マジアチカ

田井田かわず

マジアチカ
  1. 一話「木の洞」
  2. 二話「ヤンはどこへ」
  3. 三話「旅立ち」

マジアドーナ、ドーナ… 成人した魔女に対し敬称として使う
マジアチカ、チカ… 成人していない見習い魔女の総称
木の洞… ヨーテルが訪れた魔女集落の呼称
はぐれ魔女… 一か所にとどまらず旅をして暮らす魔女

一話「木の洞」

 放浪する少女が暗い森にやってきた。少女はカバンと弦を張った楽器だけをたずさえていた。少女がやってきたその森は魔女の集落であり、魔女たちは“はぐれ魔女”の彼女を受け入れた。
「“はぐれ魔女”を里におけるのは七日間です。そのうちは魔女(ドーナ)クアートのもとで魔女見習い(マジアチカ)たちと過ごしなさい」
 “はぐれ魔女”ヨーテルを受け入れたドーナ・クアートは表情硬く、隙のない雰囲気があったが、ヨーテルが尋ねることには答えてくれる親切さはあるようだった。
「この里は木の洞と呼ばれていますよね」
 十歩歩くごとに驚くほどの大木が生える荘厳な森を眺めながらヨーテルが尋ねると、ドーナ・クアートはうなずく。
「由来はこの里の魔女が木と心を通わせ、その心に住まいを得るというところにある」
「木の心に住まいを得るとはどういう意味ですか」
「家に来ればわかる。ここだ」
 そうしてドーナ・クアートが立ち止まったのは立派な木の根元だった。周辺の木と比べれば人一倍太く根も立派で、腰のあたりまでの高さのある洞穴を作っている。
「家は、見当たりませんが…」
 ヨーテルが控えめに言ったのを聞いたか聞かずか、「続きなさい」とだけ言って、ドーナ・クアートは身を小さくかがめて木の根の洞穴をくぐる。すると瞬きした間に姿が見えなくなってしまった。
 ヨーテルは思わず目をこすった。
 いくら立派な木といえど、その根元に人が消えて行ってしまうのはおかしい。しかし続けと言われたからには、同じようにするべきなのだろう。ヨーテルは荷物をギュッと抱きしめて体を洞の中にねじ込んだ。肩の引っかかったのをグイっと入れ込んだ瞬間に体が広い空間に投げ出される。
 力を込めて閉じていた目を開け顔を上げると、テーブルや暖炉のあるごく普通の木造の部屋にドーナ・クアートとヨーテルと同じ年ごろの少女が話しているのが見えた。
「ヨーテル、これがツィパロだ。ツィパロこちらはヨーテル。およそ七日間ほど一緒に暮らすことになる。世話をしなさい」
 突然の紹介を受け、ヨーテルはツィパロと呼ばれた少女に向き直る。ツィパロはクアートに対し黙ってうなずくと、真っ黒い瞳でじっとヨーテルを見つめた。
「よ、よろしく……」
 瞳の圧に気おされつつも、ヨーテルは笑顔をツィパロに向けることに成功する。対したツィパロは特にどう思っている様子もなく、荷物を持ったヨーテルの右手をつかんだ。
「よろしく。ヨーテル、あなたの部屋に案内する」
 感動が薄めで表情が動かないところが何だかドーナ・クアートに似ているなと思いつつ、ヨーテルはツィパロに従った。
 
