CLEAR

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 とある自然豊かな島の砂浜に、セグウェイが降り立った。搭乗口が開くと、中からゲームスタッフ達がゲームプレイヤー4名の義体を運び出し、地面に置いてプレイヤー達にアクセスを許可した。するとそのメッセージは一瞬で海を渡り、それぞれの自宅にいるプレイヤー達に届いた。
プレイヤー達はゲームの運営会社からの通知を受け取ると、本体の動きを感知して義体に伝えるゼリー状の液体の中から思念を通信機兼呼吸器に伝えてそれぞれの義体にアクセスした。
 直ぐに義体が動き始めた。彼等はスタッフや他のプレイヤーに挨拶することなく、手足を動かし、義体の動きにぎこちなさがないかを確認した。
 義体は、本体と同じく線の細い顔の青白い少年少女達の外見をしていた。義体を極力本体に似せて作ったのは、プレイヤーが義体にアクセスした際に違和感を覚えにくくする為である。とプレイヤー達は運営側から伝えられていた。
「おいモブ」
 一人のプレイヤーが別のプレイヤーに声を掛けた。「モブ」というのは、声を掛けられたプレイヤーの愛称だった。
「なんだよ」
「今日お前援護な」
「はあ?」
「接近ザコじゃん」
「誰がザコだよ」
「この前めちゃくちゃ被弾してたじゃん」
「っざけんな」
 モブは呟くようにそう言うと、相手に向かって腕を振った。すると腕は遠心力に任せて伸びた。そして柔らかそうな見た目には全く似合わない強度で、相手の両足を容易く切断した。両足が血の円を二つ空中に描いた。地面に倒れ込んだ相手に向かって、モブは唾を吐いた。
「弱くねえから。AP30000超えだから。避けられねえんだったらリスカが援護な。一生俺のケツ追いかけてろよ」
「ダセえ台詞。急所外してんじゃねえか」
 リスカと呼ばれたプレイヤーは這いながらケタケタと笑った。他のプレイヤーはメンバー達の喧嘩に意を返さず、黙々と義体のチェックを続けていた。スタッフ達は冷ややかな目で二人を見ていた。
 リスカの足は直ぐに再生した。まず切断面から骨が、次いで神経と血管が再生して、それを筋肉が覆い、脂肪が纏い、最後に皮が包んだ。その一連の工程が済むまでに、一秒も掛からなかった。
 プレイヤー達は自身の義体の破壊と再生に対して特別な関心を寄せていなかった。それは義体に何が起ころうと本体は全く痛みを覚えず、またその回のゲームはプレイヤー達のダメージ量が減らない仕様になっていたからだ。
「タイムアタック嫌いなんだよな」
 溜息交じりにそう言ったのは、メンバーから「ピアス」と愛称を付けられているプレイヤーだった。その回のゲームでは、極力ダメージ量を少なく保ってクリーチャー達を殲滅することを目指す設定ではなく、なるべく早くクリーチャー達を殲滅することを目指す設定になっていた。
「1分後の開始時刻から行動して下さい。2時間を超えてプレイすることはできませんのでご了承ください。途中離脱からの再スタートは原則的に不可とさせていただきます。その他不正行為がありましたら強制的にアクセスを遮断いたします。プレイ中、トラブルが起こりましたら直ぐに我々までご連絡ください」
 スタッフの一人が常套句を述べると、スタッフ達はプレイヤー達に一礼してからセグウェイの中に戻って行った。搭乗口が閉まると、セグウェイはゲーム終了までスタッフ達を守るシェルターとなった。
「で、結局どうすんの?」
 ピアスが言った。
「もうじゃんけんでよくね」
 「アトピー」の出した提案に渋々ながらも乗り、プレイヤー達はじゃんけんで各々の配置を決めた。
「次は俺が前行くからな」
 結局援護に回ることになったモブが文句を言った。
「次があればいいけどな」
「はあ?」
「もうお前メンバーから外すわ。足手まとい」
「こいつ」
 モブがリスカに再び腕を向けた時、アトピーがモブの耳を千切った。
「もう始まるって」
「ああ」
 モブが釈然としない面持ちで言った。そしてモブが放った舌打ちが辺りに響いた時、プレイヤー達の姿はもうそこにはなかった。スタートの合図を受けて、プレイヤー達は風を切るような速度で森に向かって疾走していた。
