抱える荷物は
篠塚ひろむ氏の漫画原作のアニメ作品「わがまま☆フェアリー ミルモでポン!」より、アニメオリジナルキャラクター「ワルモ団」の二次創作小説です。
悩める青い参謀と、それとなく励ますとぼけた赤い首領の小噺。
※※以下の注意書きを必ず読んでください※※
◇【登場人物】メインはイチローとジロー。ワルモ団は全員出ます。ミルモは冒頭にちょっとだけ。
◇一応、原作に沿った話です。擬人化ではなく妖精体前提です。
◇ほんのりイチロー×ジローっぽいCP要素を含んでいます。におわせる程度ですが、苦手な人はご注意を。
◇全体的に盛大なねつ造とキャラ崩壊があります(※原作には登場しないアイテムが一部登場します)
◇時系列はダアクがいなくなった後(アニメ本編でいえば「ごおるでん」より後)のつもりです。
注意書きから少しでも嫌な予感がした方はそっとこのページを閉じましょう。
「何でも来い‼」な心優しいお方はどうぞゆっくりしていってくださいませ。
1.焦燥
「――――ミルモでポンッ!!」
お決まりのマラカスの音、魔法発動の掛け声。黄色い光がほとばしったかと思うと、辺りの空気が一瞬張り詰めた。その一刹那の後、空気は渦を巻き始め、周囲の砂や木の枝を巻き込んで旋風となった。狙いは言うまでもなく、俺たち五人だ。
『うわああああーーッ!!!』
抵抗する間もなく、俺たちは全員旋風に巻き込まれた。軽い妖精の体はあっという間に持ち上がり、上下左右にもみくちゃにされる感覚が俺を、他の四人を襲う。
「ヘヘーん!!ワルモ団ごときがこのオレに逆らおうなんて百億年早ぇんだよ!!どうだ参ったかコノヤロー!!」
忌々しいくらい勝ち誇ったようなミルモの声が、風の唸りの合間に聞こえてきた。一瞬怒りと悔しさが湧いてきたが、如何せん体が大きく揺さぶられ、砂礫や小枝が絶え間なく体を叩いているので、すぐにそんな気持ちも何処かへ行ってしまう。
「くっ……全員退却だ!」
イチローが苦し気に声を張って三味線を呼び出した。俺たちも口で答える代わりにイチローに倣う。
正直、この不安定さで魔法を使うのはかなり苦しかったが、今から使おうとしているこの魔法は五人揃わないと使えないのだ。
『――――ワルモでポンッ!!』
五人一斉に三味線を弾き鳴らす。黒い光が舞い、俺たちを包んだ。例えるなら、体を垂直に引っこ抜かれるような、くらっとする浮遊感がやってきて、俺たちは上手いこと旋風の中から転移していた。目的地は、言わずもがな我らがアジトのある公園だ。
転移する間際、ミルモの奴が「逃げんのか卑怯者ー!」と喚いていたようだったが、今の俺には少なくとも気にする余裕はなかった。
◇◇◇
「いてて……ひどい目に遭った……」
『全くだ……』
アジトに帰るなり、イチローの零した一言に俺たち四人は賛同した。
だが、この程度の怪我は珍しくない。過去に何回も、ミルモ含め彼の仲間によって痛い目に遭わされてきた。今回のものよりひどく怪我したこともあるし、この怪我も動けないほどでもない。
しかしながら、今の俺は物理的な傷よりも、精神的な傷の方が深かった。
「ちょっと待ってて、回復用の魔法アイテムがまだあったはずだから……」
そう言って立ち上がったゴローは、アジトの隅のチェストをごそごそやり始めた。
―――俺たち妖精は、本来怪我や病気を治す魔法は使えない。しかも、俺たちワルモ団五人の使う魔法は、闇の魔法。すなわち「黒魔法」だ。これは他人やものを操ったり、悪意あるものを召喚したり、何かを破壊することに特化している。壊れたものを修復したり、怪我を癒したりする、いわゆる「白魔法」的な用途向きではない。だから我々のように「黒魔法」に加担する者は、ミモモショップで買った「イタイノトンデク薬」という回復用のアイテムを媒介にするしか他人や自分の傷は治せないのだ。
「ちくしょう……ミルモの奴、相変わらず強運の持ち主だぜ……」
ふと、サブローが悔し気に呟いた。握った拳が戦慄いている。
「今回は上手くいきそうだったのになあ……」
シローも気落ちしたようにぽつり。小さく溜息を吐いていた。
毎度のことながら、作戦を立てたのは俺……ジローだ。今回の作戦では、ミルモが「くもっちょ」というチョコ綿菓子を好んでいることを利用した。
