恋した瞬間、世界が終わる 第2部 地上の上から

恋した瞬間、世界が終わる 第2部 地上の上から

第2部 地上の上から

第9話「デジタル産業」

第9話「デジタル産業」


業務命令により、コンピュータの開発に携わることになった

私の得意分野ではあったが、躊躇いがあった。
母国を出て、外国での開発に携わる。
私は、私の手で、生まれ育った母国を地獄に変えることになるかもしれない。
そんな危惧を払拭する出来事があった。

名は「GI」と云った

異動先のグループ企業の役員だった。
背の高い、青い眼をした白人だった。
わざわざご丁寧にお偉いさんが声をかけて下さったようだ。

ただ、迷うところはーー

これは私の人生になかったはずの選択肢だった


覚えのない可能性が私に訪れた。
これは「あの人たち」の命令なのだろうか?
しかし、詮索する時間はなかった。
その日に「GI」は私の仕事先に来ていた。
私はお偉いさんの接待部屋に呼ばれた。
迷いで心ここにあらずな状態の私に上司と居合わせる空気感。
そして、そこに居た背の高い男「GI」。
私の平均身長にとって、強制的で圧迫感のあるレールを敷いた。


「GI」

という名を聞いたとき、なんの略なのですか?と私は訊ねた。

「Good Idiotの略だよ。」

本気か正気か分からぬ返答があった。

私は笑っていいのか分からない状況で、心ない表情で笑みを浮かべた。
だが、お偉いさんにしては、「面白み」がありそうに思えた。


彼は、インターネットには居なかった

業務命令があったその日「昼食を共にしたい」と私を誘った。
私は彼に感じた「面白み」に賭けをした。
食事を共にすることで何らかの真なものを判別したかった。
彼に対してというよりも、私に潜在していた可能性の深さについて。
彼は日本のランチメニューに興味を持ち選択をした。
焼き魚に対して、器用に左手で箸を使った。
一方では、言い間違えなのか言いたいことなのか判別つかない日本語を話した。

「僕は、一人ではない。多くはないが、少なくもない。」

彼について何も知らない私に、彼は自分のライフスタイルから語り始めた。
新たなコンピュータの開発に携わる可能性の輪郭を埋めていった。

彼は、捨てたものの中から拾い上げたものの中で生きていた。
コンピュータの開発に携わるものが、プライベートでは真逆の生活をしていた。

彼の仲間はネット上には居なかった。
現実に、彼が関わる範囲が仲間で、皆が彼のようだった。

私はその時代錯誤なやり方を知り、考えを固めた。いや、代えた。
生きたことのない選択肢を生きることの勇気をもらった。
彼らにより、イメージを持つことを。
五感で感じたことを裏切らないやり方を。
そんな彼らが開発するコンピュータは、これまでの形に収まらないものになる。
結局は、開発者としての私を目覚めさせてくれた。

それはまるで昔を思い出させたーー

「土の匂い、タンポポではないものが、風に吹かれて
 くるくると回っている」


私を覆っていたものは、黒い考えだった

それは時間について囚われることだった。
上手くいかない人間関係の「もつれ」だった。
複数の関連した「もつれ」があった。

ただ、これは私の人生になかったはずの選択肢だった

覚えのない可能性が私に訪れた。
これは「あの人たち」の命令なのだろうか?

「タンポポは、自然に回り
 くるくると中心を失わずに羽を広げている」


「もうひとつ」があること
異なったひとつがあることを「GI」は示してくれた

第10話「死を選ぶ権利ー人生に飽きたらー」

第10話「死を選ぶ権利ー人生に飽きたらー」

製薬会社から発売された「カロドポタリクル」は、
まず若者の間で流行した。

導入するにあたって行われた市場調査の段階では、高齢者(特に後期高齢者)の間で流行すると考えられていた。
しかし、予想を裏切るマーケティングの結果であった。

「人生に飽きてしまうのは、若者も同じだった」

「カロドポタリクル」は、安楽死の薬として開発された。

現在世界的に流行している「新型マナヴォリックウィルス」による後遺症があり、
その後遺症の「間質性肺炎」や「認知症の発症(レビー小体型の症状が顕著)」
また、重度な症状になると、様々な合併症を併発する。