 部屋の入口に扉はなく、カーテンが引かれているだけだった。それをさっと払い除けてツィパロがヨーテルを招き入れる。
 中には二段ベッドが二台、加えてタンスや本棚、鏡台なども入っていてそれなりの広さがある。
「私たちと同じ部屋でごめんなさい。ドーナ・クアートの家はそんなに広くないから」
 ヨーテルにこの里の平均的な家の広さはわからなかったが、部屋には満足して適当なベッドのわきに荷物をおろした。
「この部屋、一人で使ってるの?」
 ヨーテルが聞くと、ツィパロは低いタンスの上に所狭しと並べられた植物を指さした。
「あれを育ててる人が一人。私の姉弟子で、いまは夕食の材料を取りに行ってる。もう帰ってくるころと思う」
「ただいまぁ」
 ちょうど入口の方から明るい声がした。
 薄い色の髪を三つ編みに結った、優しげで柔らかな印象の少女が籠いっぱいに野菜やらキノコやらを抱えている。
「あなたがお客様ね!私はソルテ。ここの食事担当で、このツィパロの妹弟子なの」
 今日出会ったドーナやツィパロとはずいぶんと違った少女の雰囲気にヨーテルは少し驚く。“木の洞”に住む魔女はみな静かで落ち着いた、悪く言えばちょっと暗い雰囲気の里なのかと思っていた。
「あれ、さっきツィパロがルームメイトは姉弟子って言ってたんだけど、それとはまた違う人?」
 部屋にはベッドが四つあったので足りなくはない。ソルテは考えるヨーテルににっこり笑った。
「私の方が歳が上だからツィパロは“姉弟子”って言ったのね。でも私の方が弟子入りは遅いの。だからほんとは妹弟子」
 魔女は子どもを作らない。代わりに六歳未満の捨て子を拾ってきて、それを魔女として育てる。拾われた瞬間から魔女見習い(マジアチカ)とされるのである。弟子入りが遅いというのは、ソルテはツィパロより後に拾われてきたということだろう。
「今から夕食を作るから、二人とも手伝ってくれる?」
「はーい!この辺の料理はわからないけど何を手伝ったらいい?」
 ツィパロとヨーテルは一緒になって籠を受け取り料理を手伝う。
 それまで全く物音をさせなかったドーナ・クアートは夕食が出来上がるころになってから現れた。

「ヨーテルはそこのベッドを使って」
 寝支度をすっかり整えて、ツィパロがベッドの下の段を指さす。ヨーテルがなんとなしに置いた荷物の傍らを掃除してくれたらしい。
「気を使ってくれてありがとう。いいの?」
 もとは二人しかいないのだしきっとそれぞれ下の段を使っていただろう。
「私はどこでも気にならないから」
 お風呂も一緒に入ってようやくうっすら笑顔を見せてくれるようになったツィパロは、ソルテが寝そべるベッドの上の段に潜った。
「ねぇ、ヨーテルの旅の話を聞かせて」
「私も」
 ソルテとツィパロがベッドから顔を出す。
「えぇ、何かあったかなぁ」
 そういいながらヨーテルは、これまでもいろいろな土地で話をせがまれては語ってきた旅の思い出を語った。二人は大喜びでそれを聞き、とくに外の里の生活や慣習の話を嬉しがった。
 夜も更け、自然に会話がやむとツィパロはベッドの二階であっという間に寝息を立て始めた。
「あの子、体内時計が正確で寝付きがすこぶるいいの」
 小さな声でソルテは笑った。
「ねぇ、ヨーテルはなぜ魔女の里以外も巡っているの?」
「私にとってはそんなに不思議なことではないんだけど…」
 通常、魔女の生活はそれ以外のものとは切り離されている。人里から遠く離れ森の奥や穴の中、隠れるようにして魔女たちは暮らしてきた。しかしヨーテルの育った里は少し違った。
「私のいた集落は力の弱い人たちの集まりだったみたいで、けっこう人里に出て曲芸、占い、音楽とかで生計を立ててる人がほとんどだったんだよね。……軽蔑しないでくれると嬉しいんだけど」
 それがヨーテルの生活であり普通のことだったのだが旅に出て初めて、それは多くの魔女にとって卑しい行為であることを知った。
「そういう里もあるのね」
 少し怯えたヨーテルに対し、ソルテの反応はあっさりとしたものだった。
「この里も人が来ることもあるわ。近くの村から男の人が」
「えっ、そうなの?」
 魔女は子をなさないというのは、そもそも男性と接することを許されていないということでもある。それはヨーテルも知る魔女の掟であった。ヨーテルは街には出るが、男性に気を許すことはない。それが魔女の里に入ってくるとは驚きである。
「常識の範囲だから大丈夫。魔法は無闇に使っていいものではないもの。腕力が足りないときだとか、あと貿易における荷運びとか」
 一つの里の中ですべての必要を満たすのは難しい。そんな時、魔女は男たちを使う。男たちは魔女と契約を結んだ土地から選ばれ、魔女集落を訪れるときには肌の露出を最小限にした服と顔を頭巾で覆った状態でなければならない。彼らは時に力仕事や、他の魔女集落との通商の際の荷運びをする助けをしていた。
「私たちはカラスって呼んでる。ヨーテルは見たことない?」
 聞いたこともなかった。男性との接触のことはヨーテルも知るほどの魔女の重要な掟であるし、基本的には一部の成人魔女のみ知りうる秘し隠すべきことなのかもしれない。ではどうやってソルテはカラスのことを知ったのだろうか。
「植物をさがして夜出かけることも多いからたまたま見かけたの」
 そういってソルテはその話をやめた。