まず、人間の店で売っている「くもっちょ」を入手し、魔法で操ってミルモの前でちらつかせる。食い意地の張ったミルモは、案の定好物を前にして食いついてきた。そのままミルモをパートナーの人間である南 楓と上手く引き離し、味方のいない場所へと誘導した。
ここまでは順調だった。あとは隙の出来たミルモの動きを封じ、五人一斉に攻撃するだけ……だったのだが。そこで敢えなく他の人間の邪魔が入り、ミルモにこちらの存在が気付かれてしまった為に、その隙を完全に突くことは叶わなかった。そして、最終的には先刻のようにミルモに敗北を喫した……という訳である。
(何がいけない?何が欠けているんだ?俺の作戦は……)
俺は無意識に拳を握っていた。今回の作戦は、実を言うとかなり慎重に練ったはずなのだ。
――途中までは上手くいったのに……今回こそ成功すると思ったのに……――そう思うと、いつになく悔しさと遣り切れなさがふつふつと湧いてきた。いつもなら、失敗してもある程度は仕方ないと割り切って、気にせずにいられるのに。
「……ジロー、どうしたの?」
ふと名を呼ばれて、俺は物思いから我に返った。ふと見れば、「イタイノトンデク薬」を手に持ったゴローが、いつの間にか俯いていた俺の顔を覗き込んでいる。黒い前髪の隙間からこちらを見つめる瞳は何処か心配そうだった。
――いけない。知らずに表情に表れていたらしいな。皆にこの動揺は知られてはいけない。余計な気遣いはさせるまい。
「……いいや、何でもない。ちょっと……傷が痛むだけだ」
「えっ、それは大変だ!すぐに薬を使うからなっ」
ゴローは俺の小さな嘘を疑うことなくあっさり呑み、慌ただしく準備し始めた。全く、ゴローはやはり素直だな。この純粋さは、時に誤魔化すことがいささか心苦しくなってしまう。俺はつい覆面の下で苦笑いした。
ゴローはそんな俺の心中など露知らず、俺の怪我した所に薬を塗っていく。それを終えると、自分の三味線を呼び出して撥を構えた。
「――――ワルモでポンッ!」
三味線の小気味良い音の後、黒の光が閃いて俺を包む。魔法の力に反応して、薬を塗った所の傷はみるみるうちに癒えていった。
「ありがとう、ゴロー。大分楽になった」
「どういたしまして」
小さく頭を下げ礼を言うと、ゴローはいつもの柔らかい笑顔を見せた。それからゴローは、先に回復させていたらしいイチローと一緒にサブローやシローの回復にも当たった。そして最後に、イチローがゴローの怪我を治し、とりあえず全員傷は癒えた。
「黒魔法って、悪いことするのには便利だけど、味方に向けて使う時って調節が難しいよなあ」
すっかり元気になったサブローが腕を組んで唸った。
「そうだな。まあこういう時に不便は不便だが、何事も一長一短。王国打倒にはやはり黒魔法の力が必要不可欠だ」
そんなサブローを諭すように、イチローが穏やかに答える。そうだ、普通の妖精の用いる魔法では、きっと王国打倒なんて果たせまい。黒魔法の力を上手いこと引き出せるように、上手いこと作戦を考えなければならないのに……俺ときたら……。
「…………」俺はのろのろと立ち上がった。傷は癒えているはずなのに、体が鉛のように重苦しいのは心の問題であろうか。そのまま足はアジトの外へと向かっていた。
「あれ?おーいジロー、どこ行くんだよー?」
それに気付いたシローが声をかけてきた。俺は顔だけそちらを振り向くと、笑って言った。この内心を悟られないように。
「……ん、何、また新しくミルモ打倒もとい王国打倒の作戦を考えなくてはいけないからな。少し外の空気でも吸って気分転換してこようかと思って」
あながち嘘でもないのだが、本音はもっと単純だ。「一人になりたい」、ただそれだけだ。
俺は四人の反応を見ないまま、アジトの外へと出て行った。
2.懸念
「……ジローの奴、かなり落ち込んでるな」
ジローの後ろ姿が見えなくなってから、俺はぽつりとそう言った。
「やっぱイチローもそう思うか?」
「参謀、ダメージ大きそうだよなあ……」
「うん……元気無くなっちゃってたよね……」
サブロー、シロー、ゴローが順々に賛同した。三人共、黙っていただけでやはり敏感に察知していたか。
ジロー本人は必死に平気を装っていたのだろうが、俺や皆に隠し通せるわけがなかろうに。その気落ちぶりは、立ち去っていく背中だけでも察しが付いた。