 森に入る直前、4人は分かれた。モブは上空に飛び上がり、島全体が見渡せる高さに到達すると、そこに滞空した。4人の視界は互いに、またスタッフ達とも繋がっているので、それを利用して、リスカ、ピアス、アトピーの3人は、互いの位置をモブの視点で確認して近付かないようにしながら森の中を探索し始めた。
 これは4人が行ういつもの攻略方法だった。分かれて探査することはクリーチャーの本拠地を早く見つける為であり、またそのスピードを競い合うという余興を楽しむ為でもあった。
 初めにクリーチャーを発見したのはピアスだった。ピアスは視界の隅にクリーチャーの姿を捉えると、足を止め、木から降り、地面に立っているクリーチャーに対峙した。
 クリーチャーは目、鼻、口に丸く穴の開いた朱色の、そして縁に羽を隙間なく飾った仮面を付けていた。肌は黒く、また小柄ではあるが筋肉質な体をしていた。
 手に持った槍の切っ先をピアスに向けながら、謎の言語を投げかけて来るクリーチャーを一通り観察し終わると、ピアスは腕を伸ばした。クリーチャーは反射的に飛び退いたが、ピアスの間合いからは逃げられずに、仮面の真ん中に風穴を開けられた。
 相手の体が膝を着く前に、ピアスはまた走り出していた。
「弱いわ」
 ピアスが嘲笑した。
「毒系じゃね?」
 モブが答える。
「食らってみるわ」
 そう言ったリスカの眼前には、丁度別のクリーチャーが現れていた。
「スピードタイプとパワータイプだな」
 モブがリスカの視点で見て言った。リスカの視線の先には、倒木したのか、樹冠に穴が開いて光が差し込んでいる場所に、大きなクリーチャーと小さなクリーチャーがいた。二匹は生い茂る草の上にしゃがみ込んでおり、リスカに背を向けていた。
「ヘロー」
 リスカが声を掛けると、二匹はぎょっとした面持ちで振り返った。二匹はピアスが倒した個体のような仮面は付けておらず、代わりに体中に朱色の斑点が付いていた。またその斑点は塗料のようで、皮膚の上で照っていた。
二匹の手には鮮やかな色彩の植物が握られていた。
「やっぱ毒系だな」
「じゃよろしく」
 時間が勿体ないので、リスカは早速小さい方のクリーチャーの下腹部を指で突き刺した。攻撃されたクリーチャーは声にならない叫びを上げながらうずくまった。大きい方のクリーチャーが仲間に駆け寄ってから、リスカに向かって鋭い歯を剥き出しながら唸った。
 リスカは相手が攻撃し易いように、薄まった血の水溜りに波紋を広げながらしゃがみ込んで大きい方のクリーチャーに顔を差し出した。クリーチャーは少し間を置いた後、その頬を張った。
「どう?」
「動けなくなる系の毒じゃないわ」
 リスカはそう答えながら飛び上がっていた。そして二匹を巨大化させた両足で踏み潰した。肉片の中からクリーチャーが持っていた植物が覗いていた。
「神経毒じゃないなら楽勝だな」
 ピアスがそう言い、リスカがその場を去ってから少しして、アトピーが笑みを浮かべながら言った。
「巣発見」
 アトピーは、大概クリーチャー達の巣の近くにある見張り台を目的に、樹冠の上を移動していた。そして目論見通り、仮面を付けたクリーチャーの姿を見張り台の上に見止めていた。
 背後から首を切断し、見張り台からクリーチャーの遺体を森に落とすと、アトピーはそこからクリーチャー達の巣を見下ろした。巣は中央が広場になっており、その周りに円形の家が立ち並んでいた。家は土で出来た壁に、焚き木のように組み合わせた枝の屋根が被さった作りをしていた。
「先やってるわ」
「あいよ」
 アトピーが巣の中央の広場に飛び降りると、家に空いた穴から目が覗いていた。
「逃げ道なくしちゃダメでしょ」
 アトピーはそう呟きながら、端から一軒ずつ家に五本の指で穴を開けていった。家の中から短く叫び声がした後、液体の跳ねる音がした。
 五軒程をハチの巣にした時、家々から例の朱色の仮面を付けたクリーチャー達が、各々に槍を手に飛び出して来て、及び腰でアトピーに近付いて来た。
