから自分の前に「沙織」が現れる事は決してないのだ。
「………………」
 ゆっくり呼吸を深く吸い、自分を落ち着けようと試みるが失敗に終わる。幾ら自分を律しようとしても、理性とは裏腹に心は言う事をきかなかった。
 急に腹からこみ上げるものがあり、反射的に口を押え堪らず走り出す。
 傘も持たずに外に飛び出し、雨の中ただそのまま只滅茶苦茶に走り続けた。
 じっとしていたらどうにかなってしまいそうだった。
 ――――――油断した、考えないようにしていたのに。
 そう自分に文句を言うが後の祭りだ。それにしても、あの日から数えて一年と少し経ったというのに、まだ忘れる事が出来ないらしい。
 ――――――――――否、恐らく、一生忘れることなど出来ないのだろう。
 だから彼女がいなくなってからからというもの、明人はただひたすらになんの根拠も文脈もなく、自分は大丈夫なんだと言い聞かせていた。押し切る様にもう大丈夫なのだとだけ繰り返し、そうする事で日常にの中でこれから生きていかなくてはならない長い年月をやり過ごそうとしていたのである。
 だが、結局未だこうした綻びが出てくる事がある。そうなると頭には散々繰り返した反省や後悔がまた巡ってくるのだ。
 あの時もっとああ言えばとか、逆にこういう事は言わなかった方が良いんじゃないかとか、
 嫌なことがあるなら、強引にでも引き剥がせばよかったんじゃないかとか、なんでやらなかったんだとか、
 やればよかった、やらなければよかった、言えばよかった、言わなければよかった、

 ああでもない、こうでもない、そうでもなくて、どうでもない。

 走りながら何かを毒づいて、その内に肺が悲鳴を上げてやっと速度を緩める。肩で息をしながらよろよろと歩き、疲れ切った所で雨に濡れるのも構わず膝をついた。
 何をやっているんだ自分はと、心底惨めな気分になり荒い呼吸音だけが耳に響いている。こんな事をしても何にもならない上に、みっともない事この上ない。
 頭の冷静な部分が立ち上がり歩きだせと指令をだし、それに従ってよろよろと立ち上がって力なく歩きだす。情けなさに消えてしまいたくなり、一体いつまでこんな事を続けなければならないのかと自問するが、今の彼にその終わりの糸口は見つかってはいない。が、
 ふと、そんな明人の身体に背後から風が吹き抜けた。
(……つむじ風?)
 それどころでないので気が付かなかったが、よく見ればその風は微かに雨の粒を巻き込んで自分の周りをくるくると回っていた。なんだこれ?そう思っていると吹き込んでいる風が徐々に強くなる。
「!?」
 やがて突然の強風が吹きつけ思わず腕で顔をかばうが、まるでビル風の様な強風が、更に勢いを増している、やがて―――
(え?……)
 思わず明人は何か掴むものが無いか空に手をばたつかせていた。なんと大の男である自分の身体が宙に浮かんだのである。
(え?……嘘だろ?…………)
 竜巻でも起こったのだろうかと思う間にも、身体は空に運ばれていく。俄かには信じられないその現象の中、突風に飛ばされながら何故か明人の意識が遠のいていった。
(どういうことだ!?………これ)
 超常現象!?あれか?いつか沙織と話してたラピュタとかが側に来てんのか!?と支離滅裂な考えが浮かぶが、まったく自由にならないこの状況の中、明人の頭に「死」がよぎる。本当に人間何で最期を迎えるかなど分からない、まさかこんな異常気象のなかでも殊更異常な現象に逢って、日本の街中で風に飛ばされて人生を終えるとは……気を失うその最中明人は、これが夢でないのなら、このまま死んだら沙織の所にでも行けるのだろうかと考えていたのであった。


