父がそれを取り扱うときには





父がそれを取り扱うときには
僕は概ねアーモンド缶を振った。
いつも残った2,3個で推し量るスペースは
手に収まっていると思えないくらいに奥があった。
父は缶を持ち歩く程にアーモンドが好きで,
飲み干すのに一日かけるぐらいにウィスキーと付き合った。
減っていたから使われたのだろう。
それは父に大事な仕事をさせ,
一定の重さを保って父を疲れもさせた。
入る時は廊下の電気を手招き
帰って来てから暗いままの自室で父は,
文房具の手入れみたいな作業をする。
丁寧な信条告白。
今ならそう言えそうだが,
デスクライトを真向かいで受けてする父の影を
同じ時間に同じ部屋で踏んでいた僕は
銅製のコップで
(父の集めた骨董でそれは僕のお気に入りで),
普段より大きい父の影から色の黒を掬う仕草をするばかりだった。
クレヨンとしてよく足りなくなったその黒は
(その頃は人を描ける時分だったので)
「チョウタツ」というものをする必要があり,
僕は所構わずの「サイシュウ」を試みていた
(時には「チュウシュツ」のため兄の下の毛にも手を出した。)。
父はそれを見て笑い,
お前は文鎮代わりだと言った。
自分は開け放たれた窓辺の手紙の,
どこかのページの一枚で,
下から攫う風に吹かれやすいもので,
文面が最初も終わりも半端だから拾われても読まれず,
あるいはそれは暗号の面倒臭さで捨てられると自己を紹介した。
自己憐憫よりは誇らしげで,
自慢よりは自己反省的なその話し方の背筋は,
バックライトで見えない父の顔より覚えられた。
武道の時間,
柔道でも剣道でも評価された僕の背筋は
多分父似で,母よりではない。






薄暗闇との付き合い方は
机の下に本棚があったからという以上で,
例えば最初に告白されたのは
前方を照らすライトが目に付き,
パーラーの派手な看板よりも
生地の甘さと熱さが手に取れた時間だったし,
例えば逃げられた万引きをした後ろめたさが
下り坂を変な仕方で押したのも,
仲間の顔が見えない薄暗闇の中だった。
ここに居たんだよと星が輝き,
そこに居るんだね?と確認されるその時の裏通りは,
周りのアパートやマンションに頼って
(それは人通りでなく,灯りという面で),
数えた数も覚えられる楕円の街灯下は
立ち止まりたくなるほど有難かった。
それはテスト前に捲った単語帳の,
赤ペンで訂正箇所が入ったのが良く見えた。
足元で石ころも蹴飛ばさずに地面で,
地表のアスファルトの様子をまだ残して,
影は僕の格好もしていた。
コップから移した覚えの無い父の影は
僕より深かく,
何かに攪拌されて動く。
雲を見る要領と一緒で何にでも見える日から
ただの蠢きにしか見えない日を通って,
僕は日々を生きていた。
時々に鯛焼きを買って帰った。
買い食いの湯気は薄暗闇に消えるのが常だった。







『語られる影とこと。
前と思って話せば後ろでもいい。
掴めないなら入り口を自分の座高に合わせて拵えて,
体育座りでも,
足首をお尻の下にいれる癖ある座り方でも,
まずはそこに座る。
話しかけても山彦のようには帰って来ない
(山彦の条件が整っていない。)。
押して返すものでもなく
(波間はそこでは無音で),
月が欠けても問題とならない
(月の満ち欠けに何かあるとしても)。
国語を好きな気持ちが数学全般を嫌いにするように,
右利きの子が右利きを知って左利きから遠ざかるように,
グライダーが好きな子がそれを知って戦車が嫌いになるように。
ゆらゆらしない揺らめきに,
一方通行のありありとした定型性に,
自分のベルトが気になり始め,
ボタンのシャツを選んだ理由が分からなくなる。






船乗りと僕(すなわち太陽)の関係に似てる。
つむじは天道虫の夜の羽ばたきを見れる位置にあって,
耳は音がしないかと
(外を向き),
晒された剥き出しの
(父より太い首元に),
滴を感じる仕組みがある。
続くと降る雨になると分かる君(すなわち僕)がいる。
母に似て視力が悪い君だから,
真向かいへ目を細める努力を怠らずに
(仰向けになればそのまま寝そべって梢の間を眺めて),
方位を差して保つ位置関係に
(蟻が左膝から右膝を横切り,
始発電車が右奥の終着駅を発つその),
入り口の意味を見出して,
ならば出口にもなろうと思って,
借りる前の,
どこまでも広い部屋を思い出してどうしようかと語る。
あるいはもう決めたことになって
ベランダからの僕の(すなわち太陽の)陽当たりよければ,
コツを掴んだ影は君(すわなち僕)の,
影だって作るんだ。』。







