はだかのふたり

 かよわいおんなのこが、正義、みたいな時代は、おわったのかもしれないね。にんげんは、よろこびや、かなしみや、怒りなどの、あらゆる感情をうすくのばして、クレープの皮のように、何枚も、何枚も、折り重ねてゆくことで、こころが、ミルクレープの厚みになっていく。わたしは、はるか遠くの町の、やさしかった頃の、夕暮れになると、唐突に泣きたくなる、あの感じを思い出させてくれる、においが、好きだった。二十三時、海が鳴いたら、きみは、貝殻のベッドで眠り、わたしは、月灯りを消して、長いようで短い夜に、没入した。もし生まれ変わるのならば、つぎは、朝に生まれたいと思っていた。氷河期がきたら、とりあえず、手をつないでいよう、そして、どうせ凍るのならば、手をつないだままで、ずっと、離れないようにしよう、と決めたときの、わたしたちは、たぶん、その瞬間が、せかいでいちばん、相手のことが好き、あいしている、と大声で叫びたくなった瞬間だったと自負している。わたしたちに、流行りのお洋服は不要だった。かわいいネグリジェも。わたしと、きみは、はだかで、むきだしのままで、太陽が昇っているあいだに、知らず知らずに染みついたものものから、解放され、つかのまの自由を楽しむために、夜に沈むのだった。
 そう、それはすこしだけ、心中、という行為に似ている。

はだかのふたり

はだかのふたり

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-06-01

CC BY-NC-ND
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