 ―――意識の暗転からゆっくりと光が差し込む。何か騒がしい。なんだ、うるさいなと、思ったがハッとし、目を開ければ、目の前には真っ黒な男の瞳があった。
 仰向けになっていた自分を頭の側からしゃがみ込み、覗き込む形で目を合わしているらしい、自分と同じ位の歳の若い男だった。その男が珍獣の目覚めにでも立ちあった様な間抜けな声を漏らす。
「お?目が覚めたのか」
 慌てて飛び起きると、何かの制服に白衣の人間達が自分を遠巻きにみては戸惑いの声と驚嘆の声と歓喜の声を上げ、しきりに何事かを騒ぎ合っている。
「なんだ……何処だ!?此処は!」
 取り敢えず目の前の黒髪の男にそう尋ねると、男はしゃがんでいた膝に頬杖を付き、へー、と声を上げる。
「言葉は通じるんだな、便利なもんだ。ああ、どっか痛いとこはないか?もし打ち身でもあったら衛生班呼んで軽く手当を……」
 短髪で周囲の人間と同じ濃い青の制服らしきものにを身に包んでおり、何か体を動かす事をしているのだろうか、引き締まった外見のこざっぱりとした男だ。目から妙に精悍な印象を受けるが、どこか愛嬌が在る様にも見える。
 そしてその男は肩に妙な生き物を乗せていた。
「……なんだそれ?」
 ん?、と男が声を上げると肩の生物と顔を見合わせた後、自分に向き直り、Frail Guardianを見るのは初めてか?と声を掛けてきた。
 Frail Guardian、そんな生き物聞いた事が無い明人は、まじまじとその生物を観察する。長い尾と、とても小さく機能するかもわからないが、空を思わせる翼はまるで――――
「こいつはブチ、俺の相棒だ。そんで俺はローター、天候保安課の職員だ」
 その黄色い目は肩の主よりも愛嬌に満ちており、身体は薄いベージュの毛並みに茶色い斑。大きく張り出した耳を持ち、首は折れそうに細く余計な肉など全くついて無さそうな弱々しい身体、