感染者は、世界人口の3割程に達した。

死者は、その内の3割。

再発の患者も後を絶たない状況。

そうして、収束が見えない現状に対し「人権」が訴えられるようになった。

まず感染者に対する「人権侵害」について。

そして「生きる権利」が訴えられた。

そこから、人々の間で「死を選ぶ権利」が訴えられるようになった。

我が国では対策として、イギリスとアメリカで共同開発された新薬に頼ることになった。

新薬の登場から、異例の早さで「ジェネリック医薬品」の製造が許可された。
(その異例すぎる早さから、陰謀説が囁かれている)
ジェネリック医薬品として、「カロドポタリクル」から名称が変わり製造された物が社会問題として取り沙汰されている。


その医薬品は、主にネット上の動画配信サービスの広告で宣伝された売り文句が問題であった。

「ロイドポタールNは、人間不信の解決策。」

「ロイドポタールBは、人間関係の不毛なやり取りに疲れたあなたに。」

「ロイドポタールZは、あなた自身で人生の最期を決める一つの方法です。」


お金儲けに飽きない連中は、そこから新たなサービスを生んでいった。

「SNSで、あなたの最期を誰かに届けるサービス」

「あなたの記録をネットに遺す“ラストノート”」

「誰かがあなたの生きた足跡を辿る、後世にあなたを」

「あなたの顔がアバターとして蘇り、未来の恋人へ届けます」


人々は、死んだ後
それでも尚、自身の形を遺そうとした

人生には、もう、飽きてしまっていたはずなのに

第11話「マニュアル」

第11話「マニュアル」

政府から施行された「マニュアル」は、劇的なものであった。


生存戦略としての「マニュアル」なのだが、
「生き方」の一つ、一つを細かく指示した内容になっている。

主に、私たちが開発したコンピュータの機能を駆使して出来たものである。

人工知能と、人間が手を取り合って作られた「マニュアル」だ。

古い白黒映画「メトロポリス」のラストが、現実になった。

私たちが開発したコンピュータがある限り、人間と人工知能は争わない。

共存し、宇宙を射程とした生存戦略を築く。

もう、間違って自殺する人間はいない。

もう、踏み外した人生を送る人間はいない。


全てが、正常に
レール上に沿った人生を送る


私は、自分のしたことに誇りを持つ。

第12話「充実した人生とは」

第12話「充実した人生とは」


コンピュータの開発を終えた私は「GI」の元を離れた。

外国での生活から、母国のまた新たなグループ企業へと出向した。

勤務開始まで日が空いていた。
久しぶりの母国の地元で、馴染みの場所へと向かうことにした。


地元の駅には人が溢れていた。

私の肩を斜めの影が覆った。
足元まで影が覆いかぶさり、影を作る物自体へと私の気を向かわせた。
駅前の通りは、ビルの背が高くなっていた。
見慣れない物により、私の記憶が書き換えられてしまいそうだった。
思わず、懐かしさを探して路上を歩いていた。

「せんぱいっ!」
(ん…このノリの声は)

「せんぱいですよね? ん? すこし垢抜けました? 
 でも、お腹空いてそうな顔してますねえ。
 あ、そうだ。
 かの有名なファミリーレストランの期間限定のランチ
 もちろん食べましたよね?!」

早川さんだ。

私の高校の後輩で、幼馴染でもある。
隣りには友人なのか、同じくらいの年頃の女がいる。
声を聞いて、すぐに分かったのだから記憶というものは凄い。
私は、彼女の声が好きだった。
時を経ても、降下してきた私の耳に残っていた。
書き換えることのできない、あの頃の面影が残っていた。

私たちの作った「マニュアル」により彼女の情報はコピーできる。
何故なら、「マニュアル」によって彼女は職を得たからだ。

早川さんは高校を中退している。
中退した後、彼女は、ずっと生き方が分からなかった。
最初はアルバイトをしながら、同人誌を描いた。
ただ、自分の趣味で生きてみた。
子供の頃、漫画家に成りたかった。
現実的ではないことを知っていた。
ただ、どう生きれば良いのか分からず、夜の仕事を始めた。
夜の仕事は、彼女を裕福にした。
彼女は可愛い顔をしていた。
おしゃべりで、人懐っこい性格だった。
そして、性的な魅力のある身体をしていた。
男の子たちと打ち解けあっていた。
その分、同性には嫌われていた。
異性を勘違いさせる人だった。
彼女は、そこで自分の武器を見つけた。

