休日の暇な日に

 目覚ましが鳴ることのない休日の朝10時、まるで、昨日のことを忘れているかのように早く起きたので、まだ体内が柔らかい熱が保たれている内に、二度寝を試みる事にした。

 そして、また目を覚ましたのは丁度昼を過ぎた1時であった。
 個人的にあまり、午後1時と言うのは好きではない。こうという理屈はないものの、感覚的にあまり気に入らないのだ。ほらもう午後が始まっちゃえば夜なんてあっという間じゃないか、明日は連休であっても明日は明日で、朝早くから予定があるので休日の一日の中で、午後まで何もやらずにただ、ぐーたらしていると馬鹿になってしまいそうで居ても立っても居られないのだ。

 二度寝から目覚めれば、さっきとは違ってすっきりした気分になるので起きるのに不満は無かったし、寝ぼけることも無い。
 無心である状態から何かしたいと頭の中で無性に欲が走るのだ。さて、何をしようかと欲に胸を躍らせるのだ。古い木箱開けるような感覚にそれは近い。突発的に思い立ちそして、直ぐに忘れるもんだから、それは、一度見かけた古本を古書店で発掘したのと同じ達成感を心の奥底から感じるのだ。

 何をしよう何をしようと気持ちが昂るのは何も久しぶりのことでは無い。
 仕事中であっても、そういうことはいつでも考える。ただ、それは妄想にふけるだけなので今回は、それを形にしていく作業だ。いや、その理想を叶えるといった方が物言いが良いのかもしれない。名付けて理想の休日とか。

 そう思いながら、寝間着の軽い服装のままiPadでYouTubeやAmazonなどネットサーフィンをしながら同時にテレビを見る。何気なく目の前を過ぎ去る情報やロマンが木箱になって相変わらず美味しそうな表情でそれを開け続ける。
 ふと、コーヒー豆を挽く動画を見つけた。見てはいない。なぜならそれだけでもう、やることが決まったからである。

 思い立ったのなら即行動を移すので、テレビもiPadも全てそのまま、最低限の身支度を整えて、家を出た。10月の下旬、季節知らずの台風と残暑がようやく去って、落ち着き初めた金木犀も香る週の初め、午後となっても未だ明るい昼の住宅街を自転車で颯爽と漕いで行く。
 そして、10分ほど走らせて着いた先は、スーパーであった。
 買うものは、無くなりかけた小麦粉と卵、粉砂糖、クルミ、ドライフルーツ。

 そして、難なく終えると近くの喫茶店で豆を購入した。これも、無くなりかけていたので、ついでに寄った。

 家に着くと手を洗い。早速、栗色一色のエプロンを結び、キッチンに立つ。作るのはクッキーだ。

 先ずボールに、冷蔵庫から取り出して少し置いたバターをクリーム状になるまで練る。そして、買っておいた砂糖を目測りで入れる。こんくらいでいいだろ。しっかり混ぜ合わせたら塩を加える。このくらいだろうか。
 今まで何回か作ってきたし、計量なんてしない。どうせ自分で食べるのだからまあ、大丈夫だろう。因みに今まで目測りで、失敗したことは無い。

 ほぐした卵を混ぜ合わせ、こちらも目測りで小麦粉をちょっとずつ入れる。そんで、また混ぜる。そして、一つにまとめれば、生地の完成。手軽だと言う事で何度も作ってきたが、やはり、楽だし楽しい。ケーキは色々と手間がかかるのだ。
 そう思いながら冷蔵庫で生地を休ませている間、この前買ってきた本を味読する。やはり、哲学は難しい。

 そろそろ、冷蔵庫の中も良い頃合いだろうと、程よく冷えた生地を取り出して打ち粉を敷いたまな板の上に生地を広げて綿棒で伸ばす。しかし、自分にはバランス感覚というものが欠落しいるらしく、毎回どちらかに偏る。今回もそうなってしまった。生地全体の右側が小さな山になっているのに対して左に向かっていくに連れて薄くなってる。なんでだ。これも、また哲学だとしよう。哲学とはなんて難しいのだ。

 そんな不格好な生地を、今度は30分ほど冷やし型を抜き、熱しておいたオーブンで焼く。

 焼いている間に、コーヒー淹れる。今日の豆はグァテマラ。

 クリスタルマウンテンや、ブラジルも好きだが今日はそれにした。あともう少しだから飲んでしまおうというそれだけの理由。
 早速、挽いていこうと思うだけで心が静かに踊る。残りあと少しの豆の袋の封を解く。それだけで漂っていた香りが濃いものになり、挽く前から楽しくなる。豆をすくい上げミルの中に……金属音の擦れる音がまた気持ち良い。
 ハンドルをゆっくりと……しかし、遅すぎずかと言って早すぎず。丁寧に丁寧に、ハンドルを、回す。待つことなく直ぐに豆のがりりという心地良い音が耳を伝ってくるのと同時に豆の香りも鼻腔を通る。
 嗚呼、心地よい。豆の挽く音、豆の香り、どんどんと奥へ引き込まれる豆、ハンドルから伝う微かな振動。五感とまではいかないが、味覚を抜いた感覚が心を落ち着かせる。
 そうして、二杯分は挽き終わった。受けの木箱を引き出し。湯が沸いたので一旦やかんの湯を冷ます為に細口のポットへ移すと、ドリッパーにドリップバッグを折って広げる。そして、粉末になった豆を入れる。
 いつも使っているマグカップの上にそれを置いて、セットアップは、完了した。

 「あ」
 クルミとドライフルーツ、あと紅茶も、クッキーに入れ忘れていた。

 あと、5分でクッキーは焼ける。
少し、早すぎたかと感じたが、それでもまあ良いかと感じる。これでよい。気まぐれなのだから。気まぐれなのだから良いのだ。何も気を使うことはないのだから、何を見落としても悪い気分にはならない。気まぐれは僕が知る中では一番都合が良くて、一番好きな言葉なのだから。

 あと、4分でクッキーは焼ける。
 待ちくたびれたよと、オーブンの前で座り込む。欲に忠実になるのは、悪いことではない。こうやって、欲のままに家を飛び出して材料を買って、好きな物を作って食べて。
 窓から差し込む光は依然として明るい。

 あと、3分でクッキーは焼ける。
ならば、iPhoneに表示されたタイマーとは一旦距離を置いて珈琲を淹れることにする。

あと、2分でクッキーは焼ける。



あと、1分でクッキーは焼ける。

 そう言えば換気扇を回していなかった。部屋の中は、クッキーと珈琲の香りで一杯になっていた。

 クッキーはもう焼けた。

 盛られたクッキーをそこまで大きくもないテーブルの中央に置く。向かいの席に一つと僕の席に一つ。
 寂しい顔をしながら僕は笑った。

 「君が居てくれたら、多分こんなへましなかったんだろうなあ」

 なんて、向かいの席に苦笑いを向けてみた。でも何故だろう

 どうして、あの時の君の笑顔を思い出してしまうのだろうかと、僕は今日も昔話を思い出す気持ちで、一つ一つ、大皿のクッキーを摘まんだーー

休日の暇な日に

2019/8/30

休日の暇な日に

クッキーと珈琲のお話

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-04-11

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