「ジロー、どうしたのかな……?」
「あのジローがあそこまで凹んでるんだから、きっと相当のダメージを喰らう何かがあったんだろうけどな」
「ミルモにやられたこと、だったりして」
「まさか。だってジローだぞ?それぐらいじゃ落ち込まないだろ。今までだって、ミルモに負けてもピンピンしてたじゃんか」
ゴローとシローはああだこうだと言いながら首を傾げていた。まあこれも無理は無い。俺たちワルモ団は出会ってもう長いが、未だに相手のことを全部分かっているわけでもない。ゴローやシローの知らない、ジローの落ち込むきっかけもあって然り、だろう。尤も、俺は大体の予想は付いていたりするんだが。
「何にせよどうすんだ?ほっといていいのかよ?」
アジトの出入り口から見える外の景色を見やって、サブローが誰にともなく言った。その目線は、まるでジローの姿を探しているかのようにちらちらと動いている。
……俺はすっくと立ち上がった。やはり放っておくのも忍びない。
「俺が様子を見てこよう」
「お、マジか?んじゃ、俺たちの代表ってことで頼んだぜイチロー」
サブローがにっと笑いかけてきた。任せろ、と答える代わりに俺も笑みを返して頷く。
「皆で行かなくていいの?」
ゴローが不思議そうな表情で小首を傾げた。そんな彼の頭を、シローが苦笑いしながら「ばか」と小突く。
「全員で行けばいいってものじゃないだろ」
「え、そうなのか?」
シローの説明を受けても、ゴローはまだきょとんとしたままだ。
ゴローの名誉の為に一応言っておくが、決して彼は思慮が足りないわけではない。ただ、これでもかというくらいの天然なので、多少ズレていると言おうか、悪く言うとニブい所が否めないだけなのだ(多分)。尤も、彼の場合そこが憎めなかったりもする。むしろ、その故意の無さがこいつの良い所でもあるし、俺からしてみれば飾り気が無くて可愛いものだ。
「ゴロー、気持ちは分かるがな、恐らく今のジローに複数人で声をかけるのは逆効果だ。ここは俺に任せておけ」
ついくすくす笑いを怺えきれず、俺はゴローの頭をぽんぽんとやる。そして、サブローとシローに一つ頷いてから、アジトの外へと向かった。
◇◇◇
「……やっぱ流石だな、イチロー」
ふと、サブローがしみじみとした様子で呟いた。
「え、何が?」言葉の意味を測り兼ねて、シローが尋ねる。サブローは頭の後ろで手を組み、目を細めた。
「いや、率先力は相変わらずだなって。悔しいけど、やっぱりあいつは俺らのリーダーだよなあ」
「ああ成程、言えてるわ。ああいうの、オレだったら真似出来ないや」
シローも微笑んで頷いた。
イチローが「自分こそリーダーだ」と言い張ると決まって『リーダーは俺だ!!』と反論する団員たち。普段は彼がリーダーであることを認めない素振りを見せる団員たちだが、本当は全員分かっているのだ。ワルモ団のリーダーは、イチローこそ相応しいと。
このワルモ団を結成する時に音頭を取ったのも、現在何だかんだでメンバーをまとめているのも、他でもないイチローだ。仮にイチロー以外のメンバーがリーダーを務めていたとしたら、きっと今日までワルモ団は継続しなかったに違いない。全員意識していないが、これは全員一致している考えであった。見ていないようで、実はメンバーの一人ひとりにさりげなく気を配り、見えないところで個々人を深く理解している。そんなイチローだからこそ、個性派揃いで赤の他人の集まりであっても、ワルモ団はまとまるのだろう。
「イチローがジローを励ましに行ったのは正解かもな」
ふわりと微笑んだゴローに、サブローもシローも強く頷いた。
◇◇◇
アジトのある公園、そこで一番大きな樹の枝に腰かけて、俺は公園全体の様子をぼんやりと眺めていた。
背丈は人間の大人三人分はあるだろうか。その高さゆえ、ここには滅多に邪魔も入らない。だから、俺は時折こうして高い位置の枝に座り、読書に耽ったり、一人で作戦をじっくり考え詰めたりする。或いは気分転換がてらにも利用する。今は言うまでもなく、気分転換が目的だ。
今日は人間の学校は休みなのだろう、幼い子供や十代前半の子供たちがこぞって何やら遊んでいる。なかなかの人数らしく、騒がしいことは騒がしかったが、ぼうっとしているとそれもあまり関係なかった。
「……はあ」一人、ぽつんと溜息を吐く。