 アトピーは手早く終わらせる為に、出て来たクリーチャー達ではなく、先に家の中から様子を見ている、朱色の斑を肌に塗ったクリーチャー達を始末していった。そしてその次に、家の方を振り向いている仮面を付けたクリーチャー達を殺した。
 アトピーが最後に巣の最も奥の一番大きな家を攻撃しようとした時、中から現れたクリーチャーを見て、アトピーは攻撃を躊躇った。それはそのクリーチャー他の個体とは違う特徴を持っていたからだった。
 そのクリーチャーは、老木を杖にしており、鍔の広い傘を頭に被っていた。その傘の縁からは黄色の糸が隙間なく垂れ下がっており、半透明な黄色の幕となってクリーチャーの足元まで伸びていた。
クリーチャーはアトピーにしわがれた声を発した。
「Help me. I do not your enemy」
「シールドタイプかこいつ」
「いける?」
 アトピーは足元の石を相手に向かって投げた。するとクリーチャーは唸るような声を上げながら顔を抑えて片膝を付いた。
「いけんのかい!」
 プレイヤー達は声を揃えて言って笑った。アトピーの伸ばした腕が体を貫くと、クリーチャーは乾いた砂の上に倒れた。
「これで終わりじゃないでしょ?」
「モブ見える?」
「それっぽいのないけどなあ」
「地道に探すしかないか」
 直ぐにリスカとピアスがアトピーと合流し、手掛かりを見つける為に巣の中を探索し始めた。しかし中々ヒントは得られず、プレイヤー達が腹いせから物を退ける動きに乗じて互いの肉体を破壊し始めた頃、ピアスが、アトピーが最後に倒したクリーチャーが出て来た家の中に、人間が入れる程の広さの穴を見つけた。その穴の横壁には更に別の穴が開いており、覗き込むとずっと奥まで続いているようだった。
「そういう感じか」
 3人は同じ事を言ったが、全員顔面を失ったり首に風穴を開けられたりしていたので、3人の台詞は声にならずに、肉が振動する音だけがした。
 モブも合流すると、4人は地下道を進んだ。這って行くしかない程中は狭く暗く、中に張られた蜘蛛の巣を避けながら、4人は一列に並んで少しずつ進んだ。
「なんかヌメってねえ?」
 少しして先頭のピアスが手に触れた液体を指で糸にしながら言った。
「うわ、マジだ」
「何これ」
「最悪だ」
 文句を言うメンバーにピアスが、人差し指を唇に当てて黙るように促した。そして体を壁面に寄せながらその指を道の先に向けた。
「出口?」
 道の先では光が照っていた。鳥の鳴き声のような音がしたので、4人は外が近付いていることを確信した。しかしそれが外の明かりではないことが、光が近付いて来た時にようやく4人には分かった。
「マジか」
 ピアスが声を出した時にはもう回避は不可能だった。目の前からやって来た炎は一瞬にして4人の体を包み、4人は成すすべなく、ただ体が強張り、自由が効かなくなってゆくのを感じるしかなかった。壁面に張られた白人女性の古いブロマイドが、照らされた直後灰になった。
 地下道は、プレイヤー達が殲滅した巣とは別の巣と繋がっていた。そしてその別の巣で暮らしているクリーチャー達は、松明や油の入った壺や笛を持って足元の地下道の出口を見ながら立っていた。そのクリーチャー達は木の板と蔓で出来た鎧を纏っており、その鎧と体の隙間を葉で埋めていた。また顔には朱色で縦線と横線が交わるように描かれており、個体によって縦棒の数が異なっていた。
 頃合いを見計らい、クリーチャー達は巨大な岩を転がして出口を塞いだ。また入口を崩壊した巣を発見した同じタイプのクリーチャー達が塞いでいた。
 入口を埋めたクリーチャー達が元来た道を辿っている時、クリーチャー達の視線は足元に下ろされていた。クリーチャー達は今自分達の歩いている地面の下で焼死体になっている者共のことを考えていた。
 出口側のクリーチャーは、仲間が戻って来る頃合いだろうと、笛を鳴らした。それを聞いた入口側のクリーチャーは笛の音を返そうとしたが、その唇が笛に触れることはなかった。クリーチャー達の体は地面ごと空中に飛ばされていた。
 仲間の帰りを待っていたクリーチャー達は、遠くで木々が倒れる轟音を聞いた直後、雑草を踏みつけるような調子で巨木をなぎ倒しながら現れた巨人を見て絶句した。
