犬にからまれた日

 秋になっても、いなくならないきみだから、だいすき。
 きょう、みしらぬ犬にからまれて、ぼくはすこしだけ遅刻をして、ごめんねとあやまりながら、きみは、でも、どうでもよさそうに、ハンバーガーをたべている。月がきれいで、雨は、あしたから降るらしいから、せっかく咲いたあの並木道の桜の花が散ってしまうかもしれないね、というのは、となりのテーブルのひとたちの会話で、ハンバーガーの包み紙をていねいにたたむぼくと、ぐしゃぐしゃに丸めるきみの、相性とは、などと、ときどき考えてみるときの、あんがい、無駄な時間。
「なにけん」
と、きみが言って、ナニケン、と、そっくりそのままくりかえしただけのぼくに、ハンバーガーの残りをくちにおしこんで、犬の種類、と、あきれたような調子でためいきをついたきみのことを、でも、秋になったらいなくなったあいつのかわり、だとは思っていないよ。秋にいなくなったあいつは、どこか遠い星の王子さまで、むかつくくらいかっこよかったけれど、きみは、ちゃんと、この星の生まれで、秋になってもいなくならなくって、春の桜も、夏の海も、冬の雪も、となりでいっしょにみてくれるから、それだけで、もう、すべてが愛おしかった。となりのテーブルのひとたちが、おなじタイミングでシェイクをすするのが、なんだかちょっと滑稽。ポテトをぱくぱくたべながら、プードル犬、と答えたぼくに、かわいいじゃん、とほほえんだきみが、はっきり言って、せかいでいちばんかわいいから。

犬にからまれた日

犬にからまれた日

どうか秋に、いなくならないで。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-03-19

CC BY-NC-ND
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