既に数十分はここでこうしているが、未だに気持ちは重いままだ。早いところ立ち直らねばならないのに、そう思えば思うほど逆に気持ちは萎えていく。モチベーションも上がらず、次なる作戦を考える気力も湧いてこない。これはまずい、早く何とかしないと……。
「――――ジロー」
不意に、耳慣れた低い声に名前を呼ばれてどきんとした。弾けるように振り返ると、そこには案の定声の主がいた。妖精の飛行手段である団扇で羽ばたき、ハチドリのように停止飛行しながらこちらを見つめている。
「い、イチロー…!?」
「そんなに驚くなよ。何だ、俺が瞬間移動してきたとでも思ったのか?」
イチローがお道化たように笑った。
「いや、そうではないが、でも……」
まさか彼が来ると思っていなかった。俺は意表を突かれたあまり咄嗟に言葉が出てこなかった。しどろもどろになっている俺を他所に、イチローは「隣、いいか?」と尋ねてきた。一先ず頷くと、ありがとうと一言、俺の隣に降り立って団扇をしまう。
「おお、ここは眺めがいいのだな。公園の様子が一目瞭然だ」
「あ、ああ……この公園で一番大きな樹だからな。ここなら滅多にイレギュラーも無いんだ」
額に手をかざして遠くを見渡すイチローに、俺は若干頬を緩めて答えた。
知っての通り、俺たち妖精の姿や声は一般人や動物には感知することが出来ない。俺たちの存在に気が付けるのは、妖精をパートナーとしている人間か、魔力を持った稀な人間くらいだ。存在がごく一部の者にしか感知されない方が都合のいいことは多いが、もちろん不便なこともある。大抵の者には気付かれないが為、不慮の災難やらイレギュラーに見舞われることが少なくないのだ。そのせいで、何度作戦に思わぬアクシデントが起きたことか。我々にとって「イレギュラーが無い」ことは、いかなる場面においても重要なのだ。
「そうだな。ここなら落ち着ける、というわけか。ふふっ、いい場所を見つけたではないか」
イチローが小さく笑い声を上げた。いつもは賑やかし担当の彼だが、今は打って代わって落ち着いた雰囲気を纏っている。その雰囲気で少し心がほぐれたらしく、俺は「だろう?」と少し得意になって笑う。
だが、生来あまりお喋りではない俺と、本来は口数の多くないイチロー。そんな二人だからか、そこで会話はふっと途切れた。そのまま双方黙って景色を眺める。
尤も、その沈黙は重いものではなく。言葉を頻繁に交わさないこの状況は、会話をする元気のない今の俺には丁度よかった。むしろ心地良ささえ覚える。イチローにもそれが分かっているのだろうか、変に話題を探すような素振りも見せず、沈黙をありのままに受け入れているように見えた。風でこすれる木の葉が奏でるサラサラと軽やかな音が、沈黙の間を滑っていくのが耳に快い。
「……なあ、ジロー」
―――どのくらい沈黙が続いただろう。それを破ったのはイチローだった。顔を向ければ、イチローはこちらを見ないまま、景色に目を細めている。
「……平気か」
そのまま続けられた一言に、思わず息を呑んだ。心が見透かされた……そう直感したからだ。もし俺の心中に見当が付いていないなら、こんな限定した尋ね方はしないだろう。
お前が必死に隠そうと努めていた心の内なんて、俺はお見通しだぞ。
イチローの投げかけた言葉は、暗にそう言っているように思えた。
「…………あまり、平気じゃない」
俺は観念して本音を吐いた。イチローの前で誤魔化そうとしたのがそもそも無駄だったのだ、と少し恥ずかしくなる。
俺の返答を聞いても、イチローは無言だった。ただその横顔は「やはりな」とでも言いたげだった。
「……焦っているのか」
「ああ……かなり、な」
参ったな、そこまでお見通しなのか。思わず苦笑が浮かんだ。
「何故焦る?もう我らの失態を咎める者はおらんのだぞ?」
かつてワルモ団は、「ダアク」という悪魔に仕え、その願望――人間を幸せにする存在である妖精と、その故郷である妖精界を滅ぼすこと――を叶えるべく行動していた。当然、失態を続ければ仕置きも受けた。ダアクにどうにか頼りにされようと、五人全員が焦燥に駆られながらあの手この手で悪事を働いた。しかし、今はそんな主もいなくなり、俺たちは自発的に王国打倒を画策している。