 4人は地下道から脱出する為に全身を膨らませていた。またそれにエネルギー供給を優先させたせいで、4人の肉体はまだ治り切っておらず、所々皮膚が爛れていた。
「大分ロスだわ」
「っぜ~」
「ここにラスボスいるよな?」
「じゃなきゃ困るわ」
 クリーチャーの内の一匹が大声を上げた。すると後ろで待機していた他のクリーチャー達が、継ぎ接ぎだらけの迷彩柄のテントから飛び出して来た。クリーチャー達は持って来た錆びたマシンガンを4人に向け、傷口を中心に一斉に放射した。しかし銃弾は赤色の海の中に音もなく消えた。クリーチャー達は空に向かって撃ち込んでいるような感覚に襲われていた。そして撃たれている間に皮膚は治り切り、更にその表面で衣服が修復されようと繊維が互いを縫い合い始めた。
「こんなの持ってんのかよ」
「世界観可笑しくね?」
「それな」
「ネタ切れでしょ」
 4人は雑談しながら巨大な足でクリーチャー達を地面に磨り潰していった。たちまちクリーチャー達は消し炭のようになった。その時には最早クリーチャー達と武器との見分けがつかなくなっていた。
「終わった?」
 辺りが更地になり、4人が元通りの体の大きさになった時、リスカがそう言いながら、視界に「クリア」の文字が出ていないか確認した。しかし未だにプレイ時間は進み続けていた。
「ダリ~」
「まあラスボスっぽくなかったもんな」
「こっからまた地下に道続いてんじゃね?」
「課金する?」
「あ~、いいかそれで」
「課金お願いしま~す」
 プレイヤー達からそうメッセージを受けたセグウェイの中のスタッフ達は、購入の最終確認をプレイヤー達に取りつつ、セグウェイを起動させて島から避難させた後、プレイヤー達に自然破壊の許可を下ろした。
 それまでに互い背を向けて四つの異なる方を向いていたプレイヤー達は許可を受けた直後、それぞれの方向に破壊活動を始めた。
 拡大しながら伸ばされる合計8本の腕は、地面を捲りながら、津波のように森を飲み込んでいった。
「気持ちいい~」
「痒い所に手が届くってこのことだな」
「何それ?」
 プレイヤー達が先程滅ぼした、島を治めていた一族の巣から放射状に延びる地下道を抜けた先にある残り7つの下級の一族の巣では、そこで暮らしていたクリーチャー達ーーー目の位置に穴を開けた朱色の布を被っている一族、雄は下唇に、雌と子供は上唇に朱色の器具を嵌めている一族、朱色の染料の元になる岩で巣を囲っている一族、背中に年の数だけ黄色の目を入れ墨する一族、雄は髪を朱色に染め長く伸ばし、雌は黄色に染めた髪を短く刈っている一族、1メートル程底に厚みがある朱色の靴を手足に嵌め、四足歩行で歩く一族、10歳未満の子供には輪郭が朱色の黄色の冠を被せている一族ーーーが自分達の世界が変容していく様にあっけに取られる間もなく、「耕されて」いった。
 被害に遭ったのは、島の端の切り立った崖の上に追いやられていた、古くから島にいる神の一族の巣も例外ではなかったが、緊急の報告を受けて危機が迫っていることを察知した、神の末裔とその側近のクリーチャー数匹は、一足先に、離れ小島に向かって船を出したところだった。
 故郷の残骸が高波を幾つも立て、近海に無数の渦を描き、船を酷く揺らしていた。神の末裔とその側近達はしぶきを顔に浴びながら、必死に船の縁にしがみ付いていた。いつもそうなのだが、特に今、神の末裔は光沢のある素材を寄せ集めた装飾を煩わしく感じていた。側近達もまた、圧倒的な暴力を前にして、島の政治を担っている一族から渡されていたおこぼれの武器に、お守りとしての価値さえ見出せていない。彼等にはまだ今後のことを考える余裕など一切なく、今自分の身を守ることだけを考えていた。
 側近の一人が神の末裔に声を掛けて、頭上に視線を移させた。神の末裔が目を凝らしながらその方向を見上げると、鉄の塊が空に浮かんでいた。
 警戒すべき対象には違いなかったが、藁にも縋らなくてはならなかったので、彼等は皆手を鉄の塊に向かって千切れる程振った。しかし鉄の塊は手を差し伸べるようなことはせず、その場にあり続けた。