 ヨーテルが目覚めたのは日がずいぶん高くなってからであった。
「ソルテの(ハーブ)がよく効いたようだ」
 突然部屋の入口からクアートの声がして驚く。
「く、薬って何ですか」
「私は寝付きが悪いので飲み物によく眠れるハーブを混ぜてもらっている。昨夜は君の食事にも入れさせた。体が軽いだろう」
 起き抜けから立て続けに驚かされ気分はあまりよくないが、連日の野宿で疲れた体はすっきりとしている。しかし素直にお礼を言う気にもなれずヨーテルは唸りながらベッドから這い出た。
「…私が何かお手伝いすることはありますか」
 ドーナ・クアートの表情からは何も見えない。起き抜けの出来事についてあれこれ考えるよりとりあえず体を動かそうとヨーテルは思った。
「じきにツィパロが戻ってくる。あれに聞くといい」
 それだけ言ってドーナ・クアートはどこかへ行ってしまった。
 昨日ツィパロたちから聞いた話によるとドーナ・クアートは弟子たちのやることにあまり干渉しない。役割をあたえ、魔法を教えること以外はほったらかしなので、ツィパロもソルテもかなり自由にしているらしい。
先生(ドーナ)は子どもが嫌いだから接触は必要最低限にしてるんだと思う」
 ツィパロはドーナ・クアートのことをそんな風に表した。
 ツィパロの分担である掃除がひと段落したらしく、休憩の間に楽器を弾いてとせがまれたので森の中の切り株に腰かけて、旅の友に持っていた楽器をつま弾きつつツィパロの話しを聞く。
見習い(チカ)に対して命令と叱責以外の言葉を聞くことがほとんどない。笑ったとこも見ない」
 感情的になってる様子はないが明らかな悪意を感じる紹介を受ける。
「ツィパロはいつからここにいるの」
「産まれてすぐくらいだったと聞いてる」
 ふぅん。と返事しながらもツィパロの話し方はつねづねドーナ・クアートによく似ているのでヨーテルはこっそり笑った。
「ヨーテルは歌もうたうの?」
 楽器を弾く手を見つめながらツィパロが言った。
「もちろんだよ。何か歌おうか」
「じゃあマジアチカが必ず聞かされる歌。ヨーテルの故郷にもあった?」
 どんな歌かを尋ねると、ツィパロは恥ずかしいのか耳を赤くしながらも歌のはじめを口ずさむ。するとヨーテルも心得て、楽器をつま弾きながら歌の続きを歌い始めた。

「ヨーテルはこの歌の意味を知ってる?」
 歌い終わってツィパロは満足げにしながら言った。
「どうかな。古い言葉なんだろうということはわかる。魔法を覚えるときに習った呪文に似てるよね」
「そう、実際に同じ言葉が入ってる」
「ツィパロは意味を知ってるの?」
 今度はヨーテルが尋ねる。
「知らない。でも小さいときよくドーナに歌ってってしつこく言ってた」
 ツィパロがほほ笑んだのでよほど良い思い出なのだろうとヨーテルは思った。
 二人で少し物思いにふけっていると大きな声で小さな少女が駆け寄ってきた。
「ツィパロー!」
 髪を二つに結った活発そうな少女がツィパロの腰にしがみつくと隣のヨーテルに気づきさっと隠れる。
「イーダ、挨拶」
 ツィパロに促され、半分顔を出したイーダはヨーテルをにらむようにして自己紹介をしてくれた。ツィパロやソルテとはまた別の魔女(ドーナ)に拾われたマジアチカであるらしい。なんだかお姉さんぶったようなツィパロの態度を微笑ましく思いながらヨーテルもイーダに挨拶をかえす。
「慌ててたようだけど、何かあった」
 ツィパロにいわれてハッとしたイーダはその袖を引きながら言った。
「妹が、ヤンがいなくなっちゃった…!」
  その表情は少し青ざめている。
「ヤンが。また喧嘩?」
「ケンカしたけど、ケンカの後もいつもみたいに泣きながらひっついて歩いて来てて、でも森の中で急にいなくなっちゃった」
 不安な気持ちを思い出したのかイーダは涙ぐむ。
先生(ドーナ)には話した?」
 少女はうつむいて黙ってしまう。叱られるのを恐れてまだ言えてないのかもしれない。
 ツィパロは落ち葉をつまんでしばらく考えてからヨーテルの手をつかんだ。
「一緒に来て」
 ドーナ達に内緒でどんな冒険が始まってしまうのか、初めて会ったときにも呑まれてしまいそうだった真っ黒い瞳に見つめられヨーテルは唾をのんだ。