 ――――――私、絶対友達になりたいわ

 嘘だろ、と明人は口の中で呟いた。だが、それ以上に、
「……なんか大丈夫なのか?そいつ貧弱そうだけど」
 それに心外そうな声をローターが上げる。だがすぐにああ、と一人納得するとわざとらしく胸を張り誇らしげに言い放った。
「貧弱とは心外だな、こいつは何よりも強いぜ。なんせそんじょそこらのレーダーなんて目じゃない。俺は何度も此奴に命を救われてきてんだ、貧弱だなんて言わねーでくれよ」
 まるで挑戦するような物言いに何となく気圧され明人が「……ああ悪い」と返事をすると、ローターは此方に手を伸ばし立つように促した。
「此処は天空都市、あんたは……今手違いでこっちに呼ばれちまったらしい。まあ諦めて受け入れてくれ」
「はぁ?……」
 訳が分からず瞬きをする明人に、ローターと名乗った男が人懐っこく笑って見せる。そして肩の妙な小動物に視線をやりながらこう言った。
「こいつが警戒しないってことはあんたは悪い奴じゃないんだな?少なくともいきなり取って食ったりはしないだろう」
 確かにそんな事したりしないが、どんな理屈だそれはと思いながら、取り敢えず自分も名乗る事にした。
「俺は明人。神津明人だ。助けて貰ったみたいだけど、俺は一体どうなってたんだ?俺が最後に憶えているのは、馬鹿にされるかもしれないが、町の中で強い風に吹かれて吹き飛ばされたところなんだ。それで何でおれは此処に居る?」
 手違いとかなんとか言っていたが?と思いながら訪ねると、うーむと虚空を見詰めながらローターが答える。
「……此処は天空都市首都アデーレ、んでお前さんは地上世界の人間で、此処はあんたの住む所とはズレた所にある場所だ」
「????」
 余計訳が分からなくなったところで、今更ながら自分はまた夢でも見ているんだろうかと思う。それとも実は死んでしまっていて此処は死後の世界というやつなんだろうか。
 ならばこのやたら動作のきびきびとした男は天の使いか何かか。
 明人が更に分からないといった表情を浮かべていると。それにローターは先程見せた人懐こい笑みを再度浮かべて見せた。
「ま、見てもらうのが話しが早いか。付いてきな案内するよ」
「…………?」
 促されるままローターの後を付いて歩くと、やがて外へと出て明人は心底驚いた。
 そこは明らかに日本ではなかった。いうなれば明人のイメージする西洋の街並みに、無理矢理近代SF漫画の科学を当てはめた様な珍妙な光景が広がっていた。そんな中人は雑多に行きかい、肌の色も髪の色も十人十色、しかも何の生地だかよく分からないような服を纏っている者もいる。
 突風で外国まで飛ばされた?外国にしたって日本語が通じるし、そもそもこんな文化の国など明人の頭の中に存在しない。
 そして何よりも驚いたのはこの国の清々しいまでの青い空だった。抜けるような青空が高く心地よく、かといって日本の夏の様に湿気でジメジメしてもおらず、空気も綺麗なのだろう、呼吸が軽くて光が美しく太陽の光は眩しかった。かすかに残る雨の匂いと濡れた街の様子から今が雨上がりなのだろうと察せられる。
 それは今まで見た事も無いような、少々感動的なまでの美しい空だったのである。
 明人が呆然としているとローターが此方に振り返り視線を投げてきた。
「そうだ、明人耳は大丈夫か?」
「……え?」
「いや、地上世界の人間は慣れないと、耳がキーンてなるとかなんとか。気圧差からくるらしいな」
 言われてみれば確かに高層ビルにエレベーターで昇った時の様な耳の圧迫を感じる。意識して唾を飲み込み、大丈夫だと答えると一つ頷いてローターはそのまま歩き出してしまったので明人が慌てて追いかける。
 歩きながら、気圧差という事は此処は高所なのだろうか、どこかの山岳にある国なのだろうか、ならば高山病等は大丈夫なのだろうか、とそんな事を明人は考えていたが構わずローターは行ってしまう。
 そのまま街を抜けると郊外らしき場所に出て、更に草原の中を歩きやっとその歩みが止まった。足を止めたローターが明人に振り返り、その先を指さす。
「此処がこの国の端っこだな」
「これって……」
 連れて来られたその場所は、一言でいえば「世界の果て」というものがあったらこんな感じだろうか、と思う光景であった。ローターが此処と指し示す先に地面はなかったのである。その代り落下防止の役目をしている手すりが張られていた。
 そしてその向こう側には、ただただ青い空が、その下には雲が広がっていたのだった。得体の知れない状況にぞっとして明人が言う。
「ここ、一体何処なんだ?……」
 明人が若干恐怖に慄くがローターは全く構わない様子で返事をした。
「言っただろ、此処は天空都市首都アデーレ。王室はあるが実権は既に失っている。空に浮かぶ島々を統合し国とした島国の首都だよ」
「空に島?そんなものは―――!」
 あるわけないだろう、と言いかけた明人に先回りする様にローターが頷いた。
「知っている。お前さんの住む地上世界とやらにはないんだろ?さっきも言ったが、此処はお前さんの住む世界とはズレた所にある世界、通常交わる事のない世界なんだよ」
 そんなもの信じられるわけがない。そんな明人の表情を承知のしているように、その上でどう説明するのか困った様にローターは続けた。
「……まあ、信じられなくても事実こうしてあるんだから仕方がない。研究職の奴等から聞いたが、お前さんからしてみれば天空に島が浮かんで人が住むなんていうのはあり得ない事なんだろ?だが俺達からしてみればあんな気圧が高くって天候が不安定で災害が酷い上、空気も塵だらけで地面のほとんどが動く塩水の、あんな「地上」に人間なんていう生物が暮らしている方が信じらんないんもんなんだぜ」