 一方、セグウェイの中のスタッフ達は、自分達に向かってSOSを発しているクリーチャー達を眼下に見止めていた。
「どうします?」
「まあ成り行きによっては我々が出るって方向で」
「了解です」
 相談を短く終え、スタッフ達はセグウェイを更に上らせてより安全な場所に避難した。
 神に見放された気持ちでいたが、少しずつ波が収まって来たので、神の末裔達はどうにか小島に辿り着くことができた。側近達が一足先に上陸し、船から伸びる縄を岩肌の尖ったところに結び付けた後、神の末裔は側近達に手を引かれて小島に上陸した。
 今も波で削られ続ける、少しの生活の便もないような小島だった。凸凹の巨大な黒岩は、住みかとしての機能を少しも持っていなかった。
 しかし小島の中央には、人の手が加えられた後があった。神の末裔達は目的地であるその場所に向かって息を切らしながら坂を歩き続けた。
 やがて迷彩服を着た骸骨達が末裔達の前に姿を現した。その骸骨達は円形になるように立てられた柱の先端に後手に縛られていた。神の末裔達は槍の間を抜けると、中央にある神棚の前に跪いた。
 神棚の上には生き物の頭部の亡骸が乗っていた。その生き物は人間に近い形をしていたが、肌は朱色であり、額からは角が生えていた。そしてついさっき息絶えたかのように瑞々しかった。
 神の末裔は先祖の遺体に向かって手を合わせながら、代々受け継がれて来た呪文を繰り返し呟いた。そして目の前の頭部を恐る恐る持ち上げると、遺体の唇に接吻をした。すると祈りは通じ、遺体は黄色の目を見開いた。
 神の末裔は、先祖の猛禽類の眼差しの中に入って行った。神の末裔が黒い裂け目に向かって黄色のトンネルを進んでいる時、側近達には、遺体の朱色が唇を渡って神の末裔に移ってゆくのが見えていた。
 朱色が完全に神の末裔に移った時、神の末裔の目は先祖のそれになっていた。それは神の力が時を超えて末裔に宿ったことを意味していた。そして丁度その時、プレイヤー達が海を飛び越えて神の末裔達の前に着地した。
 先頭準備が整った神の末裔の目に、地面に倒れる側近達が映った。
「あと一匹。あれかラスボスか」
「分かり辛過ぎるだろ」
「これでタイムアタックって酷じゃね?」
「じゃ援護よろしく」
 モブ以外の3人が神達に向かって走り始めた。その直後、モブはジャンプし、高い打点からクリーチャーに向かって槍を投げた。槍はリスカ、ピアス、アトピーの3人の頭上を越え、3人が敵と接する一瞬前にクリーチャーに当たろうとしていた。
 3人の脳内では、自分達が行動する二つのパターンが予見されていた。槍が相手の体に触れた場合、そのまま3人で攻撃する積りだった。また槍が、敵の張ったシールドの類によって弾かれた場合、身を翻してクリーチャーと距離を取る積りだった。
 しかし現実に起こったのは、プレイヤー達が想像していたどれにも当て嵌らないことだった。
神の末裔は飛んで来た槍を片手で受け止めると、手首を返してその刃を空中で回した。その瞬間、プレイヤー達は全員その場に倒れ込んだ。義体は空洞になっていた。
 セグウェイの中でスタッフ達は異常事態に混乱していた。
「どうした?」
「義体へのアクセスが途切れています」
「は?」
「4人とも繋がっていません」
「10Gだろ?基地局からそう遠くもないし、通信障害なんて・・・」
「でも事実接続できていません」
 スタッフ達はそこで会話を止めた。視界の中に、朱色の顔が浮かび上がったからだ。
「私が糸を切りました。そして今、彼等から伸びる糸を辿って、あなた方に語り掛けています」
 スタッフ達は神の末裔に言葉を返すことはせずに、ただ「見えてる?」「見えてます」と、自分の見ているものが幻覚ではないことを確認し合うだけだった。スタッフの一人が小島を見返すと、クリーチャーが義体の一つに触れていた。
 神の末裔は猛禽類の瞳を見開いた。同時に瞳孔が口を開く様に横に広がって、瞳中を黒で埋め尽くした。神の末裔はそうして、スタッフ達の脳内を覗き込み、島を破壊した者達の正体を理解した。
