鮭・ツバメ・合戦
鮭とツバメと合戦の三題話
ショートショートでしたが書き増していたら落ちが消えました。
川が変わらずに流れていく。
新緑の木陰から川面に出ようと、きんきらと光る黒いつぶてがすっ飛んでくる。凝視するでなく、つぶての描く緩い曲線の先の先から、刀の切っ先でつっ切る。チャッと赤い血がはぜる。くるりと返し。血が顔に届くまでに、返した刀ですっ飛んでくる奴をもう一羽。出来た。今のは上出来。一羽目を切るのは目で。二羽目を切るのは運が大きいか。いやいや、なかなかに難しいな。まるで舞でも舞うようだ。
渾身の一の太刀、躱しても逆から返してくる刀。これはかわせんだろう。ツバメより人のほうがでかいから2つ目は相手のどこかに当たる。当たればただでは済まぬからそれでいい。行って返る。槍の穂先なら揺するだけのことだが、太刀となるとなかなかできぬ、その難しさが芸になる。俺は武芸を売って生きている。これも果たし合いでは使えるが、合戦には使えん芸事だ。ツバメどもは、良い相手になってくれる。しかし、なんとも力のいる技になった。全力で振り抜いた刀を途中から返すのだ。それこそ一回使えばもう使えない。だが、これを身につければ、まず無敵。他人に真似などできるものか。ならば力をつけるに他はなかろう。
ツバメが去り、鮭が川を溯上する秋が来て、冬。ツバメが戻るのを楽しみに刀を振った。以前の体躯とは違う。両腕の力瘤に力瘤がさらに盛りつけられ、隆々とうねる。河原で刀を振る。せめて三回はつかえんとな。
気がつくと闇の中にいた。寝ていたか。ゆらゆらと紫の山が揺れている。寝る前は無かった山。目の前に新しい山が生まれるのを見ているのか。やけに大きな星が山の中程に二つ同時に現れてギョッとした。眼だ。動物の眼。山ではない。この大きさで動物。熊か鬼。眼が合った。雷が落ちた。いや。気圧された。山のような大きさが突進してくる。木が倒れ、岩が割れ。地面がもんどりうつように揺れる。 前に大熊。おれの刀。とっさ小刀も抜いた。熊の顔。爪。鬼。地響き。小石が当たる。上も下も。地面が抜けた。渦の中に自分。闇。呑まれるものか。 熊も食らわんとばかりに吠えた 。吠えた先に月が一つ。青く光る。静かな青い闇の底。川の流れる音。河原にいた。いつもの場所。夢か。夢なのか。どっと汗が噴き出す。ふいに重さを感じて両手を見る。両手に刀。悪夢よ去れと二つの刀をぴっと振る。振れる。軽々と。その自分にぞくっとした。見事に二つの刀を扱えていた。重みがまったく苦にならない。力がつくと二つ振るえるではないか。ならば、いっそ二つ使えば良い。大小二つを使ってしまえ、片方で防いで、片方で突けばいい。交互につけば倍だ。おお、これはいい。二つを抜いて相手が驚く姿が目にうかぶ。なにより、つばめのと違って充分合戦にも使える。まずは鞘からの抜き方に工夫がいるか。いっそ特別あつらえの鞘でもいい。これは自在の剣になる。
まずは慣れることだ。月の河原で武蔵は二つの刀の使い方を試し始めた。
(了)
鮭・ツバメ・合戦