二話「ヤンはどこへ」

 二人のお姉さんを先導する少女イーダの足取りはしっかりしていた。
「この辺で見うしなったの」
 目元は赤いがキリリとさせて森の中を案内する。
 イーダに連れられて来たのは集落からいくらか外れた場所だった。集落の中には大きく根の太い気が点在しているがこの辺には見ない。代わりに若い木がひしめき合っている。
「隠れやすそうな穴も茂みもこれと言ってなかったね」
 ヨーテルとツィパロはあたりを見回すが、とくに不自然な様子もない。
「どうしよう。人さらいだったりしたら……」
 責任感からうつむくイーダの肩を、ツィパロがなでた。
「きっと見つかる。ここから川が近いから、ひとまず見に行こう」
 草をかき分け人の踏みならした道をたどると水音が聞こえた。うっそうとした森が開け、川が流れているのが見えてくる。
「きれい…!」
 ヨーテルは思わずつぶやいた。
 川は飛沫をあげながら森を切り、その上流は大きな岩山を仰いでいた。白っぽい岩山は神々しく、輝いてるようにも見える。
「ここの川はあの山に住む魔女が管理しているの。正しい手順を踏まないと普通にはたどり着けない。ヤンは正しい道順を知ってる?」
「何回か一緒に来たけど、まだ覚えちゃいないと思う……」
 イーダは首を振る。しかし何かの拍子にたどり着いてるかもしれないので、ツィパロとイーダは川辺をきょろきょろと見渡した。ヨーテルは川の対岸がちょっとした崖になってるのを見てふと視線をあげる。すると崖の上に何かの影を見た。
「だれ!」
 ヨーテルの視線を追ってツィパロが呼ぶと、その影が立ち上がった。
「ヤン!」
「お姉ちゃん、おりれないよぉ!」
 影の正体に気づいたイーダが叫ぶ。崖の上の少女は姉の姿を見つけて泣き出した。
「どうしてあんな所に……」
「岩山の魔女との約束を知らず、いい加減に川を探して歩くとああなる。あそこから降ろす方法を考えないと」
「ツィパロの魔法で助けて!」
 イーダがツィパロのスカートにすがった。
 イーダやヤンなど、十二歳を超えないマジアチカは勝手に魔法を扱うことを許されていない。特にヤンほど幼ければ見習いとは名ばかりで、魔法の手ほどきもまともに受けてはいなかった。
 しかし、いつもは動じない風のツィパロがあからさまに視線をそらして渋る。
「植物以外の魔法は苦手だし、この距離じゃ、届くかどうか……」
 ツィパロ自身、十二歳の儀式を済ませてからまだ二年ほどしかたっていない。いまだにソルテなどの年上のマジアチカやドーナの前で使う事がほとんどだった。ましてや今はヤンの命がかかっている。
「やってみてよぉ、お願い!」
 イーダに泣きつかれて、ツィパロは細く息を吐いた。握っていた手のひらをほどいて崖の方に向ける。じっと崖の方を見つめていたかと思うと、伸ばしていた両手をもう一度ぐっと握りしめた。すると大きな音を立て、太い木の蔓が崖の上でのたうった。その蔓はヤンを捕まえるかと思いきや勢い余って少女を崖の下へと突き飛ばしてしまう。
「ヤン!」
 三人が叫んだ矢先、今度は川の水が大きくうねって小さな体を受け止めた。
 ヤンが気を失って川岸に置かれたとき、いつの間にやってきたのかソルテがその側に座り少女の濡れた体を布でくるんだ。
「間に合ってよかった」
「ソルテ!どうやってここがわかったの?」
 ヨーテルが驚いて声を上げる。
「ツィパロが木の葉に記して知らせてくれたの」
 ソルテがイーダに向き直る。
「ごめんね。イーダの先生(ドーナ)には言っちゃった。忙しいみたいでここには来ないけど」
 イーダは泣きながらうなづく。
「……ありがとう、ソルテ」
 落ち込んだ様子で側までやってきたツィパロをソルテは優しく抱きよせた。