30歳の手前ごろに、自分の将来について考えた。
このままで良いのか?
ずっと、夜に生きなければならないのか?
昼の仕事、昼の生活に憧れた。
昼の太陽、週末のお昼の空気。
週末で混み合う家族連れ、あの幸福感。
そして、健全な仕事。
昼間寝ていた彼女は、時折眠れずに目が覚めた。
部屋のカーテンの向こうから来る、小学生の声の誘いが部屋の中を照らした。
健全な人生が欲しかった。

私たちの作った「マニュアル」は、彼女の人生の光を示した。
彼女は「安楽死」を求めなかった。

相変わらず快調な滑舌で、言葉を吐き出す。

「……」

「……きみも知っての通り、私は」

「せんぱいっ!!」

相変わらず、ものスゴい滑舌でまくし立てる。
さらに磨きが掛かったように感じる…。

毎度、毎度、私に話しかけてくるその変な情熱を向けられると、
これまた変な同情心が生まれて…。
その熱意に応えてあげるべきなんじゃないかと思った。

「分かったよ。今日、行くから」

「ほんとに!? ほんとですか…!?」

「うん。行くよ、行く」

「ほんと…に?」

「ほんとの本当」

「わぁ……! わぁぁ…!!」

「い、行くから、ね!」

「待ってますからね! 必ず!!」

「あ、ああ…」

どうやら、この取り決めはキャンセル不可のようだ。
私の返答に対する早川さんは完全に信用した熱っぽい色だったし、
同性の友人と何かしゃべりながら離れてゆく姿は浮き足だったステップだ。

「こりゃ、まいった」

私はひとりごちた。


しかし、
これも私の元の人生に“なかったはず”の出来事だ。
そう、“はず”だ。
知らないことに巻き込まれている。


かの有名なファミリーレストランの期間限定のランチを食べに私は向かった。

「いらっしゃいませぇ〜」

店内に入ると、週末の夜は家族連れやらリア充やらのラッシュで溢れていた。
なかなかの混み具合だ…。
期間限定の効果が出ているのだろうか?

「いらっしゃいませぇーっ!!」

聞いた覚えのある声がホールから向かってきた。

その時、なぜかその声に安心を覚える自分が居た。

「せんぱい、ようこそ!」

早川さんだ。

「あれ…? ああ、バイトしてたんだ?」

私は、彼女の情報を何知らぬ顔で話した。

「そうです、アルバイトです」

ファミレスの衣装を身につけた早川さんは綺麗だった。

「そっか。偉いなきみ」

「そう、わたし、偉いです!」

路上で見るよりも背筋が伸びている風に感じる。

「なんか忙しそうな時間帯だね…なんかゴメン」

「気にしないで下さい、わたし、馴れてます。ベテランです」

「あ、そうなの?」

私は何だか居たたまれない感覚があったが、
早川さんのその一言とその落ち着いた対応に助けられた気がした。

「それより、せんぱい一人ですか?」

「あ、ああ、“独り”です」

”独り”と言ってから、私は不安になった。

「それでは、ご案内いたします」

「あ、はい、ありがとう」

早川さんの誘導でホールの通りを歩くなか、先客たちが座るテーブルを通るたび、私は視線を落とした。
実は、このファミレスに来るのは初めてなくせに、しかも一人でファミレスに入るのも初めて。
やはり、この出来事は私の元の人生には“なかったはず”だ。
家族連れやリア充やらで溢れるなか、一人で飛び込んできたそのうかつな考えに後悔をしていた。
そんな私に早川さんは気づいてないだろうか?

「こちらにお掛け下さい」

「あ、ああ…」

今の早川さんの存在には安心感を感じる。

「ご注文は決まってますね?」

「ああ。期間限定のえびグラタンを一つ」

「お飲物はお決まりですか?」

「うーんと…ウーロン茶で」

「はい、かしこまりました。ご注文を確認いたします…」


えびグラタンは美味しかった。

注文を運んできてからの早川さんは私に対して知り合いだからと何か特別なやり取りをした訳ではなかった。
ただ印象に残ったのは「お待たせいたしました。」と言って、皿をカートから移す作業のなかで何か自信ある確信的な眼をこちらに向け、誇らしい笑みを浮かべていた事だ。
食べた後、それを思い出した。
ごもっとも。こりゃ、うまい。

