カカオの風味
同じチョコレートを食べても、味が違うんだ。
本当に?
あなたがそう聞くから、私はこう言った。
「同じチョコはないよ。製造場所や砂糖の量、質、生産者の考え方でも変わってくるよ。」「特にカカオはね。」
「いつからそんな、お偉いさんみたいになったの?」
苦いチョコレートを口に運んで、あなたは少し馬鹿にして私の話を聞く。
「カカオは奥深いんだ」
「じゃあ、今食べてるそれは?」
「これは、カカオ85%でビート糖しか入ってないんだよ。白砂糖も添加物も入ってない。それに1枚食べればポリフェノール2300gだよ!」
「あんた、それ。周りの人に言っちゃ駄目だよ。」
「どうして?」
「めんどくさい人って思われるから。」
「いや、でも本当にカカオは一つ一つ違って、同じようで」
「唯一無二?」
「そうだね、唯一無二」
「あ、食べ終わった」
僕が最後の1枚を食べ終わると、彼女はこう言った。
「チョコレートなんて溶けてすぐ無くなるもの、早く忘れた方がいいよ」
なんて心無い言葉なんだろうと、考えたけれどそれは多分彼女なりに考えがあったんだろう。
なんていったって横顔がいつもより綺麗だったから。
そういえば、昔駅でたまたまぶつかった女の子に聞かれたことがある。
「私はおかしな人間じゃないですか?」
早く通り過ぎる時間に、僕の回答は間に合わなくて小さく頷くしかなかった。電車のガラス越しにみたその女の子はとても寂しそうで、伸びっぱなしの髪の毛が鬱陶しそうだった。
コーヒーの匂いが部屋中に行き渡る。
今でも時々思い出すんだ。あの時、「あなたはおかしな人間ではありません。」そうはっきり言えていたなら彼女は救われたんだろうか?
おかしな人間ってなんのことを言うんだろうか?
考えても考えても分からない時に、口の中でほろ苦いチョコレートが溶けた。
「溶けるものに、自分の時間を使っちゃいけない」
訳が分からないと思うかもしれないけど、これがあの時言えてたら、その場しのぎの言葉には十分だろうって思った。
カカオの風味