 五人で帰ると里はもう夕飯時のようで、森の中においしい匂いが漂っていたが、イーダとヤンは何も夕食の材料を持ち帰らなかったことを怒られていた。
「私たちは怒られないように畑に寄ってから帰りましょう」
 ソルテの誘いでドーナ・クアートの畑を覗くと、広くはないが野菜やハーブの葉が豊かに並んでいた。その中のトマトの株を見てソルテがツィパロを手招く。
「トマトが欲しいんだけど、まだちょっと青いみたいだからツィパロお願いできる?」
 見ると確かに食べごろにはまだ早い。
 ツィパロは川辺でのことを思い出してか少したじろいだ。そのツィパロの肩を寄せソルテが優しく言い聞かせる。
「大丈夫。触っていればツィパロは絶対に失敗しないし、たとえ触れなくても落ち着いてさえいれば、植物があなたの思いを聞いてくれる」
 ソルテに励まされて、ツィパロはトマトの株に祈るような面持ちで触れた。すると瞬く間にツィパロが触れていた株のトマトが赤く熟していく。
 先ほどとは打って変わった美しい魔法の現れにヨーテルは心の中で驚いた。それを察したソルテが嬉しそうに笑う。
「ツィパロは本当にすごいのよ。普段だったらこのくらいのことは直接に触れなくたってできるの!私も同じくらい植物と親しくなれたらと思って、いろいろ育ててみたりしているんだけど……」
 魔法には相性がある。魔法をかける対象との相性がいいほど魔女の心ひとつで魔法が現れる。魔女の力が弱かったり、相性が悪かったりすると、川辺でのツィパロのように魔法を暴走させてしまうか、そもそも魔法が現れないことも多い。そういったときは思いよりも視線、視線よりも接触を通して魔法を対象に正確に伝える努力をすることになる。川辺でのツィパロは視線によってその思いを植物に伝えようとしたが、ツィパロ自身の未熟さのために魔法がうまく現れてこなかったのだ。
 一方ソルテは幼いころから植物や自然のものとの相性が悪く、いまでも成功率は高くないが、魔法を伝えるときの丁寧さと、魔法使いとして高めてきたものによって波を動かし、ヤンを助けることができた。
「なんだか物の方が相性良いみたい。特に食器とか料理の道具とか」
「だからソルテが料理するとすごく速くておいしい」
 食べごろになったトマトを両手に持ってツィパロが言った。