イチローの言うように、あの頃感じた背を焼くような焦りはもう感じない。むしろ、感じるゆえんも無いだろう。我らを追い立てる存在はもういないのだから。だが困ったことに、今度はもっと別の焦りが出てきた。自発的に行動するがゆえに付きまとう、自らの至らなさを思い知って湧く焦燥感だ。
「……作戦がこうも上手くいかないと、やはり焦るだろ……少なくとも、俺はそうだ」
俺はぎゅっと拳を握った。精一杯の考えを投じ下した判断が、正鵠を射ることなく外れる。考え抜いた側からすれば、これ以上の落胆は無い。
「まあ、成果が見えないことには確かに不安だな。だがな、一つ思うんだ」
そこで一旦言葉を切り、イチローはようやくこちらを見た。
「お前、全て自分で抱え込もうとしていないか?」
「えっ……」
一瞬、言葉の意味が呑み込めなかった。俺は瞬きを繰り返してイチローを見つめ返す。さぞかしこの時の俺は戸惑いも露わにしていたことだろう。
イチローはいつになく真剣で、しかしそれ以上に優し気な眼差しを俺に向けていた。
3.肩代わり
ざわざわざわ……
一瞬風が強くなった。木の葉がこすれて、先ほどより目立った音を立てる。
『お前、全て自分で抱え込もうとしていないか?』
イチローの言った言葉を反芻する。
(自分で抱え込む……?俺が……?)
そんな自覚は無かったので、俺は違和感を覚えた。イチローが言葉を続ける。
「確かにお前はワルモ団の参謀であり、作戦を立てる中心人物だ。だがな、だからといって、その手のことを全て担う義務は無いのだぞ」
「…………」
「作戦が上手くいかずに焦るのは仕方のないこととしても、だ。もしもジローがそれを、自分の至らなさのせいだけと思って焦っているなら、それは違うぞ」
ここで、イチローは少し表情を和らげた。きりりとした太い上がり眉が、心なしか下がって優し気な印象になる。
「その失態には……まあ、俺たちの至らなさもあるだろうし、運が悪かったこともあるだろう。とにかく、原因は決してお前一人にあるのではない。多くの原因が重なった末の結果なのだ。だから、お前だけしゃかりきになることもないし、抱え込むこともない」
(……待って、くれ……。それ以上、優しい言葉をかけられたら……)
ああ、まずい。鼻の頭がつんとしてきた。目頭が熱い。
「お前は特に真面目で抱え込みやすい。全部抱え込んだらどんな荷物だって重いだろう?いつかその重さにくたびれて、動けなくなってしまうぞ。そういう時はな、一度荷物を下ろしてもいいんだ。それが難しいなら、その荷物の半分でも三分の一でも、俺や皆に託せ。俺も皆も、引き受けないわけがないさ」
そう言ってイチローは微笑んだ。覆面で口元が隠れていても、優しい笑みであることが分かった。
―――イチローの言葉が、ゆっくりと、しかし確実に、俺の中に広がっていくのが分かった。
まるで、凍えて緊張した身体に火の暖かさが沁みていくように。性急ではなくても、確かに感じられる温かさ。俺の心で張り詰めていたものが、そっととけていく。体に込められていた無理な力も、それに伴って緩んでいくようだった。
俺は思わずイチローから目を逸らして俯いた。奴の顔をこれ以上見ていたら、柄にもなく涙が出そうだった。口元が隠れているおかげで、唇を噛みしめているのが知られずに済んだのは不幸中の幸いか。
「全く、お前はもっと他人に凭れればいいのに。少なくとも俺は迷惑だなんてこれっぽちも思わんぞ?」
「……っ、ぶ、不器用で悪かったな……!!」
声の震えは抑えられなかった。今にも泣きそうに、自分でも分かるくらい情けなく震えていた。
きっとそれは、イチローにも知れてしまっただろう。けれどもイチローは何も言わなかった。代わりに、まるで弟でもあやすように、俺の頭をゆるゆると撫でた。普段であれば馬鹿にされているようで気に入らないその行為も、今は振り払う気になれなかった。むしろ、しばらくの間でいいからこのまま続けてほしい。そう望んでいる自分がいた。
「そういう何でも抱える役はな、俺一人で充分だ」
「……それはまたどうしてだ?」
イチローの言葉に素朴な疑問を口にすれば、イチローはにやりと笑って答えた。
「決まってるだろう?“俺”がワルモ団のリーダーだからさ」
「……っ!!」
くそっ、一本取られた。いつもなら即座に「リーダーは俺だ!」と言い返してやるのに、言い返せないこの状況でこいつときたら……!
