明日を垣間見える装置

 入力する、パスコードの数字を、ぽち、ぽち、ぽち、と押して、すこしだけ明日を垣間見える装置、なるものがあって、でも、わたしはそれを、いみきらっている。
(明日のことは、明日にならないとわからないじゃない)と思うので。
 実際に、なにか大きな変化が起こっているかもしれない、何か月後、何年後、何十年後の未来ではなくて、たかが明日のことなのだからと、きみは云うけれど、わたしは例のパスコード、一日にひとつ、街の住人に発行されるそれを一度も、入力したことはない。だってもし、明日を垣間見て、わたしという存在に、わたしのたいせつな家族に、友人に、好きなひとたちに、きみに、なにかが起こることがわかったら、わたしはぜったいに、取り乱すから。「先が見えるから、冷静に対応できるでしょ」と、クールなきみが、わたしは羨ましくあるし、ちょっとだけ疎ましくもあるよ。夜は、今日という日をふりかえって、たのしかったこと、うれしかったこと、むかついたこと、かなしかったこと、そういったものをぜんぶ、ないまぜにして、明日はいいことたくさんありますようにって、見たこともない神さまに祈りながら目をつむるのが、いいと思う。明日のことなんて、わたし、いまは、知らなくてもいい。
 三丁目のコンビニに、ちいさな星が落下した。
 屋根を突き破り、お店の、ちょうどアイスクリームが売られているケースに落ちたけれど、さいわい、お客さんも、店員さんも、無事だったそうだ。この町のひとたちは、大体のひとが、件の、明日が垣間見える装置を利用しているそうだけれど、だれの明日にも、ちいさな星が落下することは、垣間見えなかったのだろう。だれかわかっていたら、きっと、お店の屋根に穴はあかなかったし、アイスクリームのケースも、アイスクリームも、だめにならずに済んだだろうに。
(所詮は、ただの占い、みたいなやつでしょ)
 わたしはニュースを観ながら、こころのなかでそう毒づいていた。おかあさんは、こわいわねぇと言って、おとうさんは、店は大変だろうなぁと呟いて、弟は、アイスもったいねえと言いながら、コーンフレークをばりばり食べていた。
 もし、明日、わたしの家に、または、きみの家に、ちいさな星が落ちてくる様子が垣間見えたら、わたしは、どうするだろう。
 にげる。
 家が壊れないようにする。
 あきらめる。
 明日にならないとわからないじゃないと思い、見なかったことにする。
 いくつかの選択肢を思い浮かべて、でも、すぐに考えることをやめた。やめて、今日という日が平穏無事に過ごせますようにと、紅茶を飲みながら祈った。

明日を垣間見える装置

明日を垣間見える装置

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-05-10

CC BY-NC-ND
原著作者の表示・非営利・改変禁止の条件で、作品の利用を許可します。

CC BY-NC-ND