コンビニとおじさん

1

吸って吐く、吸って吐く、吸って吐く。特に何も考えず、煙を体内から出す。この行為は、自分の身体に良い影響も悪い影響も与えていないと思う。よく聞く話ではタバコを吸う人間は吸わない人間より病気になりやすかったり、死にやすいらしい。けれども僕は、タバコが原因で体調も崩してなければ死んだ事もない。つまり何が言いたいのかというと、何が言いたいんだろう。これによってタバコを吸う事を正当化しているわけでは無い。かと言って、別に吸わなきゃ生きていけないほどの中毒者でもない。つまりは...
「何で寒い寒い言いながら吸うんですかね。」
おじさんは寒い寒いと言いながら答える。
「寒かろうと熱かろうと吸いたくなっちゃうしなー。」
「そうですよね。奥さんに何度怒られてもですもんね。」
おじさんは怒らない。
「そうそう、辞めらんないのよ...買い物ついでにコンビニで吸えちゃうもんなー。」
タバコを数回吸う。
「で、今日は何を食べるの?」
何を買ったか覚えているはずなのに、レジ袋の中身を見てしまう。
「牛丼とチキン。そっちは何食べたんですか?」
実の所、このおじさんの夕飯が何かはあまり興味はない。しかしどうでも良いな、と思う前に口から飛び出してしまうくらいに軽い質問なのだ。相手もそんな気持ち無い気持ちで聞いてきたのだろう。
「今日は鍋だったな、キムチ鍋。」
いいな、キムチ鍋。
「最近急に寒くなりましたからねー...」
会話の節々でお互いに煙を吸い込む。僕は、会話の途中で違和感なくタバコを口に付けれる人はコミュニケーション能力が高いんだなと、勝手に決めつけている。
「寒い時は鍋だよなー。一人暮らしだと作るのも楽で良いだろ...たまにはコンビニ飯じゃなくって自炊でもしてみたらどう?」
2本目に火をつけながら自炊を促してくる。
「鍋かー...良いですね。奥さんが作ってくれて...今度お鍋食べに行かせて下さいよ...ちゃーんと、そこのコンビニの喫煙所の常連でーすって紹介して下さいね。」
おじさんは笑う。
「それが最後に会う日になっちまうな。」

2

「あれ、君年末地元に帰るんじゃなかったっけ?」
寒さ対策を完璧にしたおじさんが近付いてくる。
「あー、年始に顔出すぐらいにしました。バイトしてお金稼ぎたいですし。」
「なるほどなるほど...大学生は勉強にバイトに忙しいねー。」
別に、勉強もバイトも忙しい程はしていない。むしろ暇と向き合っている時間を長く感じる。
「まあ、ぼちぼちっすね。」
当たり障りのない返しの方が面倒臭くない。
「良いなあ大学生、羨ましいよ大学生。めちゃくちゃ言われてて耳にタコだと思うけど、その時間有意義に過ごせよー...遊ぶにしろ学ぶにしろ、都合の良い期間だからな。」
結局面倒臭い流れになってしまった。そう思いつつ大人の常套句を聞き流がす。この時間が大人の羨むほど楽しいとは思わない。けど、大人って今のこの時よりは楽しくないのかと思うとこのまま止まっておきたくなる。
「大学生の時とか何してたんですか?」
そういえば聞いたことない、どこの大学に行ってたんだろう。
「大学に行ってないよー...高校卒業してから適当に就職して結婚してこのザマよ。」
おじさんは溜息をつく。
「溜息をつくようなザマなんですか...」
「溜息もつきたくなるよ。収入とか毛量とかそれこそ若さとか、周りの人生を見れば羨ましいと思ってしまうからなー...まあ、でも仕事もあるしなー嫁も居るしなー子供もおるしなー。側から見たら普通のおっさんの人生なんだろうけど、一番世界に溢れているだろう幸せの形にはどうにかなれたわー...」
おじさんは語る。
「なるほど...」
「こうなれとは言わんけど、こういう人生も悪くないぞー。」
正直、少しだけおじさんの人生が羨ましくなった。が、折角ならおじさんが羨んだ人生を歩みたいとそれ以上に思った。