 侵略者達の目的は、島付近の海に眠る資源の独占と、その採掘場として島を利用することだった。そしてその為に侵略者達は、何も知らない少年少女達に、島の住人達を疑似的に侵略する遊びに登場する、人工の怪物として誤認させ、殲滅させようとしていた。その工夫によって、侵略者達は精神的な苦痛を味合わない兵士達を安価で手に入れていた。そしてこの方法で、侵略者達はこれまで世界中の未開拓の地を手中に収めていた。
 神の末裔は真相を理解すると、スタッフ達に問い掛けた。
「あなた方はどうしてこのような高い文明を持ちながら、現状に満足せずに侵略行為を繰り返すのですか?私達のように、あなた方に比べて遥かに低い文明で生活している者達は、あなた方から富を奪おうとはせず、ひっそりと暮らしているのに」
 スタッフ達は答えずに、額に汗を浮かべるだけだった。それは、神の末裔は引き継いだ神の記憶にもある光景だった。
 神の末裔は返答に諦めて、捨て台詞を吐いた。
「私が理解したことは全て、糸を伝って、あの少年少女達にも理解させました」
 スタッフ達は青ざめたが、既に遅かった。再び義体に繋がったプレイヤー達は、フラフラと立ち上がった。
 神の末裔はプレイヤー達に言った。
「気に病むことはない。君達もまた被害者なのだから。ただお願いがある。どうか私達に干渉せず、また可能ならば、あなた方が今持っているものだけで幸せに暮らしてゆけるように努力して欲しい」
 その言葉には、遠く離れた少年少女達にとって、まるで対面で伝えられているような気持ちにさせる温かみを持っていた。
 プレイヤー達の義体に神の末裔が歩み寄って、抱きしめた。スタッフ達は大き過ぎる問題を前から目を背けたい気持ちになりながらも、プレイヤー達を見届ける使命を全うしようとていた。
 しかしスタッフ達の仕事は一時中断されなくてはならなかった。何故なら、プレイヤー達と繋がった視界が、真っ赤に染まったからだ。
「うるせえよ」
 リスカの言葉と共に、神の末裔は握り潰されていた。リスカの指の隙間から内臓が勢いよく飛び出て蛇のように空中を張った。神の末裔の頭部の穴という穴から脳味噌が血の泡と共に飛び出した。
 4人の視界には、「クリア」の文字が浮かんでいた。
「すっげーロスしたじゃん」
 ピアスが神の亡骸を踏み潰した。
「過去最低かもな」
 モブが同意しながら神の亡骸に唾を吐いた。
「まあ楽しかったけどさ」
 アトピーがそう言うと、4人は笑い合った。プレイヤー達にとって、取返しのつかないものなどなかった。彼等にとっては命でさえも失われ放しではなく、何度でも自動的に戻って来た。彼等には現実世界との見分けがついていなかった。彼等は既に優秀な兵士として完成していたのだ。
 スタッフ達は安堵の溜息をついた後、今後について僅かに話し合った。
「どうなること思いましたね。報告は?」
「いいよ。普段通りなしで」
「はい」
「今回のことは極秘な。他言無用で」
「はい」
 一方、スタッフ達の思惑とは裏腹に、神の末裔は破壊する寸前に肉体を捨て、一足先に電脳空間に逃げ込んでいた。その中で神の末裔は燃えるような気持ちを覚えていた。無垢な少年少女達を洗脳して自分達は直接手を加えない侵略者達の狡猾さと、その計画が完成し、今後も世界中でひっそりと慎ましく暮らしている同胞達が根絶やしにされてゆく事実に苦痛を伴う怒りを抱き、電脳空間の中で声にならない咆哮を上げ続けていた。
 神の末裔は侵略者達への復讐を決意していた。神の末裔は、世界中に張り巡らされた電波に乗って、今なら、地球上のどこにでも行くことができた。
 世界中を巻き込む巨大な戦争が始まろうとしていた。

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  • 小説
  • 短編
  • 冒険
  • アクション
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-05-25

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