三話「旅立ち」

 まだ日も昇らない頃、ドーナ・クアートが珍しく音を立てて家の中を動き回っていた。
「ドーナ、何か…?」
 物音に起こされたツィパロが目をこすりながら、廊下を行くクアートを呼び止めた。
「少し出る。まだ寝ていなさい」
 ドーナ・クアートの短い返事を聞くと、ツィパロも、一緒に目覚めたヨーテルもまた夢の中へ引き戻されていく。ヨーテルが“木の洞”に来て、六日目の朝のことだった。
 その日の朝食にはソルテの姿がなく、二人が起きてくるとクアートが食事の用意をしていた。
「ドーナ・クアート、ソルテはどこへ?」
 いつもより茶色めの食卓を見つめながらツィパロが聞いたが、ドーナ・クアートはあからさまにその質問を無視した。
「ヨーテル、行き先は決まったか」
「え、あぁ、決まりましたけど…」
「なら早めに発ったほうが良い。面倒事に巻き込まれるかもしれない。今日のうちにでもここを出なさい」
 どのみち滞在期限は明日なのだが、急かすような態度にヨーテルは戸惑う。いつもクアートの言葉を補足してくれるソルテもいないので、ひとまず頷いて目の前のパンをつかんだ。すると無視されたツィパロが苛立った声を上げる。
「ソルテはどうしたんですか!その面倒事に関係があるんじゃ…」
「食事中は静かに」
 クアートはまたも返事をせずツィパロの言葉を遮る。ツィパロは一度は立ち上がろうとしたが座り直し、食事を平らげてから外へ出て行ってしまった。
 この場の空気も、クアートと二人きりになったのも気まずく、ヨーテルがツィパロの後ろ姿を目で追うと、「一緒に行きなさい」とドーナ・クアートが言うので、その言葉に従う形でヨーテルはツィパロの後を追った。
 今日はいつもよりも森の中に大人の魔女の姿があるなと思いながら慣れたあたりを歩いていく。ツィパロの姿はすぐに見つかった。
「ツィパロ、大丈夫?」
 いつもの切り株に座るツィパロの隣に腰かけて尋ねる。
「ドーナたちも、そうじゃない魔女もこんなに外に出てきてるなんておかしい」
 兄弟弟子が姿を消し、ドーナ・クアートにも突き放されて心細くなってるかと思われたツィパロの目はいつものようにしっかりと見開かれていた。自分から隠されたものをすべて暴こうとでも言うように爛々(らんらん)と光っている。
「ソルテは追放されたんじゃないかって噂してる人がいた。ドーナじゃない魔女がはっきりした情報を持ってないということは、ソルテはかなり重大なことに巻き込まれたのかもしれない……。ヨーテル、ドーナ・クアートの部屋に行こう。あそこならきっと何かある」
 ツィパロはヨーテルの返事も聞かず走り出した。ヨーテルは、それこそ大変なことになってしまうのではないかと思いながらも付いて行くのだった。
 木の洞の家とはやはり魔法の一種らしく、いまさらながらその中の広さに驚く。ドーナ・クアートの部屋にたどり着くまでの階段が驚くほど長く、歩きなれたヨーテルも息が上がってしまった。ひたすらツィパロについて歩くと恐ろしい数の本と様々な液体や植物、とにかく色んなものが壁の棚一面に並べられた部屋にたどり着く。
 その部屋の隅に置かれた机にツィパロは駆け寄り、引き出しを探り始めた。
「ツィパロ、そんなことして大丈夫なの?」
 先ほど言いそびれた言葉を掛けながら、ヨーテルはおっかなびっくりのぞき込む。
「怒られるかどうか、という話しなら絶対に怒られる。でも、それが何」
 ツィパロはヨーテルに向き直り目を合わせて言った。
「わけもわからず出て行けと言われてヨーテルは腹が立たないの。私は近くで何かが起こってるのに、それを私だけが知らないなんて嫌だ!」
 ヨーテルはこれまで“はぐれ魔女”として人との関係は浅く、風の向くままに暮らしてきたのでツィパロと同じ気持ちを持たなかったが、このいつも真っ直ぐな目をする少女の思いを否定することもできなかった。むしろヨーテルはツィパロのそういった性格を好ましく思い始めていた。
「……そうだね。私も探すの手伝うよ」
「探す必要はない。そこに手掛かりになるようなものは置いていない」
 二人の背後に音もなくドーナ・クアートが現れた。
 ドーナ・クアートに気づいたツィパロが机の前にかがんだまま振り返る。
「……外で噂を聞きました。ソルテは追放されたって」
「噂の通りだ」
 ドーナ・クアートはあっさりと肯定した。
「朝は教えてくれなかったのに、なんで今ごろ……」
「朝の時点ではまだソルテの扱いが決定していなかった」
「どういう事ですか。あの時ソルテはまだ里にいたと?」
 ドーナ・クアートが今度は首を振る。
「そうじゃない。ソルテは明朝(みょうちょう)、自ら里を抜け出し姿が見えない。それでどういった扱いをとるのかの会議が、里のドーナを集め開かれた」
 ツィパロは驚きのあまり立ち上がった。
「ソルテが自分から里を出ていくなんてそんなわけがない」
「ソルテと兄弟同然に、いや、もしくはそれ以上に仲の良かったお前にはつらかろうが、これは事実だ。ソルテは以前からカラスの男と接触するところをみられている。これまでは黙認されてきたが、おそらく駆け落ちしたのだろう。もう見逃されることはない。これは重大な掟破りだ。したがって永久に帰ってくることは許されず、“追放”という扱いを受けることになった」
 ヨーテルはツィパロを見上げた。ツィパロの目はクアートの方こそ向いているが混乱し、焦点が合っていないようにも見える。
「嘘だ……」
 小さな唸るような声が聞こえた。
「そんなのは嘘だ。ソルテが私を置いて、私に何も言わずいなくなるハズがない」
 ツィパロの負の感情に呼応するように部屋に置かれた植物がしおれ始める。部屋の明かりも木の力に由来するためか暗く陰っていった。
 ツィパロと植物の相性がいいとはこういう事かと思いながらヨーテルはドーナ・クアートの様子を(うかが)う。彼女は眉一つ動かさずにそこに佇んでいた。
「やめなさい迷惑な。ここで怒りを見せようと何一つ変わらん。自分の魔法くらいまともに制御できなくては困る。もうお前を(なだ)めてくれるソルテは迎えには来ないのだから」
 ドーナ・クアートに(たしな)められ、部屋の魔法現象は止まった。明かりは戻り、植物も元の瑞々しい姿に返っていく。その代わり、ツィパロが(せき)を切ったように泣き出した。
 部屋に戻って頭を冷やすようにドーナから指示されると、ツィパロは大人しく従った。
 ヨーテルとドーナ・クアートだけがその場に残る。ヨーテルは何を言うべきか考えていたが先に口を開いたのはドーナ・クアートだった。
「ヨーテル。そういう事だから君がソルテの駆け落ちに加担したんじゃないかと声が上がっている。誰かに(つか)まる前に里を出なさい。自由を奪われるのも時間の問題だ」
 今朝のことはクアートの気遣いだったことがわかりヨーテルは慌てて礼をする。
「あ、お心遣いありがとうございます。でも、あの、ツィパロは大丈夫なんでしょうか」
「疑われるかどうかという話しであれば、……どうだろう。ただ、ツィパロはソルテにずいぶんと依存していたようだ。誰かしらその関係に気づいた者もいるだろう」
 それはツィパロも疑われる理由があるということではないか。
「ドーナ・クアートはどうお考えなんですか」
 ヨーテルには味方してくれているようにも見れるクアートが自らの弟子たちにはどこか他人事のようで、詰めるように尋ねてみるがクアートの返事はいつもと変わらなかった。
「私はあれら(ソルテとツィパロ)の選択には干渉しない」