これでは何も言えないではないか。いや、今は言い返す気力も無いのだが。それでも何だか、してやられた気がして悔しい。
「……全く、もう……卑怯だぞ、イチロー……」
「ふっ、何とでも。それで今のお前の荷物が、少しでも軽くなるなら」
イチローは何の屈託もなく、再び微笑んだ。
ためらいも何もなくそう言うものだから、優しく笑ってくれるものだから、俺は余計にイチローの顔が見られなくなる。何だか無性に頬が熱いのは嬉しさからか、はたまたもっと別の感情からか、今の俺には分からなかった。イチローは果たしてそんな俺に気付いたのか、それは定かではない。俺の心中を知ってか知らずか、彼は相も変わらず優しく頭を撫でてくれている。ちらりと横目で表情を窺えば、穏和で静かな微笑み。俺の表情も、それにつられるように緩んだ。
気が付かないうちに俺は、焦りも責任も不安も、全部を一人で抱えようとしていた。
しかしそれは無茶だった。淀む感情を全て抱えようとしても、誰しも限界があり、いずれは抱えきれなくなる。それでも構わずに抱え続けていたら、やがてそれは凝り固まり、重たい荷物となって宿主を圧迫し、苛むだろう。
だが俺の傍には、その重さで潰れる前に休んでいいと言ってくれる人がいた。そっと手を差し伸べてくれる人がいた。それだけで充分だ。それだけで、この心にのしかかったそれは驚くほどに軽くなる。
すまない、迷惑かもしれない。肩代わりしてくれる荷物は重いかもしれない。
それでも、手を差し伸べてくれるなら、少しだけ手伝ってほしい。その荷を抱えるのを。
許してくれるなら、少しだけ休ませてほしい。動けなくなりそうなこの体を。
元気を取り戻したら、またいつものように頑張れるから。その代わり、もし、お前が抱えた重さに苦しむことがあったら。俺は迷わずにお前の荷物を肩代わりしよう。それで、お前の荷が軽くなるのなら。
「……イチロー」
「ん?」
「……ありがとう」
囁き声よりも、俺の声は小さかったかもしれない。
だが、頼りない俺の声は届いてくれたらしい。イチローは何も言わずに微笑んで、はっきりと頷いてくれた。
ふわり、柔らかい風が撫でるように吹き抜けて、俺の熱くなった頬を冷ましていった。
抱える荷物は
短編でしたがいかがでしたでしょうか。
こちらは七年前、筆者がまだオタク道&ぴくしぶ初心者だった頃に書いたワルモ団二次創作のSS的な作品を加筆修正したものです。当時まだ高校生くらいだった自分の文章、改めて見返すと心臓に悪い……とは思いつつ、自画自賛ながら目立った誤字脱字や無理な表現や話の運びもさほど無かったので、今見返してもそこそこの出来栄えではとも思ってます←
当時はかなりワルモ団に夢を見まくっていました。懐かしい。まあ夢を見てこその二次創作だとも思うのでこれ以上は何も言うまい。
ここからは個人的な妄想語りになるのでスルー推奨。
個人的にジローは「冷静で聡明で頭の切れるワルモ団のブレイン」のような存在だと思っています。まさに参謀、という立ち位置かなぁと。そんな、(あくまで筆者の中では)頭でものを考えがちなジローは、考え込みすぎるあまり発散が上手にできなくて思い詰めてしまいがちだったらいいな……そして、何だかんだでリーダー的存在であるイチローはそんなジローの不器用さを見抜いて上手に慰めてやってたらいいな……当作品はそんな萌えから書き連ねた作品だったと記憶してます。
まだワルモ団二次創作SSが(未発表含め)いくつかあるので随時載せていきたいです。そして、支部で書いていた「妖怪パロディ」のワルモ団の小説も、読みやすい形になるように加筆修正してここにまとめられたらと思いますので気長にお待ちいただけたらと思います。
長くなりましたが、それではまた別の作品で。