ラベンダー

こわい夢を見た。
大切な人がいなくなってしまう夢。

「パパ…」
「パパったら…」

隣の部屋で寝ているパパを起こして、
さっき見たこわい夢の話をする。

「パパがいなくなる夢を見たの…」
「こわかったよ…」


僕の娘はまだ幼い。
こわい夢を見た、と起こしてきた。
さぞ怖かったのだろう。
涙目になって震えている。

『大丈夫だよ、これを枕の下に入れて。』

そう言って、娘に小さな布の袋を差し出した。
亡くなった妻がくれたお守りだ。

「これなぁに?いい匂いがするね。」
『ママからもらったお守りだよ。』
「もらっちゃってもいいの?」
『いいよ。』
「思い出のものなのに?」
『うん。』
「ありがとう。枕の下に入れてみるね。」

中身は妻が庭で育てたラベンダーのポプリ。
僕は毎晩、この香りで妻を思い出していた。

心配そうにこちらを見つめる瞳も、
やさしい笑顔も、みんなみんな、
娘が引き継いでくれた。
僕は娘を通して、妻に会える。
だから、もう大丈夫さ。


あれから、こわい夢を見なくなったの。
ママのお守りと、パパのおかげかな?

私、今日パパに渡すものがある。
でも、パパはきっと遠慮しちゃうから、
どうやって渡そうかな?

とりあえず…
パパにコーヒーを淹れてあげようっと。

「はい、パパ。コーヒーだよ。」
『ありがと…、ん?その手、どうしたの?』

ドキッ。
これは言えないよ。

「ちょっと学校のプリントで切れちゃって。」
『そうなのかい?気をつけるんだよ。』
「うん。それじゃ、パパ、おやすみ。」
『おやすみ、また明日ね。』

小さなウソをついてしまって
罪悪感を感じた私は、
こっそり、パパの部屋に
プレゼントを隠すことを思いついた。
きっと、すぐに気付いてくれると思うの。
これで許してね。
はんぶんこよ、パパ。

パパはきっと大丈夫だろうけど、
私がうれしかったときみたいに、
パパにも笑っていて欲しいの。


娘が淹れてくれたコーヒーを飲み終えて、
妻への祈りを捧げてから僕もベッドに潜る。
ふと、懐かしいラベンダーの香りがした。
たぶん気のせいだろう。

…いや、気のせいじゃないな。
枕の下に何かが入っている。
僕はそれを引っ張り出してみた。

妻のお守りが出てきた。
でも、袋の中身がすこし…
半分くらい減っているみたいだ。

…もしかして。
あの怪我はそういうことだったのか。

あぁ、僕はなんてしあわせ者なのだろうか。
そう思いながら娘の部屋に向かう。

大丈夫さ、これからも
僕には大好きな君たちがいるからね。

ラベンダー

ラベンダー

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-04-07

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