近所の子供達と遊ぶ影法師は楽しそうで
参加した僕も兄も安心した。
兄とは時たま話したが,
数少ない機会は網目で例えても粗いものとなって,
結構な大きさの話題じゃないと何の姿かを確認するのも難しかった。
その大きさも,「2人の間で主観的な」というものという形で含まれた。
父もあったし,
母もあった。
各々の将来も(その射程距離は短いながらに,)あった。
繋ぎ目を感じさせない塀が立ち並んで,
夕焼けの陰を作り,続き,
夢中で遊ぶ子供達は自ら陰に入ったり,出たりしている。
そのステップは軽やかで,
足のサイズは靴のサイズとなって,
僕らとさほど変わりはない。
けんけんぱの丸い輪っかは跳ぶ子を間違えず,
誰かれも通している。
角度で暗く見える穴の中はしっかりと地面だった。
薄暗闇に包まれる近所で,
影法師はもう帰る。
跳ぶことが出来た。
幸せだった。







『父がそれを取り扱うときには
僕は概ねアーモンド缶を振った。
いつも残った2,3個で推し量るスペースは
手に収まっていると思えないくらいに奥があった。
父は缶を持ち歩く程にアーモンドが好きで,
飲み干すのに一日かけるぐらいにウィスキーと付き合った。
減っていたから使われたのだろう。
それは父に大事な仕事をさせ,
一定の重さを保って父を疲れもさせた。
入る時は廊下の電気を手招き
帰って来てから暗いままの自室で父は,
文房具の手入れみたいな作業をする。
丁寧な信条告白。
今ならそう言えそうだが,
デスクライトを真向かいで受けてする父の影を
同じ時間に同じ部屋で踏んでいた僕は
銅製のコップで
(父の集めた骨董でそれは僕のお気に入りで),
大きくなった父の影から色の黒を掬う仕草をするばかりだった。』。







部屋に残されたそれは所在無げで
「持っておくれ」と言わんばかりだった。
僕はそれをまだ手に取らない。
それと僕の関係はデスクライトが強く,
僕の影の中では深い攪拌の父が動く。
僕は父でなく,父はまた僕ではない。
カルキ抜きした新たな夏のプールで泳ぐには季節が早く,
過ぎ去った今年の夏を振り返るにはまだ早い。
固形の石鹸で,
指と指との間も擦って,
洗った僕の指はそれ以外のものを,
かざした僕の手の平で出来る影とともに,
掴んでから,
そして何かに使ってから,
間を置いて(柱時計の重厚な音とともに,背を伸ばし背筋も),
多分父似で(そして母よりでなく),
でも父より背も足も高い時間を生き,
終わりまで迎える,
頁にすると辞書よりも薄く,雑誌よりは厚い,
新調した今年の手帳程の人生を,
残り少なく思ってしまう人生を,
ふと読み始めるようにしてそれを持つことを手にする。
丁寧な信条告白。
そう,
噛まずに言えるのだ。







(『影とこと。
前と思って話せば後ろでもいい。』)







英語のテストも上手くいき,
兄とは数少ない機会で例えれば荒い網目で会話し,
多分母よりでない背筋を通して水を飲み,
ライトな事実を細めで疑い
薄い夢見で小指をぶつけて
(デートをして万引きをして),
楕円の街灯下を数知れず通り,
何回目か,決めて息を吸って
(2,3個のアーモンド缶がカラカラなるくらい駆け抜けて),
立ち止まる汗を流して洗う。
(シャツなんて皺くちゃ,ベルトもがたつき)。






(『掴めないなら入り口を自分の座高に合わせて拵えて,
体育座りでも,
足首をお尻の下にいれる癖ある座り方でも,
まずはそこに座ることからなのだ。
新たな部屋を借りる前の,どこまでも広がる部屋に
月の満ち欠けに音はなく,
またそれも問題とならない。』)。







そしてそんな時の街灯の楕円の真下の影は遠慮して,
足首残して多くを,薄暗闇に同化して
石ころも蹴飛ばさずに地面で僕の格好をする。
影が僕を支えているようで,
また僕が影を支えているようでもあり
(文鎮ってこういう事かもしれず),
時々に姿を見せて,
今やってるゲームのワープゾーンみたいな雰囲気を出して,
楕円の街灯はしかし歩いて帰ることを求める。
僕の影は薄暗闇で攪拌され,
蠢く父のような強い影は雲見る要領で見れば人影に違いなく,
わずかな重みを増したのだった。







それは帰り道に,
読み直した英単語帳では足りないかもしれない。
借りる前の,どこまでも広がる部屋の,
真ん中に机,
そこに椅子と出来る影から
僕は色の黒を掬う。







柔道でも剣道でも評価された僕の背筋。
多分父似で
母よりではなくとも,
ウィスキーよりはヨーグルトを,
僕は飲む。

父がそれを取り扱うときには

父がそれを取り扱うときには

  • 自由詩
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-11-08

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted