空転

タイトルをレッド・ライトにしようか迷いました。あの映画好きなので。

矢印のやつは、飛行機の絵柄だった。

パソコンマウスの話。使ってるマウスの矢印のアイコンは飛行機を使っていた。だからいつもパソコンの画面上には飛行機が飛びまわっていた。ストⅡみたいな感じで。

他人に自慢したこともないし、誰かに見せたこともない。私の個人的な趣味によるものだ。私だけの楽しみ。

そのマウスをどれくらい使っていたのかはもう思い出せない。

随分前にドコモポイントの期間限定のやつを使ってdショッピングで購入して、それからずっとそのマウスを使っていた。使いやすかった。適度に重みがあったし、手になじんだ。大きさもそれなりで小さすぎず大きすぎず。

安物ではあったけどでも気にいっていた。無線マウスで電池を使ってはいたけど電池の持ちもよかった。

そのマウスが壊れた。

突然壊れた。

しかもホイールが壊れた。

ゾンの映画か何かのページを下に下にと無心で下っている最中だった。

ある瞬間突然、ホイールがずぼりと溝にでも落ちてしまったみたいな感じに沈んだ。

「え?」
と思った次の瞬間には画面上から飛行機の絵柄が消えてしまっていた。

慌ててマウスを持ち上げてみたがマウスのボトムの部分から漏れていた赤い光も出ていない。電池を外して再度付けてみるというようなことをしても、うんともすんとも言わない。

電池を取り換えてみても、いつものレッドライトは消えたまま。USBの抜き差しを行ったり、パソコンの再起動までしたものの、やはりつかない。

「壊れた?」
言葉にして言ってみると、間違いなくそうだと思った。最初からわかっていた。ただ、受け入れられずに無駄な抵抗をつづけただけ。

わかると虚脱感が襲ってきた。

自分でも信じられないほどの虚脱感。意外だった。マウスだろ?ただのマウスだろ?べらぼうに高いマウスでもないだろ?有名どころのブランド品ってわけでもないだろ?期間限定の品とかでもないでしょう?誰かすごい人からもらったっていうものでもないだろ?

でも、虚脱感は消えなかった。消え去らなかった。

手を失ったような感覚だった。

利き手を。

大げさでもなんでもなく。

予備で買っていたマウスは軽くて小さくて落ち着かない。

でも、ホイールを回すと、ページはどんどん下がっていく。

しかしホイールを回す際の手ごたえも違った。

違うマウスなんだから当たり前だ。そんなの高望みだし、別れた相手を今もなお思っているみたいな感じで女々しくてかっこ悪い。

そう思う。

そう思うんだけど、でもそのマウスにしてから矢印のアイコンは普通の矢印に戻した。

なんとなく、飛行機を見ていると思い出してしまいそうで。

今も時々壊れてしまったマウスのホイールをくるくると回してみることがある。

でも、それももうあの時の感触ではない。

空転。どこまで回しても何の手ごたえもない。

どこまで回してもどこにも行かない。そもそもマウス自体がもう壊れてしまっている。

だから今度の資源ごみの日に出してしまおうと思う。

空転

空転

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-04-13

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