「あなた、これ何よ」 家を出てすぐに財布を忘れたことに気付いた橋本が玄関に戻ると、待ちかまえていたらしい妻にそう聞かれた。何のことかと聞き返す前に、橋本の財布をその場で開き、背表紙の裏側から小さく折りたたんだ紙幣を出して見せた。「あっれえ…
ぼくがおかしなユメから目をさますと、へやのようすがかわっていました。 なんだか古くさくなっている上に、ぼくのべんきょう机がなくなっていて、かわりにもう一台ベッドがあります。それに、なぜだか体がおもたく、コシのところがズキンズキンと…
久しぶりの休日に山道をドライブしていた長谷川は、そろそろ昼時なのに食事ができる場所が見つからず焦っていた。焦って知らない道に入り込み、余計に人里離れた場所に迷い込んでしまったようだ。 ようやく、レストランらしき建物を見つけ…
トシオが生まれるとすぐ、宮参り用品のDM(ダイレクトメール)が両親の元へ届いた。 翌年には端午の節句の武者人形のDMが来た。 二歳になると、英才教育のDMが来るようになった。 三歳のときには七五三用の着物のDMが舞い込んだ…
某テレビ局のスタジオ。 終末論をめぐってパネラーが二手に分かれ、今まさに議論は白熱していた。 物理学が専門の大木という大学教授がやや興奮気味にしゃべっている。「あんたたちは何かというと人類の終末だの、この世の終わりなどと世間の不安を煽るが…
朝、家を出ようとした高木は、妻に呼び止められた。「あなた、せっかく作ったお弁当を忘れないでよ。それから、今日は急に雨が降るかもしれないそうだから、傘を持って行ってね」「ああ」 上の空で返事をし…
歴史観測能力者によって、大きく歪んだ「現代」。 企業が、それぞれの「都合の良い未来」を守るために「殺人者」を放つ狂った世界構造によって、 翻弄されていく、元警察官の男と二人の少女。 命を犠牲に未来を掴むことを求められた三人が至る果ては? これは、罰へと至る咎の歴史、そのはじまりの物語である。
午前中の得意先回りが予定より早めに終わったため、佐々木はいつもの公園で時間を潰すことにした。大時計の前のベンチが運よくあいていたので、そこに座る。昼のミーティングには戻らないといけないから、一目で時間がわかってちょうどいい…
「ツイてねー」というのが最近のシンジの口癖だ。 立ち上がると足の小指を角にぶつけるし、歩いているとイヌのフンを踏むし、車に乗るといちいち赤信号にひっかかるし、メモを書こうするとボールペンのインクが切れているし、パソコンを立ち上げようとすると…
晴れた日の午後。青い空に広がる真っ白な雲の向こうから、それはやって来た。 青と白の二色で構成された空に、ポツリと現れた赤いシミ。それは見る間に大きくなって、広告用の飛行船ほどになった。 しかし、それが飛行船などではないことは、その動きで…
「鮫島さん会社辞めるらしいですよ」 倉谷にそう教えてくれたのは、営業二課の柳沢だった。「え、だってあの人あと三年で定年だろう」「そうなんですよ。三年辛抱すれば退職金を満額もらえるのに、なんでだろうってみんな言ってますよ」「うーん。何かあった…