会計は他の店員さんが対応した。
週末のファミレスの混み具合、店員さんの往復作業を見ていると、帰りも早川さんを指名して私の接客を頼むのは気後れに感じた。
こっそり帰ろうと会計を払う最中、早川さんがちょうど厨房から注文を運び出す場面で顔を合わせた。
肌には適度な汗が見て取れ、両頬はやや赤く、やや疲労の色が見えた。
目を合わせたとき言葉はなかったが、接客スマイルとは異なる優しい笑みをこちらに向けて、応えてくれた。
それも印象に残った。いい表情だった。


早川さんが生きていて良かったと思った。
明るく元気な姿が見えて良かった。
同性に嫌われていた彼女に、今は隣りに友達もいた。

人生に飽きてしまう前に、私たちの「マニュアル」が間に合って良かった。

あと、彼女に訊いてみたかったーー

「今もまだ漫画を描いているのかい?」

第13話「反発・反動(作用と反作用)」

第13話「反発・反動(作用と反作用)」

私たちは、行ったやり方に満足していた。

「マニュアル」により、全ての秩序が整った。

先の見えなかった世の中に、『意味』を顕在化した。

私たちは、生きる意味・生きる目的を与えることが出来た。


「貧しさ」が、私たちを殺さず

「見通しのなさ」で、我を失わず

「息苦しさ」と、自殺を選ばず


ーーしかし、やや時が経ち反発する人間が現れた


私は「GI」の元を離れたあと、新たなグループ企業での勤務に従事していた。

業務としては、母国に於ける「コンピュータ」のサービス・メンテナンスに関わる内容を行っていた。
「コンピュータ」の開発メンバーである私は、「コンピュータ」の父の一人でもある。
人工知能にどのようなディープランニングを施し、育成し、発展させた過程を理解している。
その為、母国に於いての責任者の一人が私でもある。

「マニュアル」に関するPDCAサイクルの進捗に目を通していた私の元に開発メンバーから一通のメッセージが送られてきたのは、定期的なメンテナンス業務を終えた夕刻だった。

 「君の国の人間は、何か特殊な訓練でも受けているのかい?
  どうやら、私たちのマニュアルにも不備があったようだ。
  君の定期的な報告に虚偽なないと信じているが、
  これについては、GIにも報告を行った。
  しかしながら…君も興味を持つ内容であることは間違いないか
  とにかく、今から本社に来るんだ」

妙な汗をかいた理由がわからなかった。
ただ、夕食は会社の迎えのマクドナルドにするべきだと判断した。


本社にはGIの姿はなかった。
すでに自らと数名の担当と共に調査へと発ったらしいとの報告だった。
本社に出向いたメンバー達には、独自の調査を行うようにと資料が配られた。
資料の詳しい内容から『反発者』と呼称された男がアメリカのグループ企業に潜り込みスパイ活動を行っていた事。
拘束した反発者の持ち物を調べると規制が届いていないパソコンのデバイスを所有していた事。
反発者は何らかの団体の一員とみられ、その団体が「独自のコンピュータ」を開発していた事の報告だった。

私たちの「マニュアル」により、全ての人間の「生き方」が統一されてから、
人は余計なことを考えることを止めたはずだ。


人間が学ぶべき教養(社会に役立てるために)

資産運営(消費先を絞り、本当に必要な企業のみが残る)

余暇の創出(間違いのないストレス発散方法の確立)

人間を分類化し、恋愛方法を一本化(孤独な人間を生み出さない)


上記により、人間は「フォーカス」すべき事柄にのみ目を向けるようになった。

それでも、溢れる人間がいたというわけだ。
これには私たちも驚きを隠せなかった。

用意すべき全ての事柄があり、没入できる環境がある。
そこに不満を感じた訳が、理解できない。

欲望は満たされているはずだ…私たちは快楽の用意もしていたのに。

なぜ…?


拘束した反発者の名は『



 第2部 地上の上から編完
 (第3部も星空文庫にて公開しています)

恋した瞬間、世界が終わる 第2部 地上の上から

あなたが 何処で 何を しているのか

恋した瞬間、世界が終わる 第2部 地上の上から

地上の上 路上 ログアウト マニュアル ビートニク 恋した瞬間、世界が終わる

  • 小説
  • 短編
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-05-20

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 第9話「デジタル産業」
  2. 第10話「死を選ぶ権利ー人生に飽きたらー」
  3. 第11話「マニュアル」
  4. 第12話「充実した人生とは」
  5. 第13話「反発・反動(作用と反作用)」