夏の傘
都会には、やさしいうそも、にせもののあいも、あふれている。
ぼくがいつか、きみのために酸素をきれいにしたいと約束したとして、この、静かに不穏で、おだやかに不気味な星に、同情的余地はあるのだろうか。深夜のコーヒースタンドには、はんとうめいのひとびとが、ちいさな店内にぎゅうぎゅうに詰まっていて、まるでなんだかピーマンの肉詰めみたいと、きみは云って、ぼくはきみのそういう的を得ているようで、どうにも外れているような物言いが、きらいではなかった。黄色信号が点滅している、二十五時の街にはすこしだけ、なにかの腐ったようなにおいがまじっている。星かもしれなかった。
「あたらしい傘を買ったのだけれど、雨が降らなくて困るから」
という理由で、きみが、雨粒ひとつ落ちてこない夜空のしたで、唐突に傘をひらく。ぼくらにコーヒースタンドという場は不釣り合いで、なんせコーヒーは砂糖とミルクを淹れないと飲めない質で、きみも、つまりは、ぼくらは、ホットサンドなんかも食べられるカフェとか、からだにわるいといわれながらもやめられないハンバーガーショップだとか、そういうところがしっくりくるので、ぼくたちははんとうめいのひとびとでいっぱいのコーヒースタンドを横目に通り過ぎて行った。こんな時間だから、雨も降っていないのに、きみが傘をさしていても、世に浮いていない感じが、いいなあと思った。青地に、ふぞろいの大きさの白い水玉がちりばめられた、さわやかな夏のような傘は、きみによく似合っている。
夏の傘