 面食らう明人にローターがなんと説明したものかと頭の中で考えを纏め乍ら話す。
「……あーだからな、お前さん達の空に人間の住む所なんてないように、俺達の世界には逆に「地上」に人間はいない。この下で生きられる生物なんてもっと強靭な生命力を持つ生き物だけさ。だから正直俺も驚いた、地上に俺達が住む様に暮らしている人間がいるって知った時にはな。恐らくものの在り方が違うんだろうってのが研究職の奴等の言い分だが、それでも俺達の世界と明人の世界は良く似通っているらしい。だから、その……なんだ」
 明人が複雑そうな顔をした。俺たちの住む地面ってそんなに過酷な環境だっただろうか?と必死に自分の世界の環境を思い出しているのだろう。それにローターが「いいか?」と声を掛け、明人が我に返りしどろもどろに、おう、と返事をする。
「けどそれも実際あるんだからしょうがない。信じられんと言ってみても明人達みたいな奴等がいるってことはそういうことなんだろう。だから明人からすれば信じられないことでも、つまりはそういうことってとこで今日のとこは納得しといてくれないか」
「………………」
 あまりの荒唐無稽な話に納得どころではない表情を浮かべている明人。だがローターが強引に話しを続ける。
「それにこっからが本題なんだ。違う世界とは言え此処とお前さんの世界とでまったく接点がない訳じゃないんだ。こっちの世界の影響はそっちに、そっちの世界の影響はこっちに波及してるんだ」
「……?」
「最近この天空都市には異常気象が発生しててな。それを俺達は天候災害と呼んでいる。まあ平たく言えば通常起こり得ない様な天候の災害が生まれてこの国を襲うんだ。今まで基本気象による災害なんか天空都市じゃ滅多な事じゃ起こらなかったんだが、どういう訳か大規模な気象災害やあり得ない天候が度々この国を襲う様になった」
「天候……災害?」
 ああ、とローターが頷く。
「どういう訳かってのでもないんだが……一応その原因はある程度分かってるんだけどな。けどそれは長くなるから今は置いとく、で、この世界とお前さんの世界が相互影響し合っているのなら、自分とこの空だけじゃなくて明人の世界の気候を観察する事で、天候災害や空の異常を早期発見、または解決方法の模索の手段にはならないかって話になってだな……」
 そこまで言われて話しの先を読んだ明人が、その後を引き継いだ。未だ言っている事は信じられないが、それでもこの話が本当ならば自分がこんな所に飛ばされた理由も合点がいくのだ。
「……つまりその気象の観察のために俺の住む世界に干渉してたところ、何らかの手違いで俺が此処に引っ張り出されたって、そういう事か」
「まあ、そういう事だ。なんだ呑み込み早いな明人」
 悪びれる様子もなく、笑みすら浮かべあっさりと認めたローターに明人は暫くぽかんとしていが、慌ててローターにくってかかる。
「お、おい!ちょっと待て、それ俺はちゃんと帰れるんだろうな!?」
「おいおい落ち着け!ちゃんと帰してやっから安心しろ!」
「要するに俺はお前らの実験の巻き添えじゃねえか!こっちゃ一時死ぬ覚悟まで固めさせられてたんだぞ!?」
「わーったわーった悪かったって!それは完ぺきにこっちのミスだよ迷惑かけたな!」
 その返答を聞いてはーと深く明人が深くため息を吐いた。
「ったく、こんなんだったらいっそ沙織のが喜んでたろうに……」
「は……?沙織………」
「……なんでもない、で、俺はいつ帰れるんだ?」
「何時でも帰れるよ、けど、悪いがもうちょっと付き合ってくれないか?」
「…………?」
 怪訝な顔をして何も答えない明人の態度を肯定と取ったローターが「じゃ行くぞ」と踵を返すと、また郊外に戻り街へと戻って行ってしまう。
 いやもうほんと何だこれ……呆れを通り越して脱力感すら感じながらも、帰る手段のない明人は黙ってこの男についていく他無かったのであった。

Frail Guardian

ひつじのはね様

小説「もふもふを知らなかったら人生の半分は無駄にしていた」web版→小説家になろうhttps://ncode.syosetu.com/n7009fc/ 書籍化もされているのでそちらも是非!

羊毛フェルト作品→ひつじのはねhttps://sheepswing.theshop.jp/

幻獣好きは必見!

Frail Guardian

他の人には見えない正体不明の「何か」が見える男、明人は恋人に自殺されていた。 本人は吹っ切ろうとしているがそれが出来ず、結局は引き摺って生活していたある日、この日本の街中で「強い風に吹かれて」異世界にある空に浮かぶ都市、アデーレへと飛ばされてしまう。 聞けば、今まで嵐や大雪等といった天災に縁のない空中都市だったのだが、近年それらが発生しだしたので、実は何らかの連動があるという明人の世界の空の観察、干渉を試みようとしていた所、手違いで明人を「こちら」へ引っ張りだしてしまったのだとか…… そう説明をするのはそんな天災に立ち向かうべく立ち上げられた組織、天候保安課の職員ローター。その肩に乗っているのは、一見するとひ弱でか弱そうな羽の生えた動物、Frail Guardianであった。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2020-06-13

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

Derivative work