3

「明けましておめでとー。」
今年初めてのおじさん。
「明けましておめでとう御座います。」
「今年もよろしくね...いつこっち帰ってきたの?」
ザッと帰ってきた日を思い出す。
「あー...二週間ぐらい前ですかね。」
「そんなに前に帰ってきてたのかー...まあ、タイミングが合わんと会わんからなー。どうだった、地元は楽しかったか?」
地元の話をどこまで話して良いのか悩む。ここで面白いお土産話を繰り出してやりたい。しかし、個人的には楽しかった事はいっぱいあったけれど、おじさんからすれば知らない人達の中で起こった事だし、残念ながらそれを覆せるほどの話術は持ち合わせていない。
「楽しかったですよ。」
結局、当たり障りと面白みが無い返答になってしまう。
「そうかそうかー...それは良かったわ。うちの家はな、年始はお互いの実家に顔出しに行く事になってるのよー。それでなー、、、」
おじさんは面白いお土産話をする。こういう話を適度に話せるのも大人だからできる事なのか。
「そこからなー、今年はオリンピックイヤーだからなーって事でなー、、、」
話が長いのも大人だからなのか。最初は面白かったがこうも長いと集中が続かない。大学生にもなると、話を流す事なんて造作も無いので愛のない相槌を打ちながらタバコに集中する。
「ほんと毎年毎年嫌になるなー。お前も大人になったら経験する事になるぞー...」
長かった向こうにターンが終わった。
「大変そうですね。」
ターンエンド。こちらは手札が無いので長く続かない。
「そういえばなー。うちの嫁が、、、、」
大人というか、おじさんはおじさんだ。

4

「マスクとタバコの相性って悪いよなー。」
おじさんが的を射てくる。二人ともマスクを顎の所に下げてタバコを吸う。
「そうですよね。いちいち下ろさないといけませんし、吸い終わった後着けるのもちょっと嫌ですよね。」
「臭いとか嫌だしなあ。でも、コロナが流行りだしてるしな。」
今世間はウイルスとマスクが大流行している。中国では大変な事になっているらしいし、一応マスクをして外に出ている。
「就活とかの時期に大変だなー...」
「そうっすね...」
「オリンピックとかどうなるんだろうなー...」
「そうっすね...」
日本のどこででも行われている身のない会話を繰り広げる。このラリーに何の意味があるのだろう。そう思っていても、ついついやってしまうのだけど。
「話変わるけど、彼女とかっていたりするの?」
いきなりのプライベートな質問に少し驚く。が、店内から大学生ぐらいの歳のカップルが出てきた事で納得する。
「いやー、いないですね...」
「じゃあ今年チョコ貰ってないのか!」
おじさんは喜んでいる。何で喜んでるんだよ。
「今年は貰ってないですね...去年は彼女いたんで貰ってたんですけどね。」
「へー!去年は居たのか。まあ、去年いた事なんて今年には関係無いけどな。」
僕の些細な抵抗を振り払ってくる。おじさんは大人げが無い。おじさんの癖に。
「そうかー...そんな悲しいお前さんの為に、ウチの嫁さんがくれたチョコを一つ恵んであげよー!」
ポッキーが一本差し出される。
「ありがとうございます。」
僕は笑う。嫁さんから貰えたチョコがポッキーで一回りぐらい年齢が違う僕に見せびらかすなんて。おじさんも結構子供だなあ。
「ポッキーも貰えてないお前が笑うなー!」
来年にチョコを貰った時は少しだけ分けてあげようと思った。

5

「おー、今日は何食べるのー?」
珍しくおじさんとコンビニの中で会った。話すようになって一年ぐらい経つが始めての出来事だ。
「今日はタバコだけ買いに来ました。」
おじさんは6個のカップラーメンとコーヒーをカゴに入れていた。
「じゃあ喫煙所でなー。」
と言って、おじさんは僕が並んでいる列の最後尾になった。
「これ飲みなー。」
おじさんがコーヒーをくれる。
「ありがとうございます。それ買い込みですか?」
「こんなご時世だからなー。どこもかしこもコロナコロナ、嫌な時代だよ。買い込んじゃダメってわかってるけどな。家族の事を思うとちょっとはな。」
おじさんはコーヒーを飲む。
「タバコ、吸わないんですか?」
おじさんは笑う。
「嫁さんがよー、タバコはコロナに悪いって言ってたからよ。少しの間だけ辞めるわー。お前も気をつけろよー。」
おじさんは帰る。
僕はタバコの火を消した。

6

ここのコンビニは、大学生活で途轍もなくお世話になった。ただのコンビニだが、愛着すら湧いている。店員さんの移り変わりも見てきたし、多分店員も僕の顔を覚えているだろう。そして、何と言ってもおじさんに会ったのもこのコンビニだ。
あの日以来コンビニでおじさんには会っていない。一年以上会ってない。タバコをあのまま辞めたのかもしれない。僕には知る由もない。
僕は今日、大学を卒業する。来月には大人になる。大人になってもタバコは吸い続ける。結婚したい相手が見つかるまで吸い続けると決めた。辞める理由が今はないから。
僕は、そんな事を思いながら、コーヒーを買って、自動ドアを開けた。

コンビニとおじさん

コンビニとおじさん

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-04-07

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 1
  2. 2
  3. 3
  4. 4
  5. 5
  6. 6