 ヨーテルが弟子(チカ)の部屋に入ると、ツィパロはソルテのベッドの上で膝を抱えていた。もうすすり泣く声は聞こえない。
「ツィパロ。私、今日の日暮れにはこの里を出るね」
 そう告げるとツィパロが視線だけこちらによこした。赤い目がヨーテルを見る。
 ヨーテルはドーナ・クアートとの会話を思い返していた。自分と同じ年ごろの真っ直ぐな目をした少女は、今後、姉と慕うソルテの居なくなったこの里に留まり、どんな思いをしていくんだろうか。
「……見送る」
 ツィパロがぽそりと呟いた。
「……うん」
 それだけ言葉を交わし、二人は今日限りの日常に戻った。

 宵の口、空にはまだ青や赤の色が残っているのに、照らす光の失せた森の木々は黒々として風に踊る。
 ヨーテルは“木の洞”に来た時と同じ格好で森の中をとぼとぼ歩いた。ツィパロがその後ろをたどる。ドーナ・クアートには、彼女の洞の中で挨拶をすませた。
 ヨーテルが足を止めた。
「ツィパロ、ここでいい。見送ってくれてありがとう」
 ヨーテルが後ろを振り返るといつの間にかツィパロが袋を一つ肩にかけていた。
「……それ、なに?」
「森の中に隠しておいたのを途中で拾ってきた。ヨーテル、私はソルテを探しに行く。突然いなくなった理由が知りたい」
 ヨーテルはついつい肩の力が抜けてずり落ちそうになった楽器を慌ててつかんだ。真っ直ぐな子だと思っていたがここまでとは。里のことは大丈夫かと訊こうとして「選択には干渉しない」というドーナ・クアートの言葉を思い出す。
「きっと大丈夫だね」
 自分の中で納得してそう口に出すと、ツィパロは意外にも不安そうに視線をさまよわせた。
「旅のことを言うなら大丈夫じゃない、かも……。里の外のことは本当に何も知らないし、だから、あの、しばらく一緒に行かせて」
 いつも自信ありげに話すツィパロの歯切れが悪いものだから、ヨーテルはつい笑ってしまった。

マジアチカ

マジアチカ

外界と隔離され、独自の掟を持つ魔女の里で育った魔女見習い《マジアチカ》。ある出来事をきっかけに少女たちは己の巣穴から飛び立つ。魔女見習いの日々と冒険の物語。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 冒険
  • 全年齢対象
更新日
登録日

CC BY-NC
原著作者の表示・非営利の条件で、作品の利用を許可します。

CC BY-NC