記念

兎葩すい

  1. 結婚
  2. 部屋
  3. 言葉
  4. 写真
  5. 桜花
  6. 彼女

結婚

 五年程付き合った彼女と結婚する事になった。
「式とか、どうしたい?」
「お金掛かるでしょ。しなくていいんじゃない?」
「君が、それでいいなら、いいけど」
 僕らには親がいない。同じ施設で育った。僕らが施設を出てすぐ、その施設もなくなった。
 だから僕らの結婚を祝う人は誰もいない。
「指輪は?」
「要らない」
「じゃあ、何でお祝いするの?」
 彼女はしばらく黙ってテレビを見ていた。僕はただそれを見つめる。
 彼女は、誕生日すら祝われた事がないと言っていた。一五歳の時に施設に預けられ、一六歳の誕生日を祝われた時、他の子供達の誕生日を祝う時、とても戸惑っていた。だから「お祝い」と言っても、上手く想像が付かないのだろう。
「浮いたお金で、ケーキ沢山食べよう」
 ぼんやりとテレビを見つめながらそう言った彼女。
「わかった。そうしよう」
 そう答えると、彼女は漸く僕を見て、微笑んだ。

部屋

「またフラれた」
 目元を腫らした僕の幼馴染みは、アパートの玄関を開けるとすぐにそう言った。
「また?」
「何よ。ちゃんと持ってきたわよ」
 カサリ、と音を立てて彼女が持ち上げた、少し大きいレジ袋。見なくても判る。その中には缶ビールが沢山入っていて、これからやけ酒するつもりなんだ。
 僕の許可も得ずに彼女はずかずかと部屋にあがり、ソファの端に座る。
「早く」
 これは、彼女が恋人にフラれた時のルーティンだ。
 コンビニで買った缶ビールを持って僕の家に来て気が済むまで呑んで泣いて僕にも呑ませてそのまま寝る。最初こそ慰めの言葉を掛けていたが、彼女の様子を見る限り、それは余計に彼女のプライドを傷付けていると判りやめた。
「僕明日早いから、今日は呑めないよ」
「……」
 取り敢えず彼女の隣に座り、テレビを点ける。
 こういう時の彼女の呑むペースは早い。既に二本目に手を掛けていて、正直わかってはいたけど驚いてしまう。
 三本、四本と缶を空けていく彼女は、終始涙を流していた。
 綺麗だな、と思う。
 悲しんでいる彼女は綺麗だ。雨の中に咲く紫陽花のように。
 暫く見つめていると、僕の視線に気付いた彼女の手が止まる。
「……何」
「いや?」
 そう答えると彼女は再びビールを呑み始める。と思えば、そのまま僕の首に手を回して引っ張った。
「んっ!?」
 口腔にビールが流れ込む。反射的に飲み込んだが、放された時に少し口から溢れてしまった。
「呑みたいなら、言えばいいのに」
「は……」
 呑みたいなんて、思っていないのに。彼女を見つめていたのを、そういう風に捉えたのだろう。
「……そういうところだよ」
 彼女は僕に隙を見せすぎる。僕に近付きすぎる。それなのに、僕をその対象として見ようとしない。
 酔った彼女はもう僕の声も聞いていないようだった。何本目かも知れぬそれをぐびぐびと飲み干していく。
 僕はパーカーの袖で、口元の水滴を拭った。

言葉

「雨、降ってるね」
 彼女がカーテンを開けると、まだ布団に横になっていた僕の目元にちょうど外からの光が当たる。
 眩しい。
 思わず眉間に皺を寄せる。まだ目を上手く開けられない。
 最近は、梅雨でもないのに雨がよく降る。雨が好きな彼女は喜ぶけれど、僕は逆だ。晴れていた方が気持ちがいい。雨が降っていると、心まで沈んでしまう気がするのだ。
「買い物、どうしよっか」
 昨日、一週間程前から決めていた予定。彼女は楽しみにしていたが、雨のなか出掛けたくはない。その意図を込めて首を横に降る。彼女は「そんな気はした」と笑った。
 身体を起こして、彼女を見て、口を開いて。
 やっぱりやめた。
 口を閉じて俯いた。
 僕は、もう何年も言葉を話していない。声が出ないわけじゃない。咳は出る。くしゃみもひゃっくりも、驚いたときの叫び声も。出ないのは、言葉だけ。
 彼女はそれを解ってくれていて、僕の頭を撫でて、朝ご飯にしようか、と言った。
 何でもいい。何でもいいから、彼女と言葉を交わせたら。
 そう思っても、喉が言うことを聞いてくれない。
 そんな僕を見て、彼女はまた呟いた。
「雨、降ってるね」

写真

 雨粒に紛れて、桜の花びらが落ちた。
 桜の綺麗な時期なんて、限られている。一週間か、五日か、あるいは一日かもしれない。
 そう考えると、桜って、儚い。
 水溜まりに浮かぶ花びらを気にせずに踏むと、靴の裏にそれが貼り付いてしまった。僕は溜め息を吐くけれど、止まらずに歩き続ける。
 今年は写真、あんまり撮れなかったな。
 というか、撮る機会がなかった。桜が咲いても気温が低ければ外に出たくないし、彼女が死んでから、正直桜とかどうでもよくなった。
 手の中で、SDカードを転がす。
 四年分の、桜と彼女が詰まったものだ。それをカメラに挿して、満開に咲いた春を撮った。一枚だけ。これで、僕の春は終わりだ。
 靴の裏の花びらは、いつの間にか取れていた。

桜花

 君と初めて逢ったのは、桜の降る入学式の日だった。目が合ったけれど、それはほんの一瞬だった。
 君と初めて話したのは、翌日、校内一大きな桜の木の下だった。二人とも名前に「桜」が入っていると知った。
 君を初めて怒らせたのは、その約一年後だった。君との約束を忘れて小一時間遅刻をした僕は、散って積もった桜の花びらを何度も投げ付けられた。
 君を初めて泣かせたのは、卒業式の日だった。高校は違うけど、君のこと、忘れないよ。その言葉が切っ掛けだった。
 君を初めて抱いたのは、その数日後、雨の日だった。雨に流れる花びらと君の姿が、とても幻想的だった。
 君が弱くなっていったのは、桜も散ったその年の初夏のこと。何が原因かは今でもわからない。
 それから一年弱経った今日、君は僕の目の前で、桜花の中へ落ちていった。

彼女

 軽やかな鈴の音が聞こえて、彼女が来たのだと知る。続いて聞こえたのは彼女の声だった。
 もう何週間、下手したら何ヵ月も彼女はここへは来なかった。べつに僕らは家族や恋人というわけではない。それでも、寂しく感じていたし、何の連絡もないのだから心配だった。
 僕が一声上げると、彼女はすぐ僕のいる庭へとやって来た。その姿は以前と代わりなく、僕はホッとする。
 彼女は僕を見るなり微笑んだ。
 変わらないね、安心した。
 そう言った。
 花でも見ていくかい?
 彼女のために大切に育ててきた花たちだ。綺麗に育った。彼女が気に入らないはずがない。
 だけれど彼女は首を横に振った。
 今日はお別れを言いに来ただけだから。
 彼女が足先から透けていく。
 あぁ、そうか。
 彼女の鳴き声は、鈴の音は、もう、聞けないんだ。
 僕が、にゃあ、と言い終わる頃には、彼女は透けて消えてしまった。

記念

記念

TwitterFF100人記念に書いた話達です

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2020-05-23

CC BY-NC-ND
原著作者の表示・非営利・改変禁止の条件で、作品の利用を許可します。

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