朝を忘れたロールケーキ

 ロールケーキの、巻きを、はがして食べるのが、のあだった。フォークで、解体される、断面の、のの字が、お皿の上で、ただの、いちまいの、クリームの塗られたスポンジケーキになる瞬間、のあは、笑うのだ。わたしは、その、のあの、してやったりみたいな笑みが、きらいではないのだけれど、ロールケーキをきれいに巻くのって結構、大変であることを、わかってほしいなとも思うので、なんとも、複雑なところだった。
 朝のバケモノが、どうやら、蒸発したらしく、いつも、湿っていた、彼のからだは、さいきんの異常気象による猛暑に、耐えられなかったようで、夜のバケモノと、真夜中のバケモノが、かなしんでいるのだと、のあは教えてくれた。夜のバケモノと、真夜中のバケモノのちがいが、わたしにはよくわからない。のあ曰く、時間的ちがい、とのこと。(あいかわらず、言葉足らずだ)朝のバケモノが、いないせいだろうか、夜明けの町は、どんなときも、からっとしており、あの、朝のバケモノが、無造作に撫で上げたあとの、じめっと感が失われてしまったのが、わたしはちょっと、さみしい。のあは、この頃、恋をしていた、生物のせんせいのことを、断片的にしかおぼえていなくって、あたらしい恋を、みつけようとしている。せんせいのこと、きらいになったのかとたずねると、たんじゅんに、あたまからぬけおちる回数が、増えただけなのだと答えた。のあは、茫洋としている、気がする。わたしは思う。果てないのだ。すべてにおいて、のあ、という者は、途方もなく、だだっ広い。おわりのない、夢のようだった。

朝を忘れたロールケーキ

朝を忘れたロールケーキ

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-05-25

CC BY-NC-ND
原著作者の表示・非営利・改変禁止の条件で、作品の利用を許可します。

CC BY-NC-ND